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第17章 魔王軍との戦い

第585話 魔王到着

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 初日の戦いが終わって翌日のこと、勇者たちは戦場でお風呂に入れたことが功を奏したのか、スッキリとした顔つきで開戦の準備を進めていく。

 その勇者たちは昨日の夜にでも装備品の手入れをきちんとしていたみたいで、中断後の汚れたままの装備を身につけている者は誰一人としておらず、その姿を見たケビンは感心していた。

「今日は戦争2日目だ。昨日の疲れが残っている者はいるか? 正直に答えていいぞ」

 整列している勇者たちにそう問いかけるケビンは、チラホラと周りを窺いながら手を挙げている者たちを目にする。

「装備品を大事に扱っているお前たちにご褒美だ」

 ケビンがそう言うと勇者たちが光に包まれていき、疲労回復の魔法をかけられていく。

「体が軽い……」
「うそ……」

 口々にそう呟き驚きを隠せない勇者たちだったが、ケビンは魔法をかけ終えると再び口を開いた。

「今日の目標は隠れている奴を引きずり出すことだ。ちょっと索敵した結果、魔物の数は大して増えていなかった。つまり、あちらさんは思うように補充ができなかったということだ」

 ケビンから魔物が大して増えていないことを聞かされた勇者たちは、その朗報に安堵する。昨日のような終わりのない戦いに、身をやつさなくて良くなったかもしれないからだ。

「ということで、第1目標は午前中で敵をほぼ壊滅して、午後から隠れている奴らを引きずり出す。第2目標は今日中に敵をほぼ壊滅して、明日には隠れている奴らを引きずり出すことだ」

「「「「「はい!」」」」」

「総指揮官やギルド代表指揮官は、今日中には魔王軍を壊滅しようと意気込んでいる。たとえ数で劣っていようとも、お前たちは勇者なんだ。王国軍や冒険者たちに遅れをとるなよ?」

「「「「「はい!」」」」」

「では、配置につけ! 解散!」

 こうして勇者たちはケビンからの指示を受け、昨日と同じように配置につくと、戦いの火蓋が切られるのを今か今かと待ち構えていたのだった。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 ――イグドラ亜人集合国国境の森の中

「おい、いつまでこうしていなきゃならないんだ」

「そんなの俺が知るかよ。魔物に当たらせてみたが壊れる気配すらねぇ」

 深い森の中では浅黒い肌をした集団が会話をしていた。彼らはどうやらケビンが張った結界がビクともせず、苛立ちを募らせているようである。だが、苛立っているのはなにもケビンの張った結界だけが原因ではないようだ。

「おい、獣人! アリシテア王国とやらの兵力は、そこまでなかったんじゃないのか! 何で昨日1日だけで入念に準備した戦力の大部分を失うんだ!」

「知らんガオ! 俺たちだって困惑しているんだガオ! それに最初の数日のうちは押していたガオ。昨日現れたドラゴンが想定外なんだガオ」

「それだ、それ! だいたい何でドラゴンが出てきてやがる?! 元はと言えばあいつのせいで、魔物のほとんどが死んだんだぞ!」

「生物の頂点のドラゴンに文句を言っても仕方がねぇだろ。それに、あの攻撃以降は姿を現してないんだ。おおかた、気まぐれに飛んできては、気まぐれで魔物を蹴散らしたってだけだろ。その証拠にしばらく飛んでいたあとは、どこかに姿を消しただろ」

 浅黒い肌の男が言っている感じでは、どうやらケビンがドラゴンに変身したことまでは知らないようである。森の中に隠れてコソコソとしているので、仕方がないと言えば仕方がない。

 だが、前線に出ず隠れていたおかげか大破壊ブレスの被害を受けずに、今もこうして生きていられるとも言える。

「チッ……捕まえた斥候は情報を吐きやがらねぇし、かと言って魔物の餌にしかならねぇし……獣人、お前ら目がいいんだろ? ちょっと斥候をしてこいよ。向こうの戦力が知りてぇ」

「仕方がないガル。同盟を結んだ以上はそれなりに協力するガル」

 そう言った獣人の1人は、仲間のうちで1番視力が良い者に斥候をするように伝えると、指示された獣人はそのまま気配を消してこの場から走り去る。

「そういえば、魔王様は今日ご到着されるんじゃなかったか?」

 ふと思い出したかのように浅黒い肌の男がそう言うと、仲間の1人はそれを肯定するが同時に不安も募る。

「露払いの俺たちがここで足止めをくらっていると知ったら、魔王様のお怒りを買うかもしれんぞ」

「だが、魔王様に同行する側近たちがいれば、この局面を打開できるんじゃないか?」

「どうする?」

「ここは1つ、あのドラゴンのせいにしないか? ドラゴンが現れたのは事実で、そのドラゴンに魔物の大軍を殺されたのも事実だ。つまり俺たちは、少ない戦力で頑張っているところを、魔王様にアピールすればいいということだ」

「「「「「なるほど!」」」」」

 魔王からの処罰を免れたい一心で言い訳を思いついた男に対し、他の男たちもその案に賛同していき、獣人たちにも「魔王様に処罰されたくなかったら、口裏を合わせろ」という指示のもとで、奇しくも種族の違う者たちが初めて心を1つにして一致団結した瞬間であった。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


「ハッッックション! てやんでい、べらぼうめぇ!」

『マスター……オヤジくさいです……』

《実際オヤジよ、こいつは》

 くしゃみをしてしまったケビンに対し、サナが呆れ、システムが毒を吐くと、ケビンはウケ狙いでやったことが不評だったために、2度とするもんかと心に誓う。

 そして、その後は各配置の準備が整ったと伝令が届いたので、ケビンは結界を解除した。

 すると、やはり相手は魔物と言うだけあって昨日に引き続き、怒涛の勢いで前進してくるが、味方側も終わりが見えてきたとあってか、魔物に負けじと声を張り上げて迎え撃つのだった。

 そのような光景を目にするケビンはとても戦場にいるとは思えないほどに、ソファに腰掛け両隣にサラとマリアンヌを侍らせ、優雅にお茶を飲みながら戦況を見守っていた。

「ん?」

「どうしたの、ケビン」

 ふと声を上げたケビンの様子が気になったのかサラが尋ねてみると、ケビンが口を開く。

「全体の状況を見るために【マップ】を使ってるんだけど、イグドラの奥地から団体さんが戦地に近づいてきているから、誰なんだろうと思ってね」

「イグドラの兵士じゃないの? 挟み撃ちにするとか」

 マリアンヌが思ったことを口にするが、ケビンはそれを否定する。

「マーカーが敵対者なんだよね。だからイグドラの兵士じゃないし、ヴァリスには手を出さないように各族長に伝えるように言ってあるから、多分敵の増援じゃないかと思うんだけど……」

「大勢来ているの?」

 サラがそう問いかけると、ケビンは10人に満たない数であることを伝える。

「この感じから察すると親玉かな?」

「魔王ね! お母さん戦ってみたいわ!」

「相手にもよるね。魔王がどんな能力を持っているかわからないし、即死系とか持ってたら戦わせないからね?」

「それは構わないわ。ケビンを悲しませたくないもの」

「他には何か変わったこととかないの?」

 サラが対魔王戦の予約を入れると、マリアンヌは他にも何か気になることはないのかと尋ねたら、ケビンは森の入口でチョロチョロと動き回っている者がいると伝えるのだった。

「斥候かしら?」

「多分そうだろうね。戦いに参加するってわけでもなさそうだし」

「始末してきましょうか?」

「放っておいていいよ。どうせ盗み見るくらいじゃ、こっちの戦力しかわからないし、見られて困るようなことはないから」

 それからしばらくは戦況を眺めていたケビンだったが、お昼が近くなったこともあり敵の勢いも衰えてきたところで、勇者たちに適宜交代でお昼休憩を取らせていく。

 その後は第1目標と第2目標の間を取ったような、そのような時間帯。つまり、昼過ぎには魔王軍に対して壊滅的打撃を与えた状況へと追い込むことができていた。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 一方で国境の森林地帯では、予備軍ではないが後詰となる部隊がとうとう先発隊に合流を果たした。

「案内ご苦労だったブヒ」

「いえ……」

 その労いの言葉に恐縮するのは先発隊に合流を果たすため、部隊を先導していた獣人の男だった。ただし、彼とてただの善意で先導していたわけではない。

 そこには無闇矢鱈に周辺の集落を襲われでもしたら敵わないと思い、魔族領からの最短距離でこの場に先導していたのだ。

 手下は兎も角として、相手はあの魔王なのである。見た目からして巨大な体躯の凶悪そのものである魔王を放置したら、道中でどのような悪逆非道を行っていくか目に見えていたのだ。

 それゆえに人族排斥主義を掲げている獣人族たちは、魔王を出歩かせないという思考のもとに、案内役をつける結論を出していた。

「それで、何故まだ森の中ブヒ?」

 魔王はこのままアリシテア王国に入り、略奪しながらセレスティア皇国を目指すという考えだったようだ。ところが合流してみれば、まだ森の中。疑問に思うのも仕方がないと言える。

 その魔王の疑問に答えたのは先発隊の1人だった。その者は魔王の怒りを買わないようにと、画策しているうちの1人だ。

 その者は魔王の前に跪くと、僅かに震えながら言い逃れ作戦を実行する。

「当初は我が軍が押していたのですが、増援が現れてからは拮抗するようになり、今では我が軍が押され――」

 その者の報告はそこで途絶えた。

 魔王が報告をしていた者の体を握りつぶしたのだ。更にはその握りつぶした者をバリボリと食べ始める始末。

 噴き出した血は彼方此方に飛び散り、その凄惨な光景に側近以外の者たちは顔を青ざめさせ、ガクガクと震えている。

「ゲップ……無能はいらないブヒ。腹が減ってたからちょうどいいブヒ」

 そして、また腹の足しにしようと思っていたのか、先発隊の面々を物色しては、その1人に手を伸ばす。

 伸ばされた手を見た男は生きた心地がしなかったが、死にたくない一心で声を張り上げた。

「ド、ドラゴンです!」

「ブヒ?」

 あとは掴むだけという状況でピクっと反応した魔王がその手を止めると、それをチャンスと見たのか、男は予め決めていたなすりつけ作戦を実行に移した。

「突如現れたドラゴンにより、我が軍は大打撃を受けたのです! 抵抗しようにも相手は空の上。為す術なくドラゴンのブレスによって同胞たちが倒されました!」

「黒龍王の眷族ブヒか?」

「い、いえ! ブラックドラゴンではありませんでした!」

「ブヒ~……」

 ブラックドラゴンではないと聞いた魔王は安堵の息をこぼした。だが、続く部下の言葉によって、安堵は焦燥に変わる。

「相手はホワイトドラゴンです!」

「ブヒっ!?」

「ですが、魔王様のお力があればホワイトドラゴンなど、一捻りになること間違いなしです!」

 男は魔王をヨイショしようと思って言った言葉だが、言われた魔王は一溜りもない。

「馬鹿か! ホワイトドラゴンはブラックドラゴンと対をなす、ドラゴンの中でも最強種ブヒ! 怒りを買ったら終わりブヒ!」

「え……」

 自分たちの恐れる魔王が黒龍王相手ならいざ知らず、たかがホワイトドラゴン相手に恐れているので、男はキョトンとしてしまっていた。

「ま、まさか……反撃とかしてないよな?」

「一方的にやられたので反撃する暇さえありませんでした」

「それなら大丈夫ブヒ……」

「ま、魔王様でも勝てないのですか?」

 不敬とも思いつつも男は好奇心を抑えきれず問いかけると、魔王は安堵したためかその場で腰を下ろし、怒りを向けることなくそれに答えた。

「実際に見たことがないから噂でしか聞いたことがないが、ホワイトドラゴンの長は黒龍王に並ぶと言われている力の持ち主ブヒ。だが、種族数が減ってからは人里に姿を現さなくなって久しいと聞くブヒ。黒龍王は今なお力を増しているから、隠居した長と同列視するのは不敬ブヒ」

「つまり、黒龍王に近い力を持ったドラゴンが長を務めるのが、ホワイトドラゴンなのですか?」

「そうブヒ。他のドラゴンならいざ知らず、ホワイトドラゴンはブラックドラゴン同様に手を出してはいけないブヒ」

「魔王様がそこまで仰るとは……あの被害も納得というものです。あれはホワイトドラゴンだからできた所業なんですね」

「ブヒ? どのくらい被害を受けたブヒ?」

「たった2撃で半数以上を失いました」

「ブ、ブヒっ!? いくら成体と言えど2撃でそれは異常ブヒ……もしや……長が出てきたブヒ……? いやいや、人間に肩入れするとは思えないブヒ……そのドラゴンは今もいるブヒか?」

「いえ、昨日のうちにどこかへ飛んでいきました。それゆえ、私たちもホワイトドラゴンが人間とは協力関係になく、気まぐれで飛来して攻撃されてしまったと判断しております」 

「他には何か気になる点はあるブヒか?」

 ホワイトドラゴンの脅威がないとわかった魔王は、攻め入るにしても他の懸念事項はないのかと部下に問いただす。それに対して男は、斥候からの報告を追加で魔王に報告するのだった。

「不確定要素ですが、勇者がいるのではないかと……」

「ゆ、勇者ブヒ!?」

「斥候の話では光り輝く剣を持った者が2人いたと」

「2人っ!?」

「ですが、魔物との戦闘に苦労しているようなので、本当に勇者なのかどうなのかがわからず……」

「おかしいブヒ……勇者なら魔物なんかに手こずるはずがないブヒ……」

「そうなのです。ですから私たちも判断に迷っておりまして……」

「もしかしたら、召喚されて間もない勇者かもブヒ……まだ成長しきれていない今なら、たとえ勇者でも恐るるに足らず」

「さすが魔王様! しかも、勇者の1人は女のようです。是非とも生け捕りにし、魔王様の苗床にしましょう!」

「ブヒヒ……女ブヒか。これは楽しみが増えたブヒ」

 勇者が語り継がれているほど強くないことと、片方が女であることを聞いた魔王は、下劣な笑みを浮かべると頭の中では既に女勇者の凌辱が始まっていた。

 そして、まんまと魔王からの怒りを逸らすことに成功した男は、安堵とともに咄嗟の判断で「ドラゴン」と口走った自分を、心の中で褒め称えるのだった。

「急いで敵を蹴散らすブヒ。あいつらよりも早くセレスティア皇国を滅ぼして、俺様のオーク帝国を築き上げるブヒ!」

「やはり正規ルートで攻め入っている魔王がいるのですか?」

「ゴブリンエンペラーの奴ブヒ。あいつらは家畜の繁殖を怠るから、先に家畜を取られると困るブヒ」

「そうなったら魔王様が奪えばいいのでは?」

「そうしている間に人間どもが横槍を入れてくるブヒ。もっと頭を使うブヒ!」

「魔王様の聡明な頭脳に及ばず、すみません!」

「ブヒヒ! 俺様は頭がいいからな。お前も俺様に及ばずとも、少しくらいは頭を良くするブヒ」

 部下からのヨイショで気分を良くした魔王は、既に軍の大半を失った損失を忘れている。そして、そのような魔王でも力はあるので、魔王と名乗れているのかもしれない。

 その後は、手持ちの兵力と自身の力で王国軍など蹂躙できるだろうと考えている魔王は、意気揚々と剛剣を片手に持ち、部下を引き連れながら戦地へ向けて歩き始める。

 その頭の中は敵に対する色々な蹂躙の仕方を模索しており、数が減った分は苗床を確保して、新たな力あるオークを産ませようと下卑た笑みをこぼしていたのであった。

「ブヒ……ブヒヒ……女は全て生け捕りブヒ……」
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