602 / 661
第18章 新章(仮)
第598話 介助者ジョン
しおりを挟む
ジョンがラバスの家に泊まった翌日。朝早くに起きたジョンは朝食を作り始める。そして、その美味しい匂いに釣られたのか、ラバスがベッドから起き上がってきたようでキッチンに顔を出した。
「おはようございます、ジョンさん」
「おはよう。何で起きてる? 病人の居場所はベッドだろ」
「あの苦いお薬が効いたようです。今日は立ち上がっても目眩がしないんですよ」
「そういう時が1番危ないんだ。いつもより動けるからって動くな。病人は大人しくベッドで寝ていろ。後で飯と薬湯は持って行ってやるから」
「ふふっ……何だか夫に怒られているみたいです」
「ちっ……」
微笑みを向けるラバスに対する照れ隠しなのか、ジョンは舌打ちをするとそっぽを向いてしまった。それを見たラバスが更に微笑むが、これ以上ジョンの機嫌を損ねるわけにもいかず、素直にベッドへと戻っていく。
その後、朝食の準備を終えたジョンがラズベリーを起こし、軽く洗面をさせてから朝食を摂らせて、その間にジョンはラバスに朝食と薬湯を持っていき、使っていた濡れタオルや桶を回収した。
それから自身も朝食を済ませると、片付けはラズベリーがしてくれるようで、その間にジョンはラバスの容態を見に行くことにしたのか部屋へと向かった。
「ちゃんと食べたようだな」
「食べやすいものを出していただいたので。お薬もちゃんと飲みましたよ。苦かったですけど」
「苦いのは諦めろ」
そう言うとジョンは、食器を下げるために1度部屋を後にした。それからラズベリーの所に食器を持っていき、ラバスが昨日よりも元気になっていることを伝える。すると、それを聞いたラズベリーはジョンにお礼を言って、先程以上に食器洗いに精を出すのだった。
それからのジョンはダイニングのイスに座ると、今日の予定をどうするか悩み始める。一宿一飯の恩を返す前に一宿二飯になってしまったのだ。食事を作る際には食材の提供はしたものの材料全てではない。この家の備蓄を使ってしまった部分もある。
このまま無視して立ち去るというのもありと言えばありなのだが、昨晩に常識というものを追加で教わってしまっていたので、どうにもこのまま立ち去るというのは、ジョンとしては後ろ髪を引かれる思いだ。
結局のところジョンが出した結論は、ラバスの体調が元に戻るまでは居候をさせてもらい、代わりに家事をこなすという方法である。
そうと決まれば善は急げと言わんばかりに、ジョンはラバスから滞在許可をもらうために部屋へと向かうのだった。
「――というわけなんだが……」
「構いませんよ。むしろ、こちらからお願いしたいくらいです。ジョンさんに出ていかれたら、苦い飲み物を作ってくれる人がいませんから」
そう言って茶目っ気たっぷりに微笑むラバスを見たジョンは、もっと苦くしてやろうかと密かに思ってしまう。それを実行に移すかどうかは別として。
その後、ジョンはラバスに常識の追加講習をお願いし、ラバスはラバスでただ寝ているだけなのが暇なのか、それを快く受け入れる。
そして、2人が勉強会を開いていると、食器洗いを終わらせたラズベリーが顔を出し、外へ遊びに行くと言って出かけようとする。
「お昼には1度帰ってくるのよ」
「村の外には出るなよ。また魔物に襲われるぞ」
「うん!」
ラバスとジョンから一言ずつもらったラズベリーが、元気よく返事をして外に出かけると、ふと先程の言葉を思い返していた。
「あれ……ジョンお兄ちゃん、魔物って言ってたような……んん? きっと聞き間違いだよね。お母さんも秘密にするように言ってたし」
ラバスがジョンに昨晩色々と打ち明けたことをまだ知らないラズベリーは、大して気にもせずそのまま友達のところへ遊びに行くのであった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ラズベリーが出かけてからしばらくの間、ジョンはラバスから色々なことを教わる。それはもう子供が学ぶような段階からだ。
そのようなジョンとてある程度の知識は旅の途中で手に入れていたが、それは日常生活において必要なことだけで、それ以外のこととなるとラズベリー未満の学力となる。今となってはラバスのおかげで、魔物と魔族の区別はついているが。
「ふふっ、それにしてもダークゴブリンが魔族ですか」
「それはもういいだろ。だいたい、あいつらが紛らわしいんだ。二足歩行なんてしやがるから」
「簡単な見分け方は言葉を喋るかどうかですよ。会話ができるなら魔族。できないのなら魔物です。ですが、魔物も進化しますので、上位種になると言葉を喋るようになります。他には元々知能の高い魔物とかですね」
「紛らわしい……」
「他の見分け方になると、魔族は総じて私たちのように人の姿をしているというところでしょうか。細かいところだと角が生えてたりしますが」
「そっちの方がわかりやすいな。つまり、人の姿に似ていて会話のできるやつは魔族ってことだな」
その後も続くジョンのお勉強会。ラバスはラズベリーに教えていた時のように説明していくため、何も知らないジョンにとっても理解しやすい内容となる。
そしてしばらくすると、ラバスが何やらモジモジと身じろぎを始めてしまう。
「どうかしたのか?」
「い、いえ……あの……」
「何か欲しいものがあるなら言ってくれ。泊めさせてもらっている上に、この世界の情報まで教えてもらってるんだ。何か取ってくるものがあるなら、それくらいするぞ」
ジョンは善意からそう言うも、ラバスの方はゴニョゴニョと口を動かすだけである。
「……れ…………す…………」
「ん、何だ? 声が小さくて聞こえづらい」
「だか……ら…………れに…………す……」
「え? 何だって?」
難聴系主人公ばりにジョンがそう問い返すと、とうとう我慢の限界がきたのかラバスはハッキリと口にして宣言したのだった。
「~~っ! トイレに行きたいと言ってるんです! このままだと漏れちゃいますっ! ……ぁ…………」
真っ赤な顔をして涙目で主張するラバスによって、ジョンは気圧されてしまうが、ラバスはその主張が終わってしまうと、どこか呆然とするような表情へと移り変わった。
「まさか漏らしたのか?」
ラバスの様子を不審に思ったジョンが、デリカシーの“デ”の字もなくそう問いかけると、ラバスはムキになって反論を始めるのだった。
「漏らしてません! ちょびっと漏れただけです! っ……く……」
「あ、ああ……」
鬼気迫る勢いで“漏らした”のではなく、“漏れた”という受動的な主張を激しくするラバスだが、もう堪えるのに必死となっていてプルプルとしている。
そのような状態のラバスにジョンは恐る恐る声をかけた。
「あ、歩けそうか?」
「……無理……です」
堪えるのに必死で動こうにも動けないラバスがそう答えると、ジョンは『緊急事態だから仕方がないことなんだ』と自分に言い聞かせて、ラバスにかけられている布団をめくる。
「すまん、抱っこするぞ」
一言そう詫びてからジョンがラバスをお姫様抱っこすると、持ち上げられる時に振動でも伝わったのか、ラバスは呻き声を上げた。それを聞いてしまったジョンは極力振動を与えないように動き、ラバスに部屋のドアを開けさせてからトイレへと向かう。
そして、次に到着したトイレを開けさせたのはいいものの、ここは現代ではない。昨日にジョンも利用して見ていたのだが、ポットン当たり前のトイレ事情なのだ。
場所によってはまともに見えるトイレもあるのだが、それは都会の極小数の中でのこと。このような辺境の村においては、木のバケツの中に用を足すというのが主流なのだ。まだマシだと言えるのは、直接バケツの中にするのではなく、長方形の木箱の中にバケツを置いてあるということだろう。
この長方形の木箱。如何にもな丸い穴が2つ空けてある。1つは小用、そしてもう1つは大用なのだ。
小用は当然のことながら土にそのまま染み込ませてしまえ理論で、バケツなどは置かれていない。そして大用に置いてあるバケツは、家の外から取り出せるようになっている。誰しもが汚物の入ったバケツを持って、家の中を歩きたくないという考えからだろう。
とりあえずジョンはラバスを小用の方へ静かに下ろすと、そのままこの場に留まるわけにもいかず、いそいそと外へ出ようとする。
「終わったら呼んでくれ。声が届きそうな所で待機している」
だが、そこでラバスから待ったがかかる。
「すみません、ぬ……脱がしてくれませんか?」
「…………は?」
ジョンはラバスが何を言っているのか意味がわからない。というか、理解の範疇を超えている。
「お、お願い……早く……自分で動いたら漏れそうなんです……」
「いやいやいや、それはさすがにまずいだろ! 俺を変質者にするつもりか!? 殺人者と言われても別に構わないが、変質者と言われるのだけは断る!」
「は……早く……」
既に限界が近いのか、ラバスは額から汗を流している。そのような姿を見せられては、ジョンも逃げるに逃げられない。そして、意を決したジョンはラバスに近づいた。
(これは介助、これは介助……看護師だってやっていることだ。俺は変質者じゃない!)
ジョンは病人のお世話をしているのだと強く認識し、とりあえずラバスの正面に立ち自分の首に腕を回させると、そのままゆっくりと立ち上がらせた。それからスカートを捲りあげると再びゆっくりと座らせ、ラバスに声をかける。
「少しだけケツを浮かせられるか?」
「っ……が、頑張り……ます……」
ラバスに負担をかけないために、ジョンが予めショーツの縁に手を添えて準備をすると、その時にラバスがビクッと反応してしまう。
「ぁ……」
その溢れ出た声にジョンは嫌な予感がしないでもないが、ラバスに臀部を浮かせるように言うと、ラバスは木箱に手をついてプルプルとしながらも、少しだけだが臀部を浮かせることに成功する。すると、その隙にジョンはスルッとショーツをずらしたのだが、明らかにショーツには漏らした形跡が見て取れた。
だが、ジョンがそれを見て固まってしまったことで、ラバスも何を見られてしまったのか感じ取ってしまう。それによりラバスの顔が一気に赤くなると同時に両手の力が抜けてしまい、トスッと臀部を落とした衝撃が膀胱に走ったのか、そのままジョーっと聖水を流し始めてしまった。
その事態に対してジョンはショーツの件もそうだが、目の前で用を足しているのを見てしまい、更に固まってしまうのだった。
「う、うぅぅ……もうお嫁に行けない……」
そう言うラバスが両手で顔を隠してしまうと、ジョンは慌てて何かフォローを入れなければと口を開く。
「ラバスはもう嫁に行ってラズベリーを産んだんだから大丈夫だ!」
いったい何を口走っているのだろうかとジョン自身も思ってしまうのだが、このような事態に遭遇することが初めてなので、気の利いた言葉なんて思いつくはずもない。
その後は気まずい空気が流れる中で、ラバスの聖水の音だけが響きわたるのであった。
そして、用を足したラバスはもう堪える必要もないので自身で後処理を済ませると、汚れてしまったショーツをその場で脱いだら、丸めてから手の中で握りしめる。
「あ、洗おうか?」
せめてもの償いと思ったのか、洗濯をしようとジョンが手を出して名乗り出たのだが、それが償いになるのかどうかは定かではない。
「お、お願い……します……」
まだ家事をするには本調子でないことが自身でもわかっているのか、ラバスはショーツを握りしめる拳を前に出すと、ジョンの手のひらにそれを落とした。
そしてジョンはショーツを握ったままで歩きたくないと思ったのか、ポケットに仕舞いこむと、ラバスの介助をしながら寝室のベッドまで連れていくのだった。
それからラバスをベッドに寝かせると、ラバスが布団を頭の上までかぶってしまったので、ジョンはそれを指摘することはせずに洗濯物を片付けてしまおうとその場を後にした。
その後、洗濯物を終えたジョンがラバスの所に向かおうとして、差し入れに飲み物を持っていこうかと思ったが、先程のことが頭をよぎってしまい、水分補給はまだいいだろと結論づける。
そして、寝室にてラバスと再び相対したジョンは、とりあえずイスに座り、ラバスの危なっかしさを指摘することにした。
「いくらなんでも無防備過ぎだろ。俺とは昨日会ったばかりなんだぞ」
「それはわかってます」
「だったら何で――」
「昨晩にジョンさんと別れたあと、ジョンさんが襲いに来なかったからです」
「はい?」
「娘の命を助けていただいたので、もしそうなったとしてもお礼として身を任せるつもりでした」
「いやいやいや……そりゃおかしいだろ。何で助けたお礼が体を差し出すことになるんだ」
「男の人ってそういうことばかり考えていますから」
「断言かよ!」
「私が未亡人なのを村の人たちは当然知っています。まだ若いと自負していますし、言い寄ってくる男たちが後を絶たないんです。みんな体目当てですけど」
「最悪な男だな」
「だから、ジョンさんも襲いに来ると思って覚悟して待っていたのに、全然来ないんですもん! おかげで睡眠不足です! 私の覚悟と睡眠時間を返してください!」
「そりゃラバスが勝手にやったことだろ。俺は関係ない」
プクッと頬を膨らませるラバスだったが、急にクスクスと笑い出すと続きを話し始めた。
「だから信用しているんです。それに……私の大事なところを見ても襲ってこなかったし……今度こそ襲われちゃうかもと思ってたのに、洗濯に行っちゃうし……」
「当たり前だろ。病人の看病にかこつけてヤる男がどこにいるってんだ」
「この村にはいますよ? 多分、私が『看病してくれたら体を好きにしていい』と言えば、いっぱい集まってくると思います」
「どんだけ最悪な村なんだ……よくこんな所に住んでいられるな?」
「それは強硬策に出てこないからです。村ですから悪いことをすればたちまち話が広まって処分されます。処分すれば食い扶持が減りますので、村全体の備蓄が増えますし」
「世知辛い世の中だ……」
そのような会話をしつつ時間を潰していく2人であったが、お昼が近くなりジョンがご飯の準備をしようかと、イスから立ち上がった時にそれは起こった。
「きゃー!」
その悲鳴に何やらデジャブを感じてしまうジョンだったが、実際にあったことなのでデジャブではない。だが、今はそんなことよりも、声の主が誰であるのかを確かめる方が先であった。
「あれってラズベリーの声だよな!?」
「はい! お願いします! あの娘を、あの娘を助けてください!」
縋るようにしてジョンにしがみつくラバスだったが、ジョンは助けた子供に何かあれば寝覚めが悪いどころの話ではないので、二つ返事で了承する。
「わかった。ラバスはここで待ってろ! 俺はラズベリーの様子を見てくる。村の中だから魔物ってことはないはずだ!」
そうラバスに対して答えたジョンはすぐさま寝室から出ると、家から飛び出して周辺を見渡し、異変らしきものがないかを確認し始める。
すると、村の入口付近に人だかりができていたので、ジョンはそこへ向かって走り出すのであった。
「おはようございます、ジョンさん」
「おはよう。何で起きてる? 病人の居場所はベッドだろ」
「あの苦いお薬が効いたようです。今日は立ち上がっても目眩がしないんですよ」
「そういう時が1番危ないんだ。いつもより動けるからって動くな。病人は大人しくベッドで寝ていろ。後で飯と薬湯は持って行ってやるから」
「ふふっ……何だか夫に怒られているみたいです」
「ちっ……」
微笑みを向けるラバスに対する照れ隠しなのか、ジョンは舌打ちをするとそっぽを向いてしまった。それを見たラバスが更に微笑むが、これ以上ジョンの機嫌を損ねるわけにもいかず、素直にベッドへと戻っていく。
その後、朝食の準備を終えたジョンがラズベリーを起こし、軽く洗面をさせてから朝食を摂らせて、その間にジョンはラバスに朝食と薬湯を持っていき、使っていた濡れタオルや桶を回収した。
それから自身も朝食を済ませると、片付けはラズベリーがしてくれるようで、その間にジョンはラバスの容態を見に行くことにしたのか部屋へと向かった。
「ちゃんと食べたようだな」
「食べやすいものを出していただいたので。お薬もちゃんと飲みましたよ。苦かったですけど」
「苦いのは諦めろ」
そう言うとジョンは、食器を下げるために1度部屋を後にした。それからラズベリーの所に食器を持っていき、ラバスが昨日よりも元気になっていることを伝える。すると、それを聞いたラズベリーはジョンにお礼を言って、先程以上に食器洗いに精を出すのだった。
それからのジョンはダイニングのイスに座ると、今日の予定をどうするか悩み始める。一宿一飯の恩を返す前に一宿二飯になってしまったのだ。食事を作る際には食材の提供はしたものの材料全てではない。この家の備蓄を使ってしまった部分もある。
このまま無視して立ち去るというのもありと言えばありなのだが、昨晩に常識というものを追加で教わってしまっていたので、どうにもこのまま立ち去るというのは、ジョンとしては後ろ髪を引かれる思いだ。
結局のところジョンが出した結論は、ラバスの体調が元に戻るまでは居候をさせてもらい、代わりに家事をこなすという方法である。
そうと決まれば善は急げと言わんばかりに、ジョンはラバスから滞在許可をもらうために部屋へと向かうのだった。
「――というわけなんだが……」
「構いませんよ。むしろ、こちらからお願いしたいくらいです。ジョンさんに出ていかれたら、苦い飲み物を作ってくれる人がいませんから」
そう言って茶目っ気たっぷりに微笑むラバスを見たジョンは、もっと苦くしてやろうかと密かに思ってしまう。それを実行に移すかどうかは別として。
その後、ジョンはラバスに常識の追加講習をお願いし、ラバスはラバスでただ寝ているだけなのが暇なのか、それを快く受け入れる。
そして、2人が勉強会を開いていると、食器洗いを終わらせたラズベリーが顔を出し、外へ遊びに行くと言って出かけようとする。
「お昼には1度帰ってくるのよ」
「村の外には出るなよ。また魔物に襲われるぞ」
「うん!」
ラバスとジョンから一言ずつもらったラズベリーが、元気よく返事をして外に出かけると、ふと先程の言葉を思い返していた。
「あれ……ジョンお兄ちゃん、魔物って言ってたような……んん? きっと聞き間違いだよね。お母さんも秘密にするように言ってたし」
ラバスがジョンに昨晩色々と打ち明けたことをまだ知らないラズベリーは、大して気にもせずそのまま友達のところへ遊びに行くのであった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ラズベリーが出かけてからしばらくの間、ジョンはラバスから色々なことを教わる。それはもう子供が学ぶような段階からだ。
そのようなジョンとてある程度の知識は旅の途中で手に入れていたが、それは日常生活において必要なことだけで、それ以外のこととなるとラズベリー未満の学力となる。今となってはラバスのおかげで、魔物と魔族の区別はついているが。
「ふふっ、それにしてもダークゴブリンが魔族ですか」
「それはもういいだろ。だいたい、あいつらが紛らわしいんだ。二足歩行なんてしやがるから」
「簡単な見分け方は言葉を喋るかどうかですよ。会話ができるなら魔族。できないのなら魔物です。ですが、魔物も進化しますので、上位種になると言葉を喋るようになります。他には元々知能の高い魔物とかですね」
「紛らわしい……」
「他の見分け方になると、魔族は総じて私たちのように人の姿をしているというところでしょうか。細かいところだと角が生えてたりしますが」
「そっちの方がわかりやすいな。つまり、人の姿に似ていて会話のできるやつは魔族ってことだな」
その後も続くジョンのお勉強会。ラバスはラズベリーに教えていた時のように説明していくため、何も知らないジョンにとっても理解しやすい内容となる。
そしてしばらくすると、ラバスが何やらモジモジと身じろぎを始めてしまう。
「どうかしたのか?」
「い、いえ……あの……」
「何か欲しいものがあるなら言ってくれ。泊めさせてもらっている上に、この世界の情報まで教えてもらってるんだ。何か取ってくるものがあるなら、それくらいするぞ」
ジョンは善意からそう言うも、ラバスの方はゴニョゴニョと口を動かすだけである。
「……れ…………す…………」
「ん、何だ? 声が小さくて聞こえづらい」
「だか……ら…………れに…………す……」
「え? 何だって?」
難聴系主人公ばりにジョンがそう問い返すと、とうとう我慢の限界がきたのかラバスはハッキリと口にして宣言したのだった。
「~~っ! トイレに行きたいと言ってるんです! このままだと漏れちゃいますっ! ……ぁ…………」
真っ赤な顔をして涙目で主張するラバスによって、ジョンは気圧されてしまうが、ラバスはその主張が終わってしまうと、どこか呆然とするような表情へと移り変わった。
「まさか漏らしたのか?」
ラバスの様子を不審に思ったジョンが、デリカシーの“デ”の字もなくそう問いかけると、ラバスはムキになって反論を始めるのだった。
「漏らしてません! ちょびっと漏れただけです! っ……く……」
「あ、ああ……」
鬼気迫る勢いで“漏らした”のではなく、“漏れた”という受動的な主張を激しくするラバスだが、もう堪えるのに必死となっていてプルプルとしている。
そのような状態のラバスにジョンは恐る恐る声をかけた。
「あ、歩けそうか?」
「……無理……です」
堪えるのに必死で動こうにも動けないラバスがそう答えると、ジョンは『緊急事態だから仕方がないことなんだ』と自分に言い聞かせて、ラバスにかけられている布団をめくる。
「すまん、抱っこするぞ」
一言そう詫びてからジョンがラバスをお姫様抱っこすると、持ち上げられる時に振動でも伝わったのか、ラバスは呻き声を上げた。それを聞いてしまったジョンは極力振動を与えないように動き、ラバスに部屋のドアを開けさせてからトイレへと向かう。
そして、次に到着したトイレを開けさせたのはいいものの、ここは現代ではない。昨日にジョンも利用して見ていたのだが、ポットン当たり前のトイレ事情なのだ。
場所によってはまともに見えるトイレもあるのだが、それは都会の極小数の中でのこと。このような辺境の村においては、木のバケツの中に用を足すというのが主流なのだ。まだマシだと言えるのは、直接バケツの中にするのではなく、長方形の木箱の中にバケツを置いてあるということだろう。
この長方形の木箱。如何にもな丸い穴が2つ空けてある。1つは小用、そしてもう1つは大用なのだ。
小用は当然のことながら土にそのまま染み込ませてしまえ理論で、バケツなどは置かれていない。そして大用に置いてあるバケツは、家の外から取り出せるようになっている。誰しもが汚物の入ったバケツを持って、家の中を歩きたくないという考えからだろう。
とりあえずジョンはラバスを小用の方へ静かに下ろすと、そのままこの場に留まるわけにもいかず、いそいそと外へ出ようとする。
「終わったら呼んでくれ。声が届きそうな所で待機している」
だが、そこでラバスから待ったがかかる。
「すみません、ぬ……脱がしてくれませんか?」
「…………は?」
ジョンはラバスが何を言っているのか意味がわからない。というか、理解の範疇を超えている。
「お、お願い……早く……自分で動いたら漏れそうなんです……」
「いやいやいや、それはさすがにまずいだろ! 俺を変質者にするつもりか!? 殺人者と言われても別に構わないが、変質者と言われるのだけは断る!」
「は……早く……」
既に限界が近いのか、ラバスは額から汗を流している。そのような姿を見せられては、ジョンも逃げるに逃げられない。そして、意を決したジョンはラバスに近づいた。
(これは介助、これは介助……看護師だってやっていることだ。俺は変質者じゃない!)
ジョンは病人のお世話をしているのだと強く認識し、とりあえずラバスの正面に立ち自分の首に腕を回させると、そのままゆっくりと立ち上がらせた。それからスカートを捲りあげると再びゆっくりと座らせ、ラバスに声をかける。
「少しだけケツを浮かせられるか?」
「っ……が、頑張り……ます……」
ラバスに負担をかけないために、ジョンが予めショーツの縁に手を添えて準備をすると、その時にラバスがビクッと反応してしまう。
「ぁ……」
その溢れ出た声にジョンは嫌な予感がしないでもないが、ラバスに臀部を浮かせるように言うと、ラバスは木箱に手をついてプルプルとしながらも、少しだけだが臀部を浮かせることに成功する。すると、その隙にジョンはスルッとショーツをずらしたのだが、明らかにショーツには漏らした形跡が見て取れた。
だが、ジョンがそれを見て固まってしまったことで、ラバスも何を見られてしまったのか感じ取ってしまう。それによりラバスの顔が一気に赤くなると同時に両手の力が抜けてしまい、トスッと臀部を落とした衝撃が膀胱に走ったのか、そのままジョーっと聖水を流し始めてしまった。
その事態に対してジョンはショーツの件もそうだが、目の前で用を足しているのを見てしまい、更に固まってしまうのだった。
「う、うぅぅ……もうお嫁に行けない……」
そう言うラバスが両手で顔を隠してしまうと、ジョンは慌てて何かフォローを入れなければと口を開く。
「ラバスはもう嫁に行ってラズベリーを産んだんだから大丈夫だ!」
いったい何を口走っているのだろうかとジョン自身も思ってしまうのだが、このような事態に遭遇することが初めてなので、気の利いた言葉なんて思いつくはずもない。
その後は気まずい空気が流れる中で、ラバスの聖水の音だけが響きわたるのであった。
そして、用を足したラバスはもう堪える必要もないので自身で後処理を済ませると、汚れてしまったショーツをその場で脱いだら、丸めてから手の中で握りしめる。
「あ、洗おうか?」
せめてもの償いと思ったのか、洗濯をしようとジョンが手を出して名乗り出たのだが、それが償いになるのかどうかは定かではない。
「お、お願い……します……」
まだ家事をするには本調子でないことが自身でもわかっているのか、ラバスはショーツを握りしめる拳を前に出すと、ジョンの手のひらにそれを落とした。
そしてジョンはショーツを握ったままで歩きたくないと思ったのか、ポケットに仕舞いこむと、ラバスの介助をしながら寝室のベッドまで連れていくのだった。
それからラバスをベッドに寝かせると、ラバスが布団を頭の上までかぶってしまったので、ジョンはそれを指摘することはせずに洗濯物を片付けてしまおうとその場を後にした。
その後、洗濯物を終えたジョンがラバスの所に向かおうとして、差し入れに飲み物を持っていこうかと思ったが、先程のことが頭をよぎってしまい、水分補給はまだいいだろと結論づける。
そして、寝室にてラバスと再び相対したジョンは、とりあえずイスに座り、ラバスの危なっかしさを指摘することにした。
「いくらなんでも無防備過ぎだろ。俺とは昨日会ったばかりなんだぞ」
「それはわかってます」
「だったら何で――」
「昨晩にジョンさんと別れたあと、ジョンさんが襲いに来なかったからです」
「はい?」
「娘の命を助けていただいたので、もしそうなったとしてもお礼として身を任せるつもりでした」
「いやいやいや……そりゃおかしいだろ。何で助けたお礼が体を差し出すことになるんだ」
「男の人ってそういうことばかり考えていますから」
「断言かよ!」
「私が未亡人なのを村の人たちは当然知っています。まだ若いと自負していますし、言い寄ってくる男たちが後を絶たないんです。みんな体目当てですけど」
「最悪な男だな」
「だから、ジョンさんも襲いに来ると思って覚悟して待っていたのに、全然来ないんですもん! おかげで睡眠不足です! 私の覚悟と睡眠時間を返してください!」
「そりゃラバスが勝手にやったことだろ。俺は関係ない」
プクッと頬を膨らませるラバスだったが、急にクスクスと笑い出すと続きを話し始めた。
「だから信用しているんです。それに……私の大事なところを見ても襲ってこなかったし……今度こそ襲われちゃうかもと思ってたのに、洗濯に行っちゃうし……」
「当たり前だろ。病人の看病にかこつけてヤる男がどこにいるってんだ」
「この村にはいますよ? 多分、私が『看病してくれたら体を好きにしていい』と言えば、いっぱい集まってくると思います」
「どんだけ最悪な村なんだ……よくこんな所に住んでいられるな?」
「それは強硬策に出てこないからです。村ですから悪いことをすればたちまち話が広まって処分されます。処分すれば食い扶持が減りますので、村全体の備蓄が増えますし」
「世知辛い世の中だ……」
そのような会話をしつつ時間を潰していく2人であったが、お昼が近くなりジョンがご飯の準備をしようかと、イスから立ち上がった時にそれは起こった。
「きゃー!」
その悲鳴に何やらデジャブを感じてしまうジョンだったが、実際にあったことなのでデジャブではない。だが、今はそんなことよりも、声の主が誰であるのかを確かめる方が先であった。
「あれってラズベリーの声だよな!?」
「はい! お願いします! あの娘を、あの娘を助けてください!」
縋るようにしてジョンにしがみつくラバスだったが、ジョンは助けた子供に何かあれば寝覚めが悪いどころの話ではないので、二つ返事で了承する。
「わかった。ラバスはここで待ってろ! 俺はラズベリーの様子を見てくる。村の中だから魔物ってことはないはずだ!」
そうラバスに対して答えたジョンはすぐさま寝室から出ると、家から飛び出して周辺を見渡し、異変らしきものがないかを確認し始める。
すると、村の入口付近に人だかりができていたので、ジョンはそこへ向かって走り出すのであった。
21
お気に入りに追加
5,318
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる
十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
ゲート0 -zero- 自衛隊 銀座にて、斯く戦えり
柳内たくみ
ファンタジー
20XX年、うだるような暑さの8月某日――
東京・銀座四丁目交差点中央に、突如巨大な『門(ゲート)』が現れた。
中からなだれ込んできたのは、見目醜悪な怪異の群れ、そして剣や弓を携えた謎の軍勢。
彼らは何の躊躇いもなく、奇声と雄叫びを上げながら、そこで戸惑う人々を殺戮しはじめる。
無慈悲で凄惨な殺戮劇によって、瞬く間に血の海と化した銀座。
政府も警察もマスコミも、誰もがこの状況になすすべもなく混乱するばかりだった。
「皇居だ! 皇居に逃げるんだ!」
ただ、一人を除いて――
これは、たまたま現場に居合わせたオタク自衛官が、
たまたま人々を救い出し、たまたま英雄になっちゃうまでを描いた、7日間の壮絶な物語。

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する
高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。
手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
【完結】実はチートの転生者、無能と言われるのに飽きて実力を解放する
エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング1位獲得作品!!】
最強スキル『適応』を与えられた転生者ジャック・ストロングは16歳。
戦士になり、王国に潜む悪を倒すためのユピテル英才学園に入学して3ヶ月がたっていた。
目立たないために実力を隠していたジャックだが、学園長から次のテストで成績がよくないと退学だと脅され、ついに実力を解放していく。
ジャックのライバルとなる個性豊かな生徒たち、実力ある先生たちにも注目!!
彼らのハチャメチャ学園生活から目が離せない!!
※小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも投稿中
勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス
R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。
そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。
最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。
そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。
※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる