M00N!!

望月来夢

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少女の存在意義

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「契機とは、絶望だ。それこそ死を覚悟するほどの、深く強い絶望……それは最も信じていた者に裏切られ、殺された時にこそ現れる。唐突に希望を打ち砕かれ、永久に葬り去られることへの恨みや悲しみ、憎しみ、怒り……それらの感情が、歌に力を与えるんだ。いいや、違うな。感情の昂りがもたらす独特な声音の変化が、歌の持つ真価を引き出す!」
 思わず口を挟んだマティーニにも、メレフは気分を害することなく解説を続ける。ゆっくりと首を左右に振り否定を示してから、両手を広げて滔々と述べ立てた。熱弁を振るう彼は、自分で自分の演説に酔っているようだ。瞳をぎらぎらと妖しげな光に輝かせ、頬を恍惚に染めている。満足げな彼の代わりに、ムーンが淡々とした声色で残りを引き取った。
「だが、仮に歌を教え、記憶させたところで、必ずや死の間際に実行出来るとは限らない。もっと確実な策があれば安心だ。例えば、そう、コンピューターのように。特定の事象Aに喚起され、指定の動作Bが自動で行われる……そういう”プログラム”をカルマの無意識下に組み込んだ」
 信頼を踏み躙られ、悲嘆に暮れていればこそ、そんな時に歌を歌おうとは思うまい。あるいは、たとえ世界を滅ぼしたいほど憎しみを抱いたとしても、歌い始める前に命が尽きてしまうかも知れないのだ。あまりにもリスクの大き過ぎる賭け。誰だって、成功の確率を高めたいと考えるだろう。故に、メレフはカルマの潜在意識に働きかけ、洗脳を施した。強烈な悪感情に呼応して、滅びの歌が勝手に紡がれる。そんな確固とした対応関係を、彼女自身の意思や精神状態に振り回されない、絶対的な条件反射を仕込んだ。生きた存在である彼女を、ただ忠実に命令に従う人形として、作り替えてしまった。
 だからこそ、ムーンがカルマの要望を却下した時、車内で爆発のような現象が起こったのである。あれは、信頼していたムーンに無碍に扱われ、カルマが強く悲しんだからこそ生じた。彼女の心に共鳴して、仕込まれた条件反射が作動したのだ。長い月日をかけて、彼女の身体に染み渡っていた破滅の力が、束の間目覚めた。そして溢れ出した莫大なエネルギーの波動が、周囲を悉く吹き荒らした。
「この世は全てプログラムだ。魔法も、人の心でさえも。基盤となるソースコードさえあれば自在に規定することが出来る。古代遺物の創造主アムドゥシアスも、そう書き残している」
 メレフは歌うように朗々と語りながら、ナイフを持っていない方の手を懐に差し入れた。彼が取り出したのは、一冊の手帳だった。乱暴に床に放られたそれを、ムーンは警戒しつつ拾い上げる。手帳はごく小さなサイズで、長い年月の経過により、表紙の革がボロボロに擦り切れていた。変色した紙の上に、ミミズのような汚らしい文字が走り書きにされている。ほとんど掠れてはいるものの、ところどころ読み取れる箇所があった。どうやら、手記のようだ。アムドゥシアスの直筆資料で、滅びの歌や再生の歌、そしてハープシコードについて、彼の見解や製作工程が事細かに綴られている。
「『二つの歌は、互いを叱咤し激励す。どちらか一方を奏じても、力は十全に出でず。二者が時を同じくして紡がれたるは、最強の効果なり。是れ即ち二段鍵盤楽器ハープシコードのみ成せる技とす』……二つの歌は、同時に奏でられなければ、十分な効果を発揮しない。ハープシコードがあれば一台で済んだかも知れないが、今はない以上、二人で演奏する必要がある。ということだね」
 ムーンはマティーニに、茶色く変色した紙片と、そこに記された文章を見せた。
「そうだ。だから、私はカルマを探した。再生の歌が仕上がる前に、殺されては計画が成り立たないからな。だが……カルマは見つからず、先に再生の歌の方を終わらせようと決めた。歌さえあれば、カルマの安否を案じる必要もなくなる……幸い、実験を繰り返したおかげで、大方の目処はついていた。あの日の午前中には、完成まで漕ぎ着けることが出来たんだ」
 要するに、カルマの命は不要になったということだ。だが、かといって懸賞金をかけた命令を、生け捕りから殺害に変更したところで、意味はない。滅びの歌を発動させるには、信頼を置いている相手に、彼女の命を奪わせなければならなかった。それが出来るのは、自分自身あるいは、カルマを大切に保護していると思しきムーンたちしかいない。故に彼は、観客の前で大胆なスピーチをし、市民と誘拐犯たちに、自らの本気を見せつけたのである。世論を動かし、人々を煽動して、カルマを取り返しても良し。ムーンやガイアモンドを急き立て、彼女を殺させても良し。最終的に、計画が完遂されることに変わりはない。つまり、どちらに転んでも損のない現状を作り出したのだ。子供の命さえ道具としか見做さない冷酷な男に、マティーニは強い憎悪を抱いた。
「カルマのことなんてどうでも良かったってことか……!」
「無論、そうだ」
「貴様っ!」
「マティーニ」
 明け透けな挑発に、乗せられそうになる相棒をムーンは慌てて止める。だが、少し遅かった。メレフは嗜虐的な笑みを浮かべて、体を半分捻らせ、ピアノを見遣る。そして、細長い指先を蝶のように舞わせ、白と黒の鍵盤を数度弾いた。
 突如、室内に信じ難いほどの強風が巻き起こる。あまりの勢いに、ムーンとマティーニの足は呆気なく床を離れた。彼らはそのまま吹き飛ばされて、リビングの方まで戻される。
「ぅぐ……っ」
 ムーンは背中からテーブルに衝突し、それを叩き割って後方の壁にぶつかった。予期しない、しかも凄まじい痛みと衝撃に、彼の視界はぐわりと揺らぐ。爆発に巻き込まれた後ということもあって、流石に無事では済まなかったようだ。彼は目眩と頭痛を堪えながら、マティーニの姿を探す。彼はどうやら、玄関扉を破壊し、廊下の向こうまで投げ出されたらしかった。もはやここからでは、見つけることも出来ない。
「マティーニ!!」
 試しに名前を呼んでも、返答がなかった。ムーンは密かに奥歯を噛み締め、咄嗟に拾った拳銃を握り直す。マティーニの得物だが、使えないわけではない。これだけで、どうにか凌ぐしかなかった。
「さぁ、もう答え合わせは済んだだろう……お前たち二人には、特別に私の偉業の決定的瞬間に立ち合う権利をやろう」
 カルマを腕に抱いたメレフが、ナイフをちらつかせ得意げに近付いてきた。三日月の形をした刃が、光を反射して鈍く輝く。彼がその手をわずかにでも動かせば、即座にカルマは殺されてしまうだろう。それどころか、世界自体もが崩壊してしまう。ムーンは焦燥し、一か八かの賭けに出ようとして、リボルバーの激鉄に指をかけた。
「パパ……もうやめて」
 鈴のような声音が響いたのは、その時のことだった。
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