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第18章 新章(仮)
第629話 領都開戦
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「……ん、あれ? イエッティはどこ行った!?」
散々考えごとに没入していたケビンが意識を外に向けると、そこには談笑している嫁たちの姿しかなく、イエッティはおろかスノーマンの姿すらなかった。
「ケビンが考えごとをしていたから、代わりに帰しておいたわ」
「マジで!?」
「マジよ」
「んー……聞けることは聞いておいたし、特に問題ないか」
そのような結論を出したケビンは、とりあえず雪景色から脱出するべく嫁たちとともに先を急いだ。
そして、しばらく歩き続ければ段々と下り坂になっていき、その先に見えるのは懐かしき平野である。
「やっと抜けられる。あいつ、結構な範囲を雪景色に変えてたんだな」
「まともにやり合ったら強いのかもね」
「天候操作最強説」
「でも、まともにやり合って、複製体とはいえケビン君に負けたよねー」
「私の自慢の息子だもの」
実は、ケビンが思考没入していた間に、辺り一帯を雪景色に変えていたのは自然に起こる天候の変化ではないことを、サラがイエッティに確認していたのだ。
その時に雪を溶かせないかも尋ねていたのだが、それはできないという回答を得ていた。言うなれば、凍らせることはできても溶かすことはできないという、やりっ放し氷結魔法を使うシーラと同類である。
そして、無事に平野へ辿りつくことができたケビンたちは、気の向くままの旅を再開させるのであった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ケビンが魔大陸で冒険を続けている頃、セレスティア皇国の辺境伯領では勇者たちがとうとう領都近郊まで辿りついていた。
「とうとうここまで来ましたわね」
「圧巻だね」
遠目から見る領都は魔物で埋め尽くされており、それは数の暴力と言っても過言ではない。
さすがにこの状況においては、アンタッチャブルである九十九も大人しくしており、勅使河原はひとつだけ懸念事項が消えたことに安堵していた。
「さあ、皆さん。ここからが本番ですわ。ケビンさん抜きでやる初めての対数の暴力戦ですわよ」
勅使河原が勇者たちへ体を向け、そう宣言する。すると、勇者たちは一段と引き締まった顔つきとなり、適度な緊張感を保持していた。
「まずは戦車部隊で敵を釣り上げますわよ。その後は、ある程度の数を減らすまでは、そのまま戦車部隊だけで戦いますわ」
「ということは、私の魔導砲が火を吹くわけだな!」
勅使河原の立案した作戦に、いち早く反応したのは九十九だった。09式痛戦車で無双できるとあってか、九十九はノリノリの気分だ。
「ちょっと待って欲しいのであります」
そこで異を唱えたのは、四だ。
「09式痛戦車の無双ということならば、小生たちに花を持たせて欲しいのであります」
「正信! 私の楽しみを奪うと言うのか!?」
「落ち着いてくだされ、百氏。小生たちは百氏のように変身ができないのであります。つまり、百氏の見せ場は、小生たちにない変身にあるのではないかと思いますが、何か?」
「変身……だと……」
「通常の百氏が第一形態だとすると、魔法少女マジカルモモ氏が第二形態、魔法少女マジカルダークモモ氏が第三形態……そしてっ! 最終形態である魔法少女クロノスモモ!!」
「ク、クロノスモモ!? な、何だそれは!?」
“クロノスモモ”という新たな単語に驚愕し、前のめりで食いつく九十九。それに対して四はキリ顔を見せる。
「時を操る魔法少女の名が決まっていなかったので、不肖、この小生が命名したであります!(ドヤっ!)」
「な……な……」
九十九が俯きわなわなと震える姿を見た四は、『あれ……失敗したかな?』と不安に駆られてしまうが、どうやら杞憂であったようだ。
バッと顔を上げた九十九は喜色満面の笑みである。
「最高じゃないか、正信!! 私もあの形態の時の呼称をどうしようかと考えていたのだ! やはり持つべきものはソウルフレンドだな! 今後、あの形態をとった時は【魔法少女クロノスモモ】と名乗ろう!」
そして、有頂天となった九十九は四たちが戦車で無双することを快く了承し、自身はその後の戦いで変身を楽しみながら無双することを主張したのだった。
「兎にも角にも、百さんが暴走しなくて助かりましたわ」
「四君は百ちゃんの気を逸らすのが上手だね」
九十九と四のやり取りを見ていた勅使河原が安堵し、弥勒院が四の手腕を褒めると、いよいよもって作戦の第一段階へと移行する。
「それでは、オクタチームは戦車での戦闘を開始してくださいまし」
「「「「ラジャ!」」」」
勅使河原の号令により、四たちはそれぞれ自身の彼女を連れて戦車に乗り込む。その姿は既に歴戦の兵士さながらであり、気負った様子は微塵も感じられない。
「09式痛戦車O1、行きます!」
「O2、出る!」
「O3、狙い撃つぜ!」
「O4、任務を開始する」
それぞれの決めゼリフとともに出発した四たち。それを見送るのは、今はまだ出番のない勇者たちとケビンの嫁たちであった。
それらの視線を背に受け突き進む09式痛戦車は、領都外にたむろしている魔物へ向かって第一射を放つ。
鳴り響く轟音。
吹き飛ぶ魔物。
辺りは魔物にとって阿鼻叫喚の地獄絵図と化す。
「今のうちに少しでも数を減らすのであります! 各機、作戦開始!」
「「「ラジャ!」」」
四の号令により、O1を始めとする各車両のハッチが開くと、そこからは女子たちが姿を現した。
「ヒャッハー! 汚物は消毒よ!」
そして、真っ先に勢いよく体を出したのは、近代兵器で魔物を駆逐するのに快感を覚えてしまっている九だ。その言動は仮に男でありモヒカン姿なら、秘孔のひとつでも突かれて退場してしまいそうな勢いである。
その九が【O202改】をかつぎ上げると、躊躇うことなく発射した。
「快……感……!」
完全にダメな方へ進んでしまっている九だが、四は操縦席にいるためその声を聞くことはない。更には他の戦車と並走しているわけでもないので、同じく体を出している他の女子にも聞かれることはなかった。
そして、オクタチームが無双を始めてからはどんどんと敵の数を減らしていたが、敵もただ黙って殺られているわけではない。最初こそ混乱したものの敵からの襲撃だと理解するや否や、鈍足な魔物よりも俊敏な魔物で対抗しようとしてか、領都の中から増援が姿を現す。
その増援とは、ウルフ種にゴブリン種が跨るという騎乗スタイルであり、今までにない戦い方を披露してきた。
「何なんですの、あれは……!?」
その様子を遠目に見ている勅使河原は、驚きを隠せない。今まで戦ってきた魔物と言えば、数で押してしまえというような作戦とも言えない力押しがほとんどだったのだ。
それが、領都に来てからはどうだろうか。最初こそ領都外にいた有象無象の魔物を駆逐して楽勝の雰囲気が漂っていたのに、領都内から現れた魔物は統制が取れていると言っても過言ではない動きだ。
それは、嫌でも今までのようにはいかないということを、強制的に理解させられるには充分であった。
そもそも、今までが大した苦戦もせずに勝ってしまい、ここまで進行してきたためか、勇者たちに慢心がなかったと言えば嘘になる。その慢心を突くかのようにして現れた騎狼兵。敵の本拠地である以上、予想外のことが起こりうることを視野に入れ、警戒すべきだったのだ。
これが仮に戦車部隊ではなく歩兵部隊で先制していたのなら、戦線が崩されてしまうのを予想するのはさほど難しくはない。そして、その混乱に乗じて、誰かが負傷してしまっていた可能性も否定できないだろう。
ゆえに、そこまでの思考がまわってしまった作戦指揮を執る勅使河原は、自身の慢心に対し悔しさで爪を噛んでいた。
だが、元々が彼・彼女らは基本的に戦争とは無縁の一般人であったのだ。更に、戦争を体験したと言っても相手は魔物だったため、戦争と言うよりも魔物の駆除に近い。
だからか、他の勇者たちも今までの戦績から誰一人として、もっと慎重に様子を見るべきだとは進言しなかった。ゆえに、いくら作戦指揮官とはいえ、勅使河原だけを責めることはできないだろう。
「麗羅ちゃん……」
幼馴染の悔しい時に爪を噛むという癖を久しぶりに見た弥勒院は、心配そうに声をかけた。そして、その声が耳に届いたのか、勅使河原がハッと我に返り、無意識に爪を噛んでいたことを自覚する。
「……大丈夫ですわ、香華」
弥勒院を安心させるためにそう言う勅使河原は、無意識に噛んでいた爪を一瞥すると、自分たちがどう動くべきかを模索し始めた。
(あれではまるで騎馬兵のよう……いえ、小回りがきく分、騎馬兵よりも厄介ですわ。いったいどうして魔物があのような行動に……)
勅使河原は戦っているのが戦車に身を置くオクタチームとあってか、戦車の頑丈さから急を要する支援はまだ必要がないと判断して、何故魔物がその行動に行きついたかの原因を探るべく思考していく。
(魔物にも多少なりとも知性があるとして、異種族同士が協力し合うのは珍しい……なればこそ、それを可能としているのはトップである魔王の存在。オークエンペラーの時にはそのようなことはなかった……あちらはどちらかと言えば力押しで攻めてきた感じで、たとえ数の暴力と言えど頭が良いとは思えませんでしたわ)
そこで、勅使河原はひとつの仮定を立てる。
(仮にゴブリン種の魔王が、オーク種の魔王より知能が高いとすれば…………っ! もしかして、人族の戦争の仕方を学習した!? 最初に魔王軍と対峙していたのは、辺境伯軍と諸国の連合軍。押し留めていた戦線がじわじわと下がり敗走したのは、戦いの中で戦術というものを身につけられたから!?)
そのような仮定が頭を支配していくと、仮定として立てたものが真実であるかのような気がして止まなくなり、勅使河原は今まで以上に焦燥感を募らせる。
(まずいですわ! ただの魔物が人間の戦術を使うとなれば、それはもう人間同士の戦争と何も変わりはありませんわ! しかも相手は学習していく……やりづらいことこの上ありませんわ!)
ジリジリと湧き上がる焦燥感によって、またしても勅使河原は無意識に爪を噛み始めていた。
「麗羅ちゃん、大丈夫だよ。いつもの麗羅ちゃんならやれるよ」
そう言いながら、弥勒院はそっと勅使河原の空いている左手と手を繋ぎ、幼馴染を落ち着かせようとする。
「香華……」
「大丈夫。大丈夫だよ、麗羅ちゃん」
いつもなら、甘えたがりな弥勒院に対して自分が世話を焼いていた方だというのに、いつの間にか幼馴染は人を気遣う大人へと成長している。
きっと、この変化はケビンの嫁になることで、身も心も大人の女性への変貌を遂げたに違いないと勅使河原は思うのだった。
(結婚が人を変えるとはよく聞きましたけれど、香華もその1人でしたのね)
それは勅使河原にとって嬉しい半面、少し寂しくも感じる幼馴染の成長であった。
「ありがとう、香華……もう大丈夫ですわ。私とて、ケビンさんのお嫁さんですものね。しっかりと役目を果たして、皇帝の妻として恥じぬ振る舞いをしなければ」
「ケビンくんなら、失敗しても笑って許してくれるよ? 私が初めて1人でお菓子を作った時に、砂糖の分量を間違えて甘々なクッキーを焼いたけど、笑いながらブラックによく合うお菓子だって褒めてくれたもん」
「あの方らしいですわね……」
その光景が勅使河原には目に浮かぶようであり、失敗談を話してくれた弥勒院に微笑みかけると、気持ちを切り替えて意識を戦場に向ける。
「何か……何か四君に連絡を取る方法があればいいのですけれど……」
そう呟く勅使河原の言葉を聞いた弥勒院は、それがどうにかできれば勅使河原の作戦が動くと思ったのか、勅使河原の傍を離れると、トコトコとマリアンヌたちの所へ移動した。
「ねぇねぇ、クララさん」
「何だ、キョウカ」
「四君の所まで行ける?」
「アズマか……何か作戦でもあるのか?」
「麗羅ちゃんが連絡を取りたがってるの」
「ほう……レイラが……」
それを聞いたクララが少し逡巡している間に、ススっとアブリルが傍らへやって来た。
「キョウカ、頼む相手が間違っていますよ」
「んー……頼む相手?」
こてんと首を傾げる弥勒院に、アブリルがわかりやすく説明を始める。
「長に頼んでは、あそこらの有象無象が吹き飛んでしまいます。それではレイラの作戦なんて実行できないでしょう?」
「実行できないの?」
「ええ。キョウカも覚えておくといいです。長を戦線に立たせると『手が滑った!?』とか言って、敵を殲滅しかねないのです」
そのようなことをアブリルが説明していると、当の本人であるクララが異議申し立てを行った。
「私がそんなことをするわけがなかろう!」
だが、その異議申し立ては、長年の付き合いであるアブリルには通用しない。
「いいえ。長なら高い確率でここから飛んでいき、着地と同時に発生する衝撃で魔物を吹き飛ばすでしょう? 今までもケビン様にそれで咎められていますよね? 確か……『地面を虐待するな』と」
「くっ……」
「仮にそれをしなくても、あそこへ行けば鬱陶しいという理由だけで、そこらの魔物を殴り飛ばすでしょう?」
「んぐぐ……だが、それが勇者たちの手助けとなろう?!」
「戦力としての支援を要請されたのであればそれでも構いませんけど、今回はどうやって連絡を取るか……その手段として要請されているのです。それなのに、勇者たちの活躍の場を奪っては元も子もないでしょう?」
そのようなクララとアブリルの論争途中で、弥勒院はその会話内容が気になったのか、横から疑問を投げかける。
「そんなに凄いの?」
それに優しく答えるのはアブリルだ。
「ええ。それはもう。長が戦場に出るなら作戦なんて関係ないですからね。キョウカにもわかりやすく説明すると、ケビン様が戦場に立つようなものです。まぁ、たとえ長でも理不尽さで言えばケビン様には負けますが、ブレスを使えばあの街なんて簡単に吹き飛びます」
「わかりやすい!」
「ですから、連絡役の任は私が引き受けましょう。せっかく頑張っている勇者たちの活躍の場を、私たちが奪うわけにはいきませんからね」
そう言ってそそくさと結論を出したアブリルは、クララが図星を指されて唸っているのをよそに、勅使河原の所まで足を運んだ。
「レイラ、アズマに何を伝えたいのですか? 私が伝言役を引き受けましょう」
勇者たちとマリアンヌたちがさほど離れていなかったので、勅使河原は先程のやり取りを見ており、アブリルが来た時点で簡潔に説明した。
「四君が保持している、ミニガンを借り受けたいのですわ。弓兵がいない以上、騎馬兵には魔法で応戦することも考えたのですけど、先の見えない戦いで魔力をいたずらに消費していくのもどうかと思いましたの」
「良い判断ですね。この先、魔王との交戦があると仮定するならば、魔力の消費は極力抑えた方が良いでしょう。マナポーションも無限にあるわけでもないし、いくらでも飲めるというものでもありませんからね」
明らかに戦い慣れしている先輩嫁から褒められたことにより、勅使河原は自身が認められたような気がして、はにかんでしまう。
「では、その旨をアズマに伝えてきましょう」
そう言い残したアブリルはすぐさまその場から駆け出していき、縦横無尽に戦車が駆け巡る戦場へと足を運ぶのであった。
散々考えごとに没入していたケビンが意識を外に向けると、そこには談笑している嫁たちの姿しかなく、イエッティはおろかスノーマンの姿すらなかった。
「ケビンが考えごとをしていたから、代わりに帰しておいたわ」
「マジで!?」
「マジよ」
「んー……聞けることは聞いておいたし、特に問題ないか」
そのような結論を出したケビンは、とりあえず雪景色から脱出するべく嫁たちとともに先を急いだ。
そして、しばらく歩き続ければ段々と下り坂になっていき、その先に見えるのは懐かしき平野である。
「やっと抜けられる。あいつ、結構な範囲を雪景色に変えてたんだな」
「まともにやり合ったら強いのかもね」
「天候操作最強説」
「でも、まともにやり合って、複製体とはいえケビン君に負けたよねー」
「私の自慢の息子だもの」
実は、ケビンが思考没入していた間に、辺り一帯を雪景色に変えていたのは自然に起こる天候の変化ではないことを、サラがイエッティに確認していたのだ。
その時に雪を溶かせないかも尋ねていたのだが、それはできないという回答を得ていた。言うなれば、凍らせることはできても溶かすことはできないという、やりっ放し氷結魔法を使うシーラと同類である。
そして、無事に平野へ辿りつくことができたケビンたちは、気の向くままの旅を再開させるのであった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ケビンが魔大陸で冒険を続けている頃、セレスティア皇国の辺境伯領では勇者たちがとうとう領都近郊まで辿りついていた。
「とうとうここまで来ましたわね」
「圧巻だね」
遠目から見る領都は魔物で埋め尽くされており、それは数の暴力と言っても過言ではない。
さすがにこの状況においては、アンタッチャブルである九十九も大人しくしており、勅使河原はひとつだけ懸念事項が消えたことに安堵していた。
「さあ、皆さん。ここからが本番ですわ。ケビンさん抜きでやる初めての対数の暴力戦ですわよ」
勅使河原が勇者たちへ体を向け、そう宣言する。すると、勇者たちは一段と引き締まった顔つきとなり、適度な緊張感を保持していた。
「まずは戦車部隊で敵を釣り上げますわよ。その後は、ある程度の数を減らすまでは、そのまま戦車部隊だけで戦いますわ」
「ということは、私の魔導砲が火を吹くわけだな!」
勅使河原の立案した作戦に、いち早く反応したのは九十九だった。09式痛戦車で無双できるとあってか、九十九はノリノリの気分だ。
「ちょっと待って欲しいのであります」
そこで異を唱えたのは、四だ。
「09式痛戦車の無双ということならば、小生たちに花を持たせて欲しいのであります」
「正信! 私の楽しみを奪うと言うのか!?」
「落ち着いてくだされ、百氏。小生たちは百氏のように変身ができないのであります。つまり、百氏の見せ場は、小生たちにない変身にあるのではないかと思いますが、何か?」
「変身……だと……」
「通常の百氏が第一形態だとすると、魔法少女マジカルモモ氏が第二形態、魔法少女マジカルダークモモ氏が第三形態……そしてっ! 最終形態である魔法少女クロノスモモ!!」
「ク、クロノスモモ!? な、何だそれは!?」
“クロノスモモ”という新たな単語に驚愕し、前のめりで食いつく九十九。それに対して四はキリ顔を見せる。
「時を操る魔法少女の名が決まっていなかったので、不肖、この小生が命名したであります!(ドヤっ!)」
「な……な……」
九十九が俯きわなわなと震える姿を見た四は、『あれ……失敗したかな?』と不安に駆られてしまうが、どうやら杞憂であったようだ。
バッと顔を上げた九十九は喜色満面の笑みである。
「最高じゃないか、正信!! 私もあの形態の時の呼称をどうしようかと考えていたのだ! やはり持つべきものはソウルフレンドだな! 今後、あの形態をとった時は【魔法少女クロノスモモ】と名乗ろう!」
そして、有頂天となった九十九は四たちが戦車で無双することを快く了承し、自身はその後の戦いで変身を楽しみながら無双することを主張したのだった。
「兎にも角にも、百さんが暴走しなくて助かりましたわ」
「四君は百ちゃんの気を逸らすのが上手だね」
九十九と四のやり取りを見ていた勅使河原が安堵し、弥勒院が四の手腕を褒めると、いよいよもって作戦の第一段階へと移行する。
「それでは、オクタチームは戦車での戦闘を開始してくださいまし」
「「「「ラジャ!」」」」
勅使河原の号令により、四たちはそれぞれ自身の彼女を連れて戦車に乗り込む。その姿は既に歴戦の兵士さながらであり、気負った様子は微塵も感じられない。
「09式痛戦車O1、行きます!」
「O2、出る!」
「O3、狙い撃つぜ!」
「O4、任務を開始する」
それぞれの決めゼリフとともに出発した四たち。それを見送るのは、今はまだ出番のない勇者たちとケビンの嫁たちであった。
それらの視線を背に受け突き進む09式痛戦車は、領都外にたむろしている魔物へ向かって第一射を放つ。
鳴り響く轟音。
吹き飛ぶ魔物。
辺りは魔物にとって阿鼻叫喚の地獄絵図と化す。
「今のうちに少しでも数を減らすのであります! 各機、作戦開始!」
「「「ラジャ!」」」
四の号令により、O1を始めとする各車両のハッチが開くと、そこからは女子たちが姿を現した。
「ヒャッハー! 汚物は消毒よ!」
そして、真っ先に勢いよく体を出したのは、近代兵器で魔物を駆逐するのに快感を覚えてしまっている九だ。その言動は仮に男でありモヒカン姿なら、秘孔のひとつでも突かれて退場してしまいそうな勢いである。
その九が【O202改】をかつぎ上げると、躊躇うことなく発射した。
「快……感……!」
完全にダメな方へ進んでしまっている九だが、四は操縦席にいるためその声を聞くことはない。更には他の戦車と並走しているわけでもないので、同じく体を出している他の女子にも聞かれることはなかった。
そして、オクタチームが無双を始めてからはどんどんと敵の数を減らしていたが、敵もただ黙って殺られているわけではない。最初こそ混乱したものの敵からの襲撃だと理解するや否や、鈍足な魔物よりも俊敏な魔物で対抗しようとしてか、領都の中から増援が姿を現す。
その増援とは、ウルフ種にゴブリン種が跨るという騎乗スタイルであり、今までにない戦い方を披露してきた。
「何なんですの、あれは……!?」
その様子を遠目に見ている勅使河原は、驚きを隠せない。今まで戦ってきた魔物と言えば、数で押してしまえというような作戦とも言えない力押しがほとんどだったのだ。
それが、領都に来てからはどうだろうか。最初こそ領都外にいた有象無象の魔物を駆逐して楽勝の雰囲気が漂っていたのに、領都内から現れた魔物は統制が取れていると言っても過言ではない動きだ。
それは、嫌でも今までのようにはいかないということを、強制的に理解させられるには充分であった。
そもそも、今までが大した苦戦もせずに勝ってしまい、ここまで進行してきたためか、勇者たちに慢心がなかったと言えば嘘になる。その慢心を突くかのようにして現れた騎狼兵。敵の本拠地である以上、予想外のことが起こりうることを視野に入れ、警戒すべきだったのだ。
これが仮に戦車部隊ではなく歩兵部隊で先制していたのなら、戦線が崩されてしまうのを予想するのはさほど難しくはない。そして、その混乱に乗じて、誰かが負傷してしまっていた可能性も否定できないだろう。
ゆえに、そこまでの思考がまわってしまった作戦指揮を執る勅使河原は、自身の慢心に対し悔しさで爪を噛んでいた。
だが、元々が彼・彼女らは基本的に戦争とは無縁の一般人であったのだ。更に、戦争を体験したと言っても相手は魔物だったため、戦争と言うよりも魔物の駆除に近い。
だからか、他の勇者たちも今までの戦績から誰一人として、もっと慎重に様子を見るべきだとは進言しなかった。ゆえに、いくら作戦指揮官とはいえ、勅使河原だけを責めることはできないだろう。
「麗羅ちゃん……」
幼馴染の悔しい時に爪を噛むという癖を久しぶりに見た弥勒院は、心配そうに声をかけた。そして、その声が耳に届いたのか、勅使河原がハッと我に返り、無意識に爪を噛んでいたことを自覚する。
「……大丈夫ですわ、香華」
弥勒院を安心させるためにそう言う勅使河原は、無意識に噛んでいた爪を一瞥すると、自分たちがどう動くべきかを模索し始めた。
(あれではまるで騎馬兵のよう……いえ、小回りがきく分、騎馬兵よりも厄介ですわ。いったいどうして魔物があのような行動に……)
勅使河原は戦っているのが戦車に身を置くオクタチームとあってか、戦車の頑丈さから急を要する支援はまだ必要がないと判断して、何故魔物がその行動に行きついたかの原因を探るべく思考していく。
(魔物にも多少なりとも知性があるとして、異種族同士が協力し合うのは珍しい……なればこそ、それを可能としているのはトップである魔王の存在。オークエンペラーの時にはそのようなことはなかった……あちらはどちらかと言えば力押しで攻めてきた感じで、たとえ数の暴力と言えど頭が良いとは思えませんでしたわ)
そこで、勅使河原はひとつの仮定を立てる。
(仮にゴブリン種の魔王が、オーク種の魔王より知能が高いとすれば…………っ! もしかして、人族の戦争の仕方を学習した!? 最初に魔王軍と対峙していたのは、辺境伯軍と諸国の連合軍。押し留めていた戦線がじわじわと下がり敗走したのは、戦いの中で戦術というものを身につけられたから!?)
そのような仮定が頭を支配していくと、仮定として立てたものが真実であるかのような気がして止まなくなり、勅使河原は今まで以上に焦燥感を募らせる。
(まずいですわ! ただの魔物が人間の戦術を使うとなれば、それはもう人間同士の戦争と何も変わりはありませんわ! しかも相手は学習していく……やりづらいことこの上ありませんわ!)
ジリジリと湧き上がる焦燥感によって、またしても勅使河原は無意識に爪を噛み始めていた。
「麗羅ちゃん、大丈夫だよ。いつもの麗羅ちゃんならやれるよ」
そう言いながら、弥勒院はそっと勅使河原の空いている左手と手を繋ぎ、幼馴染を落ち着かせようとする。
「香華……」
「大丈夫。大丈夫だよ、麗羅ちゃん」
いつもなら、甘えたがりな弥勒院に対して自分が世話を焼いていた方だというのに、いつの間にか幼馴染は人を気遣う大人へと成長している。
きっと、この変化はケビンの嫁になることで、身も心も大人の女性への変貌を遂げたに違いないと勅使河原は思うのだった。
(結婚が人を変えるとはよく聞きましたけれど、香華もその1人でしたのね)
それは勅使河原にとって嬉しい半面、少し寂しくも感じる幼馴染の成長であった。
「ありがとう、香華……もう大丈夫ですわ。私とて、ケビンさんのお嫁さんですものね。しっかりと役目を果たして、皇帝の妻として恥じぬ振る舞いをしなければ」
「ケビンくんなら、失敗しても笑って許してくれるよ? 私が初めて1人でお菓子を作った時に、砂糖の分量を間違えて甘々なクッキーを焼いたけど、笑いながらブラックによく合うお菓子だって褒めてくれたもん」
「あの方らしいですわね……」
その光景が勅使河原には目に浮かぶようであり、失敗談を話してくれた弥勒院に微笑みかけると、気持ちを切り替えて意識を戦場に向ける。
「何か……何か四君に連絡を取る方法があればいいのですけれど……」
そう呟く勅使河原の言葉を聞いた弥勒院は、それがどうにかできれば勅使河原の作戦が動くと思ったのか、勅使河原の傍を離れると、トコトコとマリアンヌたちの所へ移動した。
「ねぇねぇ、クララさん」
「何だ、キョウカ」
「四君の所まで行ける?」
「アズマか……何か作戦でもあるのか?」
「麗羅ちゃんが連絡を取りたがってるの」
「ほう……レイラが……」
それを聞いたクララが少し逡巡している間に、ススっとアブリルが傍らへやって来た。
「キョウカ、頼む相手が間違っていますよ」
「んー……頼む相手?」
こてんと首を傾げる弥勒院に、アブリルがわかりやすく説明を始める。
「長に頼んでは、あそこらの有象無象が吹き飛んでしまいます。それではレイラの作戦なんて実行できないでしょう?」
「実行できないの?」
「ええ。キョウカも覚えておくといいです。長を戦線に立たせると『手が滑った!?』とか言って、敵を殲滅しかねないのです」
そのようなことをアブリルが説明していると、当の本人であるクララが異議申し立てを行った。
「私がそんなことをするわけがなかろう!」
だが、その異議申し立ては、長年の付き合いであるアブリルには通用しない。
「いいえ。長なら高い確率でここから飛んでいき、着地と同時に発生する衝撃で魔物を吹き飛ばすでしょう? 今までもケビン様にそれで咎められていますよね? 確か……『地面を虐待するな』と」
「くっ……」
「仮にそれをしなくても、あそこへ行けば鬱陶しいという理由だけで、そこらの魔物を殴り飛ばすでしょう?」
「んぐぐ……だが、それが勇者たちの手助けとなろう?!」
「戦力としての支援を要請されたのであればそれでも構いませんけど、今回はどうやって連絡を取るか……その手段として要請されているのです。それなのに、勇者たちの活躍の場を奪っては元も子もないでしょう?」
そのようなクララとアブリルの論争途中で、弥勒院はその会話内容が気になったのか、横から疑問を投げかける。
「そんなに凄いの?」
それに優しく答えるのはアブリルだ。
「ええ。それはもう。長が戦場に出るなら作戦なんて関係ないですからね。キョウカにもわかりやすく説明すると、ケビン様が戦場に立つようなものです。まぁ、たとえ長でも理不尽さで言えばケビン様には負けますが、ブレスを使えばあの街なんて簡単に吹き飛びます」
「わかりやすい!」
「ですから、連絡役の任は私が引き受けましょう。せっかく頑張っている勇者たちの活躍の場を、私たちが奪うわけにはいきませんからね」
そう言ってそそくさと結論を出したアブリルは、クララが図星を指されて唸っているのをよそに、勅使河原の所まで足を運んだ。
「レイラ、アズマに何を伝えたいのですか? 私が伝言役を引き受けましょう」
勇者たちとマリアンヌたちがさほど離れていなかったので、勅使河原は先程のやり取りを見ており、アブリルが来た時点で簡潔に説明した。
「四君が保持している、ミニガンを借り受けたいのですわ。弓兵がいない以上、騎馬兵には魔法で応戦することも考えたのですけど、先の見えない戦いで魔力をいたずらに消費していくのもどうかと思いましたの」
「良い判断ですね。この先、魔王との交戦があると仮定するならば、魔力の消費は極力抑えた方が良いでしょう。マナポーションも無限にあるわけでもないし、いくらでも飲めるというものでもありませんからね」
明らかに戦い慣れしている先輩嫁から褒められたことにより、勅使河原は自身が認められたような気がして、はにかんでしまう。
「では、その旨をアズマに伝えてきましょう」
そう言い残したアブリルはすぐさまその場から駆け出していき、縦横無尽に戦車が駆け巡る戦場へと足を運ぶのであった。
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