本当にそれ、鑑定ですか?

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番外編 第10話 アテレコなの

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 椎名さんの悲鳴に満ちた告白は、客間を沈黙させるのに十分な威力があった。母さんは惚けっとしてしまい、僕もどう反応して良いのか分からず、目をキョロキョロとさせるだけで精一杯だった。但しお猫様を除く。

 お猫様は我関せずな感じでピンクの猫じゃらしを咥えようと必死に格闘していた。

『この……捕まえた!……なの』

 そのお猫様の声を聞いて、僕は意を決して椎名さんに向かって言ってみた。もし本当にお猫様の言葉が聞こえているのだったら、反応してくれるはずだ! もし違っていたら恥ずかしい奴に思われちゃいそうだけど、やるしかない!

「この……捕まえた!……なの」

「え、嘘!?」

「何を言っているんですか、春希くん?」

 お猫様の言葉が分かる僕と椎名さんだけがお互い頷き合った。どうやら聞こえている内容は同じなようだ。母さんは一人、首を傾げて納得のいかない表情をしている。そしてお猫様は、咥えた猫じゃらしが逃げてしまい激おこだった。

『あっ……また逃げたの! 今度はぶっコロなの!』

「あっ……また逃げたの! 今度はぶっコロなの!」

 椎名さんのアテレコは、すごく可愛かった。僕の言うセリフとは違って物騒な内容だったけど、メロメロになってしまう。

「やっぱり椎名さんも聞こえるんですね……」

「ぶっコロって何ですか?」

 母さんは一人、納得のいかない表情をしていたのだった。



   ◇



 テーブルの上に置かれた卓上コンロの上には、昆布出汁の良く染み出たお鍋が置かれている。そして大皿には白菜や長ネギなどの野菜と、見るからに高級そうな牛肉があった。

 お猫様は夕方にミルクを与えてあるので、まだお腹は減っていないようです。中途半端に残ったミルクがあったので、カリカリと猫缶はまた今度にしました。

 とりあえず夕飯を頂きながら、状況説明をしようと思う。

「椎名さん、どうぞ遠慮なく召し上がってくださいね」

「頂きます!」

 椎名さんの目が、女豹のように鋭くなった。きっと肉が大好きなのだろう!

 椎名さんは迷わずに大皿から牛肉を取り、金色に輝く鍋の中へしゃぶしゃぶしている。そしてお肉が薄っすらピンク色に変わった瞬間、大物を釣り上げたような勢いで取り上げていた。椎名さん、素敵です。

 さて、椎名さんはポン酢、ゴマたれ、おろし醤油のどれで食べるのだろうか。コッソリと観察していると、まずはポン酢で頂くようです。

 お肉を軽くポン酢に浸し、勢い良く口に入れた。ああ、僕はあのお肉になりたい。椎名さんに食べて貰いたい。そんな事を思ってしまった。椎名さんの艶やかな唇に目が離せなくなってしまったのだ。

「すごく美味しいです! 口の中で蕩けます~」

「ふふ……良かったです」

 大きなお口でお肉を頬張る椎名さんは、美しかった。幸せそうな笑顔を浮かべる椎名さんを見て、こっちまで笑顔になってしまったのだ。

 さて、椎名さんの話を聞く前に、僕の状況を説明しようと思った。昨日、この家に引っ越してからお猫様と会うまでの事を……。

「えっと、食べながらで良いんで聞いて欲しいです。昨日この家に来て……」

 僕はみんなに説明した。この家に来て買い物へ行き、祠にお供えをした事を。そして、その祠にお猫様が居て、お腹が空いたという声が聞こえたことを……。

「なるほど。それでスーパーに何度も買い物に来てたんですね」

 どうやら椎名さんは納得してくれたようだ。しかし、母さんは納得出来ない顔をしていた。まあ急に猫が現れて喋ったなんて、信じられないのだろう。

「……春希くんの事を信じてない訳じゃないですけど、その……祠なんてこの家にありませんよ?」

 母さんが変な事を言って来た。祠が無いとか、何を言っているのだろうか? あの綺麗な桜の下にある祠を見逃すはずがない!

「母さん何言ってるの? ほら、あの桜の下に祠が……」

 客間の障子を開けて窓から外を見れば、真っ赤な夕日に照らされた綺麗な桜の木があった。しかし……。

「あれ、祠がない……」

「何を言っているんですか春希くん。この家を買った時から、祠なんてありませんでしたよ?」

 ど、どういう事だろうか。確かに祠があったはずだ。祠にお米をお供えしたのを覚えている。今朝だって……。あれ、今朝は何もお供えをしなかった。祠がある事さえ忘れていた。毎朝お供えしようと思っていたのに……。僕はどうしてしまったのだろうか?

『祠はボクが居た場所なの。ここが気に入ったから撤去したの』

「ええ!?」

「嘘……」

「二人ともズルいです。猫ちゃんはニャーニャー言ってるだけで何も分かりません」

 祠の件もビックリだけど、母さんが拗ねてしまった。これはまずいぞ……。

「あのあの、神様。母さんにも神様の言葉が聞こえるようにしてあげられないでしょうか?」

『うにゃーん。ママさんは好きだけど、どうしよっかにゃーん……なの』

「ハル君、猫ちゃんの事を神様って言ってるんだ」

「ねえねえ! 猫ちゃん何て言ってるの!? 私も猫ちゃんの言葉が聞こえるようになるの!?」

 うっ、お猫様の事を神様って言っているのがバレてしまった。恥ずかしい。そして母さんはワクワクしている。何とかしてお猫様を説得しないと大変な事になるぞ。母さんが拗ねたら、父さんじゃないと治せないのだ。

「えっと、神様は母さんの事は好きだけど、どうしよっかな~って言ってます」

 椎名さんがウンウンって頷いてくれている。どうやら椎名さんは完璧にお猫様の言葉が分かるようだ。僕の通訳を聞いた母さんは、妖しく目を光らせたような気がした。

 母さんがそっと席を立ち、猫じゃらしに猫キックをかましているお猫様を優しく抱き上げた。そして顔の前にお猫様を持って行き、説得を始めた。

「ねえ、猫ちゃん。猫ちゃんの言葉が分かるようにしてくれたら、と~っても美味しい物を食べさせてあげますよ?」

『ミルクより美味しい物なんて、この世にはないの!』

「ミルクより美味しい物なんて、この世にはないの! と言っています」

 お猫様がニャーニャー言った後、母さんから鋭い目で睨まれてしまったのだ。僕に通訳しろって事だと察したので、アテレコしてみました。

「ふふ……可哀想な猫ちゃんですね。ミルクなんかより美味しいものなんて、この世にはいっぱいあるというのに……」

『そ、そんな事ないの! 口では何とでも言えるの!』

「そ、そんな事ないの! 口では何とでも言えるの! と言っています」

 これ、いつまで続くのだろうか? ちょっと椎名さん代わって頂けないでしょうか? 椎名さんを横目で見たら、手で口を押えて笑いを堪えていた。

「じゃあこれから美味しいものを食べさせてあげます。もしミルクよりも美味しかったら、私にも猫ちゃんの言葉が分かるようにしてくれますよね?」

『ふん……出来るものならやってみるの! バッチコイなの!!』

「ふん……出来るものならやってみるの! バッチコイなの!! と言っています」

「ぶはっ」

 椎名さんが笑いを堪えきれずに吹き出してしまった。僕もちょっと調子に乗って、お猫様の声を真似する感じでアテレコしてしまった。許して下さい。

「すぐに用意するから、待っててね」

 母さんがお猫様を座布団の上にそっと降ろし、台所へ向かって行った。そして経木きょうぎと呼ばれる木目調の紙で包まれた高級なお肉を持って来た。あんなものを隠し持っていたのか……。

「猫ちゃん、これはすっごく高い牛肉なの。これだけでミルク100個くらい買えちゃうくらい高級なのです」

『ミルク100個だと!? ……なの』

「ミルク100個だと!? ……なの、と申しております」

 お猫様が何時ぞやのフレーメン反応を起こしたように口を大きく開けて驚いている。顎が外れないですか? 大丈夫ですか?

 母さんが高級なお肉を菜箸で1枚掴み取った。

「そしてこの昆布出汁の良く出たお鍋にサッとしゃぶしゃぶします」

 サシの入った美しいお肉がしゃぶしゃぶされ、赤かった肉に火が通り、更に溶け出た油がお肉をコーティングして輝いている。

『ご、ごくり……なの』

「ご、ごくり……」

 椎名さんがお猫様の通訳をしてくれたのかと思ったら、本当に涎を垂らしていた。このお肉はすごく美味そうだからしょうがないよね!!

「猫舌な猫ちゃんが食べれるようにフーフーしてあげます」

 母さんがわざとお猫様の方へ匂いが行くようにフーフーしていた。策士だな母さん!!

『は、早く食べさせるの~』

「た、食べたい……」

 どうやら通訳をする必要が無くなってしまった。椎名さんが代わってくれたからではない。お猫様がニャーニャー言いながら母さんに詰め寄っているからである。

 母さんの服をよじ登ってお肉を食べようと必死である。ああ、もうお猫様は負けてしまうのだろう……。

「はーい、猫ちゃん。美味しいお肉を召し上がれ~」

『うにゃーん!!! なの!!』

 そこはお猫様、『うにゃーん』だけで良いのではないでしょうか? 最後に『なの』を付けるのは神様としてのアイデンティティなのでしょうか?

 母さんの手に置かれた冷ましたお肉を、お猫様が一心不乱に食べていた。お猫様の目が完全に閉じられ、ニッコニコである。

『うみゃー!! めっちゃうみゃーなの!!!』

「いいなぁ……」

 きっと母さんの耳には、ニャーニャーとしか聞こえていないのだろう。あれ、もしかしてこのお肉を気に入っちゃったら、ミルクとか飲んでくれない気がしてきたぞ。大丈夫だろうか?

 そして椎名さんが物欲しそうにお猫様を見つめていた。大丈夫です。椎名さんも食べて下さい。

『うにゃーん。お肉無くなっちゃったの……』

 お猫様が早々に食べ終わり、必死に母さんの掌をペロペロしていた。そして母さんは、勝ち誇ったかのような笑顔を見せていたのだった。

「どうですか猫ちゃん? 負けを認めますか?」

『うう……ミルクよりも美味しいものがあったなんて……なの。ボクの負けなの』

 そう言うと、お猫様は右前足を大きく振り上げ、母さんの左の手の甲へ勢いよく振り下ろした。その時、微かに肉球が光っているように見えたのだった……。
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