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ピラミッドの長
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「一体どういうつもりだ!!あんな大渋滞を引き起こすなんて!!」
分厚い壁を突き破って、特級の大声が響き渡る。前を通り過ぎる者がいれば、驚きと恐怖を覚えたかも知れないが、辺りは厳かに静まり返っていた。
「街で一番の大通りだぞ!?数分の通行規制だけで多大な損害を生む!それを、三時間も止めたんだ!!賠償金を請求されたら、どうしてくれる!!」
だからこそ、室内の男も外聞を憚らず、怒号をぶち撒けていた。デスクの広い天板に、どんと拳を振り下ろす。天然木の一枚板で出来たデスクは、誰が見ても分かる高級品だ。漆の塗られた表面に、憤怒の形相が映り込んでいる。
「大体、あんな人目につきやすい場所で、堂々と発砲するなんて!!既にライフルを持った金髪男の目撃証言が上がり始めてるんだぞ!?何を考えてるんだ!握り潰すのに、どれだけ金と手間がかかると思ってる!!」
彼の正面には、例によって涼しげな笑顔を浮かべた紳士、ムーンが立っていた。対する男は革張りのチェアに腰をかけたまま、紳士に迫っている。
部屋の中は小洒落た棚や観葉植物、最新鋭のデジタル機器など高価な物品で満たされていた。四方の壁をぐるりと取り囲むように、様々なゲームのポスターが額に入れられて飾られている。『新世界叙列章』、『モンスターズ・スクアッド』、『CARNIVAL』。並ぶタイトルはどれも、ゲーム好きなら知らぬはずはない名作ばかりだ。<オメガ・クリスタル・コーポレーション>の主力商品とも言える。
そして今、彼の目の前で怒りに吠えているこの男こそが、オメガ社の社長、ガイアモンドその人である。
すらりとした痩身と、長い手足。既に壮年と言っていい年齢ではあるものの、肌は若々しく張りを保ち、漆黒の髪には白は一本も混ざっていない。くっきりとした眉と高い鼻梁、顎がシャープな面長の顔立ちには、甘さと凛々しさが絶妙なバランスで共存している。髪色と同じ瞳は、いかにも辣腕経営者と言わんばかりの、冴え冴えとした光を放っていた。肉厚の唇は艶めいて、声音にも深みがある。青を基調とした格子縞の三つ揃えに、濃紫のネクタイを締めた服装が、いかにも上流階級者らしい上品な印象を与えていた。怜悧で知的な、まるでキリリと冷たい渓流の雪解け水のような雰囲気だ。彼がいるだけで、場の空気は引き締まり、清涼な風に満ちる。これで微笑みでも浮かべていたら、大勢の女性を虜にすること間違いなしだろう。
「いいか!?独立諜報機関は、子供のお遊びじゃない!れっきとした事業なんだよ!!大義名分だとか、正義の執行だとか、そんなのはどうでもいい!!会社のために、利益と評判を守るのが仕事だ!!」
だが、残念ながら現在の彼は、端正な顔を怒りに歪め、がなり立てている最中であった。ナチュラルにかき上げた髪はバサバサに乱れ、声は枯れそうになっている。眉目秀麗な色男のイメージからは、遠くかけ離れた姿を晒していた。
ところが、ムーンはまるで反省の色を見せない。何故なら、百八十センチ近いガイアモンドの長身と比べても、彼の背丈はその更に十センチ以上高く、年齢も上だからである。加えて旧知の仲とあっては、迫力などほとんどないに等しかった。
「それなのに君ときたら、いつまでも英雄気取りで、派手なパフォーマンスばかり繰り返す……!いい加減もっと分別をだな!」
「あれ……もしかしてこれ、僕がこの前テストしたやつ?発売したのか」
尤も、それはムーンの性格が、マイペース極まりないせいかも知れなかったが。
「話を聞け!!!」
デスクに置かれたゲームソフトのパッケージを手に取り、繁々と眺め入る彼を、ガイアモンドは背後から蹴り飛ばしそうな勢いで叱る。ムーンは彼に一瞥もくれぬまま、デスクの上にある様々な物品を観察し続けていた。
「ムーン、本当に困るんだよ……!警察機構への根回しと、ALPDの立ち上げで、組織の収支はカツカツなんだ。これ以上の赤字は出せない」
怒りに任せた叱責が通じないと見るや、ガイアモンドは作戦を切り替えた。聞く者の同情を誘うような、不安げな口調で説得を始める。その眼には涙さえ浮かべて、こちらの袖に縋り付かんばかりの哀願ぶりだ。相手に寄り添い譲歩しつつも、不可能の理由を告げる、巧みな交渉法。調子っ外れの弱々しい声。何度目にしても、褪せることのない演技力の高さに、ムーンは内心舌を巻く。
「そりゃ、僕だって、出来るなら君に、好き放題させてやりたいよ。だけどムーン、出来ないんだ。これが事業の一環である以上、ある程度の収益は確保しなくちゃいけない。別に、莫大な財を成そうってわけじゃないんだ。あくまでこれは、本業のための補助的な活動であって……」
「あ、そうだ。僕が借りた自転車、壊れちゃったから賠償するならついでに頼むよ」
しかし、彼は絆されることなく、社長渾身の訴えを容赦なく遮った。手をポンと打つ間抜けな動作と共に、満面の笑みを向けてやると、再びガイアモンドの頬に朱が上る。
「ムーンっ!!!」
感情に任せて飛びかかってくる彼を、ムーンは軽い身のこなしでさっと避けた。彼の動きに翻弄されながらも、ガイアモンドは負けじと対抗を試みる。さほど広くはない社長室で、二人の男は年甲斐もなく競り合った。その時。
「失礼します」
突然、閉ざされた扉が開き、同時にガイアモンドの体が文字通りに吹き飛んだ。彼の細身は呆気なく宙を舞い、ちょうどよく置かれていた応接用の椅子に、尻からダイビングする。
「社長、お時間で……あら?」
違和感に気付いて、現れた女性が首を傾げた。かなり、大柄な女性だ。といっても、身長は至って平均的。問題は、横幅である。”少々”太ましい、否、ふくよかな……存在感のある肉体。深緑のタイトスカートと揃いのジャケット、光沢のあるシルクのスキッパーシャツを纏った姿は、ともすれば社長よりも貫禄がある。肌はチョコレートブラウンで、同じ色の髪をドレッドにし、団子状に結い上げていた。アイシャドウ、リップ、ネイルは目の覚めるような銀色。フォックス型の眼鏡のフレームも銀だ。
「ちょうどいいタイミングだったよ、レジーナ。まさに、完璧だ」
彼女はその体格に見合った怪力で、鍵のかかった扉を力ずくで開けた。そして、ガイアモンドはそれに弾き飛ばされたというわけだ。ソファに身を沈めたまま、目を回している彼を見下ろし、ムーンは賞賛の拍手を送る。レジーナは蛇皮のヒールをかつりと鳴らし、緑の瞳できっと彼を見据えた。
「全く、少しは反省しなさいよ、ムーン。ただでさえ、社長は気苦労の多いお立場なのに。これ以上あんたがストレスかけて、社長の胃に穴でも開いたら、訴訟を起こしますからね」
小脇に抱えていた書類の山を、どさりと社長のデスクに積んで、彼女は指を突き付ける。言動とはこうも容易く変わるものなのかと、入社当初の彼女を知るムーンは思った。高慢ちきな振る舞いは、どことなくガイアモンドの影響を感じさせる。
「痛い……レジーナ、ドアの鍵を壊すなと言ったろう。これで何度目だ……」
ようやく意識を取り戻した社長が、打ち付けた額を押さえつつ呻いた。
「善処しますわ。それで社長、こちらの確認を」
レジーナは平気で応じ、彼の腕を引っ張るとまた力ずくで立たせる。もはや自分の腕力に対して、罪悪感も恥も感じないらしい。むしろ、この程度で簡単に吹っ飛ばされる社長の痩身が悪いのだと言わんばかりである。
「あぁ……」
だが、ガイアモンドもガイアモンドで、目の前に仕事を差し出されるとその他の全てを忘れてしまうのだから、どうしようもない。書類を食い入るように眺めつつ、彼は指先で自らの上唇を弄んだ。考え込んでいる時の彼の癖だ。
「うん、これで問題ないよ。後は君に任せる」
「かしこまりました。万事こちらで進めておきます。さ、行きましょう。会食に遅れますよ」
「そうだった!忘れてたっ」
レジーナは淡々と応じ、ガイアモンドを急かした。予定を思い出した彼は、焦った様子で跳ね起きる。ジャケットの皺を慌てて伸ばして、壁に嵌め込まれた鏡に、全身を映してチェックしている。この姿を見る度いつも思うことだが、まるで思春期の女子中学生のようだとムーンは想起した。
「君が何を考えているかは大体分かるからな、ムーン。そのべったりした笑いを止めろ」
鏡越しに見られていたのか、ガイアモンドの鋭い牽制が飛んでくる。”べったり”と揶揄された笑みの浮かぶ口元を、彼はおもむろにむにむにと揉んだ。
「それじゃ、僕は行く。今夜のミーティングは必ず参加しろよ。毎回遅刻や欠席だと、君を起用した僕の立場が揺らぐんだ」
ガイアモンドは早口に告げながら、必要な物だけをサッサとまとめて出口へと向かった。レジーナが開けた扉から出て行こうとして、ふと思い出したように立ち止まる。
「絶対だからな」
わざわざ指を差されて、再度勧告された。ムーンは微笑んだまま、肩を竦めてそれに応じる。ガイアモンドの胡乱げな眼差しが頬に突き刺さった。
「はぁ……」
溜め息と共に去っていく彼を、小ぶりに手を振って見送る。レジーナが鍵を破壊したドアが、ゆっくりと閉まった。部屋の主が出ていっても残留を許されるのは異常だが、信頼の証でもあった。
一人取り残されたムーンは、手持ち無沙汰からしばし室内をうろつき回る。棚に飾られた写真やガラス細工を眺め、デスクの上の書類などをパラパラと捲り、ソファの一つにどっかりと腰掛けてみたりもした。だが、数分もしない内に飽きが来て、彼は立ち上がった。呑気な足取りで社長室を後にする。彼の退出を検知して、自動で電灯が消された。薄暗くなった室内に、窓から陽光が入り込んでいた。
分厚い壁を突き破って、特級の大声が響き渡る。前を通り過ぎる者がいれば、驚きと恐怖を覚えたかも知れないが、辺りは厳かに静まり返っていた。
「街で一番の大通りだぞ!?数分の通行規制だけで多大な損害を生む!それを、三時間も止めたんだ!!賠償金を請求されたら、どうしてくれる!!」
だからこそ、室内の男も外聞を憚らず、怒号をぶち撒けていた。デスクの広い天板に、どんと拳を振り下ろす。天然木の一枚板で出来たデスクは、誰が見ても分かる高級品だ。漆の塗られた表面に、憤怒の形相が映り込んでいる。
「大体、あんな人目につきやすい場所で、堂々と発砲するなんて!!既にライフルを持った金髪男の目撃証言が上がり始めてるんだぞ!?何を考えてるんだ!握り潰すのに、どれだけ金と手間がかかると思ってる!!」
彼の正面には、例によって涼しげな笑顔を浮かべた紳士、ムーンが立っていた。対する男は革張りのチェアに腰をかけたまま、紳士に迫っている。
部屋の中は小洒落た棚や観葉植物、最新鋭のデジタル機器など高価な物品で満たされていた。四方の壁をぐるりと取り囲むように、様々なゲームのポスターが額に入れられて飾られている。『新世界叙列章』、『モンスターズ・スクアッド』、『CARNIVAL』。並ぶタイトルはどれも、ゲーム好きなら知らぬはずはない名作ばかりだ。<オメガ・クリスタル・コーポレーション>の主力商品とも言える。
そして今、彼の目の前で怒りに吠えているこの男こそが、オメガ社の社長、ガイアモンドその人である。
すらりとした痩身と、長い手足。既に壮年と言っていい年齢ではあるものの、肌は若々しく張りを保ち、漆黒の髪には白は一本も混ざっていない。くっきりとした眉と高い鼻梁、顎がシャープな面長の顔立ちには、甘さと凛々しさが絶妙なバランスで共存している。髪色と同じ瞳は、いかにも辣腕経営者と言わんばかりの、冴え冴えとした光を放っていた。肉厚の唇は艶めいて、声音にも深みがある。青を基調とした格子縞の三つ揃えに、濃紫のネクタイを締めた服装が、いかにも上流階級者らしい上品な印象を与えていた。怜悧で知的な、まるでキリリと冷たい渓流の雪解け水のような雰囲気だ。彼がいるだけで、場の空気は引き締まり、清涼な風に満ちる。これで微笑みでも浮かべていたら、大勢の女性を虜にすること間違いなしだろう。
「いいか!?独立諜報機関は、子供のお遊びじゃない!れっきとした事業なんだよ!!大義名分だとか、正義の執行だとか、そんなのはどうでもいい!!会社のために、利益と評判を守るのが仕事だ!!」
だが、残念ながら現在の彼は、端正な顔を怒りに歪め、がなり立てている最中であった。ナチュラルにかき上げた髪はバサバサに乱れ、声は枯れそうになっている。眉目秀麗な色男のイメージからは、遠くかけ離れた姿を晒していた。
ところが、ムーンはまるで反省の色を見せない。何故なら、百八十センチ近いガイアモンドの長身と比べても、彼の背丈はその更に十センチ以上高く、年齢も上だからである。加えて旧知の仲とあっては、迫力などほとんどないに等しかった。
「それなのに君ときたら、いつまでも英雄気取りで、派手なパフォーマンスばかり繰り返す……!いい加減もっと分別をだな!」
「あれ……もしかしてこれ、僕がこの前テストしたやつ?発売したのか」
尤も、それはムーンの性格が、マイペース極まりないせいかも知れなかったが。
「話を聞け!!!」
デスクに置かれたゲームソフトのパッケージを手に取り、繁々と眺め入る彼を、ガイアモンドは背後から蹴り飛ばしそうな勢いで叱る。ムーンは彼に一瞥もくれぬまま、デスクの上にある様々な物品を観察し続けていた。
「ムーン、本当に困るんだよ……!警察機構への根回しと、ALPDの立ち上げで、組織の収支はカツカツなんだ。これ以上の赤字は出せない」
怒りに任せた叱責が通じないと見るや、ガイアモンドは作戦を切り替えた。聞く者の同情を誘うような、不安げな口調で説得を始める。その眼には涙さえ浮かべて、こちらの袖に縋り付かんばかりの哀願ぶりだ。相手に寄り添い譲歩しつつも、不可能の理由を告げる、巧みな交渉法。調子っ外れの弱々しい声。何度目にしても、褪せることのない演技力の高さに、ムーンは内心舌を巻く。
「そりゃ、僕だって、出来るなら君に、好き放題させてやりたいよ。だけどムーン、出来ないんだ。これが事業の一環である以上、ある程度の収益は確保しなくちゃいけない。別に、莫大な財を成そうってわけじゃないんだ。あくまでこれは、本業のための補助的な活動であって……」
「あ、そうだ。僕が借りた自転車、壊れちゃったから賠償するならついでに頼むよ」
しかし、彼は絆されることなく、社長渾身の訴えを容赦なく遮った。手をポンと打つ間抜けな動作と共に、満面の笑みを向けてやると、再びガイアモンドの頬に朱が上る。
「ムーンっ!!!」
感情に任せて飛びかかってくる彼を、ムーンは軽い身のこなしでさっと避けた。彼の動きに翻弄されながらも、ガイアモンドは負けじと対抗を試みる。さほど広くはない社長室で、二人の男は年甲斐もなく競り合った。その時。
「失礼します」
突然、閉ざされた扉が開き、同時にガイアモンドの体が文字通りに吹き飛んだ。彼の細身は呆気なく宙を舞い、ちょうどよく置かれていた応接用の椅子に、尻からダイビングする。
「社長、お時間で……あら?」
違和感に気付いて、現れた女性が首を傾げた。かなり、大柄な女性だ。といっても、身長は至って平均的。問題は、横幅である。”少々”太ましい、否、ふくよかな……存在感のある肉体。深緑のタイトスカートと揃いのジャケット、光沢のあるシルクのスキッパーシャツを纏った姿は、ともすれば社長よりも貫禄がある。肌はチョコレートブラウンで、同じ色の髪をドレッドにし、団子状に結い上げていた。アイシャドウ、リップ、ネイルは目の覚めるような銀色。フォックス型の眼鏡のフレームも銀だ。
「ちょうどいいタイミングだったよ、レジーナ。まさに、完璧だ」
彼女はその体格に見合った怪力で、鍵のかかった扉を力ずくで開けた。そして、ガイアモンドはそれに弾き飛ばされたというわけだ。ソファに身を沈めたまま、目を回している彼を見下ろし、ムーンは賞賛の拍手を送る。レジーナは蛇皮のヒールをかつりと鳴らし、緑の瞳できっと彼を見据えた。
「全く、少しは反省しなさいよ、ムーン。ただでさえ、社長は気苦労の多いお立場なのに。これ以上あんたがストレスかけて、社長の胃に穴でも開いたら、訴訟を起こしますからね」
小脇に抱えていた書類の山を、どさりと社長のデスクに積んで、彼女は指を突き付ける。言動とはこうも容易く変わるものなのかと、入社当初の彼女を知るムーンは思った。高慢ちきな振る舞いは、どことなくガイアモンドの影響を感じさせる。
「痛い……レジーナ、ドアの鍵を壊すなと言ったろう。これで何度目だ……」
ようやく意識を取り戻した社長が、打ち付けた額を押さえつつ呻いた。
「善処しますわ。それで社長、こちらの確認を」
レジーナは平気で応じ、彼の腕を引っ張るとまた力ずくで立たせる。もはや自分の腕力に対して、罪悪感も恥も感じないらしい。むしろ、この程度で簡単に吹っ飛ばされる社長の痩身が悪いのだと言わんばかりである。
「あぁ……」
だが、ガイアモンドもガイアモンドで、目の前に仕事を差し出されるとその他の全てを忘れてしまうのだから、どうしようもない。書類を食い入るように眺めつつ、彼は指先で自らの上唇を弄んだ。考え込んでいる時の彼の癖だ。
「うん、これで問題ないよ。後は君に任せる」
「かしこまりました。万事こちらで進めておきます。さ、行きましょう。会食に遅れますよ」
「そうだった!忘れてたっ」
レジーナは淡々と応じ、ガイアモンドを急かした。予定を思い出した彼は、焦った様子で跳ね起きる。ジャケットの皺を慌てて伸ばして、壁に嵌め込まれた鏡に、全身を映してチェックしている。この姿を見る度いつも思うことだが、まるで思春期の女子中学生のようだとムーンは想起した。
「君が何を考えているかは大体分かるからな、ムーン。そのべったりした笑いを止めろ」
鏡越しに見られていたのか、ガイアモンドの鋭い牽制が飛んでくる。”べったり”と揶揄された笑みの浮かぶ口元を、彼はおもむろにむにむにと揉んだ。
「それじゃ、僕は行く。今夜のミーティングは必ず参加しろよ。毎回遅刻や欠席だと、君を起用した僕の立場が揺らぐんだ」
ガイアモンドは早口に告げながら、必要な物だけをサッサとまとめて出口へと向かった。レジーナが開けた扉から出て行こうとして、ふと思い出したように立ち止まる。
「絶対だからな」
わざわざ指を差されて、再度勧告された。ムーンは微笑んだまま、肩を竦めてそれに応じる。ガイアモンドの胡乱げな眼差しが頬に突き刺さった。
「はぁ……」
溜め息と共に去っていく彼を、小ぶりに手を振って見送る。レジーナが鍵を破壊したドアが、ゆっくりと閉まった。部屋の主が出ていっても残留を許されるのは異常だが、信頼の証でもあった。
一人取り残されたムーンは、手持ち無沙汰からしばし室内をうろつき回る。棚に飾られた写真やガラス細工を眺め、デスクの上の書類などをパラパラと捲り、ソファの一つにどっかりと腰掛けてみたりもした。だが、数分もしない内に飽きが来て、彼は立ち上がった。呑気な足取りで社長室を後にする。彼の退出を検知して、自動で電灯が消された。薄暗くなった室内に、窓から陽光が入り込んでいた。
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