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帰路

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食事を終え、支度をする。

ジョフレイから貰った鏡や絵画はそのまま置いていくことにした。

まず、荷物になるからだ。

荷物は手軽が良い。

お気に入りのドレスと宝石だけをピックアップして、キャリーバッグに詰めた。


グレンの提案で馬車が用意された。

ローレンシア邸を出ると、見事な秋晴れだった。

小春日和とはよくいったもので、本当に春みたいな陽気だった。

しかし、その一方で、ローレンシア邸の外の木々は葉を落とし、冬に備えていた。


外にはエリーザベトも送りに来てくれた。

「本当に今までお世話になりました」

エマヌエラは頭を深々と下げた。


「気をつけて帰るのよ」

「達者で、エマヌエラ様」


「では、宜しくお願いしますわ」

御者の方に身体を向け、会釈をした。

そして、馬車に乗り込んだ。

荷物も中に詰め込んだ。


「では、出発するとしよう」

真っ黒な口ひげと顎ひげを蓄えた御者が馬車を走らせた。


馬車の中は肌寒い。

まだまだ午前中。

馬車の中は暖まらない。


ローレンシア邸からシモンチーニ邸まではまる半日かかる。

エリーザベトが言うように、道中追い剥ぎやならず者、与太者や魔物に遭わないという保証は無い。

御者は魔法を使えると言うが、その腕前はよくわからない。


とりあえず、御者を信用してシモンチーニ邸に向かうしかない。

とにかく肌寒い。

エマヌエラは両手を擦り合わせた。

手が冷たい。


パレログ王国は冬が長い。

秋が始まったかと思えばすぐに冬がやって来る。

今年の冬は特に寒く、災害級だという事だった。


アラストリア大陸は高緯度地区にあり、中でもパレログ王国は北に位置する。

日照時間も他の大陸に比べ、短く、寒い。


「お嬢様、寒くないですか?」

「ちょっと……寒いですわ」

「でも、時期に暖かくなりますからね」

窓には陽が差し込んでいる。

時間がたてば暖かくなりそうだ。


馬車は貴族の馬車と平民の馬車では構造も異なる。

平民の馬車は造りが大雑把だが、貴族の馬車は豪華な造りになっている。

ましてや、ローレンシア家の馬車は赤く目立つ。

これではやはり狙われてしまう。


「あの~」

「どうしたのですか?」

「魔法ができるんでしょ?」

「ああ、できますとも。特に土魔法ならお任せ下さい」


しかし、魔物には属性がある。

炎属性は水に弱く、水は雷に弱い。雷は土に弱く、土は風に弱い、風は風に強く、炎に弱い。

相性が悪ければ倒せる敵も倒せない。


「土魔法……なら、雷属性の敵なら余裕ですわね」

と、取り敢えず言っておくのだた。

ここで御者の機嫌を損ねてはいけないからだ。


ちなみに、魔物の中には無属性もいる。

無属性にはあらゆる魔法が効くが、効果は普通。

無いよりはマシというものだ。


馬車は街中をゆく。

街中でも特にスラム街を行く時は注意が必要。

スラム街の治安は悪い。

なるだけ通らないようにもしているが、避けようの無い道もあるからだ。


スラム街では盗みが横行している。

王侯貴族の馬車だけでなく、平民の馬車も狙われるのだ。

それほど危険極まりない場所だ。

スラム街では今にも壊れそうな家が立ち並んでいる。

既に倒壊した家もある。


貴族の身分のエマヌエラからすれば、勿論、彼らに手を差し伸べてあげたい。

しかし、エマヌエラは伯爵。

下位貴族のため、何もしてあげられないのが歯がゆい。


陽が次第に高くなってくる。

馬車の中も暖かくなってきた。

上着がいらない程だ。


「暖かくなりましたわ」

「そうですか。それは良かった」

エマヌエラは上着を脱いだ。


馬車はつつがなくスラム街を走り去った。

「スラム街、抜けましたよ」

「良かったですわ」


スラム街を抜けると、今度は穀倉地帯に入る。

どこまでも広い農園。

ところどころに農家の家が点在している。


「う~ん。道が舗装されていないな」

そう言えば、馬車はガタガタいっている。

道が舗装されていないからだろう、揺れが激しい。


エマヌエラは後ろを見た。

後ろには荷物が入っている。

荷物の蓋が外れていないか心配になったのだ。


大丈夫。

安心を確認すると、そのまま馬車に身を委ねた。


「酔ってないですか?」

エマヌエラは基本、乗り物酔いを起こさない。

事実、ローレンシア邸からシモンチーニ邸まで何度も往復しているが酔った事は一度も無い。

勿論、この日と同じルートを辿っている。


穀倉地帯とはいえ、ならず者や与太者もいれば魔物もいる。

ならず者や与太者といえば主にカジノや酒場だが、それでもこういった農地などでも遭遇する事はある。


と、その時だった。

アトポスの群れを見つけた。

アトポスたちは悠々自適に空を飛び回っている。

アトポスはかなり危険な魔物。

やつらは痒みを引き起こす粘液を吐くのだ。


ガッシャーン。

馬車は傾いた。

なんと深みにはまってしまったのだ。

「一体誰が?」

御者が馬車から降りて、点検を始めた。

と、まさにその時だった。

ならず者に囲まれてしまったのだ。


「さあ、全財産出せ!」

御者は魔法で振り払おうとしたが、魔法が封じ込められてしまった。

「どうしよう」

すると、遠くから白馬に乗った金髪の男性が近づいてきた。

「助けて下さい!!」

エマヌエラは叫んだ。

御者は羽交い締めにされてしまった。


男性が来た。

黄金のように輝く髪にスカイブルーの瞳。

透き通るような白い肌、長い尖った鼻。

分厚い唇。


エマヌエラはこの人物が誰かすぐにわかった。

パレログ王国の第三王子、レオポルドだった。

「さあ、離せ!!」

レオポルドは天をも突き刺さんとばかりに高々と剣を掲げた。


「これはこれはレオポルド王子殿下ではありませんか」

涎を垂らしたならず者が不気味な笑みを浮かべた。


「王子殿下といい、容赦はしねんだよ」

もう一人の体格の良いならず者が棍棒を振り上げた。


レオポルドは指パッチンをした。

すると、棍棒が粉々に砕け、下へと落ちていく。


そして、レオポルドはポケットの中から笛を取り出し、どういうわけか演奏を始めた。


なぜだろう、ならず者たちがその場に蹲ったのだ。


「逃げるなら今だよ」

そう言ってレオポルドは踵を返した。

「ありがとうございます!!」


御者は手綱を握り、馬車は発車した。


「ふぅ。どうなるかと思いましたよ」

レオポルドの手柄で何とか事なきを得た二人はシモンチーニ邸を目指し、西へ西へと歩みを進めるのだった。
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