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ひよっこ冒険者の章

第32話 恋人ルート

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※まえがき※
連続投稿しております。
読み飛ばしにご注意下さい。
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「これから俺仕事あるから戻るな。じゃーなー」

「っ!?」

 慌てて振り返れば手を振って歩いて行くパリピの後ろ姿が見えた。本当に戻って来れたのだろうか?

 抱えるように持った金の剣の重さが現実だと教えてくれた。そしてポケットの中にあるバリアシステム先生が勇気をくれた。大丈夫だ、今度はヘタレない。

 何か変化があるのかと周囲を見渡してみた。今ボクが立っているこの場所は『紅茶とどら焼き』という喫茶店の入口の真ん前、そして可愛いどら焼きの時計台が14時を示していた。間違いない、戻って来たのだ!

「あれ、何かおかしい気がする……?」

 思わず声に出てしまったが、前回はこんなにも車が止まっていただろうか。広い駐車場に空きが一つしかないのである。平日のこの時間は空いていると認識していたはずだ。もしかしてカードを使って戻った事で何かが変わったのか?

 気になるけどボクには確認している余裕がない。もうやり直しをする事も出来ないのだ。失敗は許されない。

 だけどさすがに布に包んだ金の剣を店内に持ち込むのはマズいと思い、入口横にある植え込みに隠しておく事にした。

「いらっしゃいませ~。お連れ様がお待ちです。どうぞこちらへ~」

「えっ?」

 またまたおかしい。前回はここでお一人様かと聞かれたはずだ。キョロキョロしたボクを見つけたミキちゃんが手を挙げて微笑んでくれたから覚えている。キュンキュンしたやつだ。

 腑に落ちないけど進むしかない。ボクにはこれしか選択肢がないのだから。

 メイドさんの後に続いて進んで行くが、何故かお店の客がボクに鋭い視線を向けて来る。こんな満席じゃなかったはずなのにどういう事だ。もう混乱してメイドさんの胸を見る余裕すらなかった。

「こんにちは」

「来てくれてありがとう。好きなの頼んで」

「分かりましたー」

 案内された席は前回と同じだった事にホッとした。それとミキちゃんの反応も同じだったのだ。座る時にチラッと後ろの席を見たけど七海さんと思しき綺麗な金髪が見えたので間違いない。

 そして渡されたメニューを見てキョロキョロとしていたところでミキちゃんが代わりに注文してくれた。もちろん魅力48のイケメンスマイルも忘れない。

「いただきますー」

「どうぞ召し上がれ」

 メイドさんに紅茶を淹れて貰って一息吐いた。でも何故だろう、前回の紅茶を淹れてくれたメイドさんと違うし、紅茶の味も違うのだ。まるで素人が淹れているような紅茶の味に感じるのは……ボクが緊張しているからなのだろうか。

 どら焼きをモグモグしながら頭をフル回転して考える。これからキムタコが来るとしてどうすればいいだろう。キムタコは七海さんを狙っていた。いや、七海さんしか見えていなかったような感じだった。ブレスレットを渡すのが最優先だな。

「この前は彼のせいで迷惑を掛けたわね」

「いえいえ、全然大丈夫ですー」

 ヤバイ、大して作戦が決まらないうちにメインストーリーが進んでしまった。ここからはもう考える余裕がない。ブレスレットさえ渡しておけば何とかなるだろう。ポケットにあるバリアシステム先生が頼もしい。

 ボクの食べるどら焼きが半分になった時、遂にミキちゃんから核心に迫る話が来た。

「それでここからが本題なんだけど……あんた七海の事どう思ってんの?」

 その言葉を聞いた時、後ろの席に座る七海さんがビクンと動いたような気がした。前回はこんな事を考える余裕もなかったけど、この顔合わせはミキちゃんが七海さんのためにセッティングしたものだったのだと今なら分かる。

 ここからがボクの戦いだ。ヘタレた自分を殴り飛ばし、幸せな未来を勝ち取るのだ!

 ミキちゃんの綺麗な瞳を七海さんに見立てて想いを伝えた。後ろに座る彼女に届くようにしっかりと。



――大学のカフェテリアで初めて会った七海さんを思い出す。つい一週間前だというのに随分と昔のように感じる。

「七海さんはとても素敵な女性だと思います。突然フラれたあの日からボクは彼女の事が気になって気になって、大学で見かけてもついつい目で追うようになりました」

 少し誇張しているけど嘘は言っていない。信じて欲しい。

 店内がシーンと静まり返り、ボクの言葉が響き渡った。届け、ボクの想い!!



――ボクがフラれた時、何故か彼女は悲しい顔をしていた。

「あの日、七海さんがボクにああ言った理由は分かりません。でも、泣きそうな彼女の顔が今でも目に焼き付いています」

 ボクの独白をミキちゃんは真剣な表情で聞いていてくれる。今回はボクが主人公になるんだ!



――夢の世界で見た彼女も悲しい顔をしていた。いつも彼女は悲しい顔なのだ。ボクは彼女の笑顔が見たい。

「悲しい顔をした彼女の顔は見たくありません。彼女には笑っていて欲しいと思っています。ボクに微笑んでくれたら最高ですけどね……」

 あの日、夢の世界で見た悲しい顔をした七海さんを思い出すと胸が苦しくなる。笑顔が戻るのなら力になってあげたい。



――ああそうか、この不思議な一週間の意味がやっと分かった。彼女を笑顔にするために神様がボクをダンジョンに導いたのだ。

「七海さんの笑顔が見たい。ボクが七海さんを笑顔にしてあげたい。ちっぽけなボクじゃ頼りないかもしれないけど、力になりたい。心からそう思います」

 ギルマスは持ち帰り金庫というアイテムは存在しないと言っていた。掲示板にもそんなアイテムの情報は無かった……。ボクだけの特別であり、きっと神様が七海さんの笑顔を望んだのだ。



――ボクはもう迷わない、あんな思いをするのは二度とご免だ!!

「ヘタレなボクじゃ彼女には相応しくないと思っています。でも、彼女がボクを選んでくれるのなら、七海さんが笑ってくれるのなら何だってしてあげたいと思います。だってボクは、七海さんに一目惚れしちゃいましたから!」

 前回はお友達からのスタートだった。でもボクはそれじゃ嫌な事に気付いた。彼女を失いたくない、彼女が欲しい、彼女の隣に居たい。ビアンカちゃんとあんな事をした後だろと怒られそうだけど、これがボクの嘘偽りのない本心だ。



 今まで生きて来た中で一番緊張したと思う。でもボクの気持ちは全て伝えた。この気持ちが七海さんに届いていればいいけど……。

 ボクがこんな事を言うとは思わなかったのか、ミキちゃんが固まったまま動かない。そしてお店の音も消えてしまった。どら焼きをモチーフにした壁掛け時計のカチコチとリズミカルに動く針の音だけが現実であることを伝えて来る。

 こういう時はどうしたら良いのだろうか……ボクの想いは伝えたはずだ。もしかして伝わらなかったのだろうか。もう一度言った方がいいかな?

 戸惑っていたらミキちゃんが大きな溜息を、店内に響き渡るような大きな大きな溜息を吐いた。

「はぁ……! あんた私に告白してどうすんのよ、もうっ! はぁ……そういう事らしいわよ。良かったわね、七海?」

「えっ、あっ?」 

 後ろの席に七海さんが居る事は知っていた。でもここは知らないフリをしないといけないのだ。

 ボクは少しわざとらしく振り返った。すると、そこには顔を真っ赤にした七海さんが立っていた。

 数時間ぶりに見た七海さんの元気な姿にホッとしそうになったが、ボクは気を引き締めた。もう二度とあんな悲劇は起こしてはいけない……と、ポケットの中からバリアシステム先生が伝えて来る。

「私も好き、貴方を初めて見た時から好きだったのっ! あの時は言えなくてごめんなさい……!」

「っ!?」

 七海さんの大きな声が店内に響き渡った。前回の時はお友達という流れだったけど今回は違う。ボクが勇気を出した結果がこれなのかもしれない。

 でもここから先は彼女に言わせてはならない。だって前回は彼女から告白されたのだ。今回こそはボクが告白する番だ。

 七海さんの綺麗な瞳をジッと見つめる。パッチリとした大きな瞳に吸い込まれるような錯覚を覚える程に澄んでいた。ボクは覚悟を決めて想いを伝えた。

「七海さん、ボクとお付き合いして下さい!」

 七海さんの瞳がこれでもかと大きく開き、薄っすらと涙が零れるのが見えた。きっとボクの顔は真っ赤になっている事だろう。

 そして彼女は向日葵のような満面の笑みをボクに見せてくれた。

 ああ、この笑顔が好きだ。ボクはこの笑顔が好きなんだ。やっと見れたよ、ビアンカちゃん……。ヘタレなボクを導いてくれた天使に心から感謝した。

「うん、宜しくねユウタ君!」

 その瞬間、割れんばかりの拍手が巻き起こった。

「えっ、あれっ?」

「な、なに!?」

「はぁ……あんた達お似合いのカップルね」

 ほぼ満席の店内から巻き起こるスタンディングオベーションがボク達を祝福する。お客さんやメイドさんがボク達に向けて拍手をしていたのだ。誰もが笑顔でボク達を祝福してくれる。

 ミキちゃんは呆れ顔だけど嬉しそうなのが分かる。ああ、これが幸せなのか。

『あはっ、おにーちゃん良かったね~。でもでも、ビアンカちゃんの事も愛してくれないとダメだぞ?』

 どこからか可愛い小悪魔の声が聞こえた気がした。

 それからしばらくの間、拍手が途切れる事はなかった。ボク達は少し恥ずかしくなりながらも笑顔で頷き合うのだった。
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