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第六章 ページをめくって

30.小さな思い出

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「私が学園に来て間もない頃…。」


お姉さまは半身を起こして窓の外を見た。
雪は止んでいて、暖かくひんやりとした光が窓辺に積もった雪を光らせている。


「今日みたいに空気が澄んでた日だった。初めての魔術の授業があって、私は当然の如く力を発揮して先生に驚かれたわぁ。」


自慢話から入るところがお姉さまだ。
僕はベットに腰かけて話に耳を傾けた。


「他の数人の生徒もまあまあやってたけど、なかでも全然できない子供がいたのよねぇ。」

「それがメガイラ様だったと?」

「そう、それが彼女との出会いだった。」



メガイラは女神の素質の欠片も見られないような、ただの天界に住む子どもだった。

私はどうしてこの子が学園に入学できたのか不思議でならなかったわ。
当時は、姉妹制度もなかったし、誰かが引き入れたなら校長しかいない。


でもルイは何も教えてくれないから、本人に聞いてみたの。『なんであなたみたいな子がここにいるのよ?』って。


「お姉さま…。子供相手にそれは怖がられますよ。」

「まぁ聞きなさいよ。」


メガイラは私の目を真っ直ぐ見て答えたわ。

『お父様とお母様が、学園の門の前に私を置いていったから。』

私は驚いた。
この子は、何も持たず親にここへ来させられたのことを恨んでる様子もない。悲しんでいるようにも見えない。
ただそれが当然だというように受け入れてたの。


メガイラは天界で生まれた子供だった。
時が止まった私たちと違って、成長し、老いて、いつかは死んでしまう。
それも、私達に比べて随分と早くその時は訪れる。


「皮肉よねぇ。自ら命を絶った私達は永遠に天界にいるのに、天界の子は限られた時間しか生きられないなんて。」


「では、メガイラ様もいつか…。」



「…チカは、天界で死ぬとどうなると思う?」


「うーん…。たしか授業では、魂はエネルギーの一部となって世界の大きな流れに組み込まれてく…とか言ってましたね。
抽象的で難しいですが、こうしている僕達と違うのはわかります。」


「そうね。つまり、死んだら"自分"は無くなってしまう。個を失い、永遠に数多の世界を漂い続けるの。」


天界という箱庭に永遠に閉じ込められる私達と、死んだら永遠に自分というものを失う天界の子。
どちらもその運命から逃れるには、女神となって転生するしかない。


「メガイラの親は、きっとそのことをわかってて学園に置いていったんだわ。本人は捨てられたと思ってたみたいだけど。」


それからしばらくして、姉妹制度ができた。
メガイラみたいな子供や、存在し続ける自殺者達の孤独さを和らげるかのように。


私も妹が欲しかったけど、ついてこれそうな子もめぼしい子もいなかったし、同じく妹を持たないで一人でいるメガイラとよくつるんでたわ。

授業をサボって遊んだり、街で派手に遊んでみたり。ダンスパーティーなんかのときは、バッチリ決めて街の男の子をからかったりもした。


「なんか、今のメガイラ様からは想像できないですね。」

「反抗期ってやつかしらね?あのときが一番荒れてたもの。」


一緒にいても、メガイラは全部をさらけださない。

だからかしら。
仲良くやってる生徒達を見る、メガイラの目を今でも忘れないのは。

それは切望と嫉妬にまみれた視線だった。
メガイラが女神としての素質を掴み始めたのも、その時からだった気がする。



「あの子はずっと一人ぼっちだったから、そういうの羨ましかったんでしょうねぇ。」

「…その気持ち、わかる気がします。」

「チカは一人ぼっちじゃないでしょ?私がいるじゃない!」


お姉さまはガバッと僕に抱きついて頬擦りをしてくる。


「ちょっ!寝てないとダメじゃないですか!」

「チカも一緒に寝てよぉ~。」

「ええ?」

「話をしてあげたご褒美に、ね?お願いよ。」


(ずるいなぁ…。)

そんな言い方をされたら僕は断れないのをお姉さまは知っている。
仕方なくベッドに登り、お姉さまの隣に座った。


「ほんと、メガイラに妹ができたときは信じられなかったわぁ。しかもあの小娘が妹だったなんてね。」


憎まれ口をたたきながらも、お姉さまの表情はとても優しかった。
メガイラ様をずっとそばで見てきたからこそ、感じるものがあるんだろう。


「…メガイラ様も、一人ぼっちしゃないですよ。お姉さまがいたんですから。」

「そうかしら?そうだったらいいわね。」

「そうですよ。メガイラ様にも、僕にも、セレナお姉さまがいて良かったです。」


「何?そんなこと言っておだてても薬は1日半分しか飲みませんからね?」

「本当に思ったことですけどね。」


「何よぉ~。」


照れてるのか、お姉さまは布団のなかに顔を隠してしまった。
珍しいその姿をもっと見たくて、僕も布団に潜り込んだ。


「今のお姉さま、可愛い。」

「はっ?はぁ!?…私が美しいのは当たり前でしょお!?」

「ふふっ。ですね。」



お姉さまは約束通り1日半分の薬をきっちり飲み続けた。
たっぷりと睡眠をとったおかげもあり、数日後にはいつもの元気なお姉さまに戻ったのだった。




ーーギシッ

ベッドの軋む音がする。

月明かりに照らされて人影が見えた。
柔らかな髪先が僕の顔をくすぐる。


「さぁ、聞かせてもらうわよ?」


目を開けると、お姉さまが僕に覆い被さっていた。

薬を飲む変わりに、お姉さまに抱く"恋"の意味を教える取引。
もちろんそのことを忘れたわけじゃない。
けど…。


「お姉さまっ、ケホッ。ちょっと今は待って…。」


ミイラ取りがミイラになるのはお約束。

看病している間に熱が移ってしまい、お姉さまの体調が良くなったとたん次は僕がダウンしてしまったのだ。


頭がぼうっとするし身体がだるくて今は何も考えられない。

恋の答えや課題のことはもう少し先になりそうだ。
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