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婚約破棄
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真冬の寒さ厳しい中、外はしんしんと雪が降っている。空は重苦しい鉛色の雲が広がっている。吐く息は白く濁る。ここ、ミレイナー王国は盆地で夏は暑く冬は寒い。春になると、薄紅色のミレイナーという花が咲き、その花が国名の由来となっている。
アレクシアは極度の寒がりで、冬が大嫌い。ウインタースポーツも誘われはするが、毎度のように断っている。寒いときに寒いところに行くなど言語道断。対して夏は大好きで、夏になるといつも露出の激しい服を着ている。
「こんな寒い中、王太子殿下は何の用なんだろう?」
何となく嫌な予感はしていた。
冬だ。冬は決まって良いことがあったためしがない。それどころか、冬には一年の厄が総生産のように降ってくる。
エマニュエル王太子は現国王ヘンリー7世の長男だ。ヘンリー7世は再婚で前妻との間に2女がいる。いずれも、エマニュエル王太子から見れば腹違いの姉だ。
この国は男系男子だけが後継になる事ができる。
エマニュエル曰く、2人の姉の母親は若くして病死しているらしい。しかも、絶世の美女とも言われていたという。エマニュエルは現王妃との間の子で同母兄弟は誰もいない。ヘンリー7世もまた後妻の子供だという。
そんなエマニュエルと婚約するために、アレクシアは王妃教育を受けていた。
とはいえ、躊躇いはあった。やはり、最初に娶った王妃には男子に恵まれず、そのまま若くしてこの世を去るというジンクスのようなものがあるからだ。
アレクシアは王宮の回廊を歩いている。左右には今にも動き出しそうな鎧が飾られている。上を見上げれば豪勢なシャンデリアが天井からぶら下がっている。赤いカーペットが果てしなく続く。そこにいるのはアレクシアただ一人。自分の足音だけが辺りに響き渡る。
昼食を食べてから王太子の元へ行くと約束をしていた。
手が冷たい。足も冷えている。アレクシアは両手を口元に寄せて「ハー」と息をかけた。しかし、暖かくなるのは一瞬で手はすぐに冷たくなる。
王宮はとにかく広い。建て替えられる度に広くなっているという。まるで巨大ダンジョンだ。この広さがミレイナー王国の国力を物語っている。
アレクシアが使っている部屋とエマニュエルの執務室まではかなり離れている。
アレクシアは階段を昇った。階段には絵画が飾られている。歴代国王、王妃の肖像画らしい。
そして、ついにエマニュエルの執務室に着いた。息があがっていた。
「アレクシア様。お待ちしていました。王太子殿下が中にいらっしゃいます」
小柄な兵士に促され、アレクシアは執務室の扉をノックした。
「アレクシアだな。入れ」
アレクシアはおもむろにドアを開けた。
と、その刹那、我が目を疑うような光景が!!!!!
「え!?」
な、なんとエマニュエルはアレクシアの同級生のジェシカと一緒にいたのだ。
なぜ、ジェシカがここに!?
またしても、嫌な予感を感じた。
ふと、正面のソファーの方を見ると、エマニュエルが三白眼の目でアレクシアを見た。
エマニュエルは金髪をセンター分けにし、耳が隠れる長さまで髪を伸ばしている。うぐいす色の目に鉤鼻。下の唇だけが妙に分厚い。耳にはフープのピアスが揺れている。
右側を見れば、黒髪を肩まで伸ばし、黒い瞳ににんにく鼻の女性がいた。
「用事とは……」
と言うと、エマニュエルはテーブルを叩きつけた。
「アレクシア・サマンサ・オライリー!! お前と婚約破棄をする!」
アレクシアは一瞬たじろいでしまった。
突如、婚約破棄。
「なぜです? なぜ婚約破棄なのです? 受け入れられませんわ」
「アレクシア。お前は俺に嘘をついた」
「嘘……ですか?」
「お前はピアノを弾けると嘘をついた」
確かにアレクシアはピアノを弾けない。
「ですが、私は王妃教育のときに音楽に力を入れるように指導され、ピアノを弾くとは聞いていませんわ」
「だろうな。お前はバイオリンしか弾けない情けない奴だ。しかし、ジェシカはピアノが弾ける。俺はバイオリンよりピアノの方が好きなのだ!」
それはやはり、エマニュエルの母でもある王妃殿下がピアノを得意とするからだろう。
「なぜバイオリンでは……」
エマニュエルが遮った。
「バイオリンなんかダメだ。ダメだ。ピアノの方が良いのだ」
「そうよ、アレクシア。ピアノを弾けない人は次期王妃として相応しくないのよ。ですよね、王太子殿下さま~」
「そうだよ」
エマニュエルはジェシカの頭を撫でた。
「次期王妃はジェシカ・テイラーだ」
アレクシアは左手の薬指にふと視線を落とした。
そこにはアレクシアの誕生石がはめ込まれた婚約指輪があった。
宝石が虚しく光っている。
「そんな……私は今まで何だったのでしょうか?」
「お前は結婚詐欺師だったんだよ」
「結婚詐欺師ですって!?」
そこまで言われてはたまらない。
「さあ。アレクシア。王妃の座はジェシカに譲ってやってくれ」
「そうよ、アレクシア。あなたは飽きられたの。もう良いでしょ?」
悔しいけれど、引き下がるしかなさそうだ。
アレクシアは両手に拳を握りしめた。そして泣いた。
「泣いても無駄よ、アレクシア」
「だいたいアレクシア。お前はそんなに泣き虫だったっけ? 何か魔物にでも取り憑かれたんじゃないか?」
「魔物……なんて穏やかじゃないわね」
「さあ、王宮から出ていってもらおう。明日までに部屋を引き払ってもらう」
アレクシアは泣きながら執務室を後にした。
アレクシアは極度の寒がりで、冬が大嫌い。ウインタースポーツも誘われはするが、毎度のように断っている。寒いときに寒いところに行くなど言語道断。対して夏は大好きで、夏になるといつも露出の激しい服を着ている。
「こんな寒い中、王太子殿下は何の用なんだろう?」
何となく嫌な予感はしていた。
冬だ。冬は決まって良いことがあったためしがない。それどころか、冬には一年の厄が総生産のように降ってくる。
エマニュエル王太子は現国王ヘンリー7世の長男だ。ヘンリー7世は再婚で前妻との間に2女がいる。いずれも、エマニュエル王太子から見れば腹違いの姉だ。
この国は男系男子だけが後継になる事ができる。
エマニュエル曰く、2人の姉の母親は若くして病死しているらしい。しかも、絶世の美女とも言われていたという。エマニュエルは現王妃との間の子で同母兄弟は誰もいない。ヘンリー7世もまた後妻の子供だという。
そんなエマニュエルと婚約するために、アレクシアは王妃教育を受けていた。
とはいえ、躊躇いはあった。やはり、最初に娶った王妃には男子に恵まれず、そのまま若くしてこの世を去るというジンクスのようなものがあるからだ。
アレクシアは王宮の回廊を歩いている。左右には今にも動き出しそうな鎧が飾られている。上を見上げれば豪勢なシャンデリアが天井からぶら下がっている。赤いカーペットが果てしなく続く。そこにいるのはアレクシアただ一人。自分の足音だけが辺りに響き渡る。
昼食を食べてから王太子の元へ行くと約束をしていた。
手が冷たい。足も冷えている。アレクシアは両手を口元に寄せて「ハー」と息をかけた。しかし、暖かくなるのは一瞬で手はすぐに冷たくなる。
王宮はとにかく広い。建て替えられる度に広くなっているという。まるで巨大ダンジョンだ。この広さがミレイナー王国の国力を物語っている。
アレクシアが使っている部屋とエマニュエルの執務室まではかなり離れている。
アレクシアは階段を昇った。階段には絵画が飾られている。歴代国王、王妃の肖像画らしい。
そして、ついにエマニュエルの執務室に着いた。息があがっていた。
「アレクシア様。お待ちしていました。王太子殿下が中にいらっしゃいます」
小柄な兵士に促され、アレクシアは執務室の扉をノックした。
「アレクシアだな。入れ」
アレクシアはおもむろにドアを開けた。
と、その刹那、我が目を疑うような光景が!!!!!
「え!?」
な、なんとエマニュエルはアレクシアの同級生のジェシカと一緒にいたのだ。
なぜ、ジェシカがここに!?
またしても、嫌な予感を感じた。
ふと、正面のソファーの方を見ると、エマニュエルが三白眼の目でアレクシアを見た。
エマニュエルは金髪をセンター分けにし、耳が隠れる長さまで髪を伸ばしている。うぐいす色の目に鉤鼻。下の唇だけが妙に分厚い。耳にはフープのピアスが揺れている。
右側を見れば、黒髪を肩まで伸ばし、黒い瞳ににんにく鼻の女性がいた。
「用事とは……」
と言うと、エマニュエルはテーブルを叩きつけた。
「アレクシア・サマンサ・オライリー!! お前と婚約破棄をする!」
アレクシアは一瞬たじろいでしまった。
突如、婚約破棄。
「なぜです? なぜ婚約破棄なのです? 受け入れられませんわ」
「アレクシア。お前は俺に嘘をついた」
「嘘……ですか?」
「お前はピアノを弾けると嘘をついた」
確かにアレクシアはピアノを弾けない。
「ですが、私は王妃教育のときに音楽に力を入れるように指導され、ピアノを弾くとは聞いていませんわ」
「だろうな。お前はバイオリンしか弾けない情けない奴だ。しかし、ジェシカはピアノが弾ける。俺はバイオリンよりピアノの方が好きなのだ!」
それはやはり、エマニュエルの母でもある王妃殿下がピアノを得意とするからだろう。
「なぜバイオリンでは……」
エマニュエルが遮った。
「バイオリンなんかダメだ。ダメだ。ピアノの方が良いのだ」
「そうよ、アレクシア。ピアノを弾けない人は次期王妃として相応しくないのよ。ですよね、王太子殿下さま~」
「そうだよ」
エマニュエルはジェシカの頭を撫でた。
「次期王妃はジェシカ・テイラーだ」
アレクシアは左手の薬指にふと視線を落とした。
そこにはアレクシアの誕生石がはめ込まれた婚約指輪があった。
宝石が虚しく光っている。
「そんな……私は今まで何だったのでしょうか?」
「お前は結婚詐欺師だったんだよ」
「結婚詐欺師ですって!?」
そこまで言われてはたまらない。
「さあ。アレクシア。王妃の座はジェシカに譲ってやってくれ」
「そうよ、アレクシア。あなたは飽きられたの。もう良いでしょ?」
悔しいけれど、引き下がるしかなさそうだ。
アレクシアは両手に拳を握りしめた。そして泣いた。
「泣いても無駄よ、アレクシア」
「だいたいアレクシア。お前はそんなに泣き虫だったっけ? 何か魔物にでも取り憑かれたんじゃないか?」
「魔物……なんて穏やかじゃないわね」
「さあ、王宮から出ていってもらおう。明日までに部屋を引き払ってもらう」
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