2 / 9
婚約破棄
しおりを挟む
この目でしっかり見てしまった。
禁断の場面を。
ジョフレイはマーニャとキスをしていた。
そして、この耳で聞いてしまった。
「愛しているよ」
と。
エマヌエラはジョフレイの部屋に怒鳴り込みに行こうと決めた。
エマヌエラはローレンシア邸でジョフレイと同棲していた。
エマヌエラの部屋は妹のセーラが使っていた部屋だ。
セーラは結婚し、現在は2児の母。
嫁と小姑は確執を起こすものだが、エマヌエラはセーラと仲良しだ。
ちなみに、確執の王道くれば嫁姑だが、やはりジョフレイの母エリーザベトとは仲が良い。
(この事はバーバラ様にもお話しないと!! 大事《おおごと》よね)
部屋の外では鳥がさえずっている。
秋の弱い日差しが窓から差し込む。
部屋は整理整頓されている。
壁には黄金の縁に嵌め込まれた鏡と絵画が飾られている。
鏡も絵画も婚約が成立してから、ジョフレイに貰ったものだ。
「いいわ。いずれローレンシア邸を出ていくことには変わりない。だから、こんなもの、邸に置きっぱなしにしてやるわ!!」
エマヌエラはよそ行きの服に着替えた。
そのままシモンチーニ邸に戻るつもりでいるからだ。
エマヌエラはジョフレイの部屋の前に着いた。
声が聞こえる。
そう、ジョフレイとマーニャの声が。
(マーニャを自室に連れ込むなんて。しかも朝っぱらから)
これはお泊りだな?
(いつの間にマーニャが)
エマヌエラの知らないところで、こそこそとマーニャを邸に招き入れていたのだ。
婚約者がいるというのに。
しかも、堂々と!!
エマヌエラは許せなくなった。
これは怒鳴り込まずにはいられない。
エマヌエラはジョフレイの部屋のドアを乱暴に開けた。
「ちょっとジョフレイ様!!」
「どうした、エマヌエラ」
エマヌエラは我が目を疑った。
なんと、二人は裸だったのだ。
裸ということは勿論、やることはやっている筈だ。
怒りは頂点に達した。
「どういうことなんですの、ジョフレイ様。ご説明願えますか?」
「俺、今忙しいんだ。話があるなら、後にしてくれないか?」
先延ばしされるのはわかっている。
ジョフレイには先延ばし癖があるからだ。
「だったら、今すぐ着替えてくれませんこと?」
「だから、後にしてくれって」
「後? とんでもありませんわ! 今お願いします!!」
「ああ、わかった。今着替えるから待ってろ!」
エマヌエラは部屋のドアを一旦締めた。
どういうつもりなのか?
ますますこのことについて話が聞きたくなった。
「ああ、いいぞ、エマヌエラ」
着替えが終わったのだろう。
エマヌエラは部屋のドアを再び開けた。
「朝っぱらからなんだよ、お前、どうかしているよな。知っていると思うけど、俺、低血圧だから朝は苦手なんだよ」
「何が低血圧よ。低気圧の間違いじゃないの? って今日は晴れだけど」
「話ってなんだよ。どうせ、他愛もない話だろ?」
ジョフレイはそう言ってマーニャと顔を合わせた。
「いいえ。違いますわ。ジョフレイ様。どうしてマーニャと一緒にいるんですの? 私との婚約はどうなったんですの?」
エマヌエラはこれみよがしに婚約指輪を見せつけた。
「いや、マーニャとはただの友達で……」
怒り心頭!!
ただの友達でお泊りつきで素っ裸。
そんな馬鹿な話はない。
「すっとぼけないで下さいな。何が『ただの友達』なんですの? わたくし、見てしまったんです。ジョフレイ様とマーニャが抱き合っているのを。聞いてしまったんです。ジョフレイ様がマーニャに『愛している』と言ったのを」
「何かの間違いじゃないのか?」
意地でもしらを切るつもりだ。冗談ではない。
「とぼけるのもいい加減にして下さいな。ただの友達をなぜ部屋に招き入れるんですか? しかもなぜ裸で?」
「お泊りじゃないよな、マーニャ」
「そうですわ。私は早朝にきたんですわよ」
「じゃあ、グレンに聞いて良いかしら?」
グレンとは執事のことだ。
執事なら、マーニャがいつ来たか知っている筈だからだ。
「いいぞ。聞けば?」
「それはともかく……。マーニャもマーニャよ」
怒りの矛先はジョフレイだけではない。
マーニャにもある。
「何言っているんですか? あなた、被害妄想強いわね」
「そもそもマーニャ! あなた、わたくしがジョフレイ様と婚約していること、知っていたはずでは?」
王侯貴族が婚約すると、まず、新聞に載る。
知らないわけが無い。
「知っていますわ。でも、友達なんですよ、ただの友達」
「それからね、わたくし、聞いてしまったの。ジョフレイ様、あなた言いましたわね。わたくしのこの声が気に食わない。身長が高すぎる、唇が厚いと。わたくしのコンプレックスを挙げてくれたではありませんか」
「ああ。もうこの際言っちゃうよ。確かに俺より身長が高いのは気に食わない。俺よりも背が高いなんて何だかみっともないからな。それから声。お前のハスキーボイスも分厚い唇も気に入らない。俺は自分よりも身長が低くて、声が高くて、唇の薄いマーニャの方が好きなんだ!!」
「言いましたわね。それが本音なんですね」
「ああ、これが俺の本音だ。な、マーニャ」
「そうですわ。エマヌエラ様、あなたはジョフレイ様に嫌われたの。それにやっと気づいたのね。それに……私のお腹には新しい命が宿っているの」
「「え?」」
エマヌエラは我が耳を疑った。
まさか妊娠していたなんて。
「お……お前!?」
「ジョフレイ様も知らなかったみたいね」
「妊娠……ね。じゃあ、この婚約はどうするおつもりなんですの?」
「ああ、婚約は破棄する!!」
「破棄ですって? 受け入れられませんわ!! メン様とエリーザベト様にはどう説明するのです?」
メンとはローレンシア公爵当主でジョフレイの父。
エマヌエラは腕を組み、右腕で頭を抱えた。
「どうした、エマヌエラ。怖気づいたか?」
「わたくしは御婦人、そしてセーラ様とも仲良しですわ。裏切ることになりますわ」
「それは俺の方から説明させていただく。まぁ、所詮は政略結婚だからな。こうなることも理解しているだろうよ。わはははは」
(笑い事じゃないでしょ?)
「良いですわ。婚約破棄、受け入れますわ。わたくしがジョフレイ様から頂戴した絵画と鏡は置いていきますわ。荷物になりますから」
「ふん、好きにするといいさ。その婚約指輪はお前にくれてやら。ま~俺があげたものには変わりないからな。煮るなり焼くなり好きにすると良い。わはははは」
「さようなら、ジョフレイ様。わたくしはこの話をエリーザベト様にお話致します」
禁断の場面を。
ジョフレイはマーニャとキスをしていた。
そして、この耳で聞いてしまった。
「愛しているよ」
と。
エマヌエラはジョフレイの部屋に怒鳴り込みに行こうと決めた。
エマヌエラはローレンシア邸でジョフレイと同棲していた。
エマヌエラの部屋は妹のセーラが使っていた部屋だ。
セーラは結婚し、現在は2児の母。
嫁と小姑は確執を起こすものだが、エマヌエラはセーラと仲良しだ。
ちなみに、確執の王道くれば嫁姑だが、やはりジョフレイの母エリーザベトとは仲が良い。
(この事はバーバラ様にもお話しないと!! 大事《おおごと》よね)
部屋の外では鳥がさえずっている。
秋の弱い日差しが窓から差し込む。
部屋は整理整頓されている。
壁には黄金の縁に嵌め込まれた鏡と絵画が飾られている。
鏡も絵画も婚約が成立してから、ジョフレイに貰ったものだ。
「いいわ。いずれローレンシア邸を出ていくことには変わりない。だから、こんなもの、邸に置きっぱなしにしてやるわ!!」
エマヌエラはよそ行きの服に着替えた。
そのままシモンチーニ邸に戻るつもりでいるからだ。
エマヌエラはジョフレイの部屋の前に着いた。
声が聞こえる。
そう、ジョフレイとマーニャの声が。
(マーニャを自室に連れ込むなんて。しかも朝っぱらから)
これはお泊りだな?
(いつの間にマーニャが)
エマヌエラの知らないところで、こそこそとマーニャを邸に招き入れていたのだ。
婚約者がいるというのに。
しかも、堂々と!!
エマヌエラは許せなくなった。
これは怒鳴り込まずにはいられない。
エマヌエラはジョフレイの部屋のドアを乱暴に開けた。
「ちょっとジョフレイ様!!」
「どうした、エマヌエラ」
エマヌエラは我が目を疑った。
なんと、二人は裸だったのだ。
裸ということは勿論、やることはやっている筈だ。
怒りは頂点に達した。
「どういうことなんですの、ジョフレイ様。ご説明願えますか?」
「俺、今忙しいんだ。話があるなら、後にしてくれないか?」
先延ばしされるのはわかっている。
ジョフレイには先延ばし癖があるからだ。
「だったら、今すぐ着替えてくれませんこと?」
「だから、後にしてくれって」
「後? とんでもありませんわ! 今お願いします!!」
「ああ、わかった。今着替えるから待ってろ!」
エマヌエラは部屋のドアを一旦締めた。
どういうつもりなのか?
ますますこのことについて話が聞きたくなった。
「ああ、いいぞ、エマヌエラ」
着替えが終わったのだろう。
エマヌエラは部屋のドアを再び開けた。
「朝っぱらからなんだよ、お前、どうかしているよな。知っていると思うけど、俺、低血圧だから朝は苦手なんだよ」
「何が低血圧よ。低気圧の間違いじゃないの? って今日は晴れだけど」
「話ってなんだよ。どうせ、他愛もない話だろ?」
ジョフレイはそう言ってマーニャと顔を合わせた。
「いいえ。違いますわ。ジョフレイ様。どうしてマーニャと一緒にいるんですの? 私との婚約はどうなったんですの?」
エマヌエラはこれみよがしに婚約指輪を見せつけた。
「いや、マーニャとはただの友達で……」
怒り心頭!!
ただの友達でお泊りつきで素っ裸。
そんな馬鹿な話はない。
「すっとぼけないで下さいな。何が『ただの友達』なんですの? わたくし、見てしまったんです。ジョフレイ様とマーニャが抱き合っているのを。聞いてしまったんです。ジョフレイ様がマーニャに『愛している』と言ったのを」
「何かの間違いじゃないのか?」
意地でもしらを切るつもりだ。冗談ではない。
「とぼけるのもいい加減にして下さいな。ただの友達をなぜ部屋に招き入れるんですか? しかもなぜ裸で?」
「お泊りじゃないよな、マーニャ」
「そうですわ。私は早朝にきたんですわよ」
「じゃあ、グレンに聞いて良いかしら?」
グレンとは執事のことだ。
執事なら、マーニャがいつ来たか知っている筈だからだ。
「いいぞ。聞けば?」
「それはともかく……。マーニャもマーニャよ」
怒りの矛先はジョフレイだけではない。
マーニャにもある。
「何言っているんですか? あなた、被害妄想強いわね」
「そもそもマーニャ! あなた、わたくしがジョフレイ様と婚約していること、知っていたはずでは?」
王侯貴族が婚約すると、まず、新聞に載る。
知らないわけが無い。
「知っていますわ。でも、友達なんですよ、ただの友達」
「それからね、わたくし、聞いてしまったの。ジョフレイ様、あなた言いましたわね。わたくしのこの声が気に食わない。身長が高すぎる、唇が厚いと。わたくしのコンプレックスを挙げてくれたではありませんか」
「ああ。もうこの際言っちゃうよ。確かに俺より身長が高いのは気に食わない。俺よりも背が高いなんて何だかみっともないからな。それから声。お前のハスキーボイスも分厚い唇も気に入らない。俺は自分よりも身長が低くて、声が高くて、唇の薄いマーニャの方が好きなんだ!!」
「言いましたわね。それが本音なんですね」
「ああ、これが俺の本音だ。な、マーニャ」
「そうですわ。エマヌエラ様、あなたはジョフレイ様に嫌われたの。それにやっと気づいたのね。それに……私のお腹には新しい命が宿っているの」
「「え?」」
エマヌエラは我が耳を疑った。
まさか妊娠していたなんて。
「お……お前!?」
「ジョフレイ様も知らなかったみたいね」
「妊娠……ね。じゃあ、この婚約はどうするおつもりなんですの?」
「ああ、婚約は破棄する!!」
「破棄ですって? 受け入れられませんわ!! メン様とエリーザベト様にはどう説明するのです?」
メンとはローレンシア公爵当主でジョフレイの父。
エマヌエラは腕を組み、右腕で頭を抱えた。
「どうした、エマヌエラ。怖気づいたか?」
「わたくしは御婦人、そしてセーラ様とも仲良しですわ。裏切ることになりますわ」
「それは俺の方から説明させていただく。まぁ、所詮は政略結婚だからな。こうなることも理解しているだろうよ。わはははは」
(笑い事じゃないでしょ?)
「良いですわ。婚約破棄、受け入れますわ。わたくしがジョフレイ様から頂戴した絵画と鏡は置いていきますわ。荷物になりますから」
「ふん、好きにするといいさ。その婚約指輪はお前にくれてやら。ま~俺があげたものには変わりないからな。煮るなり焼くなり好きにすると良い。わはははは」
「さようなら、ジョフレイ様。わたくしはこの話をエリーザベト様にお話致します」
0
お気に入りに追加
86
あなたにおすすめの小説
私をはめた妹、私を切り捨てた元婚約者の王子――私を貶めた者たちは皆新たな時代に達するまで生き延びられませんでした。
四季
恋愛
私をはめた妹、私を切り捨てた元婚約者の王子――私を貶めた者たちは皆新たな時代に達するまで生き延びられませんでした。
婚約破棄が国を亡ぼす~愚かな王太子たちはそれに気づかなかったようで~
みやび
恋愛
冤罪で婚約破棄などする国の先などたかが知れている。
全くの無実で婚約を破棄された公爵令嬢。
それをあざ笑う人々。
そんな国が亡びるまでほとんど時間は要らなかった。
とある公爵令嬢の復讐劇~婚約破棄の代償は高いですよ?~
tartan321
恋愛
「王子様、婚約破棄するのですか?ええ、私は大丈夫ですよ。ですが……覚悟はできているんですね?」
私はちゃんと忠告しました。だから、悪くないもん!復讐します!
【完結】婚約破棄はしたいけれど傍にいてほしいなんて言われましても、私は貴方の母親ではありません
すだもみぢ
恋愛
「彼女は私のことを好きなんだって。だから君とは婚約解消しようと思う」
他の女性に言い寄られて舞い上がり、10年続いた婚約を一方的に解消してきた王太子。
今まで婚約者だと思うからこそ、彼のフォローもアドバイスもしていたけれど、まだそれを当たり前のように求めてくる彼に驚けば。
「君とは結婚しないけれど、ずっと私の側にいて助けてくれるんだろう?」
貴方は私を母親だとでも思っているのでしょうか。正直気持ち悪いんですけれど。
王妃様も「あの子のためを思って我慢して」としか言わないし。
あんな男となんてもう結婚したくないから我慢するのも嫌だし、非難されるのもイヤ。なんとかうまいこと立ち回って幸せになるんだから!
もううんざりですので、実家に帰らせていただきます
ルイス
恋愛
「あなたの浮気には耐えられなくなりましたので、婚約中の身ですが実家の屋敷に帰らせていただきます」
伯爵令嬢のシルファ・ウォークライは耐えられなくなって、リーガス・ドルアット侯爵令息の元から姿を消した。リーガスは反省し二度と浮気をしないとばかりに彼女を追いかけて行くが……。
婚約者の私より彼女のことが好きなのですね? なら、別れて差し上げますよ
四季
恋愛
それなりに資産のある家に生まれた一人娘リーネリア・フリューゲルには婚約者がいる。
その婚約者というのが、母親の友人の息子であるダイス・カイン。
容姿端麗な彼だが、認識が少々甘いところがあって、問題が多く……。
【完結】メイドに裏切られました。婚約破棄を受け入れたら、隣国の皇帝に溺愛されました。
hikari
恋愛
ハーマイオニー・シモンズは筆頭公爵のゴンザレス家の令息、エイドリアンに婚約破棄を告げられる。エイドリアンはゴンザレス家のメイドで男爵家の令嬢シェリー・ターナーと浮気をしていたのだ。
そのシェリーだが、かつてはシモンズ家にもメイドとして仕えていたのだ。
婚約破棄をされたハーマイオニーは王室の弓騎士として採用される。
弓の練習をしていたところに、たまたま隣国の皇帝アーサーが現れ、ハーマイオニーに惹かれていく……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる