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第204話 自主トレ

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 迎えに来てくれた西園寺家のお手伝いさんの車に乗り込み、ブブブーンと音を鳴らして車が発進しました。来る時と違ってボクの心はどんよりと沈み、窓から見える景色にはまるでボクの心を表しているかのような曇り空が広がっていました。

 予定していた時間よりも早かったからなのか、疑問に思ったお手伝いさんが聞いて来ました。

「ユウタ様、随分と早いお帰りですね。撮影の方は順調だったのでしょうか?」

「…………ふふっ」

「…………確かに早いです」

 もしかしてこのお姉さんはドSな毒舌系ですか? ボクのどんよりと曇った顔を見たら一目で分かるでしょ? あと双子ちゃんも笑っちゃダメだと思いますよ? ボク、落ち込んでますからね? それに何ですか早いって。まるでボクが早漏さんみたいじゃないですかー!

 そんな事を頭の中で考えていましたが、今のボクにはツッコミを入れる元気すらないのでした……。明日が本当の本番ですよ。どうやって乗り越えれば良いのだろうか……。

「え、えっとぉ、頑張ったんですけどダメダメでした……」

 いつも笑顔が可愛いねって褒められるボクですが、流石のボクも今は笑顔が出ませんでした。ちょっとしんみりとしてしまった車内には、マッキュファイブのラジオ放送が流れています。

 そうだ、今日は侍マッキュを食べようと思っていたのでした。でもあんまり食欲ないなぁ……。

「……そうですか。アリスお嬢様には上手くいっていると伝えておきますのでご安心下さい」

「…………明日は大丈夫、です」

「…………きっと上手く行く、です」

「うん……」

 いつもイケメンで爽やかな好青年、でもたまに見せる天然でアホっぽいところが親近感を覚えると評判のボクですが、しんみりオーラを纏っているのでみんなが心配してくれました。ふふ、このしんみりモードも良いかもしれません。

 もう少しチヤホヤされたいのでホテルに着くまで大人しく目を瞑ってイメージトレーニングをする事にしました。もちろんCM撮影のですよ? 双子ちゃんがソワソワしながら手をニギニギして来ましたがエッチな事はありませんでした。



   ◇



 ちょっとだけ立派なホテルに到着しました。大きなガラス扉の入口の正面にはホテルガールさんがピシッとしたスーツ姿でお出迎えです。ボクは双子ちゃんにがっちりガードという名の警護をされながらロビーに進みます。あ、お手伝いのお姉さんも一緒に来ました。どうやら車はホテルガールのお姉さんが移動させてくれるようですね。

 煌びやかなロビーへ進むとお手伝いさんが受付に一人で進んで行きました。ボクと双子ちゃんはキョロキョロと辺りを見渡します。ふむふむ、やはり時間が早いのかお客さんは誰もいませんね。

 ミウちゃんの実家に比べたら全然大したことないホテルですが、庶民代表と言えるくらい高級なところに縁が無かったボクは、キョロキョロと田舎者丸出しで観察してしまうのでした。あっ、お手伝いさんが帰って来ました。

「鍵を頂いて来ました。お夕食は18時からレストランで食べられます」

 お手伝いさんからカードキーを頂きました。どうやら全員バラバラの個室でフロアまで別のようです。双子ちゃんが護衛が~とか、ベッドでイチャイチャ大作戦が~とか言ってアタフタしていますけど、こんなホテルで襲われるような事も無いでしょう。

 夕飯はマッキュを食べようと考えていたけど、何やら立派なレストランでお食事が出来るそうです。でも全然お腹が減ってないし、明日の作戦を考えないといけない。今は浮かれてご飯を食べてる余裕なんて無いのです! 夕飯は遠慮しておきましょう。

「ううぅ……ちょっと食欲が無いので止めておきます」

「……そうですか。もしレストランを利用したくなりましたらご連絡下さい。ルームサービスはご自由にどうぞ」

「はーい、分かりました~」

 引率の先生のようにビシッと決めてくれるこのお姉さんは頼りになりますね。それに比べて双子ちゃんは作戦が~とか、桜ちゃんに怒られる~とか言っています。

 いつものボクだったら大喜びで双子ちゃんのお部屋に行ってゲームしたりすると思いますが、今日のボクはしんみりユウタなのでした。お部屋で演技の練習をしよう……。





 みんなと別れてホテルのお部屋に入りました。どうやら主演のボクは豪華なお部屋が割り振られていたらしく、最上階の一番奥のお部屋でしたよ。ふふ、姫ちゃん先輩の計らいかもしれません。

 お手伝いさんと双子ちゃんは下の方の階らしく、ボクの居るこのフロアは権限が無いとエレベーターで弾かれてしまうそうなのです。それくらいセキュリティも万全という事で、双子ちゃんによる警護の件は納得して貰いました。スミレさんじゃあるまいし、襲われるような事も無いでしょう。

「凄い……」

 ビジネスホテルみたいなお部屋かなーって思って入ったら全然違っていました。大きなベッドもあるし家具が備え付けられているのです。むむっ、あれはシステムキッチンですか!? ここなら一人暮らしも出来そうですよ……。

 そうか、このホテルは撮影現場から近いから長期滞在する女優さんとかも利用するからこんな造りになっているのだ。ボクは1泊だけどキッチンがあるのはありがたいです。明日の本番に向けていっぱい練習しましょう。






「ママ~今日の夕飯なにー?」

 防音がしっかりとされているホテルの個室、その静かなキッチンにボクの声が響き渡ります。脳内に京子さんをイメージしてギュッと抱き着くのです。……虚しい。

 ソフィア監督の言うリアルな子供の演技というのはどういうものなのだろうか……? 何度も演技をしているけど、ビビビッと来る答えが得られないまま時間だけが過ぎて行きます。

 ちょっと休憩しようと時計を見たら、1時間くらい練習をしていたようです。誰も居ないキッチンで見えないママに向かってギュッと抱き着いて声を掛けるとか、良く考えたらホラーですね。これ以上やっていたら見えないママが見えるようになっちゃうかもしれません。

 冷蔵庫に入れられたオレンジジュースを持ってソファーに座り、グビグビと喉を潤します。ちょっと喉を酷使しちゃったかもしれません。

「あれ、着信があるぞ?」

 集中していたので着信に気が付かなかったかもしれません。見ると2件の不在着信ですねぇ。順番にかけ直しましょう。

 スマホをタップしてみたら1コールで出ました!

『もしもしユウタ君?』

「はーい、みんなのお婿さんであるイケメンのユウタですよ~」

『うふふ、思ったより元気そうで良かったわ~』

 最初の着信は夏子さんからでした。ずっと孤独に演技をしていたからか、誰かと会話するのが嬉しくなってしまった。

 それからボクは撮影現場の事とかホテルの事とか、寂しさを紛らわせるように早口で喋り続けてしまいました。夏子さんとは今朝会ったはずなのに、家に帰ってギュッと抱き着いて甘えたくなってしまったのだ。

「CM撮影、思ったよりも難しいです……」

『ユウタ君……』

 もっと楽しい話とか美味しいご飯の話でも出来れば良かったんだけど、今のボクはそれが出来そうになかった。あの鬼才監督と呼ばれるソフィアさんが納得する演技をしたいけど、今のボクの実力では……。

『だ、大丈夫よユウタ君、自信を持って貴方らしくやれば良いCMが出来るわよ~』

「自信を持って……?」

 自信満々で臨んだ結果がこれなんですけど、もしかして夏子さん、適当に良い感じに励ましてるだけじゃないですかねぇ……? 疑惑の視線を送りたいけど電話じゃ無理でした。

『うふふふ。明日は私がご飯作って待ってるから、頑張ってね♡』

「はーい!」

 何か解せない終わり方でしたよ? 笑って誤魔化した感じがします! でも……夏子さんとお話出来てちょっとだけ心が軽くなったような気がします。

「もう1件は……姫ちゃん先輩かぁ」

 もしかして監督さん経由でボクへのクレームが姫ちゃん先輩のところに行ったのかもしれない。こんなCM撮影なんてやってられないって事で、監督降板の話がソフィアさんから姫ちゃん先輩に行ったのかも!?

 ビクビクしながら電話を掛けてみました……。

『あ、ユウタ様ー! わざわざお電話すみません~』

「いえいえ、出れなくてごめんなさいです」

 声の感じからして怒っているような感じはありませんね。一先ず安心です。

『うへへ、聞きましたよ~? 何やら全然上手く進んでないらしいじゃないですか~?』

「ううぅ……すみません」

 やっぱりCM撮影の件でした。普段から仲良しな姫ちゃん先輩であったとしても、今は雇い主と雇われ者の関係なのです。せっかくお仕事を頂いたのに心苦しいです。

 でも姫ちゃん先輩の言い方はトゲがありました。まるでボクのCM撮影が上手く行かないと分かっていたような言い方でしたね……。雇い主の姫ちゃん先輩ですが、ちょっと言い訳をしたくなっちゃいました。

「でもでも、あのソフィアさんという監督は厳し過ぎじゃないですかね? 何度演技してもダメって怒られるし、アドバイスも抽象的でどうしたら良いのか分からないんですよねー。そもそもあんな大物監督さん、どうやってオファーしたんですか? 姫ちゃん先輩が役者さんと監督さんを手配したって聞きましたよ?」

『ええっ!? べ、別にCM撮影の手配を忘れてて、適当に選んだんじゃ無いですからね? あ、あの、その、そう! 全部私の人脈ってやつですよー! サンガリーの広報ともなると色々なコネとか人脈が毛細血管のように広がってますからねー』

「…………へぇ」

『な、何ですかその疑ってるような返事はー!?』

「何でもないでーす」

 ふふ、名探偵ユウタはキュピーンと閃きましたよ。

 今の返事で全部分かりました。姫ちゃん先輩ったら完全にCM撮影の事を忘れてましたね。きっと社内でCM撮影の担当になったのは良いけれど、ギリギリまで手配を忘れててボクの『つぶやいたー』フォロワーに京子さんが居たからオファーしたのだろう。京子さんとソフィアさんはお友達のような雰囲気だったし、京子さん経由で監督を引き受けて貰ったに違いないですね。

 それに姫ちゃん先輩から人脈って言葉が出て来るなんて信用なりませんね。毛細血管のように広がった人脈ってちょっと範囲が狭そうですしね。 

『もう、せっかく励ましてあげようと思ったのに酷いですユウタ様! 明日の撮影で監督さんからオッケーが出なかったら、ユウタ様の今までの動画から「うん、美味しいです!!」っていう切り抜きを作って放送しますからね。えへへ、精々頑張って下さいね~』

「ふぁっ!? ちょっ、待って下さい姫ちゃん先輩ー、そんなの聞いてませんよ~」

 無情にも通話は終了してしまいました。もし明日のCM撮影でしくじったらボクの切り抜き動画がお茶の間に流れるのか……。アリスさんの作ってくれた美味しいご飯でアヘ顔を晒したやつがあったはずだ。『んほー! 美味しいのこれ~!!』ってやつ。琴音さんやアリスさんの作る料理には危ない成分が含めれているに違いない。あの切り抜き動画がお茶の間に流れたら大変な事になってしまう!

 そして何よりも、CMを楽しみにしてくれている数多くのファンの皆、それに共演してくれる京子さん、ソフィアさんに申し訳ない事になってしまうのです。あ、家族の皆もガッカリさせちゃうぞ……。

 よし、練習だ!!








 一心不乱にセリフを読み込み、架空のママに向かって飛び込む練習をしました。

 ずっとやってて、ボクは何をしているのだろうか……と変な考えが浮かんで来たその時、ドアをコンコンとノックする音が聞こえて来たのでした。

「は、はいー! 今行きます~」

 一体誰だろうか。双子ちゃんやお手伝いさんはこのフロアに来れないはずだ。あ、もしかして誰かが気を利かせてルームサービスを頼んでくれたのかもしれない!

 ちょっとお腹が減って来たからグッドタイミングですね。そう思ってドアを開けたら予想外の人が居ました。

「こんばんは、ユウタさん。お邪魔しますね」

「ほら、突っ立って無いで案内しなさいよクソオス。はぁ~、演技がクソなんだから気遣いくらい出来るようになりなさいよね~」

「ど、どうしてお二人がここに……!?」

 私服に着替えた京子さんとソフィアさんが居ましたよ?
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作者の別作品も良かったら見てくださいー!『本当にそれ、鑑定ですか?』https://www.alphapolis.co.jp/novel/841552199/951647142※真面目に書いた作品です。作者はラブコメだと思っています!『本当にそれ、ダンジョンですか?』https://www.alphapolis.co.jp/novel/841552199/883739784※本作の主人公であるユウタ君のIFストーリーです。『姫様がメイドさんに開発されちゃう話(仮)』https://www.alphapolis.co.jp/novel/841552199/209716727※『ドロドロ~』の中で起こった場面を切り取った短編小説です。R18なのでご注意ください!
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