婚約者は人妻と不倫しているようです。略奪婚がしたいので婚約は破棄らしいのですが、精々頑張って下さい

hikari

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回想編〜やさしい先輩〜

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なぜ? なぜに変わってしまったの?

イベイラ、教えて!!

なぜ不倫なんかしているの?

なぜわたくしから婚約者を奪うの?

気づけば目も釣り上がってしまった。

一人称も「わたくし」から「あたし」に。


学園時代は優しくて、面倒見の良かった先輩だったのに。

わたくしに嫌な顔ひとつせず、音楽を教えてくれた。

毎週末の音楽のレッスンは楽しみだった。

音楽のみならず、ファッションの話もしていた。

イベイラのファッションセンスは良かった。

黒髪を生かしたファッションが素敵だった。

憧れだった。

しかし……なぜなの? イベイラ……。


クリストファーとの結婚式にも招待してもらった。

あのときは幸せそうな顔を見せていた。

神様の前で、永遠の愛を誓い合ったのに、頭が寂しくなったからって不倫に走った。

「ハゲ」

それだけで、いとも簡単に愛って崩れ去るの?

否、イベイラの父、サイモントン子爵も頭は薄いではないか。

なのに、なぜ、クリストファーを貶すのか?

それを知ったサイモントン子爵はどう思うだろう?




リンジーは自室のベッドにうずくまっていた。

とめどなく涙があふれる……。

二人の裏切り。

誠実だったサイラス王子。

マックス王子からも祝福されていた。







「大事な弟をよろしく」








実兄のマックス王子も裏切るの?



お見合いは本当ならマックス王子とするはずだった。

しかし、マックス王子は社交的なサイラス王子に譲った。

マックス王子は寡黙な人柄だった。

心を許せばよく話すみたいだが、こころを許すまでの過程が難しい人と噂だった。

サイラス王子はよく話す人物だった。

「うるさい」

と言われるほどよく話す人だった。

話していて飽きない人だった。

それゆえに、交友関係も広かった。

王侯貴族のみならず、平民からの支持も厚かった。

――そんな性格が裏目に出たのね。




ニャーン。

飼い猫のリンがやってきた。

リンの首輪に取り付けられている鈴の音が響き渡る。

リンはシルバーメタリックの猫だが、暗い部屋では黒く見える。

リンジーはリンを抱き上げた。

「リン。私、帰ってきちゃった」

ニャーン。

再びリンが鳴いた。

リンジーはリンの頭を撫でた。





本当にやさしかった



あの頃は






















★☆★☆














リンジーは鉛のようにどっしりとした低い声がコンプレックスだった。

一度で良い。清々しいソプラノの声を出してみたかった。

ソプラノが憧れだった。

絵だけが取り柄だった。絵のコンクールではいつも評価されていた。

絵は風景画が得意だった。絵のコントラストが明るいと専ら話題だった。

絵だけでは物足りない。音楽も得意になりたかった。

歌唱力を上げたかった。













☆★☆★





ある晴れたうららかな日差しの元、リンジーはサイモントン子爵家の令嬢、イベイラに音楽を教わることが叶った。

イベイラの家は音楽一家。父親は王立交響楽団でコントラバスを演奏し、母親は王立合唱団でソプラノを務めている。

イベイラは透き通るソプラノとして有名だった。

どうすれば上手に歌えるの?

どうしてわたくしは地声で歌ってしまうのでしょう?

イベイラは一つ上の学年だった。

ある合唱コンクールで知り合った。

イベイラには度々音楽のレッスンをしてもらっている。

面倒見の良いやさしい先輩、というのが感想だった。



イベイラの部屋にはオルガンがあった。

春の日差しが窓から差し込んでいる。

「リンジー。どこまで低い声が出るの?」

と言って低温のシをオルガンで出した。

「あー」

「じゃあ、次はラね」

と言ってラの鍵盤を叩いた。

「あー」

「出るね」

「じゃあ、次はソね」

と言ってソの鍵盤を叩いた。

「あー」

軽々出る。

「次はファね。出るかしら?」

と言ってファの鍵盤を叩いた。

「あー」

「凄い! 凄いよリンジー。低い声は貴重なのよ。高い声は努力をすれば出るけれど、低い声はいくら頑張っても出ないのよ」

そう音楽の先生も言っていた。

「リンジー。声が低いのはコンプレックスかもしれないけれど、低い声は貴重なのよ」

それでも高い声を出したかった。

「だーいじょうぶ。高い声は出るわ」

黒髪に黒い瞳。たまご型の頭。唇の左下には大きなほくろがあった。

そして笑うと八重歯が見えた。

「イベイラ。わたくし、高い声がだしたいんです」

「大丈夫。訓練すれば出るわ」

「訓練? コツでもあるんですか?」

すると、イベイラは笑い、八重歯を見せた。

「声を大きく出すと、高音は出るわ」

リンジーは訓練してみようと思った。



「それより、次の舞踏会のわたくしのドレス、見てもらえる?」

と言ってイベイラはクローゼットへ向かった。

「このドレス。新しく新調してもらったの」

蛍光色のピンク色が何とも眩しい。

黒髪にはよく似合う。

「うん。すごく良く似合うわ」

「リンジーは髪の毛がオレンジバーミリオンだから、白とか茶色とかどう?」

確かに、オレンジ色に白と茶色は似合う。

「次の舞踏会、楽しみだわ」

舞踏会は王室主催だった。

王宮で行われる。

「ねえ、リンジー。リンジーは許嫁がいるの?」

いなかった。

「いないわ」

「そうなんだ。わたくしはすでに婚約者がいますの。それはガルシア公爵のご令息、クリストファーさま」

クリストファーは頭脳明晰でキレ者で有名だった。

ガルシア公爵家は王室専属の医師。外科手術が得意だった。

クリストファーも医師を志望していた。

「クリストファーさまなんてうらやましいですわ」

「うふふ。わたくしは次の舞踏会でクリストファーさまと踊るんですの。楽しみですわ」

何とも羨ましい。

リンジーには意中の彼はいたものの、失恋したばかり。

因みに意中の彼とはスミス侯爵ご令息のヤンだった。










★☆★☆














涙が止まらない……。

眠れぬ夜を過ごした。
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