悪魔で女神なお姉さまは今日も逃がしてくれない

はるきたる

文字の大きさ
上 下
30 / 41
第六章 ページをめくって

29.意外な一面

しおりを挟む
「具合はどうですか?」

「んー、まだ頭はボーッとするけど、別に息苦しいとかはないわぁ。」


昼過ぎに目が覚めたお姉さまは、お腹がすいたと言ってお粥をねだるくらいには食欲も回復していた。


「ごちそうさま。美味しかったわ。」

「よかったです。では…。」

「薬は飲まないわよ?」


まるで猫のように警戒している。そりゃあ薬は進んで飲みたくなるものじゃないかもしれないけど、なんでそんなに嫌がるんだろう。


「わかってます。だから、僕と取引をしませんか?」

「取引?」

「はい。お姉さまの欲しい物を渡す代わりに、熱が下がり、体調も回復するまで薬を飲んでいただきます。」


お姉さまは少し考えて僕のほうを見た。


「ずいぶん自信がありそうだけど、私の欲しいものって一体何をくれるつもりなのぉ?」

「僕の"答え"です。」


それだけで何か分かったようだ。
以前の課題のときに、お姉さまに聞かれて散々はぐらかしたあのこと。

『チカにとっての恋ってどっちの意味なの?』



「…ふーん?」


満更でもない様子。
気になったことは徹底的に知りたがるお姉さまの性格だ。僕がどっちの意味とも答えずにうやむやにしたことを納得いってないのはわかっていた。


「回復するまでって言うなら、それじゃ足りないわね。薬1回分なら…考えるけど?」

(そんな何回分も出せるほどカードはない。僕の切り札はこれだけなのに。)

「せめて、3日分は飲んでくださいよ。」

「嫌よ。朝夜1回ずつで6回も飲まないといけないじゃないよ。」

「じゃあ2日分では?」

「1日分。」

「…1日半は?」

「まぁ、それならしょうがないわね。」


僕はまんまと口車にのせられて、回復するまで薬を飲むという提案から1日半まで引き下げてしまった。
今までワガママを貫き通してきたお姉さまの交渉術を侮った僕のミス。


「さぁ、聞かせてもらいましょうか?」

「まずは今日の分飲んでからです!」

「はいはい。」


お姉さまは心底嫌そうな顔をして、保険医お手製の薬をコップすべての水を使って流し込んだ。


「っあ"ーーー!」

(お姉さまから聞いたことのないダミ声が…。)

「そんなにその薬が嫌いなんですか?」

「この薬だけじゃなくて、全部嫌いなの!」

「どうしてまた。」

「私の親がいつも無理矢理飲ませてたからよ!」


僕は何故か聞いてはいけないことを聞いてしまった気がして、言葉に詰まってしまった。

親、ということはお姉さまの生前のときの話。そんな個人的なことをこんな状況で聞くつもりはなかった。


「……。そうでしたか。」

「もう、チカはすぐ気にするんだから。私にとっては過去のことだからどうだっていいのよ。」

(お姉さまにあったこと、僕は何も知らない。)


天界に、この学園にいるということは事情があるはずだ。でも、僕にはそれを聞く権利はない。


「…課題、あったんでしょ?
私も集会の様子をここで見てはいたけど、熱のせいかぼやけてよくわからなかったのよ。詳しく教えなさいよぉ。」


「あ、はい。今回の課題は副会長のミネルウァ様からの伝達でした。『自分を表す本を見つけること。』とのことです。」

「ふーん?チカが苦手そうな課題ねぇ。」


僕のことをよくわかっている。
実際に、図書室で探しても全然見つからなかった。自分がどんな人物かわかっていることが前提となるのだから、わからずに生きてきた僕はマイナスからのスタートになる。


「お姉さまは、すぐに本が見つかりそうですか?」

「楽勝よぉ。自分で書いた本を選ぶだけだもの。自伝的な内容で課題にもぴったり。」

「自分で書いた本?お姉さまが?物書きを??」


あの授業もほとんど聞かず、遊んでばかりのお姉さまが書き物をする姿なんて想像できない。


「何よ、その信じられないって顔は。私だってそのくらいやるわよぉ。」

「本当なんですか。」

(なにそれ凄い気になる。読みたい。)


お姉さまが書いた本…。しかも自伝的内容とは。
いや、読んでいいのだろうか。つい先程まで、お姉さまの個人的なことを聞いて狼狽えていた僕が。


「あ、でもどこにやったかしら。図書室に置いといたことは覚えてるんだけど。」

「え、図書室に?」

「ええ、匿名でね。皆が読めれば楽しめるじゃない!」

(まさかの自主寄贈!?名前は伏せてるとはいえオープンすぎでは!?)


「…それ、僕も読んでいいものなんですか?」


恐る恐る聞いてみた。
いくらそんな誰でも読める状態とはいえ、僕は著者を知ってしまっているのだ。


「うーん…、チカに読まれると思うと少し恥ずかしいわ…。まぁ、図書室で見つけたら、あとはご自由に。」


(いいってことかな?)


あの大量の本が天の天まで埋め尽くされている図書室で、お姉さまの本を見つける確率はほぼゼロに近い。
お姉さまのことを知りたいからできれば読みたいけれど。


「題名はなんていうんですか?」

「忘れたわぁ。そもそも題名をつけたかしら?」

「ええ~。」

「仕方ないでしょお?学園に来たばかりの頃に書いたものなんだからっ。」


お姉さまは口を尖らせた。


「そういえばお姉さまはいつ頃学園に来たんですか?」

「すごく前よ。街で偶然ルイと出会って、学園を創立したけど生徒が少ないから困ってるって言われて。入学しないかって誘われて来たの。」


それで昔からの友人ってわけだったのか。
校長先生から直接誘われるくらい、お姉さまには女神の素質があったのだろう。


「チカが嫉妬してたルイにね。」

「それは余計ですっ。」


けれど、そんなに昔のことならお姉さまはいったい天界に来て何年経っているのだろう。
お姉さまも校長先生も、街の人達も、歳をとっているようには見えない。


(天界で生まれたひとは歳をとるけど、天界にきた人は歳をとらないとか?
…と、いけない。また関係ないこと考えちゃってた。)


「お姉さま。集会の際、メガイラ様がお大事にとおっしゃってました。皆心配してるんですから、しっかり休んで早く良くなってくださいね。」

「わかってるわよぉ。メガイラは心配してるかわかんないけどねぇ?」

「なんでそんな言い方を。」


二人の間に何かあったのか、お姉さまは意味深な言い方をする。


「あの子の考えてることわかんなくなっちゃったもの。」

「…?仲良かったんですか?」

「まあね。メガイラが子どもの頃から一緒だったもの。」


(子どもの頃から…?)

お姉さまは『眠くなるまで』と言って、入学した頃に会った女の子の話を始めた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

アイドルグループの裏の顔 新人アイドルの洗礼

甲乙夫
恋愛
清純な新人アイドルが、先輩アイドルから、強引に性的な責めを受ける話です。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

処理中です...