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ひよっこ冒険者の章

第33話 頑張るユウタ

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※まえがき※
連続投稿しております。
読み飛ばしにご注意下さい。
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 長い時間続いた拍手が終わり、ボクの彼女になった七海さんが席を移動して来た。隣に座る彼女からフワリと甘い香りが漂って来る。この幸せを守れるように早く行動しよう。

 コッソリと店内の時計を見ると時刻は14時半を示していた。前回キムタコが来たのは15時のチャイムが鳴って直ぐだったはず。最優先事項はブレスレットを渡す事だ。

「ユウタ君可愛い……スンスン、ああっ、いい香りがする、えへへ、私の彼氏可愛い……」

「ちょっ、七海さん近い、近いですよっ!? あのあの、ボクその、困りますぅー」

 ファミレスでよく見かける4人掛けのテーブル席と言えばいいのだろうか、長椅子に座っているボクは七海さんに追い詰められていた。奥に座っているボクに逃げ場は無かったのである。

 席を移動してきた七海さんはとても嬉しそうに紅茶を飲んでいた。最初はね? それが少しづつ、少しづつボクの方に移動して来たのである。

 そして遂にボクは壁に押し付けられるくらいまで逃げ場を失ってしまったのだ。嬉しいけど急すぎて困ってしまう。

「大丈夫だよユウタ君、だって私達付き合ってるんだから。何もおかしな事なんて無いんだよ?」

「そ、そうですけどっ、あのあのっ、手が当たってるっていうか、その、あのっ」

「はぁはぁ、ユウタ君の匂いを嗅いでいるとキュンキュンしちゃう、心臓がドキドキするの。今までこんなにときめいたのは初めてよ。その、良かったらだけど……」

 七海さんの手がボクの太腿を摩っている。どうしたというんだ七海さんは。最初はこんな感じじゃなかったぞ。まるでサキュバスの色香にやられちゃったような……。

『えへへ、おにーちゃんから女をキュンキュンさせる良い香りがするんだよ? 大丈夫、指向性のある香りだから操作は任せてねっ!』

 どこからか天使な小悪魔の声が聞こえたような気がした。

 いかん、今はそれどころじゃないのである。イチャイチャしたいけど、今じゃないのだ! それに前に座るミキちゃんの冷たい視線が辛いです。

「あんたたち、イチャつくのもいい加減にしなさいよ?」

 ミキちゃんからの援護が来た! よし、このチャンスをものにするんだっ!

 ポケットから取り出したバリアシステム先生を七海さんに手渡した。これがボクの人生で初めての女性へのプレゼントだ。

「あのあのっ、コレ、七海さんに似合うと思って……その、プレゼントですー!」

「えっ、これを私に……? 嬉しいっ!!」

 こんな事なら綺麗なケースを用意しておけば良かったと後悔した。でももう遅いのだ。今は勢いで行くしかないっ!

 女神のように美しい七海さんに相応しいアクセサリーを買いに行っても選べる気がしない。だがしかし、バリアシステム先生は七海さんの美しさに見合う輝きを持っていた。さすが先生です。

「どうかな~? えへへ、似合う?」

「凄く綺麗ですー!」

 左手の手首に装備されたバリアシステムという名のブレスレットがキラリと輝いた。

 銀を基調としたシャープなデザインのブレスレットには赤や青といった大粒の宝石が散りばめられている。まるで最初から七海さんのためにデザインされていたかのような美しさだった。

「あんたそれ、どこで買ったのよ?」

「えっ、あの、そのっ、えとえと、ひ、秘密ですー!」

 ミキちゃんから鋭い指摘が来た。ヘタレなボクがこんなオシャレなアクセサリーを持っている事に疑問を覚えたのだろう。ボクもそう思います。

 だけどこれは誤魔化すしかないのだ。だって市販品じゃないし、説明文では近未来の技術を結集して制作された腕輪型のデバイスって書いてあった。ギルマスがスペースコロニーから持ち帰ったお宝だけど、ギルマスには自慢の筋肉があるから必要ないよね!

「もうミキったらそんな事どうでも良いでしょ? えへへ、ユウタ君ありがとう~♪ 大切にするね」

「はい! これは七海さんを守ってくれるお守りみたいなものですから、ずっと着けていて欲しいです」

「それってもしかして、婚約指輪的な感じ!? えへへ、嬉しいなユウタ君。寝る時も外さないね」

 ふぅ、色々とあったけどミッションコンプリートだ。これでキムタコが来ても最悪な事態は避けられる。バリアシステム先生ならきっとキムタコの攻撃くらい弾いてくれるはずだ。先生おなしゃす!

 七海さんは嬉しそうにミキちゃんとブレスレットを見てキャッキャウフフと談笑している。やはり女の子はアクセサリーとか大好きなのだろう。この隙にボクはこれからの事を考えようと思う。

 キムタコから七海さんを助けるだけなら既に任務達成だろう。だけど本当にそれで良いのか? キムタコの攻撃が七海さんに通じないとしたらどんな行動を取る? 別の被害が増えるんじゃないか? もうやり直しは出来ないのだ。

 ふと、隣で嬉しそうに笑うボクの彼女を見た。いくらバリアシステム先生が守ってくれるからと言ってナイフで刺されるのだ。トラウマものだろう。幸せそうな彼女の顔を曇らせて良いのだろうか?

「えっと、ちょっとトイレ行って来ます」

「あっ、うん。いってらっしゃい~」

 トイレの個室に入ったボクは大きく深呼吸した。トイレで深呼吸はちょっと気持ち悪いけど今は気持ちを落ち着かせたかった。

 ここまでボクはビアンカちゃんに助けて貰った。でも、最後くらいはボクが主人公になりたい。七海さんの彼氏になったのだから……。

「頼むぞ……」

 作戦は全部頭に入っている。スマホの時計を見ると後5分で15時だ。ふと、今からでも警察へ電話しようかと思い浮かんだ。でも、『これからキムタコがナイフを持って襲い掛かる事件が起きます。助けに来て下さい!』と言ったところでイタズラ電話と思われてお終いだろう。

 ボクはネックレスから指輪を外した。暗殺者の指輪、これには音と気配を消す効果があるらしい。まだ音が消える事しか実験してないけど、ボクにはもうこれを使うしかないのだ。

 左手の薬指に嵌めた指輪がキラリと光った。

 息を殺してトイレから出てお店の外に……幸いにも誰にも気付かれずに出る事が出来た。









 どれくらいの時間こうしていただろうか。時間にして数分のはずなのに、今は一分一秒が異様に長く感じる。

 お店の入口横にある植え込みに隠れてその時を待つ。心臓の音がおかしいくらいに激しい。喉がカラカラだ。手にも汗が滲む。

 そして――。

「来たっ!!」

 猛スピードで駐車場に入って来た赤いスポーツカー。急ブレーキで白煙を上げるタイヤ。そして運転席に座る鬼の形相をしたイケメン。

 ボクはスポーツカーのトランクをジッと見つめ、神に祈った。


『車のトランクに金の剣を転移します。宜しいですか?』


「お願いします!」

 そう言うとボクの手から布で包まれた金の剣の感触が無くなった。ふふ、これで後は警察が来た時の取り調べで出処不明な金の剣が出てくるのだ。指紋とか拭き取ったから大丈夫な気がする。たぶん……。

 何も知らないキムタコが車から降りた。そして大股歩きで店に向かって行く。前回は良く見えなかったけど、右手にはキラリと怪しく光る鋭い刃が握られていた。まさに殺意の塊である。

 ボクは気配を殺してキムタコの真後ろを追従した。指輪の効果なのか、こんなに近くに居てもキムタコはボクに気付かない。ここでヤツを取り押さえても言い訳をされてお終いだ。決定的な瞬間を狙う必要がある。

 そして遂に店内に入った。タイミングを逃すな、チャンスは一度きりだ……そう自分に言い聞かせる。




「……はぁ、はぁ」

 息を殺しているのに息が荒くなる。



「……はぁ、はぁ」

 奴のナイフを持つ手を取り押さえるのだ。



「……はぁ、はぁ」

 大丈夫、絶対に成功する。



「……はぁ、はぁ」

 だって、こんな真後ろに居るのに奴は気付かないのだから。



――ボクは彼女を救い、主人公になるんだ!!



「ななみぃぃぃぃ!! 俺をコケにしやがったなぁぁぁあああ!!!」

「っ!!!」

 キムタコが七海さんに向かって大きな声で叫び、右手を大きく振り上げた!

 怖いけど、怖いけどやるんだ!

「危ないですよっ!! そんなナイフ持って何するつもりですか!?」

「何だ貴様っ!?」

 大きく振り上げた腕に抱き着くようにして奴の動きを妨害する。このまま奴の手からナイフを奪い、拘束する。そうすれば誰かが警察を呼んでくれるだろう。

 七海さんとミキちゃんが驚いた顔をしているのが見えた。

「ユウタ君っ!?」

 ボクの試みは成功した。さすが暗殺者の指輪だ。音を殺し気配を殺し、誰にも察知されること無く近づき確実に仕留めるこの性能、まさに暗殺者の名に相応しい。

 これでキムタコも終わりだ!!




「俺の……邪魔をするなああああぁぁ!!!」

「えっ…………?」

――だけどボクは間違った。自分の非力さを計算に入れていなかったのだ。簡単な話である、キムタコはボクよりも力が強いかったのだ。こんな事も予想出来ないくらいにボクはダメダメだった。






 ボクの拘束なんて一瞬で振り払われた。大人と子供というのだろうか、今ほど自分の非力さを呪った事は無い。

 倒れ込むとき、七海さんの泣きそうな顔が見えた。ああ、ボクは彼女の笑顔が見たいのにどうしてあんな顔をさせてしまったのだろうか。

「クソガキがぁぁぁぁぁぁああ!!!!」

 全てがスローモーションになった。ボクに向かって凶器ナイフが近づいて来る。あれは夢の世界で見たどの攻撃よりも強いだろう。




――怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。

 あの鋭いナイフはボクの肌なんて容易に貫通するだろう。



――怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。

 白いドレスを赤く染める七海さんの姿がフラッシュバックした。



――痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。

 夢の世界と違ってやっぱり現実は痛かった。お腹がナイフが触れた瞬間、燃えるような痛みが走った。




 全てがスローモーションで流れる時間の中でボクは思った。こんな事なら厚着でもしてくれば良かったと。このまま殺されたらどうなっちゃうのだろう。七海さんを悲しませちゃうかな……。

 ふと、ビアンカちゃんの笑顔を思い出した。そうだ、ボクがここで死んでもビアンカちゃんが待っていてくれる。それだけが唯一の希望だった。

『あははっ、おにーちゃんったら嬉しい事言ってくれるね~。でもね、まだこっちに来るには早いかな~』

 どこからか天使の声が聞こえたような気がした。その優しい声はボクに安らぎを与えてくれる。

「ぐおぉぉぉっ! な、何をする貴様っ!! 離せっ!!!」

 ボクの視界からイケメンが居なくなった。まるでミサイルで吹き飛ばされたかのように飛んで行ったように見えた。

「確保ぉぉぉぉおお!!」

「治療急げっ!!」

「ユウタ君っ、しっかりしてユウタ君っ!!!」



 意識が朦朧とする中、慌ただしい声が聞こえて来た。警察が来るには早すぎるけど、時間の感覚が無くなっているのだろうか…………?

『あらら、おにーちゃんったらこんな指輪まで持ってたんだね。これって暗殺者の指輪でしょ? あー、こっちだと認識阻害の効果もあるんだね~。さすがにこれを着けたままだとヤバイから、ビアンカちゃんが預かっておくね~』

 ボクが最後に聞いた言葉は、そんな優しい天使の声だった。
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