M00N!!

望月来夢

文字の大きさ
上 下
7 / 66

スフェーン地区の悲劇

しおりを挟む
 忙しいブレードスラップ音を立てて、ヘリコプターが街の上空を飛ぶ。開け放したドアから、カメラクルーが業務用の望遠カメラを突き出し、眼下の景色を収めていた。映されるのは、繁華街の一つ、スフェーン地区。狭い土地内にひしめき合う建物の上部を、黒い煙が暗幕のように重く覆っているところであった。禍々しく恐ろしい映像と共に、同乗するレポーターの声が流れる。
『本日午後0時35分頃、スフェーン地区の大型商業施設で、爆発、火災が発生しました。現在も消防隊による消火活動が行われています』
 その時、タイミングよく吹いた風によって、煙が退けられ、隠されていた悲劇が露わになった。姿を見せたのは、最近完成したばかりの大きなショッピングモールだ。ドーナツ型の建物と、中心にあるプラネタリウムのドームが、UFOに似た特徴的な外観を作っている。全ての窓は色とりどりの花で飾られ、植物と金属をと融合させた、次世代的なデザインとして話題になっていた。
 だが、今や自慢のドーム屋根は完全に崩落し、外壁は黒ずんで煙を上げている。いくつかの窓からは、炎が赤い舌を覗かせちろちろと蠢いていた。ガラスや金属、その他よく分からない物が散乱した地面を、パニックになった人々が逃げ惑う。彼らの大半は煤に塗れ、咳き込んだりふらついたりしていた。中には怪我をして、血を滲ませている者もいる。誰もが混乱と恐怖の渦中に突き落とされ、ヒステリーを起こして泣き喚いていた。駆けつけた警察や消防隊が、声を張り上げて避難誘導をするものの、効果は芳しくない。保護された負傷者たちは次々と、何台もの救急車に吸い込まれ、搬送されていった。懸命な消火活動にも関わらず、炎は以前として燃え続け、何かが倒壊する轟音が断続的に響いていた。
 ここでカメラが切り替わり、マイクを持ったレポーターのコメントに移る。爽やかさで人気の年若い彼は、端正な顔を蒼白にし、引き攣った声音で必死に説明を続けていた。
『火災の原因は未だ不明、負傷者の数も分かっていません。ただし、火災が発生したプラザ・スールは、年間約2500万人が利用する大型商業施設とのことです』
「……これが、三日前の午後一時の速報ね」
 映像をぶつりと止めて、レジーナが口を開く。
「あぁ、見てたよ。酷かったな、あれは」
 その時の記憶が蘇ったのか、マティーニが顔を顰めて椅子にもたれた。火薬の匂いが、今にも鼻腔の奥に漂ってきそうだ。
「結局一晩経っても、鎮火しなかったんだろ?」
「えぇ。翌日の正午過ぎだったかしら、火が完全に消えたのは」
「丸一日燃え続けたわけか……犠牲者は?」
「死者150名以上。負傷者数百。搬送先で死亡したり、後遺症や合併症、その他精神的な傷を負う場合も含めれば、相当な数になるでしょうね」
 立て続けの質問に、レジーナは淡々と応じる。しかしながら彼女とて思うところがあるのか、自身の両肘を掴む手には必要以上に力が入っていた。
「原因は?」
「不明よ。最上階のレストランで、爆発が発生したことは分かってる。だけど、爆発物らしき破片も、何らかの魔法を使用した痕跡も、何一つ見つからなかった。一つもね」
「!それって……」
 聞き覚えのある言葉に、マティーニがはっと顔を上げる。彼の理解が及んだことを確かめたレジーナは、おもむろに頷いた。
「そう。これまでと同じ手口」
 言いながら、机上のバインダーを取り上げて、ムーンの頭をばこっと叩く。
「んぐっ」
 腕を組んだ姿勢で、がっくりと頭を垂らしていた彼が、呻きと共に背筋を伸ばした。首の凝りをほぐすように回して、小さく欠伸をしてから、思い出したように告げる。
「いや、起きてたよ」
 白々しくも惚ける彼を、マティーニはついつい呆れた目で眺めた。いつだって、この男はこうだ。自分のペースを決して崩そうとせず、自らがどうでもいいと定めたことにはとことん興味がない。だから、凄惨な爆発事故の映像が流れていようが、平気で船を漕げる。冷酷である一方で、何事にも動じない。諜報員としては最高レベルのスキルかも知れなかった。
「コホン……手っ取り早く行こう。君が言いたいのは、僕らにこの事件を何とかしろってことだね?レジーナ」
 居眠りを咎められた気まずさを誤魔化すように、彼は咳払いをし、テーブルの上で両手を組む。眼鏡の奥の糸目に潜む、赤い瞳がレジーナを捉えた。
「その通りよ。あんたたちにしか出来ないことがあるの」
 表向きは礼儀正しさを備えた、しかし何を考えているか分からない笑みにも、レジーナは怯むことなく答える。顎をツンと上げ、高飛車に澄ました彼女を、ムーンはしばしじっと見つめた。その後、肩から力を抜いて息を漏らす。
「何か手掛かりはあるのかい?」
「もちろんよ。我々の映像解析班が、監視カメラのデータを一部取り出すことに成功した。爆心地と思われる場所の付近で、挙動のおかしな女性が映り込んでる。無関係とは思えないわ」
 試すような質問を、レジーナは待ち望んでいたとばかりに迎え撃った。彼女がタブレットを操作すると、ディスプレイに新たな映像が映し出される。
 非常に画質の悪い、不鮮明な絵だった。画面は縦線にまみれ、ブロック状に乱れている。音声も酷いもので、ザザーッと砂嵐のような音しか入っていない。それでも、一応はどこを映したものか判断出来た。左下から斜めに伸びる、白色の床。両側はガラス張りになっており、辺りの街並みを見下ろせるようになっている。廊下の先、つまり右上の方には、爆心地と思しきレストランの入り口が見えた。
 祝日だからか、行き交う者は非常に多く、年齢も様々だ。学生のグループ、家族連れ、老夫婦。皆至って不審な点はなさそうに思える。だが、その中に一人だけ、極めて目を引く特異な人物が紛れていた。
 髪の長い、恐らくは女だ。細くしなやかな背中と、ほっそりした足首から判断出来る。暗い色の髪を垂らし、セミフォーマルなワンピースを纏った、若い女だった。
 しかし、彼女の足取りは覚束なく、ふわふわとまるで夢の中を歩いているような危うさを含んでいた。たった数十秒の映像の中でさえ、何度も通行人とぶつかりそうになっている。その度に胡乱げな眼差しを向けられているが、謝ることも立ち止まることもしない。彼女はそのまま、ふらふらと件のレストランへ入っていってしまった。彼女の手には何もなく、バッグや携帯、財布を持っている様子もない。
 彼女が完全に画面から消えた数十秒後、唐突に映像が途切れる。爆発が起きて、カメラごと砕け散ったのだろう。黒一色に染まったモニターを見ながら、マティーニは呟いた。
「何だったんだ、あの女……心霊映像みたいだ」
 彼の言う通り、女性の行動は明らかに異常であった。ザラついた絵の中で見れば、まるでホラー映画のワンシーンのように思えても不思議ではない。それほどまでに怪しげで、不気味な存在だったのだ。マティーニの脳裏には、彼女の漂うような歩みと後ろ姿がくっきりと焼き付いていた。
「彼女、靴を履いてない。裸足だよ」
 わずかに目を開けて、映像を凝視していたムーンが、ふと口を開く。マティーニは再び映像を流させて、慌てて確認した。そして驚きの声を上げる。
「本当だ!よく分かったな、ムーン」
「でもこれだけじゃ、決定的な証拠とは言えない。単に運の悪い精神病患者が、たまたま爆発の現場に居合わせたってだけかも知れないだろう?」
 ムーンは首を左右に振って、相棒のぬか喜びを否定した。水を差されたマティーニは、唇を尖らせて抗議する。
「おいおい、そんな話あるわけないだろう。いくら何でも、偶然が過ぎるってものじゃないか?」
「だが、彼女は手ぶらだ。何も持っていない。爆弾のスイッチさえね」
 不満げな彼に、ムーンは片手を広げて映像を示す。
「別の奴に運ばせたのかも知れない。それに、魔法を使った可能性だってあるはずだ」
 ところがマティーニは諦めず、尚も言い募ってきた。
 無論、十分あり得る仮説ではある。この世界に存在する、魔法と呼ばれる神秘。悪魔たちの内奥に宿るその力を使えば、万物を動かし、常識や理を覆すことが出来る。鉄や火薬なしに、爆発を起こすことだって可能だ。ゲームとは違って、杖も魔導書も、荷物らしき物は何も要らない。
「もちろんそうだ。だけど……レジーナ」
「この女はとっくに死んでる。全身が発見されてるから、直前で入れ替わったって線もないわ。これ以上は何も知りようがないわね」
 ムーンはちらりとレジーナに一瞥を投げる。彼の意図を理解し、彼女は息を吐くように応えた。”全身”という言葉の裏に秘められた、グロテスクな意味を悟り、マティーニは身震いする。その間に、眼鏡を外しレンズを拭いていたムーンが、おもむろに尋ねた。
「他の事件は、どうなんだい?」
 彼の問いに被せるようにして、レジーナのブラウンの指が、びしりと彼の鼻先に突き付けられる。
「それよ、問題は。私も気になって、もう一度全ての証拠を洗い直させたの。そうしたら……いたのよ。明らかに動きのおかしい女が」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

はじまりはいつもラブオール

フジノシキ
キャラ文芸
ごく平凡な卓球少女だった鈴原柚乃は、ある日カットマンという珍しい守備的な戦術の美しさに魅せられる。 高校で運命的な再会を果たした柚乃は、仲間と共に休部状態だった卓球部を復活させる。 ライバルとの出会いや高校での試合を通じ、柚乃はあの日魅せられた卓球を目指していく。 主人公たちの高校部活動青春ものです。 日常パートは人物たちの掛け合いを中心に、 卓球パートは卓球初心者の方にわかりやすく、経験者の方には戦術などを楽しんでいただけるようにしています。 pixivにも投稿しています。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

ガールズバンド“ミッチェリアル”

西野歌夏
キャラ文芸
ガールズバンド“ミッチェリアル”の初のワールドツアーがこれから始まろうとしている。このバンドには秘密があった。ワールドツアー準備合宿で、事件は始まった。アイドルが世界を救う戦いが始まったのだ。 バンドメンバーの16歳のミカナは、ロシア皇帝の隠し財産の相続人となったことから嫌がらせを受ける。ミカナの母国ドイツ本国から試客”くノ一”が送り込まれる。しかし、事態は思わぬ展開へ・・・・・・ 「全世界の動物諸君に告ぐ。爆買いツアーの開催だ!」 武器商人、スパイ、オタクと動物たちが繰り広げるもう一つの戦線。

処理中です...