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太陽の国 獣語
形と幻
しおりを挟むファロの腕から降りたナナセは、大剣をブンっと一回しすると刃先を
下に向けファロに渡し、袴をパンと叩いて砂埃を落とした。
「ファロ、やっぱりウェイトが軽いと下はキツいね」
「あぁ、最近またここら辺の肉が落ちて軽くなったからな…」
「こら、締まったと言ってくれよ」
臀部をパンと叩くファロの腰に手を回して、ナナセとファロはクロウと
バシャの方へと歩き出した。
クロウはファロに抱きつくと、その体をよじのぼりファロの真似をして
宙返りしながら飛び降りた。
「クロウ、足に力を入れると初動が遅れる。爪先に力を入れろ」
「もっかいする!ぱーぱ!だっこ!」
そのやり取りを羨ましげに見つめるバシャに、ナナセが声を掛けた。
「バシャ…バシャと呼んでもいいかい?」
「はっ!はい!ナナセ‥‥母さん」
小さく母さんとモゴモゴと呼ぶバシャに、ナナセは笑ってしゃがむと
その手を取って声を掛けた。
「バシャ、甘えていいんだよ。ファロもバシャを息子同然に思ってる…ああ見えて甘えられるのは好きなんだ。だから、行っておいで?父さんと言いにくければ、ファロと呼んで良いんだ。大丈夫、分かっているからね」
その言葉に、大きく頷くとバシャも駆け出しファロに抱きついた。
「ファロ!私にも教えて欲しい!」
「バシャ、おいで!」
差し伸べられた腕に、思い切り抱きつくバシャはこれまでの大人びた
子供では無く、8歳の少年だった。
ナナセとファロに向けるバシャの眼差しに、ドルザベルは悔し気に
溜息を溢した。
「これ程まで悔しいとはな」
「ははっ、そりゃお前のやってきた事の結果だ。受け入れて変わっていけよ。これからいくらでも挽回できるだろ」
「出来るだろうか?」
「そりゃ、何にもしなけりゃ変わんねぇよ…甘える事をああやって二人が教えてんだ。真似するんだよ、二人の姿勢を」
「…あぁ、そうしよう」
ファロがバシャとクロウの相手をしている間、ナナセは子供等の声に
ふと昔を思い出していた。
あぁ、懐かしいな。昼過ぎになると小学校を終えた子供等が、元気な
声を立てて道場に入って来た…そう言えば、彼女はどうしている
だろう。とても筋の良い子だった、身体は小さかったけれど男の子相手
にも負けない腕を持っていた。何より、自分の短所を良く分かって
いて、面が決まりにくい体格をどうカバーすれば得意の抜き胴が決まる
かをひたすら考え特訓していたな。元気にしているだろうか?
そんな事を考えながら、気がつけばナナセは一人剣道形の打太刀の形を
行っている。
中段の構えで、目を閉じ息を吐ききると、一本目の形を行う。
呼吸と共に相上段の構えを取る。そして見えぬ仕太刀を打たせ勝た
せる。二本目、相中段に戻した剣を振り上げ打ち込み仕太刀に勝た
せる。三本目また相中段に構え直し、突きを繰り出し、突きを受け剣を
右下から円を描く様に受けとめ、また左回りで受ける。すすすと後ろに
下がり相中段に戻して、立ち位置へと戻る。
そんな剣道形を思い出しながら丁寧に過去の自分の姿をなぞってゆく。
そして、ナナセの目には、良く形の練習をし合った友の姿が見えてい
た。
義親、懐かしい姿を思い出したもんだな。
何度あいつの返し胴を太腿に受けた事か…懐かしい。
ひたすらに形をなぞる姿をファロや獣戦士達が見ていたが、ナナセに
その視線は届いていなかった。
下段の太刀を引き寄せ、向き合い上段の構えから斬り込む。
一通りの形を行うと、中段の構えに戻して剣を鞘に戻し、すり足で
下がり礼をして頭を上げた。そして、ナナセの瞳には遠く広がる
砂の大地と「先生!」とナナセを呼ぶ子供等の姿が映っていた。
「あぁ、みんな…私の剣にはちゃんと君達との時間が‥記憶が残っているんだな…私はちゃんと…幸せだったよ」
笑顔でナナセを見つめる師匠や門弟達は、ゆらりと蜃気楼の様に空に
消えてゆき、ナナセは目を瞑った。
「また会えるなんて思わなかったな」
「誰に会ったんだ?」
振り向くと、そこには腕組みをしたファロが立っていた。
ナナセに近寄るとぎゅうぎゅうと抱きしめ、皆に背を向けると
ナナセの唇を押し開き舌を捻じ込んだ。
「ん、んんっ!どうしたのさ」
「…ナナセ、お前が一瞬消えた様に思った」
「うん?消えた?」
「あぁ、俺も知らない剣技を見せていたかと思ったら…誰かと戦っている様で、引っ張られる様にこちらではないどこかに行っているように見えたんだ……怖いと思った…失うかと…何処にも行くな」
「あぁ、それは…きっと私が無心だったからだね」
「…そうじゃない‥本当に、一瞬お前の姿を見失ったんだ」
「えぇ?そんな事ありえる?」
「お前がこの世界に来た事だって、十分有り得ない事だろう」
「ふはっ!一本取られたね」
「笑い事じゃない…」
「懐かしい人達を見たんだ…そしたらさ、私はなんて幸せなんだろうって思って…無心で形をなぞっていたんだ」
まだ少しふわふわとした感覚のまま、ナナセはファロに抱き抱えられ
クロウ達の元に戻ってきた。
「ままなんかこわかった‥くろうしっぽがくるんしちゃった」
「ナナセ‥母さん…なんだか私も怖くて…見ていられなかったんです」
ナナセは何事かと笑って二人の背を撫でてやるが、二人はしがみつく
ばかりでナナセは要領を得なかった。
ふむ。なんだろう?私が皆を怖がらせたのは分かったけれど…一体
何が起こったのか…けど、こんなに縋り付く子供等を見ると悪い事を
してしまったかな。
「ごめんよ、怖がらせたね。大丈夫だから、私はここにいるからね」
騒つく大人達を尻目に、バシャとクロウはナナセの刀を見せてくれ、
腰飾りを見せろとナナセに纏わりついていた。
「ありゃなんだったんだ?刀がナナセを取り込んだ様に見えたぞ」
「あの刀…妖刀の類なのではないか?」
ドルザベルとドーゼムは、ナナセに刀を見せろと近付いた。
「お前、この刀を何処で手に入れた?」
「え?知りませんよ」
「は?」
「私がこの世界に来た時、横に落ちていたそうです」
「なんだそりゃ?」
「私も、エルヒムに言われるまま使っていたのでよく分からないんですよね。でも、この刀はずっと私を助けてくれたからもう手放せないんですよ、癖も着いちゃってるし」
「そうか…ロードルーに戻ったら、一度魔術鑑定士に見てもらえ」
「え?何でですか?」
「それが妖刀だった場合、お前の命や魔力が吸われてる可能性もある。そうしたら厄介な事に巻き込まれているかもしれないぞ」
「はぁ…大丈夫だと思いますけどね…」
「問題なけりゃ無いで良いじゃねぇか…とりあえず見てもらえ」
ナナセはなんとなく釈然としないまま、ファルファータが優雅にお茶を
飲むテーブルへと向かった。
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