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ひよっこ冒険者の章

第16話 初恋

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 遂にやってきました第5回ダンジョンアタックのお時間です。残念ながら第4回は無いので分かりませんが、きっと今日でクリア出来るでしょう。

 夏子さんの胸の谷間で暖められたラブリーポーションを使いたくなる気持ちを抑え、まずはスライムとコウモリを倒して探索を続けた。

 でも残念な事に夏子さんとの交渉で運気を全て使い果たしたらしく、全ての部屋を探索しても武器と盾を拾う事が出来なかったのである。


【マジックバッグ】
・ビッグマッキュセット
・チーズマッキュセット
・萎びたマッキュポテト
・回復薬
・ラブリーポーション
・ワープ薬
・識別カード


 マッキュが沢山手に入ったけど、萎びたマッキュポテトは危険な気がする。ただでさえ水分補給が出来ないこの環境で萎びたマッキュポテトを食べたらどうなるか分かったもんじゃない。きっと口の中の水分が全部吸い取られて死んでしまうかもしれないのだ。

 説明文を読むとチーズマッキュは満腹度が半分回復、萎びたマッキュポテトは満腹度が全快するけど5ポイントのダメージと『ちから』が1下がっちゃうらしい。非常時に食べるやつか……。

 ワープ薬は飲むと同じフロアのどこかにランダムで飛ぶ緊急離脱用アイテムのようだ。そして識別カードは……。


【識別カード】
指定した未鑑定アイテムを識別する。


「未鑑定アイテム……?」

 武器とか盾、指輪は拾った段階では強化値が分からない。だから装備する前に使って呪われていないかを確認しろって事な気がする。もしくは他に未鑑定アイテムというものが出て来るのかなー。

 まあ分からない事は後でギルマスか夏子さんに教えて貰おう。

「さて、スライムちゃんはどこかな?」

 夏子さんに貢いで入手した禁断の薬を試すときが来ました。前回はスライムの数が多すぎた事と緊縛カードというトラップで自滅しちゃったけど、今日はそんなアホな事はしません。

 いくらボクの賢さが5だからと言っても同じミスはありえない。心を鬼にして容赦なく揉み倒す所存であります。

 だがここで問題がある。ボクが誰をチョイスするかという問題だ。夏子さんの話だとポーションを飲む時に思い浮かべた人が出て来ると言っていたのです。

 黒いビキニ姿が脳に焼き付いた夏子さんか、それともメイド服がエチエチな姫ちゃんか、あとはボクのお尻を狙う舞子さん……は無いな。合法ロリな志穂さんも捨てがたいけど、今日は初心に帰ってあの人を選びたいと思います。

 通路を抜けたその先に居たのは1匹のスライム、ボクはギリギリまで近づいた。マジックバッグからピンク色のポーションを取り出し、目を閉じてあの人を思い浮かべて飲み干した。


――初めてボクがフラれた日、あの時彼女はどんな事を思っていたのだろう……。


「こ、これが天王寺七海っ!!」

 目を開けると女神が居た。

 パッチリとした目は力強く、プルンプルンで艶やかな唇、そして腰にまで届く黄金色に輝く金髪が美しい。お胸が大きいのに腰はクビレており、まさにボンキュッボンを体現したギャルっぽいお姉様だ。思わず見惚れてしまう美しさ。

「ご、ゴクリ……」

 あの日、パリピの甘い言葉に乗ったアホなボクは清楚系色白ビッチギャルの天王寺七海さんと出会った。そして七海さんが『……ごめんなさい無理です!!!』と言ってボクはフラれてしまったのだ。

 別に七海さんを恨んでいるとかそういう気持ちは全くない。むしろ七海さんのお陰でボクは魅力が欲しいと願い、この夢の世界に来れるようになったとも言える。

 だから七海さん本人に恨みは無いけど、ボクのピュアなハートが傷付いたのも事実だ。これは言い訳になっちゃうけど、お仕置き的なやつである。

「やばい、超綺麗だ……」

 お尻に届きそうな程に長い金髪はサラサラで光沢を纏っている。黒いゴスロリドレスというのだろうか、お姫様のようなドレスに黒いニーソックスが魅力的である。

 ああ、こんな美しい女性は初めて見た。キムタコが夢中になる気持ちが少しだけ分かったかもしれない。

 ラブリーポーションを飲んで魅了状態になっているからだろうか、彼女を見ると心が苦しくなる。もしかしてこれが恋をするという事なのだろうか。

 でも何故だろう、あの時初めて見た七海さんと同じように目の前の美女も少しだけ悲しそうな顔をしていたのだ。彼女の悲しそうな顔を見たらエロい事をしようという気持ちが無くなった。どうやらボクは本当にダメになってしまったようだ。

「ねぇ七海さん。どうして貴方はそんなに悲しそうな顔をしているの?」

 ダメになってしまったボクは、思わずスライムに語り掛けてしまった。

 彼女の事が知りたい、彼女に笑って欲しい、彼女の……いや、これは言わないでおこう。まだボクの魅力じゃ到底無理なのだ。

 ターン制に支配されたこのダンジョンにおいて会話は意味のないモノだ。行動こそが時間を進ませる唯一のルール、でもボクは彼女の事が知りたかった。

「…………ごめんなさい」

「っ!?」

 七海さんがボクを見てそう言って来た。これは夢だろうか? それとも魅了に罹ったボクの妄想?

 目の前の彼女がボクに向かって頭を下げた。

「この前はごめんなさい。ミキが気を利かせてくれたのに貴方には悪い事をしてしまいました」

「い、いえっ! 全然大丈夫ですから頭を上げてくださいー!」

 女性に頭を下げられるのはこっちが悪い事をしているみたいで心臓に悪い。もしこれが人混みのど真ん中だったらボクは社会的に抹殺されていただろう。

 でもそうだ、こんな奇跡的な状況は二度と起きないかもしれない。だから少し聞いてみたくなった。ボクなんかじゃ何の役にも立たないだろうけど、知りたくなったのだ。

「どうしてあの時、あなたはあんなにも悲しい表情をしてたのですか?」

「……っ」

 美しい彼女の顔が更に曇った。『貴方がイケメンじゃなかったから……』とか言われたらどうしよう。

 でも予想と違った。

「実は私、ある人から執拗に迫られて困っているんです。それを友人に、ミキに相談したら上井君に話が行って。上井君が適当に彼氏でも作ればいいと言って紹介してくれる事になったんです。それが貴方でした」

「えっ、そうだったんですか!?」

 確かにボクは七海さんがキムタコに迫られている場面を見た。あの時のキムタコは怖いくらいに必死だった。こんな美人さんに夢中になる気持ちも分からなくはないが、七海さんからしたらたまったものじゃないだろう。

「言い訳はいっぱいあるけど、可愛い可愛い貴方を傷付けてしまって本当にごめんなさいっ!」

「うわっ、七海さん!?」

 七海さんがボクに抱き着いて来た。震える体でボクにごめんなさいと囁き続けるのだ。そんな悲壮な思いを胸に抱いていたなんて知りもしなかった。どうやらボクは彼女の事を誤解していたようだ。清楚系色白ギャルビッチなんて思ってごめんなさい。

 ボクは彼女を優しく抱き締めた。すると彼女の震えが止まった。髪を優しく撫でて大丈夫だと気持ちを伝えた。ああ、これが幸せなのだろうか。甘い桃のような香りに包まれて幸せに浸っていた次の瞬間、ボクの意識は暗闇に閉ざされてしまったのだ……。

「可愛い貴方に早く逢いたい……」

 最後にそんな声が聞こえたような気がした。



   ◇



「おう、最速記録更新か? あんま遊んでんじゃねーぞ」

「…………ギルド?」

 またギルドに戻って来てしまった。ギルマスからお小言を言われてしまったが、今のボクは反論する元気も無かった。

 さっきのあれは何だったのだろうか。ラブリーポーションが見せた幻覚? それとも……。

「はぁ、そんな辛気臭い顔してねーでこっち来いひよっこ。スコア更新だ」

「分かりました」

 ろくに冒険をしていないボクのスコアを更新したところで意味は無いだろう。でもそこには……。


【ハイスコア】
1:3418G 冒険者のダンジョン地下9階で、魔女っ子(ホワイト)に倒される。
2:428G 冒険者のダンジョン地下5階で、ハロウィンコスプレJDに倒される。
3:200G 冒険者のダンジョン地下3階で、フェンリルベビーに倒される。
4:0G 冒険者のダンジョン地下1階で、天王寺七海の悲痛な胸の内に触れる。
5:0G 冒険者のダンジョン地下1階で、夏子さんに倒される。
6:
7:
8:
9:
10:


「おい、ひよっこ。別にダンジョンをクリアするだけが冒険じゃねー。だからまあ、その……頑張れよ」

 その日、ボクは一人の女性に恋をした。あの悲しそうな顔の彼女を笑顔にしてあげたい……この気持ちが恋の始まりだと思う。

 一目惚れに近い完全な片想いだけど、この胸が苦しくなる気持ちは本物だと確信できる。

 きっとこれが本当の初恋であり、人生一度きりの恋になるのだろう。

 ごめんよ幼い頃の記憶に宿る罪な幼女、君はボクの初めてじゃなかったようだ。
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