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第17章 魔王軍との戦い
第580話 現地入り
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戦地に向かうには絶好の快晴日和となった朝、ケビンの朝までコースを受けている3人は案の定ヘロヘロにされてしまっていた。
「ヤバいにゃん……」
「溺れてしまいそう……」
「舐めてました……」
「さあ、朝ご飯を食べに行こう」
ケビンはいつもの通り魔法で後始末をするというお手軽処理を済ませると、回復した3人に服と下着を創り出したら、ベビードールという勝負服は3人の部屋へそれぞれ転移させた。
それから朝食を済ませたケビンは集合場所である1階の会議室に向かい、戦える嫁たち(本人随伴希望)や勇者組の嫁たちを引き連れて入室する。
「おはよう、みんな。昨日はゆっくりと休めたか?」
入室と同時に開口一番そう言うケビンだったが、勇者たちの視線はケビンのあとからゾロゾロと入ってくる嫁たちへ視線が集中していた。
「え……皇后陛下たちも来るのか?」
「百人力じゃないか!」
「いや、百人以上だろ!」
「一騎当千か?」
「ちょっと、あれを見てよ! 猫屋敷さんたちが指輪をしてるわよ!」
「今日の朝食で姿を見ないと思ったら、そういうことだったの!?」
「そういえば昨日、ケビンさんとデートしてるのを見かけたよね!?」
「出遅れた……」
ケビンの挨拶よりも注目を集めてしまう嫁たちによって、会議室はザワザワと彼方此方で喋り声が沸き起こる。しかしながら、男子と女子では見るところが違うようで、会話の話題は真っ二つに分かれているようだ。
そのような中でケビンが定位置につくと、パンパンと手を鳴らして注目を集める。
「それだけ騒げれば元気なようだな。今日は今からアリシテア王国の西の辺境に位置する砦へと向かう。情報から察するにまずは魔物戦からになると思う。現場では既に戦いが始まっているが焦る必要はない」
既に戦いが始まっていると聞いた面々が大丈夫なのかと不安の声を上げるが、ケビンはそれに対して溜息をつきながら大丈夫な理由を告げる。
「お前ら……戦争に参加するのが子供だと思っているのか? 味方はアリシテア王国軍の精鋭たちだぞ? それに、祖国を守ろうとする冒険者たちだって少なからず参加している。そんな考えを口にしたら、共に戦う味方を侮辱しているのと同じだ。俺たちはちゃんと準備をしてから向かうことで、現地の味方を信用していると言葉に出さずとも示しているんだ。お前たちだって『頼りないから早めに来ました』なんて言われたらムカつくだろ?」
ケビンにそう言われたことによって、勇者たちは自分たちの考えを改めることになる。確かに現地が心配ではあるものの、その不安を本人たちに聞かせてしまえば、ケビンの言った通りで悪感情を抱かれかねないと思ったからだ。
「わかったならそれでいい。それで、現地についたらまずは、後方支援組の救護所を俺が創る。戦うのが苦手な者たちはそこで支援活動にあたってくれ」
「「「「「はい!」」」」」
「次は、有秋と三平。お前たちは商人で【アイテムボックス】持ちだから、物資の輸送係だな。近場の街から戦時中に足りなくなった物を運ぶ係だ。もちろん護衛が付くから安心してくれ」
「「はい!」」
「最後は戦闘組になる。今まで培ってきた訓練の成果を見せる時だ。お前たちは強い。それこそ、アリシテア王国軍の精鋭よりかはな。だが、過信するな。相手は魔物といえど数が桁違いだ。こちらの都合なんて考えない数の暴力に対して、お前たちは挑まなければならない。疲れた場合は無理をせずに、すぐに後退しろ。無理をした皺寄せは本人だけでなく、周りの味方まで巻き込むことを絶対に忘れるな」
「「「「「はい!」」」」」
「よし、エレフセリア義勇軍出発だ!」
「「「「「おおーっ!」」」」」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ケビン命名、エレフセリア義勇軍を引き連れ戦地に転移すると、そこでは既にケビンが言った通りで戦闘が始まっていた。
そこかしこで怒号とともに響きわたる戦闘音は、初めてちゃんとした戦争というものを経験する勇者たちに衝撃を与え、そして怯ませるには充分であった。
「これが戦争……」
誰とはなしに呟くその言葉以外、勇者たちはその場の雰囲気に飲み込まれてしまい、言葉を失って微動だにしない。
そして、その様子を見たケビンは予めこうなることが予想できていたので、怒号に負けないような大声を上げて勇者たちを正気に戻すことにした。
「ちゅうもーく!」
近場で大声が上がったことにより勇者たちはビクッと反応を示して、声の主であるケビンに注目する。
「これが戦争だ。平和な日本から来たお前たちには刺激が強すぎるだろ? だがこれは現実だ。ここで敵を迎え撃たなければ、これより東にいる力なき者たちが無惨に殺されるんだ。中にはゴブリンやオークから強姦される女性もいるだろう。お前たちは襲われる者たちがたとえ会ったことのない人々だとしても、その行為を許せるか?」
その問いかけに対して勇者たちは戦う者だけに留まらず、戦わない者も含めて否定の言葉を上げる。
「そうだ。許せるわけがないよな? だったら、どうする? 戦うしかないよな? たとえ怖くても戦うしかないんだ。今現場で戦っている者たちは、そういう意志を持って戦っている者たちだ」
ケビンの言葉を聞いた勇者たちは、視線を一度外すと前線で戦っている勇気ある者たちへと注がれる。
「守るべき者たちがいる。これがあるのとないのとでは、戦うにしてもモチベーションが変わってくる。お前たちも守るべき者をしっかりと頭に刻みつけろ。まずは隣にいる仲間たちだ。そして、余裕ができたら力なき者たちのことを思い浮かべろ。それはきっと形を変え、お前たちの力になってくれる」
勇者たちが隣にいる仲間たちと視線を重ねて思い思いに頷くと、ケビンは締めの言葉を口にした。
「忘れるな、お前たちは1人きりで戦うんじゃない。共に戦う仲間たちがいることを。怖くなったら励ましあえ! 辛くなったら支えあえ! きつくなったら無理せずに後退しろ! この戦争、勝つのは俺たちだぁぁぁぁっ!」
「「「「「おおおおぉぉぉぉっ!」」」」」
ケビンからかけられた言葉によって、勇者たちは最初に感じていた戦争独特の雰囲気からくる畏怖を軽減され、現場の喧騒に負けないぐらいの怒号でそれに応えてみせた。
それからはケビンがテキパキと救護所を創り出し、ケビンの指示により後方支援組はそこに詰めて、前線組は各々の最終調整を始める。
その間にケビンは指揮官の天幕に赴き、現状把握のために情報を仕入れることにした。
「これは、エレフセリア皇帝陛下。此度の御助力、誠に痛み入ります。私はこの前線の総指揮を国王陛下から拝命しております、デース・ブハトゥと申す者です。平時の役職としては大将軍の位を陛下より賜っております」
ケビンの前で膝をついて奏上するのは、この場の総指揮を任されているアリシテア王国軍軍部責任者のデース・ブハトゥ大将軍だ。
「そう畏まらなくていい。今は戦時中で必要なのは儀礼ではなく、現場の情報だ」
「はっ!」
ケビンに言われてからデースが膝を上げ起立すると、早速テーブルの上座をケビンに薦めて座ったのを確認してから、下座にデースが腰掛ける。
そして、テーブルに広げられている周辺地図を使いながら、現状の戦線状況をケビンに説明していく。
「およそ見えている範囲ではありますが、敵の数はおおよそ5万ほどとなっており、その全ては今のところ魔物であります。それに対し、我ら王国軍と冒険者たちを合わせると3万といったところです」
「5万か……それらの食料を考えると、最初から連れ立っていないな。現地調達をしながら数を増やしたのか?」
「流石のご慧眼です。私どももそのような見解にいきつきました」
「前線部隊が蹂躙されてないところを見ると、ある程度は統率されているのか?」
「はい。指揮を失った魔物はただの烏合の衆。纏まりを見せるでもなく、皆散り散りに好き勝手行動することを考えれば、恐らく魔物の後ろには指揮をしている何者かがいると予想しているのですが……」
「その指揮官が何処にいるかが判明していないと?」
「面目次第もありません。斥候を密かに放っているのですが、戻ってきた者は未だおらず」
「まぁ、魔物の大軍の中に入って行くわけだからな、それなりの腕や隠密性を持ってしても、中々に厳しいところがあるだろ」
そのような時に指揮官の天幕を訪れる者がいた。それを知らせるのは、デースの護衛として配置されている騎士だ。
その騎士はケビンとデースが話し合いを行っているため、中には入らず垂れ幕越しにそのことを報告する。
「会議中失礼します。ブハトゥ閣下、冒険者ギルドの現場指揮官がお越しになりました」
「おお、これはちょうどいい。中へ通してくれ」
「はっ!」
そうして天幕の中へ通されたのは、1人の男性である。その者はその場で膝をつくと、ケビンに対して奏上する。
「お初にお目にかかります。私は此度の戦争にて冒険者たちの指揮を任されている、ヒューバッハと申します。平時は王都支部にて副ギルドマスターとして働いております。この度は先だって英雄ケビン様と戦地を共にできると聞き及んでおりまして、先程ご到着の報せを聞き、ご挨拶にと足を運ばせて頂きました次第です」
それからヒューバッハの奏上が終わるとケビンは席につくように言い渡し、立ち上がったヒューバッハはデースの隣に腰を下ろした。
「てっきりカーバインさんが来ると思ってたけど、これは予想が外れたな」
「ご期待に添えることができず申し訳ありません」
「いやいや、ヒューバッハさんが悪いわけじゃないから。ただ単に久しぶりに会えるかなって思ってただけだ。ヒューバッハさんの能力を疑ってるわけじゃない」
「ギルドマスターは王都で控えており、此度は私の経験の糧とするように申しつかっております。尊大に聞こえてしまうかもしれませんが、次期ギルドマスターとしての席が用意され、その席に就く上で今後のことを鑑みて、経験を積むためにこの戦に参加するようにと申されまして……」
「おおっ、次期ギルドマスターなんだ! それは凄いね。カーバインさんが推すくらいだから優秀なんだろうね」
「いえ、それは過大なる評価で私にはもったいなきお言葉です」
「いやいや、ヒューバッハ殿はとても素晴らしい手腕をお持ちですぞ。本来は軍と冒険者たちでは、元々の成り立ちが違うため連携を取るのが難しいのですが、ヒューバッハ殿のおかげで現場の混乱もなく、上手く魔物たちとの戦闘が行えていますからな」
その後もケビンやデースから好評価を受けるヒューバッハは、恐縮しながらも話を進めようとして状況を報告していく。
「現在、我々冒険者たちは軍との連携を取りつつ、比較的魔物の少ない右翼側にて殲滅を図っております」
「我々軍は左翼と中央を担っております。特にセレスティア皇国へと抜ける道がある左翼は、魔物の数が集中しておりまして、兵数を増やして厚くしてありますな」
「え? セレスティア皇国を庇ってんの? あんな奴ら放っておけばいいのに」
ケビンがぶっちゃけた話をしてしまうと、デースとヒューバッハは立場上苦笑いをするしかない。
「一応と言うのもなんですが、我々は王国に所属する軍ですからな。そこへ至るまでに荒らされる土地のことを考えますと、やはり見逃すという手は打てないのです」
「我々もそうですね。やはり魔物が押し寄せることによって、その土地の生態系が狂いますと、冒険者たちの活動とかにも影響が出てしまいますので、セレスティア皇国へ流すという手は表立って推奨できないところがあります」
「あぁぁ……確かにそうだよな。そう簡単に魔物たちをセレスティア皇国へ流せないだろうし、生態系が崩れるのはいただけないな……それなら左翼を俺たちエレフセリア義勇軍が受け持とう。勇者たちを連れてきているから問題ないだろ。嫁たちもいるし、万が一にも抜けられる心配はない」
「おおっ、勇者たちですか! お噂はかねがね聞いております。これは心強いですな」
「魔王を倒す勇者ですか。物語通りであれば一騎当千の実力者たちですね」
「まぁ、戦争を経験したことのない子供たちだからな。物語通りにカッコよくは戦えないから、あまり期待はしないでくれ。その分、俺がフォローするようにはしておく」
「皇帝陛下が支援に回られるのならば、これほど心強いものはありませんな」
「英雄の戦いが間近で見られるとは、私としてもギルドマスターへの土産話ができて、喜ばしい限りです」
「ああそれと、救護所を作っておいたから兵士、冒険者関係なく重傷者はそこへ連れていくといい。回復専門の勇者たちがそこに詰めている。あとは、足りない物資があれば、その救護所に【アイテムボックス】持ちの勇者を待機させているから、補給係の運搬要員として使ってくれ」
「重ね重ねのご配慮痛み入ります」
「我々冒険者たちへのご配慮痛み入ります」
こうして情報収集を終えたケビンは、デースやヒューバッハとのやり取りを終えると、勇者たちの待つ場所へと戻るのであった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「集合!」
ケビンが情報収集から戻ってくると勇者たちを集めてから、総指揮官の天幕にて得た情報を開示していく。
「俺たちは魔物が集中している左翼を受け持つことになった。現場はアリシテア王国軍の兵士たちが展開しているが、適宜この兵士たちと入れ替わりでお前たちが前線に立つ。その時間稼ぎは俺がする」
そう言うケビンが、魔物が集中していると聞いた勇者たちからの質問を受ける。
「魔物が集中しているなら、1番過酷な場所ということですか?」
「そうだな。元々、魔王軍はセレスティア皇国を攻め滅ぼすのが目的だ。勇者と魔王。世代が変わろうと不倶戴天の敵同士なんだから、勇者を召喚するセレスティア皇国を攻めるのは妥当だろ? まぁ、実際に召喚しているのは、セレスティア皇国を牛耳っている教団だけどな。魔王相手にそんな理屈は通用しないだろ」
ケビンの説明が腑に落ちたのか勇者たちが頷いてみせると、ケビンは続きを話し始める。
「救護班は今からひっきりなしに忙しくなると思っててくれ。兵士、冒険者問わず重傷者は運び込むように伝えてあるからな」
「「「「「はい!」」」」」
「有秋と三平は軍関係者かギルド関係者がきたら、物資の輸送係として動くように。それまでは救護班の手伝いをしててくれ。護衛は恐らく軍関係者がつくだろう。仮に護衛がつかなかった場合は、救護班から護衛係をつけてくれ。戦争じゃなく近くの街まで行くお使いだから、旅の経験があるお前たちなら楽勝だろ?」
「「はい!」」
「それじゃあ、戦闘班は俺と一緒に左翼へ向かうぞ」
そこでケビンに対して、九鬼が質問を投げかける。
「ケビンさん、兵士との交代はどういう感じで進めればいいんですか?」
「それは戦っている兵士たちのところに乱入して、兵士たちが後退する時間を稼げばいい。いっぺんに兵士が引くわけじゃないからな。徐々に兵士たちが後退していって、最終的には左翼には兵士がいないという状況を作り出せばいいだけだ。後退した兵士はそのまま中央の応援に向かうから、できるだけやられそうなやつから後退させていってくれ。負傷者をできるだけ減らせれば作戦成功となる」
「わかりました」
「それじゃあ、各自気負わずに各々ができる最善を目指して行動するんだ。では、取りかかれ!」
「「「「「はい!」」」」」
こうして各自がケビンからの指示を受けると、各々のやるべきことのために解散するのであった。
「ヤバいにゃん……」
「溺れてしまいそう……」
「舐めてました……」
「さあ、朝ご飯を食べに行こう」
ケビンはいつもの通り魔法で後始末をするというお手軽処理を済ませると、回復した3人に服と下着を創り出したら、ベビードールという勝負服は3人の部屋へそれぞれ転移させた。
それから朝食を済ませたケビンは集合場所である1階の会議室に向かい、戦える嫁たち(本人随伴希望)や勇者組の嫁たちを引き連れて入室する。
「おはよう、みんな。昨日はゆっくりと休めたか?」
入室と同時に開口一番そう言うケビンだったが、勇者たちの視線はケビンのあとからゾロゾロと入ってくる嫁たちへ視線が集中していた。
「え……皇后陛下たちも来るのか?」
「百人力じゃないか!」
「いや、百人以上だろ!」
「一騎当千か?」
「ちょっと、あれを見てよ! 猫屋敷さんたちが指輪をしてるわよ!」
「今日の朝食で姿を見ないと思ったら、そういうことだったの!?」
「そういえば昨日、ケビンさんとデートしてるのを見かけたよね!?」
「出遅れた……」
ケビンの挨拶よりも注目を集めてしまう嫁たちによって、会議室はザワザワと彼方此方で喋り声が沸き起こる。しかしながら、男子と女子では見るところが違うようで、会話の話題は真っ二つに分かれているようだ。
そのような中でケビンが定位置につくと、パンパンと手を鳴らして注目を集める。
「それだけ騒げれば元気なようだな。今日は今からアリシテア王国の西の辺境に位置する砦へと向かう。情報から察するにまずは魔物戦からになると思う。現場では既に戦いが始まっているが焦る必要はない」
既に戦いが始まっていると聞いた面々が大丈夫なのかと不安の声を上げるが、ケビンはそれに対して溜息をつきながら大丈夫な理由を告げる。
「お前ら……戦争に参加するのが子供だと思っているのか? 味方はアリシテア王国軍の精鋭たちだぞ? それに、祖国を守ろうとする冒険者たちだって少なからず参加している。そんな考えを口にしたら、共に戦う味方を侮辱しているのと同じだ。俺たちはちゃんと準備をしてから向かうことで、現地の味方を信用していると言葉に出さずとも示しているんだ。お前たちだって『頼りないから早めに来ました』なんて言われたらムカつくだろ?」
ケビンにそう言われたことによって、勇者たちは自分たちの考えを改めることになる。確かに現地が心配ではあるものの、その不安を本人たちに聞かせてしまえば、ケビンの言った通りで悪感情を抱かれかねないと思ったからだ。
「わかったならそれでいい。それで、現地についたらまずは、後方支援組の救護所を俺が創る。戦うのが苦手な者たちはそこで支援活動にあたってくれ」
「「「「「はい!」」」」」
「次は、有秋と三平。お前たちは商人で【アイテムボックス】持ちだから、物資の輸送係だな。近場の街から戦時中に足りなくなった物を運ぶ係だ。もちろん護衛が付くから安心してくれ」
「「はい!」」
「最後は戦闘組になる。今まで培ってきた訓練の成果を見せる時だ。お前たちは強い。それこそ、アリシテア王国軍の精鋭よりかはな。だが、過信するな。相手は魔物といえど数が桁違いだ。こちらの都合なんて考えない数の暴力に対して、お前たちは挑まなければならない。疲れた場合は無理をせずに、すぐに後退しろ。無理をした皺寄せは本人だけでなく、周りの味方まで巻き込むことを絶対に忘れるな」
「「「「「はい!」」」」」
「よし、エレフセリア義勇軍出発だ!」
「「「「「おおーっ!」」」」」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ケビン命名、エレフセリア義勇軍を引き連れ戦地に転移すると、そこでは既にケビンが言った通りで戦闘が始まっていた。
そこかしこで怒号とともに響きわたる戦闘音は、初めてちゃんとした戦争というものを経験する勇者たちに衝撃を与え、そして怯ませるには充分であった。
「これが戦争……」
誰とはなしに呟くその言葉以外、勇者たちはその場の雰囲気に飲み込まれてしまい、言葉を失って微動だにしない。
そして、その様子を見たケビンは予めこうなることが予想できていたので、怒号に負けないような大声を上げて勇者たちを正気に戻すことにした。
「ちゅうもーく!」
近場で大声が上がったことにより勇者たちはビクッと反応を示して、声の主であるケビンに注目する。
「これが戦争だ。平和な日本から来たお前たちには刺激が強すぎるだろ? だがこれは現実だ。ここで敵を迎え撃たなければ、これより東にいる力なき者たちが無惨に殺されるんだ。中にはゴブリンやオークから強姦される女性もいるだろう。お前たちは襲われる者たちがたとえ会ったことのない人々だとしても、その行為を許せるか?」
その問いかけに対して勇者たちは戦う者だけに留まらず、戦わない者も含めて否定の言葉を上げる。
「そうだ。許せるわけがないよな? だったら、どうする? 戦うしかないよな? たとえ怖くても戦うしかないんだ。今現場で戦っている者たちは、そういう意志を持って戦っている者たちだ」
ケビンの言葉を聞いた勇者たちは、視線を一度外すと前線で戦っている勇気ある者たちへと注がれる。
「守るべき者たちがいる。これがあるのとないのとでは、戦うにしてもモチベーションが変わってくる。お前たちも守るべき者をしっかりと頭に刻みつけろ。まずは隣にいる仲間たちだ。そして、余裕ができたら力なき者たちのことを思い浮かべろ。それはきっと形を変え、お前たちの力になってくれる」
勇者たちが隣にいる仲間たちと視線を重ねて思い思いに頷くと、ケビンは締めの言葉を口にした。
「忘れるな、お前たちは1人きりで戦うんじゃない。共に戦う仲間たちがいることを。怖くなったら励ましあえ! 辛くなったら支えあえ! きつくなったら無理せずに後退しろ! この戦争、勝つのは俺たちだぁぁぁぁっ!」
「「「「「おおおおぉぉぉぉっ!」」」」」
ケビンからかけられた言葉によって、勇者たちは最初に感じていた戦争独特の雰囲気からくる畏怖を軽減され、現場の喧騒に負けないぐらいの怒号でそれに応えてみせた。
それからはケビンがテキパキと救護所を創り出し、ケビンの指示により後方支援組はそこに詰めて、前線組は各々の最終調整を始める。
その間にケビンは指揮官の天幕に赴き、現状把握のために情報を仕入れることにした。
「これは、エレフセリア皇帝陛下。此度の御助力、誠に痛み入ります。私はこの前線の総指揮を国王陛下から拝命しております、デース・ブハトゥと申す者です。平時の役職としては大将軍の位を陛下より賜っております」
ケビンの前で膝をついて奏上するのは、この場の総指揮を任されているアリシテア王国軍軍部責任者のデース・ブハトゥ大将軍だ。
「そう畏まらなくていい。今は戦時中で必要なのは儀礼ではなく、現場の情報だ」
「はっ!」
ケビンに言われてからデースが膝を上げ起立すると、早速テーブルの上座をケビンに薦めて座ったのを確認してから、下座にデースが腰掛ける。
そして、テーブルに広げられている周辺地図を使いながら、現状の戦線状況をケビンに説明していく。
「およそ見えている範囲ではありますが、敵の数はおおよそ5万ほどとなっており、その全ては今のところ魔物であります。それに対し、我ら王国軍と冒険者たちを合わせると3万といったところです」
「5万か……それらの食料を考えると、最初から連れ立っていないな。現地調達をしながら数を増やしたのか?」
「流石のご慧眼です。私どももそのような見解にいきつきました」
「前線部隊が蹂躙されてないところを見ると、ある程度は統率されているのか?」
「はい。指揮を失った魔物はただの烏合の衆。纏まりを見せるでもなく、皆散り散りに好き勝手行動することを考えれば、恐らく魔物の後ろには指揮をしている何者かがいると予想しているのですが……」
「その指揮官が何処にいるかが判明していないと?」
「面目次第もありません。斥候を密かに放っているのですが、戻ってきた者は未だおらず」
「まぁ、魔物の大軍の中に入って行くわけだからな、それなりの腕や隠密性を持ってしても、中々に厳しいところがあるだろ」
そのような時に指揮官の天幕を訪れる者がいた。それを知らせるのは、デースの護衛として配置されている騎士だ。
その騎士はケビンとデースが話し合いを行っているため、中には入らず垂れ幕越しにそのことを報告する。
「会議中失礼します。ブハトゥ閣下、冒険者ギルドの現場指揮官がお越しになりました」
「おお、これはちょうどいい。中へ通してくれ」
「はっ!」
そうして天幕の中へ通されたのは、1人の男性である。その者はその場で膝をつくと、ケビンに対して奏上する。
「お初にお目にかかります。私は此度の戦争にて冒険者たちの指揮を任されている、ヒューバッハと申します。平時は王都支部にて副ギルドマスターとして働いております。この度は先だって英雄ケビン様と戦地を共にできると聞き及んでおりまして、先程ご到着の報せを聞き、ご挨拶にと足を運ばせて頂きました次第です」
それからヒューバッハの奏上が終わるとケビンは席につくように言い渡し、立ち上がったヒューバッハはデースの隣に腰を下ろした。
「てっきりカーバインさんが来ると思ってたけど、これは予想が外れたな」
「ご期待に添えることができず申し訳ありません」
「いやいや、ヒューバッハさんが悪いわけじゃないから。ただ単に久しぶりに会えるかなって思ってただけだ。ヒューバッハさんの能力を疑ってるわけじゃない」
「ギルドマスターは王都で控えており、此度は私の経験の糧とするように申しつかっております。尊大に聞こえてしまうかもしれませんが、次期ギルドマスターとしての席が用意され、その席に就く上で今後のことを鑑みて、経験を積むためにこの戦に参加するようにと申されまして……」
「おおっ、次期ギルドマスターなんだ! それは凄いね。カーバインさんが推すくらいだから優秀なんだろうね」
「いえ、それは過大なる評価で私にはもったいなきお言葉です」
「いやいや、ヒューバッハ殿はとても素晴らしい手腕をお持ちですぞ。本来は軍と冒険者たちでは、元々の成り立ちが違うため連携を取るのが難しいのですが、ヒューバッハ殿のおかげで現場の混乱もなく、上手く魔物たちとの戦闘が行えていますからな」
その後もケビンやデースから好評価を受けるヒューバッハは、恐縮しながらも話を進めようとして状況を報告していく。
「現在、我々冒険者たちは軍との連携を取りつつ、比較的魔物の少ない右翼側にて殲滅を図っております」
「我々軍は左翼と中央を担っております。特にセレスティア皇国へと抜ける道がある左翼は、魔物の数が集中しておりまして、兵数を増やして厚くしてありますな」
「え? セレスティア皇国を庇ってんの? あんな奴ら放っておけばいいのに」
ケビンがぶっちゃけた話をしてしまうと、デースとヒューバッハは立場上苦笑いをするしかない。
「一応と言うのもなんですが、我々は王国に所属する軍ですからな。そこへ至るまでに荒らされる土地のことを考えますと、やはり見逃すという手は打てないのです」
「我々もそうですね。やはり魔物が押し寄せることによって、その土地の生態系が狂いますと、冒険者たちの活動とかにも影響が出てしまいますので、セレスティア皇国へ流すという手は表立って推奨できないところがあります」
「あぁぁ……確かにそうだよな。そう簡単に魔物たちをセレスティア皇国へ流せないだろうし、生態系が崩れるのはいただけないな……それなら左翼を俺たちエレフセリア義勇軍が受け持とう。勇者たちを連れてきているから問題ないだろ。嫁たちもいるし、万が一にも抜けられる心配はない」
「おおっ、勇者たちですか! お噂はかねがね聞いております。これは心強いですな」
「魔王を倒す勇者ですか。物語通りであれば一騎当千の実力者たちですね」
「まぁ、戦争を経験したことのない子供たちだからな。物語通りにカッコよくは戦えないから、あまり期待はしないでくれ。その分、俺がフォローするようにはしておく」
「皇帝陛下が支援に回られるのならば、これほど心強いものはありませんな」
「英雄の戦いが間近で見られるとは、私としてもギルドマスターへの土産話ができて、喜ばしい限りです」
「ああそれと、救護所を作っておいたから兵士、冒険者関係なく重傷者はそこへ連れていくといい。回復専門の勇者たちがそこに詰めている。あとは、足りない物資があれば、その救護所に【アイテムボックス】持ちの勇者を待機させているから、補給係の運搬要員として使ってくれ」
「重ね重ねのご配慮痛み入ります」
「我々冒険者たちへのご配慮痛み入ります」
こうして情報収集を終えたケビンは、デースやヒューバッハとのやり取りを終えると、勇者たちの待つ場所へと戻るのであった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「集合!」
ケビンが情報収集から戻ってくると勇者たちを集めてから、総指揮官の天幕にて得た情報を開示していく。
「俺たちは魔物が集中している左翼を受け持つことになった。現場はアリシテア王国軍の兵士たちが展開しているが、適宜この兵士たちと入れ替わりでお前たちが前線に立つ。その時間稼ぎは俺がする」
そう言うケビンが、魔物が集中していると聞いた勇者たちからの質問を受ける。
「魔物が集中しているなら、1番過酷な場所ということですか?」
「そうだな。元々、魔王軍はセレスティア皇国を攻め滅ぼすのが目的だ。勇者と魔王。世代が変わろうと不倶戴天の敵同士なんだから、勇者を召喚するセレスティア皇国を攻めるのは妥当だろ? まぁ、実際に召喚しているのは、セレスティア皇国を牛耳っている教団だけどな。魔王相手にそんな理屈は通用しないだろ」
ケビンの説明が腑に落ちたのか勇者たちが頷いてみせると、ケビンは続きを話し始める。
「救護班は今からひっきりなしに忙しくなると思っててくれ。兵士、冒険者問わず重傷者は運び込むように伝えてあるからな」
「「「「「はい!」」」」」
「有秋と三平は軍関係者かギルド関係者がきたら、物資の輸送係として動くように。それまでは救護班の手伝いをしててくれ。護衛は恐らく軍関係者がつくだろう。仮に護衛がつかなかった場合は、救護班から護衛係をつけてくれ。戦争じゃなく近くの街まで行くお使いだから、旅の経験があるお前たちなら楽勝だろ?」
「「はい!」」
「それじゃあ、戦闘班は俺と一緒に左翼へ向かうぞ」
そこでケビンに対して、九鬼が質問を投げかける。
「ケビンさん、兵士との交代はどういう感じで進めればいいんですか?」
「それは戦っている兵士たちのところに乱入して、兵士たちが後退する時間を稼げばいい。いっぺんに兵士が引くわけじゃないからな。徐々に兵士たちが後退していって、最終的には左翼には兵士がいないという状況を作り出せばいいだけだ。後退した兵士はそのまま中央の応援に向かうから、できるだけやられそうなやつから後退させていってくれ。負傷者をできるだけ減らせれば作戦成功となる」
「わかりました」
「それじゃあ、各自気負わずに各々ができる最善を目指して行動するんだ。では、取りかかれ!」
「「「「「はい!」」」」」
こうして各自がケビンからの指示を受けると、各々のやるべきことのために解散するのであった。
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月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。
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彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。
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こちらは月が導く異世界道中番外編になります。
勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス
R666
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アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。
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最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。
そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。
※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~
いちまる
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他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。
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※本作品は他サイト様でも掲載中です。
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主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
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とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
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