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第17章 魔王軍との戦い

第578話 過去の懺悔と赦し

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 ケビンがブートキャンプの終わりを告げた後、勇者たちは帝都へ戻り思い思いの時を過ごした。

 その中には過酷な訓練の終わりを喜び羽を伸ばす者や、新しく手に入れた武器の感覚を掴むために自主練をする者と様々である。

 そのような中でネタ武器を掴まされた月見里は、水晶玉の力を掌握するために食堂にてあーでもないこーでもないと、試行錯誤を繰り返している。

「占ってみるのはどうかにゃ?」

「それはいい考えですね。ぜひ私を占ってください」

 いつもつるんでいる猫屋敷の提案に龍宮が賛同すると、月見里は溜息をつきながら答えた。

「それをやると負けた気分になるのよね」

 ケビンから占い師なら水晶玉だろと言われたことを気にしているのか、月見里は占いをするという行為に抵抗を感じていたのだ。

 更にはケビンからの説明で、占いをすれば武器の性能がわかるという、あからさまに占いをさせようとしている魂胆がありありだったこともある。

「でも、占いをしなきゃわからないにゃ」

「そうですよ。ここは諦めて私を占ってください」

「うーん……ちなみに乙姫ちゃんは何を占って欲しいの?」

「もちろん恋愛運です! 乙女パワー全開な結果を所望します!」

「所望を叶えたらもう占いじゃないよね? それはもぐりの詐欺師だよ」

 龍宮のキャピキャピした態度にジト目を向ける月見里であったが、このままでは一向に水晶玉の力を確認できないままとなってしまうので、月見里は仕方なく溜息をこぼしながら占いをしてみることにしたのだった。

「やっぱり両手を水晶玉にかざすにゃ?」

「いいですね! 雰囲気が出ると思います」

「え……それはちょっと……」

 2人からの如何にも占ってますよと言わんばかりの行為の提案に対し、月見里はとりあえず水晶玉を覗き込む行為だけに留める。

「乙姫ちゃんの恋愛運はどんな感じ?」

 月見里はそう呟きながらテーブルの上に安置している水晶玉を覗き込むのだが、肝心の水晶玉は無反応。

「むむむ……」

「何かわかったにゃ?」

「結果が楽しみですね!」

 目をキラキラとさせて期待している2人を、不本意ながら裏切る形で月見里は口にした。

「何も反応がない」

「「…………」」

 月見里の言葉を聞いた2人は呆気に取られてポカンとしている。期待に胸を膨らませていたところでの、「何も反応がない」という月見里の言葉なのだ。多少違えども、上げておいて落とすといった感じであろうか。

 だが、ここで諦めないのが花の女子高生である。もう女子高生と言える年齢でもないが、うら若き乙女は永遠の18歳を生き抜くのだ。

「手をかざすにゃん! それしかないにゃ!」

「そうです! 占い師と同じことをしていないから、水晶玉も反応を返してくれないのです!」

 力説する2人が向かいの席から身を乗り出すと、月見里は気圧されてタジタジとなってしまう。

 そのような2人の迫力に負けてしまった月見里は、内にわき起こる恥ずかしさを押し殺して水晶玉に両手をかざす。

「動かすにゃ! それだけだと、暖を取っている人みたいにゃ!」

「……こ、こう?」

「そうにゃ! さあ、占うにゃ!」

 何故か占い師っぽい動作の指導を猫屋敷から受けている月見里ではあったが、言われた通りにしていると水晶玉が淡く光を放ち始める。

「ひ、光った!?」

「やっぱり占い師の動作が必要だったにゃん!」

「これで私の恋愛運がわかりますね!」

 水晶玉の変化に驚いている月見里とは別で、猫屋敷や龍宮は先程の占い失敗によって落とされた反動ゆえか、テンションが上がってしまっているようだ。

「早く水晶玉を読み取るにゃ!」

「ちょ、ちょっと待って! 今やるから!」

「ドキドキ、わくわく……」

 そして、神妙な面持ちで水晶玉を覗き込む月見里は、水晶玉の中に映り込んでいる夜空のような光景に息を飲む。それは、そのまま見ていると飲み込まれてしまいそうな雰囲気を醸し出している。

 事実、月見里は数分か数十分かわからないが、その映り込んでいる光景に囚われてしまったかのようにして、水晶玉の中を凝視していたからだ。

 自分がどれだけそうしていたかもわからないまま、月見里は2人から何も言われていないことを参考にすると、さほど時間も経っていないだろうとかぶりを振って意識を切りかえた。

 それから月見里は職業スキルである【星詠】を使い、水晶玉の中に映り込んでいる星を詠み解いていく。

「えぇーと、なになに……先へ進むにはアプローチしましょう。千里の道も一歩から? ……これってありきたりじゃない?」

 水晶玉を覗き込んだ結果により、どこにでも載っていそうな占いの結果に対し、月見里は『所詮占いよね』と達観していたが、龍宮はそうでもないみたいだ。

「アプローチですね! 頑張ります!」

 握りこぶしを作り意気込みを語る龍宮ではあるが、それを見ている月見里は『本人が満足ならそれでいいか』と、ありきたりな結果に対して深く追求することはやめた。

 その後は、猫屋敷も占ってもらい、またもやありきたりな結果が出てしまうのだが、龍宮と同様に意気込みを見せていたことに対して、月見里は『単純だな』と密かに思うのであった。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 月見里たちが占いに興じる中で、別の場所では黙々と自主練をしている者がいた。

「まだ……まだ足りない……」

 帝都に戻ってきてからというもの、その者は帝城の裏庭にあるケビンの用意した自主練スペースで、何かに取り憑かれたかのように延々と魔法の練習に明け暮れている。

 ここは誰にも危害が及ばない場所とはいえ、魔法の練習をしているものだから目立って仕方がない。鬼気迫るその光景に他の自主練をしている勇者たちは近寄り難く、と言うよりも元々あまり他人を寄せつけないところがあるので、余計に話しづらい雰囲気を感じ取ってしまっている。

 だが、そのような自主練組の中に1人の男が近づいていく。その者は勅使河原てしがわらにこのことを相談されて、様子を見に来ていたケビンだ。

「精が出るな、泉黄みよ

 ケビンから声をかけられたことにより、不死原は練習の手を休めると振り返る。そして、その光景を目にした他の勇者たちは、不死原の雰囲気が僅かに和らいだので安堵の息をこぼしていた。これでようやく自主練に集中できると思ったのだろう。

「何か用ですか?」

「ここで思い詰めたように練習する子がいるって聞いてな、様子を見に来た」

「別に無理はしていません」

 どこか刺々しい雰囲気を纏ったままケビンに対応する不死原の様子に、未だ不死原が周りを寄せつけないようにしているのだとケビンは感じ取ってしまう。

「本人がどう言おうと周りから見ればそうは見えない。つまり無理をしているってことだ」

 ケビンから言われたことによって、不死原が周りにいた勇者たちに視線を向ける。すると勇者たちは特に悪いことはしていないのだが、感情の読み取れない表情で見られたことにより、自然と視線を逸らしてしまう。

「頭のいい泉黄みよならわかるだろ? チームワークってのは雰囲気が大事だ。仲良しごっこをしろとは言わないが、周りに与える影響ってのを考えないとな」

「次から気をつけます」

 不死原が端的にそう伝えて、もう用はないとばかりに自主練に戻り魔法の練習を再開しようとするも、その魔法は不発に終わる。

「…………?」

 今まで魔法の失敗などしたことのない不死原が不審に思っていると、ケビンが後ろから声をかけた。

泉黄みよ、ちょっと付き合え。話がある」

 再び話しかけられたことにより、不死原が振り返る。

「私にはありませんが」

「来ないなら自主練の邪魔を続けるぞ? 賢者から魔法を奪えば、ただのステータスの高い一般人でしかない。果たしてどんな自主練をするのか興味はあるが」

 そう言われたことによって、不死原は魔法の失敗がケビンによるものだと感じ取ると、僅かに眉をひそめてしまう。

 そして、このままでは時間の無駄になると感じ取ったのか、不死原は渋々了承の旨を伝えてケビンとともに自主練スペースを後にしたのだった。

 それから2人がやって来たのは、ケビンお気に入りでもある帝城の屋根部分だ。ここなら空を飛べる者以外の邪魔は入らないし、街を一望でき、景色もいいことからケビンがここを選んだ次第である。ちなみに不死原は空を飛べないので、ケビンが結界護送を施して連れてきていた。

 そこに腰を下ろしたところで、ケビンは突っ込んだ話をする。

「何をそんなに思い詰めているんだ?」

「プライバシーの侵害です」

「この世界で元いた世界の法律が通用するとでも?」

 ケビンがそう言うも不死原は答えない。

「話には聞いていたが、結構な度合いで重症だな」

 ケビンが「話には聞いていた」と言ったので、不死原は誰かが何かを告げ口したのだろうと予想を立てるのだが、所詮はどうでもいいことと結論づけて聞き流すことにした。

結愛ゆあ陽炎ひなえ朔月さつき

 ここにきて、初めて不死原が反応らしい反応を見せてしまう。三姉妹の名前が出たことによって、体がピクっと反応してしまっていたのだ。

結愛ゆあたちとは、ただならぬ関係らしいな?」

 無遠慮に土足で踏み荒らすかのようにして、核心に切り込んできたケビンに対し、不死原は初めて声を荒らげた。

「あなたには関係ない! 放っておいて!」

 ケビンをキッと睨みつけて感情をさらけ出した不死原は、何故ケビンが三姉妹との関係性を知っていそうな口ぶりなのかを思考するも、悩むまでもなくすぐに答えは出てきて、三姉妹がケビンの嫁になったから喋ったのだろうと結論づける。

 それに対して不死原は、三姉妹の過去話なのだから本人が誰に話そうともそれは本人の自由であり、自分が口を挟む権利はないことを重々承知していた。

「関係なくもない。というか、当事者だな。俺としては、泉黄みよが幸せになっていないと困るんだ」

 ケビンの言葉を理解するのに苦しむ不死原。それはケビンの「当事者」という発言が原因だ。だが、三姉妹の夫であることを理由にして、こじつけているのではないかと思い至る。

結愛ゆあはある程度成長していたから割り切っていたが、陽炎ひなえ朔月さつきはまだ子供だったからな、もう恨まないようには言っておいた」

 不死原はその言葉のどこかが引っかかっていたが、現段階でそれがどこなのかはわからない。

 そして、静かに聞いている不死原に対してケビンは語り続ける。

「俺としては幸せに人生を送っていると思ってたんだ。というか、そうしてもらわないと俺が死に損だしな。だけど、結愛ゆあから聞いたのは真逆の話だ。まさか当時のことを気にしすぎて、人を寄せつけなくなるとは思ってもみなかったぞ?」

 ケビンの語る内容がさも当事者と言わんばかりのもので、不死原は戸惑いを隠せない。

(『俺が死に損』? 意味がわからない……それにさっきの話……『陽炎ひなえ朔月さつきはまだ子供だった』って…………この人の年齢から見れば確かに2人は子供……でも、この世界の成人は15歳。19歳になる2人が果たして子供と言えるのかな……)

「直接手紙とか送ることができればフォローもできたんだろうけど、死人から手紙が届いたところで悪質な悪戯としか思わないよな。すまなかったな、まさかこんなことになるなんて思ってもみなかったんだ」

「何を言って……」

「そこまで気にしているんだから、名前はまだ覚えているんだろ?」

「名前……?」

「加藤健」

 ケビンがその名を口にした時、不死原は目を見開いて驚愕する。

 その名は不死原にとって決して忘れてはならない大事な名前であり、自分が今もこうして生きていられるのは、その人のおかげであることを重々理解していて脳髄に刻みつけられているからだ。

 それに、元の世界にいた頃は健の命日が近づくと親に対して我儘を言い、健の親族にバレないように、こっそりと墓参りに行くことも欠かさなかったことも起因する。

「な……何で……その名前……」

泉黄みよなら頭がいいから、てっきり気づいていると思ったんだけどな」

「……なに……を……?」

結愛ゆあが俺のことを『健兄』と呼んでるだろ?」

 ケビンの核心に迫る言葉によって、不死原は頭を鈍器で殴られたかのような衝撃を受ける。だが、まだその核心を肯定するには早計だと思い、高鳴る動悸の中で逸る気持ちを抑え込んで、ケビンの語る言葉を聞き逃さないように集中力を高めた。

「俺な、泉黄みよを助けて死んだ後、真っ白な空間で目を覚ましたんだ。泉黄みよも覚えているだろ? 召喚される前にいた女神様がいる真っ白な空間。そこで俺は女神様に輪廻の輪に戻るか転生するかの選択肢を与えられて、転生を選んだ結果この世界で生まれ変わったんだ」

「う……そ……」

 不死原は物語のような話をケビンから聞かされてしまい、混乱が後を絶たない。言うなれば、目の前にいる人物は自分の命を救ってくれた“加藤健”であると、自ら名乗っているのだ。

 普通なら命の恩人の名を騙り、そのうえ話を捏造されたと疑いをかけて、「ふざけるな!」と一蹴するところではあるが、ケビンの話を否定するには状況証拠が揃いすぎている。

 まず結愛ゆあがケビンのことを「健兄」と呼んでいること。そして、今思い返せば陽炎ひなえ朔月さつきでさえ、ケビンのことを「おにぃ」や「にぃ」と呼んでいる。そして、その3人は揃いも揃ってケビンに嫁入りしているのだ。

 それ故に不死原は、あの三姉妹が伊達や酔狂でそのような呼び方をしたり、この世界において異世界人であるケビンに嫁入りするわけがないことは、他の誰よりも理解しているつもりである。

 何故なら三姉妹が誰よりも健のことを好いていることは、葬儀の際に不死原自身がその身をもって経験しているからだ。

 この時点で既に疑う余地がないようなものだが、このこと以外にも思い当たる節があるのを不死原は感じ取っていた。

 その思い当たる節とは、改めて考えてみればケビンが地球文化に精通しすぎていることだ。いくら過去の勇者たちが文化を残したと言っても、ケビンと他の異世界人との差があまりにも大き過ぎるのだ。

 それは、ケビンの治める帝都からしてそうだと言える。帝都内を案内する掲示板は、既に近代化と言っても差支えのないタッチパネル方式を採用しているのだ。

 それを実現させているケビンの能力も計り知れないものを感じるが、そもそも異世界人がタッチパネル方式を思いつくという発想がないことを、不死原は今までの異世界生活から感じ取っていた。

 文明の差。一言で言えばこうなるが、そこは魔法文明と機械文明という別々の進化の道を辿ったそれぞれの世界のことなので、一概に全てを否定することはできないが、それでもなお、この世界は文明が遅れていると感じずにはいられない。

 色々な思考が不死原の頭を支配し困惑していく中で、ケビンは前から伝えたかったことを不死原に伝える。

「あんなに小さかった子が大きく育っていて感動したぞ。俺の取った行動が間違いでなかったことを、成長したその姿で証明してくれた。だけどな、願わくは泉黄みよが幸せに生きることが理想なんだ。頭ごなしに生き方を変えろとは言わない。だけど、ほんの少しでいいから泉黄みよにとっての幸せを探してみないか?」

 もう既に不死原は帝都の街並みを視界に収めてはいなかった。その双眸が捉えているのはケビンの穏やかな微笑みである。

「あなたは……本当に……健さんなの……?」

 今までの流れを確かめるかのようにして不死原がケビンに問うと、ケビンは改めて自己紹介を行う。

「この世界ではケビンという名前だが、前世では加藤健として日本に住んでいた。しがないサラリーマンをやっていたが、コンビニでとある小さな女の子を助けてな、その代わりにトラックに轢かれて死んでしまったけど後悔はしていない。泉黄みよが可愛く成長している姿を見れて、本当に良かった。元気に育っていてくれてありがとう」

 その言葉を聞く不死原は自然と瞳から雫をこぼしていた。それは次第に量が増えていき、ポロポロと落ちていく。そして、感極まった不死原はケビンに抱きつくが、その勢いのまま押し倒してしまう。

「――さいっ、ごめんなざい! 私がっ、私が死ねば良かったのに! 私なんかが生きていたって――」

 懺悔をしながらケビンの胸で泣きじゃくる不死原の頭を、ケビンは優しく撫でて思いを口にした。

「自分が死ねば良かったなんて言うな。俺は泉黄みよを助けられて満足しているし、俺の前世での人生の中では最高の善行だったんだ。それを失敗みたいな言い方をされると、俺が無駄死にしたみたいになるだろ?」

「だって! だって私は不吉な――」

泉黄みよは自分の名前が嫌いなんだって? 俺はいい名前だと思うぞ。知ってるか? 五行説では“黄”は土行で方角は中央にあたるんだ。それと“泉”というのは水行を表すもので命の泉という捉え方がある。本来なら相剋にあたるが何も悪いことばかりじゃない。土は水を濁してしまうけど、土が溢れようとする水を上手く吸い上げ抑えることによって、川というものを作り出したりもしている」

 ケビンが不死原の名前に関して語りかけていることによって、不死原は泣きながらも耳を傾けて、その話を聞こうとしていた。

「それにな、中央を守るのは黄龍と言われている。四神の長って立ち位置だが、考え方によってはそんな凄い存在が命の泉を守ってくれてんだ。だから、泉黄みよって名前はとても縁起のいいものだと俺は思う」

「……ほんと……?」

「ああ、本当だ。だから泉黄みよって名前はとてもしっくりくる。不死原という苗字は“死がない”ことを意味して、泉は“命を生み出す泉”だ。そして、それを守っているのが黄の意味する“黄龍”となる。縁起が良すぎてあやかりたいくらいだな」

 今まで不吉な名前であることをずっと悩んでいた不死原は、ケビンの見解を聞いたことによって、自身の名前に対する考え方が矯正されていく。それはひとえに、自身の命を救ってくれたケビンからの言葉であるからに違いない。

 たとえば、それが他の誰かだとしたらここまで素直には聞き入れず、『人の気も知らないで』と、ひねくれた感情を抱いていただろう。

「考えてもみろ。泉黄みよと違って俺なんて“加藤健”だぞ? ありふれた“加藤”という苗字に、ありふれた“健”という名前だ。こう言うと父さんや母さんに申し訳ないが、あやかる要素なんて0でご利益があるとは思えない」

 そう笑って主張してくるケビンの様子に、不死原は無意識に少しだけ笑みをこぼす。

「おっ、やっと笑ったな。泉黄みよの笑顔は初めて見たけど可愛いな」

 ケビンからそう言われた不死原は顔が熱くなるのを感じてしまい、バッとケビンの胸に顔を埋めてしまう。そして、そこで改めて気がついたのは、ケビンを押し倒しているという現状だ。

 それを意識することによってますます不死原は顔が熱くなり、ドキドキする鼓動が耳朶に響き、離れようにも離れたくなくて混乱が加速していく。

「は、離れ――」

 混乱のさなかにいる不死原がそう言おうとすると、ケビンがそれを抑え込んで不死原を抱きしめる。

「落ち着くまでこうしていろ。よくわからんが、女の子はあまり泣き顔とか見られたくないんだろ?」

「…………重くないですか?」

「全くだな。ちゃんと飯を食っているのか? ちょっと抱き心地が華奢すぎるぞ?」

 悪びれもなくそう言うケビンの言葉によって、不死原は現在進行形でケビンに抱きしめられていることを意識してしまう。そして、未だ発展途上中(本人の中で)の胸のことを考えると、華奢と言われたことに関してへこんでしまうのだった。

「まだ成長期です」

(私にはまだ成長の余地はある。そういえば健さんはどっちが好きなんだろう?)

 不死原がどことは言わないがそう主張すると、ケビンは勘違いをしながらそれに答えた。

「ん? ああ、そうか。泉黄みよは飛び級で入学したから、みんなとは年齢が違うんだったな。成長期ならなおさらご飯はしっかりと食べろよ。よく食べて、よく寝て、よく遊べば、ちゃんと成長するからな」

「大きい方が好きですか?」

(小さくてもいいのなら…………)

「特にこだわりはないぞ。俺の嫁さんも大なり小なり、人それぞれだからな。どちらがいいということはない」

(健さんの奥さんはほとんど大きい人ばかりだよね。大きさ的には中の上以上…………足りない……)

「大きくなるように頑張ります」

「そうだな。目標があった方が成長しやすいかもな。大きいと届かない所にも届くし。まぁ、大きくなる分、少し体が重く感じてしまうだろうけど、そこは成長過程で慣れるだろ」

 ケビンは勘違いのせいで身長の話をしているのだが、何故か不死原の問いかけている内容の答えと合致してしまい、奇しくも会話の根本的な部分が違えど意思疎通は噛み合うという、なんとも奇妙な現象が起こっていた。

「話はそれてしまったが、とにかく俺の言いたいことは泉黄みよには幸せになって欲しいということだ」

「……はい。健さんがそう言うのなら……あっ、健さんじゃなくて今はケビンさんですね」

「どっちでも構わないさ。結愛ゆあだって『健兄』って呼んでるくらいだしな」

「それでは……健さんと呼ばせてください。私にとって大切な人の名前ですから」

 それから2人は他愛ない話を続けながら、不死原が落ち着くまでは誰も来ない屋根の上で抱き合ったまま過ごすのであった。
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