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第16章 魔王対勇者
第544話 本物の錬金術師とは
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規格外ダンジョンへ挑戦者たちを放り込んだケビンは、帝城に戻ると一の錬金術を底上げするためのお勉強会を開いていた。
「やっぱり両手で『パンッ』て鳴らしたあとに、その両手を地面につけて錬金してみたいよな」
「さすがはケビン氏! よくわかっているでごわす!」
「だが悲しいことに、この世界の錬金術は地道な研究や実験、それと調合なんだよなぁ」
「そうなんでごわす……某もそこが悲しいところでごわす……」
ケビンたちが真面目にお勉強会をしているかと思っていたその光景は、蓋を開けてみればただのだべりと化している。未だに教材の1ページ目すら開いておらず、先程から理想の錬金術を熱く語り合っているだけであった。
「ふと思ったんだが、魔法術式の応用でそれっぽいことができるんじゃないか?」
「魔法術式の応用でごわすか?」
「予め魔法を発動させる魔法術式を白手袋に刻んでいたとするだろ? そして、両手を地面につけた時に魔力を流して発動するんだ。そうすればとある錬金術師の再現ができていると思わないか?」
「天才でごわす! しかも、それなら指パッチンで火を出すことも可能でごわす!!」
「大佐の再現だな」
「夢が膨らむでごわす!」
「よし、それを研究しよう! 研究は錬金術師の基礎だ!」
「合点承知之助でごわす!」
「……よくそんな古い言葉を知ってるな……」
「たとえ数多の言葉が死語と言われようとも、その中には当時のオタク文化が潜んでいるとかいないとか……で、ごわす」
こうしてケビンたちは錬金術の勉強をするでもなく、ただ【異世界で再現してみたいシリーズ】の1つとして、オタク魂の果てなき欲求を満たすためだけの勉強をしていくのだった。
それからケビンは白手袋を用意して魔力インクを取り出すと、一と2人でそれぞれ魔法術式を手の甲にあたる部分に描き記していく。だが、綿製品にインクを使っているので早くも頓挫してしまう。
「滲むな……」
「滲むでごわす……」
2人で意気揚々と白手袋に描き記した魔法術式は、既に滲みすぎて魔法陣の意味を成していない。だが、ここで諦めないのがオタクという人種の執念でもある。
「『描いてダメなら描かなければいいじゃないの』と、とあるマリーさんではない貴族夫人が言った言葉がある」
「描かないでごわすか……?」
「世の中には刺繍というものがある……」
「――ッ!」
「フッ……気づいたようだな兄弟……」
「ケビン氏のオタク道にかける執念に戦慄するでごわす……」
「よし、刺繍を習いに嫁たちの所へ行くぞ!」
「合点承知之助!!」
こうしてケビンたちは間違った方向性に全力で挑み、錬金術の教材は開かれることなく、その役目を終えてしまうのだった。そして、そのケビンたちが向かったのは、パスカルの世話をしているパメラの所だ。
「某、1階より上に来たのは初めてでごわす」
「まぁ、3階以上は俺が許可しない限り入れない仕組みになっているからな。基本的に女子たちは来れるようにはしてあるけど、この階に来たことがあるのは見習い調理師の弥勒院だけだ。男子は一が初めてになる」
「つ、つまり……大奥でごわすか?」
「だな」
「そ、某……緊張してきたでごわす……」
それからケビンは憩いの広場に緊張でガチガチとなっている一を引き連れて行くと、入った途端にティナが騒ぎ始めてしまう。
「ケ、ケビン君がとうとう男の子に手を出しちゃった!?」
ケビンが新たな人を連れてここへ来る時は決まって嫁の仲間入りをする者たちであるため、ティナは盛大な勘違いをして口に出してしまったのだ。
「んなわけねぇだろ!」
「お嫁さんじゃないの?!」
「当たり前だ!」
目の前に広がる女性たちによって固まってしまった一を他所に、ケビンがパメラを呼ぶとここへ来た用件を伝えて、刺繍を教えてもらえるように頼むのだった。
「いいよ、パパ」
そしてパメラが動けばもれなくロナも付いてきて、図らずも服飾コース卒業生の2人をゲットすることに成功すると、ケビンは固まったままの一を結界護送でドナドナしていき、1階の応接室へと戻っていく。それからケビンは固まったままの一を再起動させると、パメラとロナから裁縫を習い始めるのだった。
「パパは飲み込みが早いね」
「まぁ、【センス】ってスキルを持ってるからな」
「一さんは手の震えが止まらないね」
「そ、そそ、某、ふ、普段は大丈夫なのですが――」
ロナがマンツーマンで教え始めてからというもの、一は極度の緊張により手の震えが止まらないようである。それもこれも、ケビンが憩いの広場へ連れて行ったのが事の発端ではあるが。
「落ち着けよ、智也」
「お、落ち着けるはずないでごわす! 某の人生において、美少女が隣に座るイベントなんてなかったのでごわす!」
「あら、美少女って言われちゃった」
「ロナは俺の嫁だから手を出すなよ?」
「もう、パパったら。ヤキモチ妬きなんだから」
「……某、先程からずっと気になってはいたのでごわすが、パメラ氏とロナ氏はもしや娘さんでごわすか?」
「ああ、娘だぞ」
「なんですとぉぉぉぉ?! ケビン氏は娘と結婚したでごわすか!?」
「娘と言っても義理だぞ」
「義理ぃぃぃぃ!? もしや、傍らのベビーカーでスヤスヤ眠っているのは……?」
「俺の子だな」
「ケビン氏の子ぉぉぉぉ!?」
「そもそも母さんに会ってるだろ。そんなに驚くようなことか?」
「え……もしや……【闇黒聖母】のサラ氏はケビン氏の嫁なのでごわすか?」
「言ってなかったか? この敷地内に住んでいる女性たちはみんな嫁だぞ」
「義娘と結婚しただけでなく実の母親とも結婚するなんて……しかも敷地内の女性たちが全て嫁ですと?! それなんてハーレム?!」
「ちなみに姉さんとも結婚してる」
「もはやエロゲの主人公並でごわす! それなんてエロゲをリアルでしてしまう強者がいたとは?!」
そのようにケビンと一が騒いでいると、パメラとロナから子供が起きると叱られてしまい黙々と裁縫の修行を再開するのであるが、奇しくも一はケビンと盛り上がったおかげか先程までの緊張はなくなり、ロナ指導のもとでその技術を学んでいくのであった。
「ケビン氏、つかぬことをお聞きしますが、魔力インクの件はどのように解決するのでごわすか?」
「それは魔力粉を溶かしたものに刺繍用の糸を浸して魔力糸を錬金する。そうすればインクで描かなくてもいけるという寸法だ」
それから1週間後、ケビンと一が試行錯誤を繰り返しながら製作していった結果、とうとう錬金術師ごっこができる魔法の白手袋を完成させてしまう。
「できた……」
「某……ケビン氏に出会えて幸せでごわす」
「感動するにはまだ早い。さっそく試すぞ!」
その後、帝都外の拓けたところに来た2人は魔法の白手袋を試用してみることになるのだが、何かあってはまずいとのことでケビンが安全を確かめた物から、一の使用許可が下りることになる。
「いくぞ」
「ワクワクでごわす」
ケビンが魔法の白手袋を嵌めて準備が整うと、特にその動作は必要ないのだが気分的なものにより、両手でまず『パンッ』と叩いてからその両手を地面につけた。すると、ケビンが魔力を白手袋に流し刺繍された魔法術式が反応して光りだすと、目の前に《アースウォール》が完成する。
「キタコレー!」
「完成だ……」
そして土壁の白手袋は安全であるという判断で一に渡し、ケビンは他にも作った魔法の白手袋を次々と試していく。
「……大佐の真似ができない……」
「やはり創作のようにはいかないでごわす……」
何故2人が落ち込んでいるかと言うと、ケビンが試した【大佐の白手袋】はちゃんと発動するのだが、別の問題点が浮上したのだ。それは、指パッチンをしても白手袋であるために、大佐のようにカッコイイ乾いた音が鳴らないというものである。
「……ジッポライター……」
「いやっ、それは奥の手! 常用するのは邪道でごわす!」
ケビンがふと呟きをこぼすも、それを聞いた一はその案を否定し、何としてでも白手袋で指パッチンを完成させようとケビンを諭していく。
「オープンフィンガーグローブはどうでごわすか?」
「そんなの【大佐の白手袋】じゃない! 下手したら【嫉妬の黒手袋】になって丸焼きにされる運命だぞ」
「某としたことが再現するあまり安易な道を選んでしまうとは……反省でごわす……」
「こうなったらとことん突き詰めてやる」
それからケビンと一は魔法の白手袋の試験運用を切り上げて、応接室という名の再現部屋研究室へと戻るのだった。そこからの2人は白手袋をしたままどうやってカッコイイ音を出すか、室内で白手袋を嵌めてひたすら指パッチンに励んでいく。
そして、夕方となってもひたすら指パッチンに明け暮れている2人の元へやってきたのは、様子を見に来た【オクタ】の男子メンバーである。
その四たちが室内に入ると、白手袋をしたまま指パッチンを懸命に頑張っている2人を見て唖然としてしまうが、その理由を聞いてしまうと興奮絶頂の波に飲み込まれてしまう。
「やはりケビン氏は天才であります!」
「オタク道にかける情熱が半端ないですぞ!」
「拙者も魔法の白手袋を試したいでござる!」
そして始まった全員でやる白手袋装備での指パッチン。この場の光景が言わずとも異様なものに見えてしまうことは、致し方ないとも言える。
更にそこから数日後のある日、試行錯誤の結果によりとうとう【大佐の白手袋】が完成した。ケビンの取った問題点の解決方法としては、白手袋の手首にあたる部分へ音改変と音増幅の魔法術式を刺繍するというものである。
だが、白手袋の手首部分に魔法文字があからさまに見えてしまうということは、再現を目指しているケビンとしても妥協できない部分であり、刺繍糸は白手袋と同じ白糸を採用することによって極力目立たない方向性で作り上げた。
「行くぞ、皆の者!」
実はこの【大佐の白手袋】完成を待ちに待っていた四たちも、観客及びその後の使用を狙っていたので、今日はそれぞれのやるべきことを休んでこの場に集まっていたのだ。
それから再び訪れた帝都外の拓けた場所において、ケビンが【大佐の白手袋】を装備すると、【オクタ】の男子メンバーが見守り緊張が高まる中で、ケビンはゆっくりと指パッチンのポーズをとった。
そして、静寂に包まれる中で乾いた音が鳴り響いた瞬間、ケビンの数メートル先に炎が吹き荒れ、それを見た【オクタ】の男子メンバーはしばらく呆然としていたが、すぐに気を持ち直すと大声を上げて完成の喜びを口々にしていく。
「キタコレー!」
「我々の悲願がついにっ! とうとう完成したでごわす!」
「拙僧もやってみたいですぞ!」
「拙者もするでござる!」
興奮絶頂の四たちに今まで作っておいた魔法の白手袋を渡すと、ケビンは今までお互いに切磋琢磨した一に声をかける。
「智也……これが本物の錬金術師だ」
「ケビン氏……ジェニウェンアルケミストということでごわすな……」
奇しくも当初の予定であった錬金術師の勉強はオタク道に走った結果、間違った方向性での本物の錬金術師としてケビンは語ってしまい、一もこの世界の錬金術師ではなく、間違った方向性の錬金術師を本物だと認めてしまうのであった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ケビンが一に錬金術師の何たるかを伝え終わってから数日後、執務を珍しくしているケビンの元へ勅使河原がその姿を現すと、ケビンはソファに勅使河原を座らせてやりかけの執務を終わらせたら、真向かいに座ってお茶を提供した。
「ケビンさん、ちょっとお聞きしたいことがありますの」
「ダンジョン攻略のことか?」
「いいえ、ダンジョン攻略は順調でしてよ。私がお聞きしたいのは幻夢桜君のことですわ」
「あ……」
勅使河原から尋ねられたことで、ケビンは今の今まで幻夢桜のことなど忘れていたことを思い出してしまう。それを見た勅使河原が怪訝な顔つきになると、ケビンは取り繕うようにして返答した。
「ゆ、幻夢桜だろ? あいつがどうかしたのか?」
勅使河原にそう答えるケビンは頭の中で急いで2号に連絡を取り、幻夢桜の現在状況を聞き出していくと、そのようなことが行われているとも知らずに、勅使河原は幻夢桜が今なにをしているのか問いかけるのだった。
「あいつならダンジョンの掃除係をしているぞ。清掃員ってやつだな」
「掃除ですの?」
「冒険者とかが食料を食い散らかしたまま捨てていくから、そのゴミ拾い作業員だ」
ケビンの伝えた内容に勅使河原は驚いてしまう。悪く言えば唯我独尊の幻夢桜が、自分の食べた後始末ならまだしも他人の散らかしたゴミを回収していると言われたのだ。それはとても信じられない話であり、幻夢桜を知る者であれば皆同じことを思うに違いないことは、長年付き合いのある勅使河原が1番よく理解していた。
「それほどまでに……」
「割かし早い段階で反省したようだ。1日も持たなかったな」
「あの黒箱の中はどうなっていますの?」
幻夢桜が拷問を受け続けていたことなど露ほども知らない勅使河原がそう言うと、ケビンが答えたのは真っ暗な闇という何の捻りもない言葉だった。だが、それを聞いた勅使河原は光のない真っ暗な中に閉じ込められては精神が持たないという、ケビンにとって都合のいい解釈を勘違いしたままで受け入れていたのだった。
それから勅使河原は幻夢桜に会うことは可能かどうかをケビンに尋ねると、ケビンはダンジョン攻略を続けていたらそのうちゴミ拾いをしている幻夢桜と会えるだろうという回答でもって返した。
「そんなに会いたいのか?」
「いえ、一応幼馴染みですから現在の状況を知りたかっただけですわ。それに東西南北君が襲ってきた場合に備えて、戦力として数に入れられたらと思いましたの」
「あぁぁ……その時は連れて行って構わないぞ。ダンジョンの清掃員と言っても、魔物が襲ってこないわけではないからな。鍛錬をしつつゴミ拾いをしている感じだ」
「それならば問題ないですわね」
「話は変わるがダンジョン攻略は進んでいるのか?」
「初心者、中級者用は制覇しましたわ。今は上級者用を攻略中ですのよ」
「早いな」
「最初の2つは制覇目的でスピード攻略をしましたので、探索は後回しにしましたの。それに先人たちの地図が売られていますし、ダンジョン内で迷うことはなくてよ」
「そういやぁ、地図が売ってたんだな。帝都外ダンジョンは楽勝過ぎるか」
「それはわかりませんわ。何せまだ誰も挑戦者用ダンジョンの攻略に入っていませんもの」
「あそこは成長型だから先は長いぞ。制覇しても更にそこから下の階層が作られてしまうからな」
「攻略のしがいがありますわね」
そう言う勅使河原は、次に最近めっきり一緒にいることのなくなった弥勒院のことを尋ねると、ケビンはそれに関して頑張って調理実習を続けていることを伝えていく。
「香華のケーキに対する情熱は凄いな。途中で放り投げると思ったけど、意外に頑張って続けられているぞ」
「あの子はある意味で純粋な子供ですの。欲しいものが手に入るのなら、それに向けて頑張りますわ」
「わかるような気がするな……」
それからもケビンは勅使河原からの近況報告を受けつつ他愛のない会話を続けていき、この日を過ごすことになるのであった。
「やっぱり両手で『パンッ』て鳴らしたあとに、その両手を地面につけて錬金してみたいよな」
「さすがはケビン氏! よくわかっているでごわす!」
「だが悲しいことに、この世界の錬金術は地道な研究や実験、それと調合なんだよなぁ」
「そうなんでごわす……某もそこが悲しいところでごわす……」
ケビンたちが真面目にお勉強会をしているかと思っていたその光景は、蓋を開けてみればただのだべりと化している。未だに教材の1ページ目すら開いておらず、先程から理想の錬金術を熱く語り合っているだけであった。
「ふと思ったんだが、魔法術式の応用でそれっぽいことができるんじゃないか?」
「魔法術式の応用でごわすか?」
「予め魔法を発動させる魔法術式を白手袋に刻んでいたとするだろ? そして、両手を地面につけた時に魔力を流して発動するんだ。そうすればとある錬金術師の再現ができていると思わないか?」
「天才でごわす! しかも、それなら指パッチンで火を出すことも可能でごわす!!」
「大佐の再現だな」
「夢が膨らむでごわす!」
「よし、それを研究しよう! 研究は錬金術師の基礎だ!」
「合点承知之助でごわす!」
「……よくそんな古い言葉を知ってるな……」
「たとえ数多の言葉が死語と言われようとも、その中には当時のオタク文化が潜んでいるとかいないとか……で、ごわす」
こうしてケビンたちは錬金術の勉強をするでもなく、ただ【異世界で再現してみたいシリーズ】の1つとして、オタク魂の果てなき欲求を満たすためだけの勉強をしていくのだった。
それからケビンは白手袋を用意して魔力インクを取り出すと、一と2人でそれぞれ魔法術式を手の甲にあたる部分に描き記していく。だが、綿製品にインクを使っているので早くも頓挫してしまう。
「滲むな……」
「滲むでごわす……」
2人で意気揚々と白手袋に描き記した魔法術式は、既に滲みすぎて魔法陣の意味を成していない。だが、ここで諦めないのがオタクという人種の執念でもある。
「『描いてダメなら描かなければいいじゃないの』と、とあるマリーさんではない貴族夫人が言った言葉がある」
「描かないでごわすか……?」
「世の中には刺繍というものがある……」
「――ッ!」
「フッ……気づいたようだな兄弟……」
「ケビン氏のオタク道にかける執念に戦慄するでごわす……」
「よし、刺繍を習いに嫁たちの所へ行くぞ!」
「合点承知之助!!」
こうしてケビンたちは間違った方向性に全力で挑み、錬金術の教材は開かれることなく、その役目を終えてしまうのだった。そして、そのケビンたちが向かったのは、パスカルの世話をしているパメラの所だ。
「某、1階より上に来たのは初めてでごわす」
「まぁ、3階以上は俺が許可しない限り入れない仕組みになっているからな。基本的に女子たちは来れるようにはしてあるけど、この階に来たことがあるのは見習い調理師の弥勒院だけだ。男子は一が初めてになる」
「つ、つまり……大奥でごわすか?」
「だな」
「そ、某……緊張してきたでごわす……」
それからケビンは憩いの広場に緊張でガチガチとなっている一を引き連れて行くと、入った途端にティナが騒ぎ始めてしまう。
「ケ、ケビン君がとうとう男の子に手を出しちゃった!?」
ケビンが新たな人を連れてここへ来る時は決まって嫁の仲間入りをする者たちであるため、ティナは盛大な勘違いをして口に出してしまったのだ。
「んなわけねぇだろ!」
「お嫁さんじゃないの?!」
「当たり前だ!」
目の前に広がる女性たちによって固まってしまった一を他所に、ケビンがパメラを呼ぶとここへ来た用件を伝えて、刺繍を教えてもらえるように頼むのだった。
「いいよ、パパ」
そしてパメラが動けばもれなくロナも付いてきて、図らずも服飾コース卒業生の2人をゲットすることに成功すると、ケビンは固まったままの一を結界護送でドナドナしていき、1階の応接室へと戻っていく。それからケビンは固まったままの一を再起動させると、パメラとロナから裁縫を習い始めるのだった。
「パパは飲み込みが早いね」
「まぁ、【センス】ってスキルを持ってるからな」
「一さんは手の震えが止まらないね」
「そ、そそ、某、ふ、普段は大丈夫なのですが――」
ロナがマンツーマンで教え始めてからというもの、一は極度の緊張により手の震えが止まらないようである。それもこれも、ケビンが憩いの広場へ連れて行ったのが事の発端ではあるが。
「落ち着けよ、智也」
「お、落ち着けるはずないでごわす! 某の人生において、美少女が隣に座るイベントなんてなかったのでごわす!」
「あら、美少女って言われちゃった」
「ロナは俺の嫁だから手を出すなよ?」
「もう、パパったら。ヤキモチ妬きなんだから」
「……某、先程からずっと気になってはいたのでごわすが、パメラ氏とロナ氏はもしや娘さんでごわすか?」
「ああ、娘だぞ」
「なんですとぉぉぉぉ?! ケビン氏は娘と結婚したでごわすか!?」
「娘と言っても義理だぞ」
「義理ぃぃぃぃ!? もしや、傍らのベビーカーでスヤスヤ眠っているのは……?」
「俺の子だな」
「ケビン氏の子ぉぉぉぉ!?」
「そもそも母さんに会ってるだろ。そんなに驚くようなことか?」
「え……もしや……【闇黒聖母】のサラ氏はケビン氏の嫁なのでごわすか?」
「言ってなかったか? この敷地内に住んでいる女性たちはみんな嫁だぞ」
「義娘と結婚しただけでなく実の母親とも結婚するなんて……しかも敷地内の女性たちが全て嫁ですと?! それなんてハーレム?!」
「ちなみに姉さんとも結婚してる」
「もはやエロゲの主人公並でごわす! それなんてエロゲをリアルでしてしまう強者がいたとは?!」
そのようにケビンと一が騒いでいると、パメラとロナから子供が起きると叱られてしまい黙々と裁縫の修行を再開するのであるが、奇しくも一はケビンと盛り上がったおかげか先程までの緊張はなくなり、ロナ指導のもとでその技術を学んでいくのであった。
「ケビン氏、つかぬことをお聞きしますが、魔力インクの件はどのように解決するのでごわすか?」
「それは魔力粉を溶かしたものに刺繍用の糸を浸して魔力糸を錬金する。そうすればインクで描かなくてもいけるという寸法だ」
それから1週間後、ケビンと一が試行錯誤を繰り返しながら製作していった結果、とうとう錬金術師ごっこができる魔法の白手袋を完成させてしまう。
「できた……」
「某……ケビン氏に出会えて幸せでごわす」
「感動するにはまだ早い。さっそく試すぞ!」
その後、帝都外の拓けたところに来た2人は魔法の白手袋を試用してみることになるのだが、何かあってはまずいとのことでケビンが安全を確かめた物から、一の使用許可が下りることになる。
「いくぞ」
「ワクワクでごわす」
ケビンが魔法の白手袋を嵌めて準備が整うと、特にその動作は必要ないのだが気分的なものにより、両手でまず『パンッ』と叩いてからその両手を地面につけた。すると、ケビンが魔力を白手袋に流し刺繍された魔法術式が反応して光りだすと、目の前に《アースウォール》が完成する。
「キタコレー!」
「完成だ……」
そして土壁の白手袋は安全であるという判断で一に渡し、ケビンは他にも作った魔法の白手袋を次々と試していく。
「……大佐の真似ができない……」
「やはり創作のようにはいかないでごわす……」
何故2人が落ち込んでいるかと言うと、ケビンが試した【大佐の白手袋】はちゃんと発動するのだが、別の問題点が浮上したのだ。それは、指パッチンをしても白手袋であるために、大佐のようにカッコイイ乾いた音が鳴らないというものである。
「……ジッポライター……」
「いやっ、それは奥の手! 常用するのは邪道でごわす!」
ケビンがふと呟きをこぼすも、それを聞いた一はその案を否定し、何としてでも白手袋で指パッチンを完成させようとケビンを諭していく。
「オープンフィンガーグローブはどうでごわすか?」
「そんなの【大佐の白手袋】じゃない! 下手したら【嫉妬の黒手袋】になって丸焼きにされる運命だぞ」
「某としたことが再現するあまり安易な道を選んでしまうとは……反省でごわす……」
「こうなったらとことん突き詰めてやる」
それからケビンと一は魔法の白手袋の試験運用を切り上げて、応接室という名の再現部屋研究室へと戻るのだった。そこからの2人は白手袋をしたままどうやってカッコイイ音を出すか、室内で白手袋を嵌めてひたすら指パッチンに励んでいく。
そして、夕方となってもひたすら指パッチンに明け暮れている2人の元へやってきたのは、様子を見に来た【オクタ】の男子メンバーである。
その四たちが室内に入ると、白手袋をしたまま指パッチンを懸命に頑張っている2人を見て唖然としてしまうが、その理由を聞いてしまうと興奮絶頂の波に飲み込まれてしまう。
「やはりケビン氏は天才であります!」
「オタク道にかける情熱が半端ないですぞ!」
「拙者も魔法の白手袋を試したいでござる!」
そして始まった全員でやる白手袋装備での指パッチン。この場の光景が言わずとも異様なものに見えてしまうことは、致し方ないとも言える。
更にそこから数日後のある日、試行錯誤の結果によりとうとう【大佐の白手袋】が完成した。ケビンの取った問題点の解決方法としては、白手袋の手首にあたる部分へ音改変と音増幅の魔法術式を刺繍するというものである。
だが、白手袋の手首部分に魔法文字があからさまに見えてしまうということは、再現を目指しているケビンとしても妥協できない部分であり、刺繍糸は白手袋と同じ白糸を採用することによって極力目立たない方向性で作り上げた。
「行くぞ、皆の者!」
実はこの【大佐の白手袋】完成を待ちに待っていた四たちも、観客及びその後の使用を狙っていたので、今日はそれぞれのやるべきことを休んでこの場に集まっていたのだ。
それから再び訪れた帝都外の拓けた場所において、ケビンが【大佐の白手袋】を装備すると、【オクタ】の男子メンバーが見守り緊張が高まる中で、ケビンはゆっくりと指パッチンのポーズをとった。
そして、静寂に包まれる中で乾いた音が鳴り響いた瞬間、ケビンの数メートル先に炎が吹き荒れ、それを見た【オクタ】の男子メンバーはしばらく呆然としていたが、すぐに気を持ち直すと大声を上げて完成の喜びを口々にしていく。
「キタコレー!」
「我々の悲願がついにっ! とうとう完成したでごわす!」
「拙僧もやってみたいですぞ!」
「拙者もするでござる!」
興奮絶頂の四たちに今まで作っておいた魔法の白手袋を渡すと、ケビンは今までお互いに切磋琢磨した一に声をかける。
「智也……これが本物の錬金術師だ」
「ケビン氏……ジェニウェンアルケミストということでごわすな……」
奇しくも当初の予定であった錬金術師の勉強はオタク道に走った結果、間違った方向性での本物の錬金術師としてケビンは語ってしまい、一もこの世界の錬金術師ではなく、間違った方向性の錬金術師を本物だと認めてしまうのであった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ケビンが一に錬金術師の何たるかを伝え終わってから数日後、執務を珍しくしているケビンの元へ勅使河原がその姿を現すと、ケビンはソファに勅使河原を座らせてやりかけの執務を終わらせたら、真向かいに座ってお茶を提供した。
「ケビンさん、ちょっとお聞きしたいことがありますの」
「ダンジョン攻略のことか?」
「いいえ、ダンジョン攻略は順調でしてよ。私がお聞きしたいのは幻夢桜君のことですわ」
「あ……」
勅使河原から尋ねられたことで、ケビンは今の今まで幻夢桜のことなど忘れていたことを思い出してしまう。それを見た勅使河原が怪訝な顔つきになると、ケビンは取り繕うようにして返答した。
「ゆ、幻夢桜だろ? あいつがどうかしたのか?」
勅使河原にそう答えるケビンは頭の中で急いで2号に連絡を取り、幻夢桜の現在状況を聞き出していくと、そのようなことが行われているとも知らずに、勅使河原は幻夢桜が今なにをしているのか問いかけるのだった。
「あいつならダンジョンの掃除係をしているぞ。清掃員ってやつだな」
「掃除ですの?」
「冒険者とかが食料を食い散らかしたまま捨てていくから、そのゴミ拾い作業員だ」
ケビンの伝えた内容に勅使河原は驚いてしまう。悪く言えば唯我独尊の幻夢桜が、自分の食べた後始末ならまだしも他人の散らかしたゴミを回収していると言われたのだ。それはとても信じられない話であり、幻夢桜を知る者であれば皆同じことを思うに違いないことは、長年付き合いのある勅使河原が1番よく理解していた。
「それほどまでに……」
「割かし早い段階で反省したようだ。1日も持たなかったな」
「あの黒箱の中はどうなっていますの?」
幻夢桜が拷問を受け続けていたことなど露ほども知らない勅使河原がそう言うと、ケビンが答えたのは真っ暗な闇という何の捻りもない言葉だった。だが、それを聞いた勅使河原は光のない真っ暗な中に閉じ込められては精神が持たないという、ケビンにとって都合のいい解釈を勘違いしたままで受け入れていたのだった。
それから勅使河原は幻夢桜に会うことは可能かどうかをケビンに尋ねると、ケビンはダンジョン攻略を続けていたらそのうちゴミ拾いをしている幻夢桜と会えるだろうという回答でもって返した。
「そんなに会いたいのか?」
「いえ、一応幼馴染みですから現在の状況を知りたかっただけですわ。それに東西南北君が襲ってきた場合に備えて、戦力として数に入れられたらと思いましたの」
「あぁぁ……その時は連れて行って構わないぞ。ダンジョンの清掃員と言っても、魔物が襲ってこないわけではないからな。鍛錬をしつつゴミ拾いをしている感じだ」
「それならば問題ないですわね」
「話は変わるがダンジョン攻略は進んでいるのか?」
「初心者、中級者用は制覇しましたわ。今は上級者用を攻略中ですのよ」
「早いな」
「最初の2つは制覇目的でスピード攻略をしましたので、探索は後回しにしましたの。それに先人たちの地図が売られていますし、ダンジョン内で迷うことはなくてよ」
「そういやぁ、地図が売ってたんだな。帝都外ダンジョンは楽勝過ぎるか」
「それはわかりませんわ。何せまだ誰も挑戦者用ダンジョンの攻略に入っていませんもの」
「あそこは成長型だから先は長いぞ。制覇しても更にそこから下の階層が作られてしまうからな」
「攻略のしがいがありますわね」
そう言う勅使河原は、次に最近めっきり一緒にいることのなくなった弥勒院のことを尋ねると、ケビンはそれに関して頑張って調理実習を続けていることを伝えていく。
「香華のケーキに対する情熱は凄いな。途中で放り投げると思ったけど、意外に頑張って続けられているぞ」
「あの子はある意味で純粋な子供ですの。欲しいものが手に入るのなら、それに向けて頑張りますわ」
「わかるような気がするな……」
それからもケビンは勅使河原からの近況報告を受けつつ他愛のない会話を続けていき、この日を過ごすことになるのであった。
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