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中級冒険者の章

閑話 アホな男を尾行してみた

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「チッ、迷いの森か…………しかも深層かよ」

 ついてない。サキュバスの館を狙って赤いゲートへ飛び込んだはいいものの、ここは古代エルフの森。しかも魔境に位置するハズレポイントのようだ。

 赤いゲートの出口は数ヶ所あり、古代エルフの森は周囲の森の濃さで難易度が判断できる。一番難易度が低い場所は公園の芝生のような場所であり、そこから草原、森のように緑が増えて行くに連れモンスターが強くなっていく。最終的な目的地はどの出口からでも見える巨大な木、世界樹と呼ばれる木の麓にあるエルフの街。世界樹を目指して進めば簡単に辿り着けそうではあるが、ダンジョンのように入り組んだ森の中では視界が悪く難しいのだ。

 そしてここは一番のハズレスポット。世界樹が見えない程に濃い木々に囲まれた死の森だ。モンスターはどれも凶悪で、出会ったら死を覚悟する必要がある。

「ここで待つもの気が引けるが、どうせ一人で進んでも死ぬんだ。誰か来るのを待つか」

 掲示板で仲間を募り、赤いゲートへチャレンジする日を決めていた。そうする事でゲートの先で合流出来る可能性が高くなる。運が良ければ協力して攻略に進めるっていう作戦だ。







「……来た!」

 茂みに身を潜めて待っていると遂に誰かがやって来た。この危険な森を進むにはどんな奴でもいいから仲間が欲しかった。だけど……。

「…………な、なんだあのふざけた装備は? それにあのハローバイブの袋は何だ?」

 赤いゲートから小柄な男が出て来た。女のように整った顔だけどあの体格は男に違いない。男はキョロキョロと周囲を伺っているが、何故か大人の玩具を取り出し逆手に構えた。

 ここで俺は究極の選択を迫られる事になった。あのアホな男と組むのか? それとも時間切れまでここで耐えるのか。赤いゲートの周囲は比較的安全と言われている。ここでもう少し待ってみるのが正解だな。

 そんな事を考えていた次の瞬間、茂みの奥から白い物体がアホな男に体当たりをしたのが見えた。あの白いウサギは見た事がない。もしかしてレアモンスター?

『キュキュー!』

『もうビックリしたなー。君はどこから来たの?』

「…………友好的なモンスター?」

 ダンジョンでは突発イベントのような事が起こる事があるらしい。これもそうなのかもしれない。

 俺はアホな男と合流するのを止め、コッソリと尾行する事にした。



   ◇



 ウサギを抱っこして歩くアホな男が突然立ち止まり、ハローバイブの袋から何かを取り出した。

『せっかくサキュバスの館に行けると思ったのにどうしてこんな森に来ちゃったんだろねー。ここって古代エルフの森でしょ? こんな事なら大人の玩具なんて持って来なかったのになぁ。そうだ、ちょっとこのブルブルでマッサージしてあげよっか? ウサギも肩凝ったりする?』

『キュ?』

『うへへ、お客さん凝ってますねぇ。ここですか? ここが良いんですね? アヘアヘにしてあげますよぉ』

『きゅうぅぅ……』

 …………俺は自分の選択が間違っていたと理解した。あの男は正真正銘のアホだ。この危険な森で小型マッサージ機デンマでウサギを蕩けさせるアホな男は頭のネジがぶっ飛んでいるとしか思えない。

 でも一つだけ不思議な事がある。ウサギの指示に従って進んでいるとモンスターと遭遇しないのである。まるでモンスターを避けるように進んでいるようだ。もしかしてあのウサギがこの死の森を攻略する鍵なのだろうか……?



   ◇



 ピクニック気分で歩く男がウサギの耳を触り出した。コイツは本当にダンジョンに居るって分かっているのか? そもそも装備無しなのが理解出来ん!

『ウサ吉の耳は長くてカッコイイね。こう見えてもボク、ウサギには詳しいんだよ』

『キュキュ?』

 俺はウサギには詳しくないが、確かにあの長い耳は可愛いと思う。あのアホな男は動物好きなのか。確かに動物には好かれそうだな。アホだし。

『実はね、彼女にバニーちゃんコスプレしてもらってエッチしてるんだよー。七海さんのたわわなおっぱいが零れそうなエチエチバニーちゃんは最高ですよ!』

『きゅ……』

 アホ過ぎて頭が痛くなってきた。あのウサギは人間の言葉を理解しているのかもしれない。アホな男が言う事に呆れて溜息を吐いたのを見た。

 俺は迷った。このままアイツを尾行するべきか、それとも別れて移動するべきか……。悩んでいたら開けた場所に出た。そこは不思議な場所で、巨大な木がポツンとあるだけなのだ。一瞬木に擬態したモンスターかと思ったが、アホな男が無警戒に近付きペシペシと木を叩いていた。

 そしてウサギが器用に木を登り、果実を落として行く。

『キュキュ』

『うわっ、落とすの早いよウサ吉~。もっとゆっくりやってくれないとボクが追い付けないでしょ?』

『キュキューン!? キュ! キュ!』

 …………たぶんあの男が鈍くさいだけだと思う。男がキャッチ出来なかったのを見たウサギがご立腹だった。だが運の良いことに取りこぼした果実がコロコロと転がり、俺の足元で止まった。

「こ、これはっ!!」

 思わず声を出してしまったが気付かれていないようだ。二人ともゲームでもしているかのように果実集めを楽しんでいた。手に取った果実を見てみる。それはまん丸で黄色い果実、ラッキーフルーツだった!!

 このラッキーフルーツはエルフの街で交換出来る貴重なアイテム。一度だけ売っているのを見た事があった。現地のエルフに聞いたところ、このラッキーフルーツを食べると永久的に運のパラメータが1上がるらしいのだ。これはエルフにとっても貴重らしく、そうそうお目にかかれる代物ではなかった。これを持ち帰るだけでガチャ100回くらい出来るだろう。

『んほー!! なにこれ美味しいの~!』

『キュキュ! キュキュ!』

 収穫が終わったのか早速食べ始めていた。あの男は果実の価値を知らないのか遠慮なくガツガツと食べている。そして種をウサギに渡している。あのウサギは種を食べるために男を連れて来たのか……?

 休憩が終わり男が立ち去った後、俺は一人木を見上げた。頑張れば登れるだろうが、今はあのウサギが気になったので尾行を続けようと思う。



   ◇



『うげぇ、こんなキノコどうするの~? 絶対食べたら死んじゃうやつじゃん! ウサ吉ってばゲテモノ好きなんだね~』

『キューン!!』

『痛っ、ちょっ、今の本気で叩いたでしょ!? 痛かったよー』

『キュキュ! キュキュ!』

『解せぬ……』

 今度はマジカルバイアグーラの群生地かよ……。あれはラッキーフルーツよりも更に貴重なキノコだ。エルフが加工すると超強力な興奮剤になるらしい。エルフの男は性欲が少ないらしく、あのキノコで作った薬が必須アイテムなのだ。

 もしかしてあのウサギはレアアイテムの在処に案内してくれるイベントキャラクターなのかもしれない。このままコッソリと尾行していけばお宝がザクザク集まるな!

 そんな気持ちが悪かったのだろうか、男が立ち止まりこっちを向いた。俺は木の後ろで息を殺して身を潜めた。別にバレたところで問題ないが、こんな事なら最初に合流しておくべきだったか……?

 どうやらやり過ごせたらしく、男が歩き出した。少しだけ距離を離して尾行した方がいいだろう。






 しばらくすると急にウサギが走り出し、男も一緒になって走り出した。もしかして尾行にバレたのか!?

「…………いや、これは罠だな。ここは焦らず慎重に進むか」

 少しだけ身を潜めてから追う事にしたが、何故か空気が重くなった。森の香りが濃くなったような気がするのだ。もしかしてウサギから離れたのが失敗だったのか?

 早歩きで合流しようと前に進むと、突然目の前に巨大なカマキリが現れた。

「…………えっ?」

 見た瞬間ヤバい奴だと理解出来た。こんな化け物と正面から斬り合って勝てる訳が無い。左手に持つ鋼鉄の盾が頼りなく感じる……。

 だが運の良い事にヤツはこっちに気付いてない。急いで逃げようと後ろに下がった瞬間、パキンという小枝の折れる音が森に響いた。漫画じゃあるまいしこんな演出は要らないだろ……。

「クソッ、逃げられない!」

 カマキリの眼が俺を捉え銀色に輝く羽がバサっと開いた。そして恐ろしい速さで俺に飛び掛かって来た。

 左手を前に出して盾を構えたが、カマキリは何事もなかったかのように鎌を振るった。

 ……最後に見たのはそんな光景。そうか、あの男とウサギはコイツから逃げるために走ったのか。

「ああ……こんな事ならラッキーフルーツ食っておけばよかった」

 俺は最後にそんな事を思ったのだった。
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