狼と人間、そして半獣の

咲狛洋々

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獣語 躍動編

帰還

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 ナナセとファルファータが突如として闘技場から姿を消した。

群衆や王族も皆見ていて、その事自体が幻だったのかと首を捻って

いる。


「「…消えた…」」


皆、その事を理解出来ず騒めきが起こるまでにかなりの時間を

要したが、ファロは伸ばした手を下げる事もせず、一点を見つめて

いて、俺はクロウを抱きあげ席を立ち、慌てて闘技場へと向かった。

ファロの視線の先には、ナナセに贈った花守りの鎖とポプリの入った

小さなロケットが落ちていた。

カシャとロイも、目の前で人が忽然と姿を消した事に驚愕している。


「ナナセ?どこだナナセ?」


ファロはつい先程までナナセが立っていた場所を鋭い爪で掘り始めた。

ドーゼムやリン達が集まり、ファロをその場から引き離そうとしたが

ファロは威嚇し、今にも食い殺さんばかりの目で睨んでいる。


「離せぇぇ!邪魔をするな!殺すぞ貴様ら!」


何を言っても狂った様に地面を掘り、その場から動かないファロを

どうする事も出来ずに、ドーゼム達だけがその場に残り皆闘技場から

退出した。

クロウは訳が分からなかったが、ファロの真似をしてナナセの居た場所

を必死に掘った。しかし、そこから何かが出てくるはずも無く、

皆痛ましい物を見るかの様に皆ファロとクロウを見つめた。

それから日が暮れて、流石のドーゼムもクロウを抱き上げ、ファロに

戻って考えようと提案したが、ファロは砂まみれの身体をそのままに、

地べたに座り込み只管月に向かって鳴き続けた。

仕方なく、ファロを残して皆部屋に戻り、何が起きたのかを話し合う

事にした。


「ナナセ殿は元の世界へ戻ったのだろうか?」

「それに、ファルファータ殿まで消えた…共に同じ場所に居るのだろうか?共に居てくれたなのなら良いが」


ドルザベルは未だに目の前で起こった事象に信じられない面持ちで、

ドーゼムに問いかけた。


「分からない。戻っていてくれれば良いけどな…もし…」

「もし?」


リンがチラリとドーゼムを見て、また要らぬ爆弾を落とす様な事を

言いそうだな、そんな雰囲気を感じジト目になっている。



「もしも…だ。ナナセが元の世界で死んでこちらに転生していたのであれば…」

「ドーゼム殿っ‼︎」


カシャやロイ、バシャが席を立ってドーゼムを睨んだ。

そんな目で俺を睨むなよな…分かっている。皆考えたく無いんだろ?

けど、そもそも界渡が何なのかが分からないんだ。

俺はナナセが戻らないという事も考えておくべきだと思ってる。


「もしも、だ。俺だってそんな事あって欲しくは無いが、最悪も考えておくべきだろ」

「「……」」


沈黙の続く席で、リルドが青ざめた顔のままで思い出した事を話し

出した。


「そう言えば…カイサンで異界へと繋がる場所が見つかったと風の噂で聞きました。なんでも、国王命で各国に界渡の人を探している様です」


「探してどうするつもりだ?」

「そこまでは…」

「しかし、それが事実ならナナセを探しに行く事が出来るかもしれないな」


リンは手帳をパラパラと捲り、何かをサナと話していた。


「リン、何だ?」

「いや、カイサンとのやり取りは結構面倒なんだよね。あそこは神の国じゃん?だから、いざとなったら有利に事を運べる様にね…何をネタに強請るか選んでんの」


その言葉に皆、リンを敵に回すのは止めようと目配せした。

そして、暫く皆各々に考えを話していると会議室の扉が警備にあたる

獣戦士によって開けられた。

そこには、土埃まみれのファロが立っていた。


「ファロ、大丈夫か?」


ドーゼムが席を立ち、ファロに近寄るとファロがドーゼムの前で

跪いた。


「どうした!」

「ギルドマスタードーゼム殿。一生の頼みがある、聞いてくれないか」

「…なんだ?」

「クロウを頼みたい」

「は?」

「俺は…世界を回ってナナセを探しに行く。クロウを…クロウを頼む」


床に額を擦り付け、ファロはドーゼムに泣きながら懇願した。

俺はナナセ無しに生きていけない。

それはずっと前からそうだった。サポートクエストを受けていたとし

ても、ナナセは家にいる。そう思っていても心が急いて、1分1秒でも

早くクエストを終わらせる。それだけが俺を動かしていた。

クエストが終わってギルドへ報告も後回しにして、いつも家に直行し

た。玄関を開けてナナセの声が聞こえた時、ようやく俺はクエストが

終わったと実感して、ナナセに触れてやっと焦りや不安で昂った心が

鎮まる。ナナセ、俺はいつだってお前を探してる…お前がいない世界で

俺の生きる意味はどこにあるんだ。


「ファロっ!止めろ!今みなで情報を集めている!だから勝手に決めるな!」

「しかし!ナナセがもし、どこかで苦しんでいたら…死の淵に立っていたなら…俺は…居ても立っても居られないんだ…ギルマス…」

「分かっている。だからこそ、ここに居る皆で力を合わせて探すんだろ!」

「うっ…ぐっうぅっ…ナナセを失ったら…俺は…生きてはいけない…」

「分かっている、ファロ、皆分かっているから!」


拳を床に叩きつけ、爪は剥がれ落ち、身体中掻きむしった跡で所々

毛は剥がれ地肌の見えるファロを皆見ていられなかった。

リルドは、立ち上がりファロにそっと手を当てると先程のカイサンでの

情報を伝えた。


「ですが、簡単にはその場所を知ることは出来ないでしょう…ですから…」

リルドの話に、ファロは頭を上げ思い出していた。


「カイサン…聖騎士の…ガイス…」


「ファロ、何か知っているのか?」


「ここに来る前に…ナナセに接触したカイサンの騎士が居た…確か、界渡を探していると…もしかしたらカイサンの所為なのか?」


ドルザベルは、ファロを見ると静かな声で話し出した。


「ファロ殿、それは違うであろうな」

「何故ですか?」

「カイサンがナナセ殿を無理矢理召喚したとしたなら、わざわざ聖騎士を他国に派遣して、探す事はしないだろう」

「今回の事は、それとは違うのではないだろうか」


リンは溜息を吐くと、腕を頭の後ろに回し独り言の様につぶやいた。


「そういやさ、ファルファータの奴がナナセに飛びかかった時、なんて言ってたのかな」


ファロは思い出しながら答えた。

ファルファータ殿は何と言っていただろう?

確か『今すぐ刀を離すんだ!』そう言ってはいなかっただろうか。


「…確か…刀を放せと、言っていた気がするが…」


ドーゼムとドルザベルは顔を見合わせた。


「妖刀…」


皆、ドーゼムとドルザベルを見て何を知っているのか問い質した。


「いや、ナナセの刀なんだがな…あれは普通じゃない。スキルや加護といった物じゃない…何か、生き物の様な…魂を感じたんだ」

「確かに、あの刀はナナセ殿を常に守る様な呪法の様な物をその刀身に纏っていたな」



皆、知りうる情報を出し惜しみせずテーブルに広げ、何か核心に

近付く物が無いか議論していた。

しかし、何も決定的な情報を得られぬまま夜が明けた。

東の空が次第にオレンジ色に色付き始めた時、ファロは嗅ぎ慣れた

匂いを感じた。

立ち上がり、鼻をヒクヒクと動かしながら部屋中をウロウロと動き

周り、ドーゼム達は困惑した顔でファロを見た。


「ナナセの匂いがする…」

「え?匂い?」

「ナナセっ!どこにいる!ナナセっ!」


ウロウロしていたファロがピタリと動きを止め、宙を凝視した。

しかし、ナナセの姿は見えず喪失感がファロを襲った。


「神でも悪魔でも誰でも良い!何でもくれてやるから!頼むからっ、ナナセを返してくれ!」


枯れた声でファロは叫んだ。

すると、ファロの耳にナナセの声が聞こえた気がした。


『ファロっ!待ってて!待ってて!帰るから!』


「ナナセ?おい!ナナセの声がした!ドーゼム!クロウ、バシャ!ナナセの声が聞こえた!」


その言葉に、ソファで眠っていたクロウとバシャは目を覚まし、

ファロに駆け寄りどこに居るのかと騒ぎ出した。


『ファロ、戻るよ、ちゃんと戻るから、もう少し待ってて!』


「ナナセ!どこだ!」

「いつ戻ってくるんだ⁉︎」

「ままーー!ままーー!どこにいるの?くろうさびしいよ!」

「ナナセ母さん‼︎どこですか⁉︎」


皆、ファロ達の姿を見て天井を見上げた。


「ナナセはいた…ちゃんと戻ると…もう少し待てと言っていた…」


ドルザベルやドーゼムは怪訝な顔をしていたが、責任を感じていた

カシャは顔を両手で覆い安堵した。


「ファロ殿…俺が…くだらねぇ事やっちまったから…すまねぇ」

「カシャ殿…俺も…悪かった。ナナセの事になると、血が昇る…だが、ナナセの声は明るかった…待っていろと言った。大丈夫だ…大丈夫だ」


やっと落ち着いたファロは、椅子に座り込みクロウを抱きしめていた。


ドルザベルは、皆にとりあえず休息を取るように伝えると側妃の

待つ寝所へと帰っていった。

ドーゼム達は張り詰めていた緊張が解けてしまい、床に横たわると

そのまま眠ってしまった。


ファロは、それでも眠れずクロウを抱いたまま闘技場へ向かう。

そして、ナナセの居なくなった場所に立ち続けた。


「ナナセ…俺のナナセ…早く…帰ってきてくれ」


俺はお前の言葉だけを信じる。

お前が待てと言うのなら、何年でも、何十年でも待っている。

だから、俺達の元に必ず帰って来てくれ!

俺のナナセ…ナナセ…。


正午の鐘が鳴り響いた時、その時は訪れた。


「「うぉぉぉぉぉぉ!なんだこれーーー!」」


ナナセとファルファータが消えたその場所に、ドサリと

三人の人間が落ちて来た。溢れんばかりの荷物と共に。


「まま‼︎」


ファロの腕の中でクロウはもがきながらナナセを指差した。



ナナセ…ナナセ…たった1日。お前と離れた1日は何年も、何十年も

経ったと思える程長かった。今目の前に居るナナセは俺のナナセな

んだろうか?いや、何であっても構わない…二度と離さない。

もう、こんな想いは懲り懲りだ。



ファロは王宮にまで届く程の咆哮を放ち、駆け寄りナナセを

抱きしめた。


「ただいま!私の愛しいファロ!」















































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