お婆様、悪役令嬢って何ですの?

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誰よりも側に

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「ただ親しみを込めて名を呼べば良いのよ」
 お婆様のその言葉は簡単な様でとても難しいものでした。少なくとも、私にとっては羞恥に染まる思いを伴うものだったのです。けれど、だからといって名を呼ぶ事を諦めようとは思いませんでした。それは、
「もっと仲良くなりたいですもの」
 そう呟いてしまうくらい、私の大好きな相手だからです。そう、私が今、名を呼べず思い悩んでいるのは未だ生まれてこない妹の事ではありません。私が敬愛するお婆様との事なのです。
 思えば、お婆様ほど私の名を愛しげに呼んでくれる方は居りませんでした。私を呼ぶ大抵の方は、あのお婆様の孫娘と私を呼び表すのです。流石に家族や親族はそうとは呼びませんが、アリスと名を口にするのはお婆様くらいでした。だから、私はお婆様が大好きで、その望みを叶えてあげたいと思うのです。
 それに、と私はお婆様のある言葉を思い出します。あの時、お婆様が少し寂しそうに仰ったことがあるのです。それは、

「昔、私は私を慕う家族の名を呼んであげられなかったわ」
 そう独りごちるお婆様は、昔を懐かしむ様に私から視線を外しました。それは、私との間に隔たりが生まれたかの様で、私は束の間の寂しさを覚えます。けれど、お婆様は気付かず言葉を続けました。
「もう会う事が出来ないのが分かっていれば、名前を呼んであげられたのかしらね」
 もしかしたら、互いに名前を呼び合う事も出来たかも。そう呟くお婆様の言葉に、私は衝撃を受けました。まるで私とお婆様との仲が引き裂かれ、見も知らぬ相手にお婆様を掻っ攫われてしまった様に感じたのです。

 だから、私はその家族よりお婆様の側にありたいと思い、次こそはお婆様の名前を呼んであげようと誓いを立てます。そうすれば、その見も知らぬ相手よりもお婆様と仲良くなれるでしょうから。
 けれど、それはきっと〝悪役令嬢〟の様な我儘なのでしょう。そうと分かっていながらも、私はそれだけは他の誰にも譲りたくないと強く思うのです。だって私は、いつだってお婆様の一番でありたいのですから。



 そう言えば、お婆様を慕う家族とはお婆様が違う世界に残してきた妹なのだそうです。そう語るお婆様はとても寂し気に微笑み、私に言い含めました。
「アリス、妹の事は大事にするのよ」
 それは、いつにも増して真剣で頷くほかありませんでした。まるで、妹を大事にしないと良くない事が起こるのだと言われているみたいに。けれど、それはきっと勘違いだと思います。だって、お婆様が話していたのはお婆様の妹のお話なのですから。
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