狼と人間、そして半獣の

咲狛洋々

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太陽の国 獣語

獣と人の未来に

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 一瞬の出来事だった。バルコニーの窓が斬り飛ばされて、カシャと
ロイがリン達を庇う暇も無くナナセが飛び込んできた。その姿は、まるで蝙蝠の様でいて風を纏う姿は精霊の様でもあった。



「ナナセちゃーーん!」


リンはルンルンとナナセに歩み寄るが、その表情に余裕は無くただ静かな怒りだけが見てとれた。


あちゃー。かなり怒ってるね、これは上手く宥めなきゃ別の意味でこの会談が失敗するなぁ。僕の獣体を見ても何の反応もしないし、臨戦態勢とったまんまじゃん…。この怒りをドルザベルに向かせる訳にはいかない…知らぬ存ぜぬを通すしかないかな?



「ナナセ君!僕達の窮地をどうやって感知したの!?なんかあったの?」


「……」


「…どうしたのさ、そんなに怒って」



ナナセはリンの問いかけかにも返事をせずに、壁際で呆然とするシュンの前に近寄ると刀を向けて問い正した。


「貴方ですか?王子を狙わせたのは」


「…誰だお前は。入国を許可されておらぬ者が我が国の事に首を突っ込むな…」


「私は、バシャ王子の依頼を受けた冒険者、ナナセ•ファリーシャ。先程将軍とやらに襲われましてね。謝罪と賠償を要求します」



ナナセの言葉に、シュン、ドルザベル、リンは驚いたが、怒りの感情をぶちまけるナナセに圧倒されていた。



「ナ、ナナセ君!落ち着いて?話せば分かるから!ね?」


「リンさん、貴方はここの通路で見ていた筈です。命よりも、この国との会談が重要ですか?貴方は、何の為にこの国と国交を結ぼうと言うのです」


「……君を連れてきた理由は、会談成功の保険だったからだ。此処からは僕の仕事だ。邪魔は許さないよ」


「既に任務は終わっています。それに、今の依頼者はもう、貴方ではありません。バシャ王子なのです。リンさんでも私の邪魔は許しませんよ」



ガリガリと頭を掻くリンは、手を広げてやれやれと溜息を吐いた。



「なら、どうするって言うのさ?シュンを殺すかい?まぁ、僕はそれでも構わないけどね?」


「ですから、先程から申し上げていますよね?謝罪と賠償です」


「誰からの謝罪?あと賠償って?お金?地位?ザーナンドの地位なんて生ゴミ程の価値もないよー?生ゴミの方が役に立つ位さ!」


「謝罪は当然、国の代表たる国王と宰相から、賠償はギルド通貨で白金貨と通行許可及び王子の身柄を頂きます」


「なっ、貴様っ何を血迷った事を言っている‼︎」



シュンが白金貨よりも王子の身柄を、との言葉に反応した事にナナセは
意外だなと、眉を上げた。



「何に納得がいかないのですか?謝罪ですか?賠償内容ですか?言っておきますが、獣王国の当然は通用しませんよ。被害を受けた私がそれを望むのです、貴方方は拒否する立場にありません」


「はっ!たかが冒険者が宰相と国王を前に立場だと?」


「貴方方は私の国王でも宰相でもありませんし、その威光が通用するのはこの国の民に対してだけではありませんか?私からしたら、貴方方は一般人と何ら変わりません。なんなら、一般人よりも下かもしれませんね?民から絞り上げるだけで、自身では食糧の一つも作れないのでしょう?ならば私が貴方方に傅く理由はありませんよ」


「ナ、ナナセとやら、待ってくれ」


玉座から腰を上げ、段を降り始めたドルザベルが縋るようにナナセに近寄って、腕を掴んだ。


「バシャの容態はどうなのだ!」


「何故、ご自身でご確認なさらないのですか?」


「それはっ…行けば更に身を危うくするからだ…」


「それでも獅子の親ですか⁉︎ならば何故その身を盾に、剣にしない!」


「貴方がいなくても、国は回るんですよ!貴方でなければならない理由はないんです!でも、王子は違うでしょう!貴方の子供ですよ?」


「だからだっ‼︎」



痩せ細った身体から、ありったけの声を出してドルザベルが叫んだ。その声にリンは目を見開き驚いていた。


「おぉ。頑張るねドーザ」


「だからっ、私は我が子も、この国子供等も守らねばならぬからこそ、この国交の再開と通商条約を必ず締結せねばならぬのだ!」


「そんなの我が子を見舞わない理由にはなりませんよ。国や他所の子がどうなるかなんて事は聞いていませんし、どうでも良い事です。貴方がまず命を懸けるべきは息子でしょ!この会談を中断したら民が直ぐに死ぬ訳ではありませんよ」


「…分かっている。しかし、今…リンの居るこの場を離れる訳にはゆかぬ」


「そうだねぇ、もしも国王が席を立てば僕らは襲われるだろうしねぇ…そこの虎さんにね?」



チラリと視線を横に向けると、大勢の獣人戦士が廊下に隠れているのが
見えた。



「だからなんです?何故助けを呼ばないのですか?」



ナナセは刀をシュンに向けたままリンに問いかけ、そして、ロイとカシャを見て溜息を吐いた。



「ロードルー王国の騎士は弱い部隊なんですか?分かりました。もう、結構。私がゼロに戻しましょう…そして一からやり直して下さい」

「ナ、ナナセ?何する気だい?ちょ、怖いよ!刀を向けないでよ!ナナセちゃーん!」



リンの問い掛けを無視してナナセは怒りのままに、バルコニーを吹き飛ばすと叫んだ。



「ファロ‼︎居るんだろ‼︎出てきて‼︎」



流石のリンも慌ててバルコニーへと駆け寄ると、丁度王の間の外壁をよじ登りファロが顔を出した所であった。



「わーーーーーっ!黒狼⁉︎何で居るんだよ‼︎」

「ギルド用の救援弾を確認した」

「あーーーーーーあーーーー考えたく無い事態だよ!」



片手に牛の獣人を抱えたファロが中に入ると、ドサリと戦士を投げ捨て
ナナセの側に近づいた。



「どうした、何があった?そんなに怒っているナナセを見たのは初めてだ…こいつらに何かされたのか」


ファロの声に、固く閉じた口を震わせ涙目でファロを見上げ抱きついた。


「子供が!獅子の子が…コイツらに襲われた!クロウと変わらない年の子だよ?叫ばず、泣きもせず、彼を見捨てようとした私を守ったんだ…なのに…ここに居る大人は誰も彼の心の叫びを聞かないんだ!」



ファロはナナセの背を撫でながら、辺りを見回した。リンとサナは床をゴロゴロと転がり、手足をバタつかせて悶えていて、話を聞けそうもなく、ファロはカシャとロイを見る。二人は抜刀した剣を収めるかどうか悩みつつも、ファロに近寄り簡単に説明した。状況を知ったファロは、ナナセの溢れる涙を拭うと抱き寄せ声を掛けた。



「ナナセ、ナナセ。俺の顔を見ろ…」


ファロは両手でナナセの白い頬を包み、見つめた。繊細で細い首筋に着いた血痕がナナセの涙で滲み、ファロの腕を汚してゆく。



「ファロ…私は許せない。あんなに可愛い子を…弓で射ったんだ…それなのに、親である王は何もしない…」

「そうか……どうしたい?」

「連れて帰りたい。私達で守ってあげたい…でも、許されない…だから城を落としたい」

「分かった」



なんとも有り得ないやり取りに、ドルザベルは腰を抜かし、シュンは笑い出した。そして、リンは更にゴロゴロと床を転げ回り床をバンバンと叩いて笑っていて、サナはその声に我に返るとファロの胸ぐらを掴んで泣きながら叫んだ。



「ちょーーーーーー!何がわかったんですか?え?言ってる事おかしいですって!!謝罪と賠償にしときましょ?なんですか城を落とすって!いやいやいやいや!国賊になるつもりですか⁉︎」


「ナナセが正しいと思うなら、国賊になってもそれが正しいのだろう。ナナセとクロウが居れば、国など要らない。」


「おかしい…おかしい…おかしいですよ!二人とも!」


「おかしいのはお前達だ…子を守るという最も強い獣人の本能を欠いた者に国は要らぬだろう」


「どうする?ナナセの本気は俺も見た事がない。城の一つや二つは簡単に落とすだろうし、ロードルーにとってもザーナンドが無くなって得をする事があっても、損はしないのではないか?」


「あは、あはははは、あははははは!あーーーもう!全部ご破算だよ!やっちまえ、やっちまえ!どーとでもなーーーれ!なーにが損はないのではなないか?だよ!損しかないよ!」


「なぜだ?」


「あのねーー!条約締結が済んだら、この国はロードルー王国ザーナンド自治領として生まれ変わるはずだったんだよ!」


「既に、各国への根回しは済んでたんだ!そしたら、苦しむ民は飢えず、仕事にも有りつけて…幸せになる予定だったんだよ!!!」


「それで、子供の命一つ落としても構わないと言う事か?」


「そーじゃ無いよ!ちゃんと治療もしたんだろ!?それに命に別状もないって話じゃ無いかナナセ君!」



ファロの腕の中で落ち着き出したナナセは、それでも許せないのかファロの腰に手を回したままリンの問い掛けに答えた。



「それは、子供の容態を見たら成せない条約なのですか?」


「君さ、状況わかってる?僕達は剣先を喉元に突き付けられながら会談を行っているに等しいんだ」


「…では、やはり城を落としましょう。その後王子を見舞ってゆっくりと話し合うといいでしょう?」


「…なんでそこまで拘るの?」


「リンさんは、目の前の死にゆく小さな命を無視できますか?」


「出来るよ?その犠牲が何万もの子供を助けるのなら尚更ね」


「私はできない。今もあの子の姿が脳裏から離れない」


「…はぁ。参ったな…予定外の事ばかりだ。分かったよ、こうしようじゃないか…今すぐ条約を締結させる。その為に獣人戦士を狩ってくれ…それが終われば直ぐにでもドーザを向かわせる。それで納得してくれないかい?」


「……ナナセ?お前が心から納得出来る方を選んでいい…俺が側にいる」


「ファロ…やっぱり私はファロが側に居ないとだめだね…冷静になれない」


「それでいい、変わらなくていいんだ。ナナセは俺だけが支えてやれる。そうだろ?それが俺の喜びなんだ」


「ファロ…ありがとう、愛してるよ…私の狼」



緊迫した状況で、まさか獣と人の濃厚なキスを見せつけられるとは思っていなかった面々は意識の飛ぶ思いであった。



「と、言う事だ。シュン、諦めはついた?」

「…好きにしろ。この国は終わりだ…人に阿るとは…落ちたものよ」

「人と番う獣に、人に従う獣…はっ!嘆かわしいな」


リンは目を瞑ると深呼吸して、服を整えた。



さぁ、これからが本番だね。もう、獣人戦士が襲ってくる事はないだ
ろう…長かった。やっと取り戻せるんだ、僕が生まれ育った獣の国を。
ナナセが地雷になるなんて思わなかったけど、これはこれで誰も死なず
に終わらせられそうだから良かったのかも知れない。

シャン、わかるよ。お前の気持ちは痛いほどな…。

最強の力を持つ獣人が獣というだけで虐げられてきた歴史がある以上、
お前は決して開国はしたくなかったんだろ?けどな、内に篭って最強を
声高に叫んでも、虚しいだけだ。強いからこそ痛みを感じるんだ…人は弱い。だから強い者への恐怖心を拭えないんだ…なら強い者が歩み寄るしかないんだよ。

新しい世界が今日生まれる、人と獣が手を取り合う美しい世界にしたい。

けれど、その世界にお前は順応出来ないだろうなぁ…ははっ!
目に見える様だよ。だから、僕の父と兄弟の怨みを抱いて過去に沈め。新しい世界にお前の様な害悪が居てもらっては困るんだ。









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