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番外編 第1話 猫ちゃん発見
しおりを挟む東京の実家から電車で2時間の距離にある、埼玉の自然溢れる簡素な街へ引っ越して来た。来週からついに、大学生になるのだ!
両親からは自宅から通える距離の私立大学を狙いなさいと言われていたのだが、自慢じゃないけど僕の頭じゃ無理だった。特に父さんは国立大学狙ってみようとか言ってたし、自分の子供の学力を理解しているのだろうか……。
僕の両親は……若いのだ。僕を産んだ時、父親が24歳で母親が22歳だった。しかも僕は長男ではなく、末っ子の次男である。3人兄弟で、僕には一番上に姉と、その下に兄貴がいるのである。
父さんが国立大学を卒業しているからか、僕でも行けると勘違いしているのだと思う。いや、全部兄貴のせいだ。兄貴がアメリカの有名な大学へ行ってしまったため、僕も期待されていたのだ。
兄貴は父さんの学力と母さんの容姿を少しだけ受け継いでいるようで、勉強も出来るしモテモテなのだ。それに比べて僕は、母さんの学力と母さんの容姿を完璧に受け継いでいた。母さんは美人なので容姿を受け継いでいるのは有り難い事だけど、身長が低かったのである。僕の身長は155cmくらいしかないのです……。僕は父さんのどこを受け継いでいるのだろうか……?
大学受験でひと悶着あったけど、こうして無事に大学生になれました。そしてついに、念願の一人暮らしを勝ち取る事が出来ました!
自立していない僕が一人でアパートを借りる事が出来ないので両親にお願いしたところ、何故か一軒家だった……。解せぬ。父さんは昔から、突拍子も無い事を言うのだ。占いの結果、一軒家を買ったぞ! とかね……。父さんはオカルトマニアなのです。
「ここが今日から暮らす、僕の家か……」
買ってくれた一軒家は、古い日本家屋だった。1階建てだけど、綺麗な庭があって池まであった。掃除の手配をしてくれたのだろうか、汚れている場所がほとんど無かった。
既に家具などの生活用品が備え付けられているので、僕は身一つでやってきた。洋服とかは事前に発送済みです。
「立派な玄関だ……」
重厚な木で出来た横開きの玄関でした。鍵を開けてスライドしてみると、思ったより軽く動いた。
玄関を抜けて廊下を通り、真っすぐ進むと大きなリビングがあった。畳張りかと思ったらフローリングの床でワックスも掛かっているのか輝いていた。4人掛けの机もあるし、大きなテレビまで備え付けられている。至れり尽くせりなお家でした。
ぐるっと一周歩き、家の中を見て思った事は、僕一人では広すぎるという事だった。何故父さんはこんな広い家に僕を住まわせたのだろうか……。
僕は一人、縁側に座り中庭を眺めていた。中庭の中央に、立派な桜の木が聳え立っていた。樹齢何年だか想像出来ないけど、幹の太さから見て相当な年月を生きてきたのだと思う。中庭には池があったけど、中は空っぽだった。前の住人は鯉でも飼っていたのだろうか。
ゆらゆらと舞い散る桜吹雪を目で追っていたら、木の根元に祠がある事に気が付いた。小さな祠だったけど、掃除もされて綺麗になっている。祠と言えば神様を祀る場所らしいけど、うちの両親が神様を信奉するちょっとアレな人なので僕は神様とか信じていない。居るのなら会ってみたいけどね!
そんな僕だけど、さすがに自宅にある祠を蔑《ないがし》ろにする事は出来ない。今日から同じ敷地で生活するのである。僕の方が後から来たのだし、お引越しの挨拶の意味を込めてお供え物くらい必要だと思った。お昼ご飯も用意してないから買い出しに行くか。
◇
自宅から歩いて10分のところに、24時間営業のスーパーがあった。コンビニはこのスーパーよりも遠いので、このスーパーが僕のライフラインになる気がする。
店内に入り適当に野菜や肉、卵などをカゴに入れて行く。ふふ、念願の一人暮らしだし、料理にも挑戦しちゃおうかな! でもお昼はめんどくさいから出来合いのお弁当をチョイスしてみました。
そう言えばお米も買わないといけないな。やばい、大荷物になりそうだ。
カゴいっぱいに食料を買い込み、いざレジへ! ふむふむ、3つのレジが稼働しているようだ。おばちゃんのレジが二つと若いお姉さんのレジが一つ。よし、お姉さんのレジへ行くしかないでしょ!!
お姉さんのレジに並ぶと、僕の前にいるおばあちゃんがお支払いに苦戦しているようだ。それを見ているお姉さんもどう対応して良いのか分からず、アタフタしている。お姉さんの大きな胸元には、椎名という名札が付いている。この綺麗なお姉さんは椎名さんと言うのか。よし、今日から僕はこの椎名さんの推しになろう。
どうやら17円足りないらしく、椎名さんがおばあちゃんにどの商品を戻すかと聞いているようだ。おばあちゃんも悩んでいるらしく、一向に進みそうにない……。
僕の実家には、お祖父ちゃんとお祖母ちゃんが居る。二人とも見た目が非常に若いので、おじいちゃんおばあちゃんと呼ぶのに少し抵抗がある。特に僕は小さい頃からお祖母ちゃんに良くして貰っていた為、この困っているおばあちゃんを放って置けなかったのだ。
「あの、良かったらこれ使って下さい……」
「あら~良いの? ありがとね~」
おばあちゃんに20円を渡し、すんなりとお会計が終わった。そして僕の番になった時、椎名さんから御礼を言われてしまった。
「あの、ありがとね。バイト始めたばっかりで、どう対応して良いか困っていたの」
「いえ、僕もおばあちゃんっ子なので放って置けなかっただけですから……」
椎名さんが商品をレジに通しながら、僕に微笑んでくれた。コッソリと椎名さんを眺めてみる。身長は170cmくらいだろうか、僕よりも背が高い。セミロングな黒髪、知的なメガネ、たれ目に泣きぼくろが魅力的な綺麗なお姉さんです。ふむ、おっとり系な優しいお姉さんな気がするぞ!!
おばあちゃんにあげた20円で椎名さんの笑顔が見られたと思ったら凄くお得な気がしてきた。ありがとうおばあちゃん!
「ポイントカードは持ってますか?」
「いえ、持ってないです。今日引っ越してきたばかりなんです」
「ふふ、じゃあ作りましょう。お得ですよ?」
「は、はい……」
椎名さんに言われるがまま、ポイントカードを作ってしまった。椎名さんの優しい笑顔を見ていたら、ドキっとしてしまったのだ。よし、今日からここで椎名さんへ貢ぐことを誓います。
買い物を終えてマイバッグに商品を詰め、自宅へ向かう。5kgのお米とか買わないで、レンジでチンするパックのご飯にすれば良かったかな……。
自宅に戻り冷蔵庫へ商品を詰めていく。そして僕は、ちょっと遅めのお昼ご飯としてから揚げ弁当を食べるのだ。レンジでチンしたお弁当を、せっかくだからと縁側で食べる事にした。
春の優しい風が庭に流れ、綺麗な桜の花びらが遊んでいる。この景色は東京の実家じゃ見れなかったから、すごく嬉しいかもしれない。
ペットボトルのお茶を一口飲み、ふと視線が桜の木の根元にある祠に向かった。そう言えば何もお供え物をしていなかったな……。
僕は台所へ向かい、とりあえずお米を小皿に盛り付けた。このお家の祠に宿る神様がどういう神様なのか分からないけど、お米のお供え物なら間違い無い気がしたのだ。
盛り付けた小皿を祠にお供えして、両手を合わせてお祈りしてみた。
「神様、今日からお世話になる黒川春希です。宜しくお願いします……」
よし、これで良いだろう。お米だったら野鳥とかが食べてくれるだろうし、無駄にはなるまい。
縁側に戻って少し冷めてしまったから揚げ弁当を食べる。やっぱりから揚げは最高だ。醤油味の濃い味付けなのでご飯に良く合う。そう言えば実家を出る時、お祖母ちゃんが作ってくれたから揚げが美味しかった事を思い出した。寂しそうにしていたお祖母ちゃんの顔が脳裏に浮かび、ちょっとしんみりとしてしまった。
『……おなか……すいたの……』
どこからか、声が聞こえて来た。テレビも付けていないし、周囲には誰もいない。幻聴だろうか……?
ふと視線を感じて祠に目を向けたところ、小さな小さな子猫が居た。祠の中、僕のお供えしたお米の奥にちんまりとお座りしている。ついさっきお供えした時には居なかったはずだ……。
僕はお弁当を食べるのを止め、祠に近づいた。子猫は逃げる素振りもせずに、ジッと僕を見つめてくる……。
祠の前にかがんで座り中を見ると、片手に収まるくらいの小さな子猫が居た。茶トラ模様の可愛い子猫だった。
「猫ちゃん、どこから来たの? お母さんは一緒じゃないの?」
僕は猫が好きだ。でも実家では飼う事が出来なかった。こんな小さな猫は動画でしか見たことが無かった。興奮してしまい、ついつい話しかけてしまったのだ……。
『……おなか……ペコペコなの……』
どうやら僕は幻聴が聞こえるようになってしまったようです。このお猫様から声が聞こえて来ました……。
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