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第17章 魔王軍との戦い

第570話 首脳雑談とメイド

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 エレフセリア学園の武闘会も終わり、ケビンは帝国の最西端となる辺境領の伯爵に連絡を取っていた。それは、万が一にも魔王軍が山脈越えをしてきた時に、すぐに対処できるようにするためである。

 その辺境領を治める伯爵とは別で、ケビンはケビンパレスにいるアブリルにも、同じく警戒にあたるよう指示を出していた。ケビンとしては、龍族に勝つような魔族などそうそういないと思ってはいるものの、こちらもやはり万が一ということもあるからだ。

 そのような日常を過ごしていたケビンのもとに、神聖セレスティア皇国に所属する伯爵夫人という肩書きを持ち、ケビンに寝返ったと言うよりもお仕置きをされた経緯から、ケビンに惚れてしまったレメインから連絡が入る。

 ぶっちゃけカトレアの実家であるリンドリー伯爵家の第1夫人だ。

『ケビンくん、報告があるわ』

『報告?』

 レメインからの報告とあり、ケビンは何事だろうかと思う。もしかして、また【当主に悩まされている女性たちを救おうの会】のメンバーが増えたのではないかと、内心はヒヤヒヤものである。

『辺境領で魔王軍との戦闘に入ったらしいの』

『え……』

 突拍子もない報告を受けたケビンは、その報告に対して甚だ疑問に感じることがある。何故なら魔大陸には、殺人勇者が行っているはずだからだ。

(何してんの、あいつ? 魔王を殺しに魔大陸へ行ったんじゃないのか? それとも、まだ魔大陸に到着していないとか?)

 嬉々としてかどうかはわからないが殺戮を行う殺人勇者が、進軍してきた魔王軍と殺り合うだろうと予想していたケビンだったが、どうやら殺人勇者と魔王軍はドンパチをしていないようだ。

 色々な憶測がケビンの頭の中を支配していくが、それよりもまずはレメインの報告の続きである。辺境領がどういう状況なのか、ケビンはレメインに先を促した。

『今のところ得ている情報では、辺境領の前線では各国の連合軍と魔王軍の魔物部隊が、衝突を繰り返しているみたい』

『辺境伯は?』

『一応は連合軍の総指揮官になっているわ。連合軍と言っても寄せ集めの兵だから、各国で各々の指揮官がいるみたいよ。辺境伯は後ろで指示を出しているみたいだけど、それを各国の指揮官が自己解釈をして、自軍をいいように動かしている感じかしら』

『マジか……』

『辺境伯の指揮通りに動くのはセレスティア皇国の軍属だけね。他の国は表面を取り繕っているだけみたい』

『……烏合の衆じゃないか』

 まさか魔王軍と戦うにあたって、連合軍の連携が取れていない事実を知ったケビンは、いったい何のために集まったんだと疑問を隠せない。

『とりあえず、連合軍は自業自得として放っておくにせよ、西寄りに領地を持つ貴族の夫人や息女たちは避難をしているのか?』

 ケビンはたとえリンドリー伯爵家第3夫人のスタシアが発案した、【当主に悩まされている女性たちを救おうの会】だとしても、なんだかんだで手を出してしまった以上は、家のことなんか放っておいて避難を最優先にさせたいのだ。

『問題ないわよ。西寄りに住むメンバーは、私の家にお茶会という名目で来てもらっているわ』

 まさか避難の理由が“お茶会”というものだったために、ケビンは魔王軍と戦っている最中であるこの時世に無理がないかと疑問に思い、そのことをレメインに尋ねた。

『無理なんかじゃないわよ。男と違って貴族の女性たちに戦争なんて関係ないし、我関せずで贅沢三昧の貴族らしいでしょう? だから、お茶会っていうのは妥当な名目なのよ』

 レメインから語られる貴族らしさを聞いたケビンは、ラノベを読んでいた前世の時に、確かにそういう描写もあったなと昔を思い返していた。

『まぁ、程々にな。そっちに居づらくなったら帝城に来てもいいし』

 さすがに貴族らしいとは言えど遊び呆けてばかりだと、他の貴族から何を言われるかわかったものではないと判断した故の言葉に対して、すぐさま反応を返す者がいた。

『今すぐ行きますわ!』

 元気よくそう言ってのけた者は、リンドリー伯爵家の第2夫人であるリゼラだ。

『リゼラ様、ケビン様は“居づらくなったら”と言ったではありませんか。今から遊びに来ていいと言ったわけではないのですよ』

 そう言ってリゼラを窘めるのは、恐らく向こうで静観していたであろうスタシアである。

 結局のところリゼラがいつものように通信に乱入したことによって、いつも通りの賑やかさを垣間見ることになると、その後もケビンは情報交換をしていき、危険が迫るようであればすぐさま帝城へ避難してくるように周知徹底を通達するのだった。

 それからのケビンはアリシテア王国のヴィクトール国王と、ミナーヴァ魔導王国のエムリス国王に連絡を取り、三国首脳会談を帝城の会議室にて行おうと申し出る。

 それにより両国王は問題ないとして、ケビンの転移によって会議室に召喚されると、お茶を飲みながら世間話のように話を進めていく。

「セレスティアが戦闘に入ったか……」

 ケビンからの報告を受けてヴィクトール国王がそう呟くと、エムリス国王もそれに続いて口を開いた。

「しかし、烏合の衆とはな……奴ら、勝つ気はあるのか?」

 呆れたような顔つきでそのように言うエムリス国王が、連合軍に参加する共闘の話を断っておいて良かったと続けて口にすると、ヴィクトール国王も元から断るつもりだったのだが、改めて断っておいて良かったと同じように相槌を打つのだった。

「セレスティアと言うよりも、教団の馬鹿さ加減は今に始まったことじゃないけど、あきらかにお粗末過ぎるね」

 ケビンがそう結論づけたかと思えば、3人が3人ともカップを手に取りお茶を口にすると、同時に溜息をついてしまう。それは、お茶の美味しさによって出てしまったものではなく、連合軍のことを思ったからこそ出てしまった溜息だ。

「しかし……魔大陸には例の勇者が単身で乗り込んでおるのだろ?」

 ヴィクトール国王がそう口にすると、ケビンは東西南北よもひろと殺人勇者のことを思い浮かべた。

 関わりがないため両国王とも、東西南北よもひろのことは特段気にしていないこともあり、ヴィクトール国王の言葉は殺人勇者のことを指しているのだろうとケビンは推測する。

「それは俺もちょっと不思議に思っていることなんだけど、魔王を殺しに魔大陸へ行ったはずなのに、魔王軍を無視しているのが腑に落ちない」

 ケビンの言葉を聞いたエムリス国王が、周辺諸国と小競り合いを続けている立場として、思い至ったことを告げようとした。

「割りと簡単なことかもしれんぞ」

 そのエムリス国王の発言によって、ケビンとヴィクトール国王がエムリス国王に視線を向けると、その割りと簡単なことというのを説明し始める。

「例の勇者は1人なんだろう? 1人でできることは限られている。まず、斥候役がいない。それゆえに土地勘が上手く得られない。情報を得ようにも、魔族たちは自分たちを殺して回る勇者に情報なんて与えないだろ。脅迫は別として。そして、最大の理由として魔大陸は広すぎる。広大な土地の中で迷子に近い勇者が、土地勘のある魔王軍と鉢合わせると思うか?」

 エムリス国王のご尤もな意見を聞いたケビンとヴィクトール国王は、目から鱗が落ちると言わんばかりに、盲点だった基本的なことを思い出した。

「そうか……あの勇者は迷子になっているのか」

「確かに1人で何でもできてしまう人など、存在するはずもないな」

 ケビンとヴィクトール国王がそのような感想をこぼしていると、エムリス国王は意地の悪い笑みを浮かべながら、ヴィクトール国王の言葉を否定する。

「何でもできるやつなら目の前に1人いるだろう」

 エムリス国王の言葉を聞いたヴィクトール国王は、ケビンに視線を向けると納得顔となり、2人から視線を向けられているケビンは断固として抗議する。

「何でもはできないからな! できることだけができるんだ!」

 そのようなケビンの抗議は、ニヤニヤとするエムリス国王によって論破されていく。

「仮にケビンが魔大陸にいたとして、魔王軍がセレスティアに向けて進軍を開始したら、どこかで発見できるのではないか?」

 エムリス国王の質問に対して、ケビンは静かにお茶を飲み沈黙を貫いた。

「否定しないということはできるな。次はそうだなぁ……魔王軍を見つけたとして、自軍を進軍させる前に殲滅できるんじゃないか? 恐らく『わざわざ兵を呼びに行くのが面倒くさいから殺した』とか、事後報告で言いそうだよなあ?」

 ニヤニヤの止まらないエムリス国王の的を射た言葉によって、ケビンはますます押し黙ってしまう。その様子を見たヴィクトール国王は、堪えるような笑みを浮かべてしまっていた。

「トドメはアレだな……『魔王がどんな奴か見てみたかったから、見に行ったら喧嘩を売られたから殺した』とかだな。魔王が女性だった場合は、『なんか嫁になった』とか言うだろうな。いやぁ、ケビンがそこにいるというだけで、魔王敗北までのシナリオができてしまったぞ」

 とうとう我慢しきれなくなったヴィクトール国王が笑いだし、エムリス国王も満足のいく結果に終わって笑っている。

 そしてケビンは、ありえそうな内容だったこともあり否定することもできずに、苦虫を噛み潰したような顔つきとなってお茶を飲み干そうとするのだが、カップの中身は空っぽだった。

「プリシラ、おかわり!」

 首脳3人だけしかいなかった会議室に、どこからともなく現れたプリシラがケビンのカップを手にすると、既に手に持っていたティーポットを傾けて、ケビンのカップにお茶を注ぎ込んでいく。

 その光景にヴィクトール国王とエムリス国王は唖然とし、2人でコソコソと会話を始める。

「エムリス殿、今しがたドアは開いただろうか?」

「いや、開いていない……はず。いったいどこから現れたんだ」

 神出鬼没のプリシラ談義をしている2人に対し、当のプリシラは2人へお茶のおかわりはいかがかと尋ねる。それに対して2人は「あ、ああ」と、何とも気のない返事を返すことしかできなかったのだった。

 そして、プリシラが2人のカップにもお茶を注ぎ込むと、2人は温かいお茶を1口飲み、プリシラに礼を言おうと顔を上げた瞬間固まってしまった。

 その理由として、先程まで控えていたプリシラの姿が、会議室の中からなくなっていたからだ。

 あまりの出来事から2人が我に返ると、会議室中に視線を巡らせてみるがプリシラの姿はない。

「エムリス殿……」

「みなまで言うな、ヴィクトール殿……」

 2人が2人して狐につままれたような顔つきとなり、それを見ていたケビンは『してやったり』と思い、先程からかわれた件の意趣返しができたことをほくそ笑んでいた。

 その後は3人で雑談などをして過ごし、適度な時間が経過したところで解散となって、ケビンは2人を転移で送るのであった。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 首脳会談という名の雑談が終わったあと、ケビンは憩いの広場へ足を運び、そこで待機していたプリシラに声をかける。

「プリシラ、さっきは程よく意趣返しができたよ」

「ケビン様のお役に立つことができて良かったです」

「もうプリシラはカレンさんを超えたな」

 ケビンは実家で長年勤めてくれていた、メイド隊の師匠でもあるメイド長のカレンを思い出しながらそう褒めると、プリシラはその褒められ方が嬉しかったのか笑みを浮かべる。

「ありがとうございます」

 それからプリシラが足取り軽くお茶の準備を始めると、それを見たケビンは定位置となる玉座に腰を下ろす。いつも通りに振舞っている気でいるプリシラだが、どことなく嬉しさを隠しきれていないようだ。

 その後は、褒められたプリシラに嫉妬してしまったニコルがケビンの傍へやってくると、自分はメイドとしてどうなのかとソワソワしながら窺うような視線を向ける。それに対してケビンはニコルの行動に苦笑しつつ答えた。

「ニコルもちゃんとメイドとしてできているぞ。一流のメイドだな」

「やった! おい、聞いたかプリシラ! 私は一流のメイドだそうだぞ!」

「それは良かったですね。私は超一流ですけど」

「なっ!?」

 ニコルの対抗意識を逆手にとったプリシラが、一流の前に“超”を付けて澄まし顔で言い返すと、それを聞いたニコルはバッとケビンを見るのだった。

「ケビン様! 私も超一流ですよね?!」

 そのような必死さが見て取れるニコルであったが、ケビンが何か言う前にお茶の用意を済ませたプリシラが、ワゴンを押してきながら冷ややかな視線をニコルに向けてチクチクと小言を言っていく。

「ケビン様のお茶の準備もしないで、どこが一流なんでしょうね? ああっ、おサボりの一流ということですね? そういえば貴女自身が先程言っていましたね。一流では飽き足らず、超一流だと。認めましょう、貴女はおサボりの超一流メイドです」

 物の見事にニコルが言った超一流をプリシラに流用されてしまい、ニコルは不名誉な超一流と言われてしまった。その言葉を聞いたニコルはいつもの如く口でもプリシラに勝てないので、プリシラが唯一できないケビンに泣きつくという行動に出る。

 それによりニコルが膝をついて玉座に座るケビンに抱きつくと、ケビンはいつものようにニコルの頭を撫でながら苦笑する。

 その様子を見ながらもプリシラはティーポットを持ち、カップにお茶を注ぎ終わる。

 そしていつもなら、ケビンの傍のサイドテーブルへ音を立てずに置くのだが、今回は置こうとしていた時にふと視界に入ったニコルと目が合う。

 その瞬間にニコルはニヤッと口角を上げて、ケビンに甘えられている現状を自慢するかのように、いやらしい笑みを浮かべるのだった。

 するとどうなるかと言うと、プリシラはカップを乗せたソーサーを置く際に、珍しくカチャっという音を立ててしまったどころか、こめかみがピクピクと反応を示している。

「プリシラ、どうした?」

 たとえ音を出したとしても特に咎めもしないケビンが、止まってしまっているプリシラを気遣うように問いかけるが、プリシラはソーサーから手を離すと、極わずかに頬をピクつかせながら笑みを浮かべる。

「いえ、ケビン様を煩わせるようなことは何も。ただ、少し失礼をさせていだいてもよろしいでしょうか?」

 ケビンが何のことだかわからないまま許可を出すと、プリシラはケビンの体に顔を埋めているニコルに対して声をかける。

 すると、ニコルがビクッと反応を返すも、顔を上げることはなかったので、プリシラは後ろからニコルの頭をガシッと鷲掴みにした。

「いっ!? いだだだだだ!」

 そして、ミシミシと聞こえてしまいそうなほど力強く掴んでいるプリシラによって、ニコルはケビンに抱きついていた手をすぐさま離し、頭を掴んでいるプリシラの手を必死になって引き剥がそうとする。

「この馬鹿力! 凶暴女! 暴力反対!」

「遺言はそれでよろしいですか?」

 2人によって何とも言えない状況が出来上がってしまうが、ケビンは自分が気づかないところで、ニコルがまたプリシラをからかったのだろうと結論づけると、プリシラに対して許可を出してしまった以上は、ことの成り行きを静かにお茶を飲みつつ見守ることにした。

「ケビン様助けてください!」

 涙目になって助力を訴えかけるニコルに対して、ケビンは笑みを浮かべて答える。

「2人は本当に仲がいいよな」

 ニコルが期待していたことと違うその言葉によって、奇しくもニコルだけでなくプリシラも一緒に反応してしまう。

「「仲良くありません!」」

 それを聞いたケビンは苦笑しながらも、仲の良さを認めようとしない2人を温かい目で見守るのであった。
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