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第16章 魔王対勇者

第542話 ケーキ無双

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 帝城に生徒たちとガブリエルやタイラーを連れてきたケビンは、とりあえず1階の会議室へ通し終える。それから嫁たちは解散させてプリシラたちメイド隊には飲み物を運ぶように手配すると、その後は全員が着席したのを見計らってから、ケビンはさっそく本題に入るためタイラーに話しかけた。

「さて、タイラー。そろそろ腹は決まったか?」

 実は嫌な予感がして帝城に入ることを断固拒否していたタイラーは、ケビンの理不尽な結界護送という洗礼を受けて、抵抗虚しく入城してしまっていたのだ。

「はぁぁ……あんちゃんは俺をどうしたいんだ」

「部下に欲しい。その歳で1人身ってことは貴族の跡取りでもないんだろ?」

「俺は三男だしな。自由気ままな一国民だ」

「それなら後腐れないしこのまま帝国に仕えれば、気兼ねなくシークレットを手に入れるための時間が過ごせるだろ?」

「ぐっ…………俺の配置は?」

黄の騎士団イエローナイツ団長の経験を活かして、工作関係の技術指導をして欲しい。もう歳だし、前線に立つのはしんどいだろ? 早い話が昔取った杵柄で道楽しろってことだ」

 ケビンからそのように言われたタイラーは技術指導をしようにも、帝国の騎士団というものを見たことがなかったので、そのことについてケビンに尋ねてみるのだった。

「そういやぁ、聖戦の時には見かけなかったが、あんちゃんの騎士団は何をしている? あの時は一般兵しか出ていなかっただろ?」

「ん? 俺の騎士団か? 俺の騎士団は家族の護衛や冒険者をやってたり、受付の仕事をしているぞ」

「…………は? 待て待て、受付って何だ?」

 タイラーは百歩譲って鍛錬のために冒険者として働くことは納得できても、最後の受付の仕事がどうしても納得いかなかったが、そこはケビンの説明によって開いた口が塞がらなくなる。

「……嫁たちがダンジョンの受付って……」

「俺たちは見たぞ。騎士がダンジョンの受付係をしていたな。国営なんだから普通だろ」

 帝都外ダンジョンの利用者である無敵たちがタイラーにそう教えると、タイラーは酒の情報しか興味がなくそれ以外はスルーしていたので、国営ダンジョンというあまりの非常識さに頭を抱えてしまう。

「そうそう、参考までにフィアンマも騎士団で頑張っているし、オフェリーは情報関連の仕事で、メリッサは内政官だ。ということで、亡命者はみんな何かしら自分のしたい仕事をしているぞ」

「……亡命者を置く配置じゃねぇだろ、それ……間者が混じってたらどうするんだ?」

「間者? そもそも悪意のある奴はこの城には入れない。俺が許可した場合は別だけどな」

 それからケビンは敷地を取り囲む結界の話をしていき、とんでもないことを聞いてしまったタイラーは胃がキリキリし始めてきたのだった。

「ケビン、それなら何で竜也がここにいるんだ? 悪意があれば入れないんだろ?」

「ああ、馬鹿下なら俺が許可したからその場にいられる。ちなみに許可を外すとその瞬間に麻痺したまま門番の所に飛ばされて逮捕される。その後は犯罪者として奴隷落ち、もしくは死刑だ。皇帝に対して悪意を持って侵入したから当然だな」

「なっ!?」

 ケビンから簡単に死刑と言われてしまった月出里すだちは驚きを隠せないが、この世界の一般常識を持つ者たちは“不敬罪”が頭をよぎり納得してしまう。

「ちなみに、その結界は俺だけに対するものじゃなくて、俺の家族も含まれる。つまり、俺に嫌がらせできないからって家族に手を出そうとしたら、門番の所ではなくて俺の所に直接転移される。そこから先の話は聞きたいやつだけ後で聞きに来い。女子にはオススメしないけど、ホラーとか好きな子は別に聞きに来てもいいぞ」

 そしてケビンは話が一段落したところで、タイラーに最終的な確認をするのだった。

「……どっちみちラクシャスとの会話で仕入れた情報のシークレットを手に入れるために、戦いが終われば帝都に入るつもりでいたんだ。このままズルズルと居座っても問題はねぇ。祖国を離れるのは後ろ髪を引かれるが、どの道引退間際の老い先短い命だ。酒道楽を楽しませてもらう」

「……ぷっ……くく……ラクシャス……」

 だが、タイラーの決意溢れる言葉は、“ラクシャス”という九鬼の中二ネームに反応した無敵によって、この場の厳かな雰囲気を流していく。

「力也っ、笑ってんじゃねぇ!」

「すまんすまん……ぷっ……」

「ぶっ飛ばすぞ、テメェ!」

「お? やるのか、ラク……くく……シャス。その格好で?」

「くっ……ケビンさん! この格好を早く元に戻してくださいよ!」

「黙れ2人とも。それ以上騒ぐなら規格外ダンジョンに放り込むぞ」

「――ッ!」

「規格外ダンジョン?」

 ケビンの言う“規格外ダンジョン”という言葉に九鬼はすぐさま黙り込み、意味のわからない無敵はその言葉を問い返すが、ケビンは『お仕置き部屋』とだけ口にして、それ以上は語らなかった。

 そして、九鬼の姿をいつものスタイルに戻したケビンは、タイラーの件が終わったのでガブリエルにも同じようにして、この場に残るのかどうかの確認をしたら、ガブリエルは『ずっといる』という言葉を返すのだった。

 それからは生徒たちに対して与えられた教団からの知識と、ケビン側からの知識で齟齬がある部分を訂正するために、ケビンは何故帝国の教会を潰したのかを生徒たちに説明していく。

 それを聞いた生徒たちは教団から教えられた内容と全然違う話だったので、いかに自分たちが都合のいい知識だけを与えられて利用されていたのかを知ることとなる。そして言い掛かりで攻めてしまったことに対して、生徒一同(月出里すだちは渋々)でケビンに謝罪をするのだが、そこにガブリエルやタイラーも混じって一緒に謝罪をする。

「もう気にするな。俺は俺で楽しめたしな」

「それで、私たちはどうなりますの? できれば、元の世界に帰るための旅をしたいのですけれど、そういう要望は通りますかしら?」

「元の世界ねぇ……ぶっちゃけて言うぞ?」

 姿勢を正したケビンの真剣な表情により、生徒たちは一様にゴクリと生唾を飲み込むと、一拍間を置いてからケビンはその口を開いた。

「旅を続けても元の世界に帰る方法は見つからない」

「「「「「――ッ!」」」」」

「俺も世界中を旅したわけではないけれど、それだけは断言できる」

「な、何故ですの!?」

「白い空間で女神様に会った時に何て言われた?」

「……関与していないので教団に聞けと……」

「その教団は何て言った?」

「……魔王を倒せば女神様が帰してくれると……」

「たらい回しだな?」

 ケビンから告げられた言葉で生徒たちは沈黙してしまい、たらい回しにされている事実を再認識してしまう。元より今となっては、ウォルター枢機卿の言葉の何が真実で何が嘘なのか判断しかねるものとなっており、教団に対する信用は地に落ちていた。

 そのような沈黙に包まれている中で、ケビンはこの世界に残る意志を見せている者たちのことを語り始める。

「現段階で結愛ゆあ陽炎ひなえ朔月さつきの3人は帰るつもりがないと既に聞いている。あとはそこの男たち4人だな。それぞれのパートナーとこの世界で生きる覚悟を決めた。これで7人が抜けることになる。オタたちはどうする?」

「小生、ぶっちゃけてしまいますと、この世界にいた方が元の世界よりも収入が多くなると思っているであります」
「某もサラリーマンになるよりも稼げていると自負するでごわす」
「拙僧も同じく」
「拙者もでござるな」

「ゆえに小生たちは彼女たちと結婚をするのなら、この世界であれば幸せにする確信がありますが、元の世界で同じように幸せにできるかと問われれば不安でしかないのであります」

「某たちはオタク文化には学あれど、一般的には底辺の人間でごわす」

「そのような拙僧たちが元の世界に戻り、なおかつ高校1年生の途中までしか学力がないので、就職難に見舞われることはわかりきったことですぞ」

「ですがそこは彼女たちの意見を優先させ、元の世界に帰りたいのであれば何とか方法を見つけ出すのでござる」

「私はまーくんがこの世界に残りたいのなら、それで構わないわよ」
「私の人生は智とともに」
「しーくんのいるところが私の居場所だよ」
「私はいつまでも宗くんと一緒」

「あーちゃん……」
桜梅さらめ……」
「みこちゃん……」
「翡翠ちゃん……」

「これで追加の8人で計15人だな」

「旦那様っ、私も残るぞ! ミートソーススパゲティを三食抹茶付きのオヤツ分まで作ってくれると約束したではないか!」

「おい……今しれっとオヤツ分を増やしたな?」

「……ダメか?」

「そもそも仮に帰れる方法があっても帰らないという主張を今しているんだ。ももは帰れるなら帰るだろ? 元の世界で好きなだけミートソーススパゲティを食べられるんだぞ? しかも抹茶付きで」

「……旦那様は私のことが嫌いなのか? 一緒にいたらダメなのか?」

もものことは好きだぞ。でも、ももは元の世界の全てを捨てる覚悟はあるのか? これは真剣な話だからミートソーススパゲティ云々は抜きにして考えろ」

「私は旦那様と一緒にいたい……旦那様のことが好きなんだ。確かにお父様やお母様のことを考えると、元の世界に後ろ髪を引かれる思いはある。でも、それ以上に旦那様と一緒にいたいんだ!」

「……わかった。それなら俺と一緒にいろ。ミートソーススパゲティと抹茶は作ってやる」

「旦那様っ!」

「これで16人。残りは26人で行方不明1人に処罰中1人を抜くと24人だな」

 ケビンから旅に出ても無駄だと言われ、更には元の世界に帰るつもりがない約半数の生徒たちの話を聞いた残りの生徒たちは、帰りたいという気持ちを優先させていてその先のことを考えてはいなかった。

 だがそれは致し方ないとも言えることでもある。急に異世界に飛ばされて最初は楽しんでいたものの、帰る方法が不明とあらば何がなんでも帰りたいという気持ちが強くなり、帰ったあとのことよりもまずは帰りたいという気持ちが強くなったのだ。

 でも、そのような生徒たちは百武ひゃくたけの口にした高1レベルの学力しかなく、就職難に見舞われるという話が頭に浸透していき、元の世界に帰りたいという気持ちが揺らいでしまう者たちが出始めるが、それに待ったをかけるのは勅使河原てしがわらである。

「ですが! 元の世界の時間が進んでいないということもありましてよ! そうであれば私たちが元の世界に戻っても、召喚されたあの瞬間に戻れるということでもありますわ!」

「それはない」

「何故ですの!?」

「世界の時間を止めるというのは神にしかできない行為だ。元の世界の時間を神が止めていると思うか? この場合は女神様になるのかな? 関与しないと言った女神様は果たして元の世界の時間を止めているだろうか」

「それは……」

「どれだけ時間が進んでいるかは知らないが、止まっているという考えは捨てた方がいい。世の中はそんなに甘くないし、ましてや神と人とでは価値観が違うんだ。神の視点において俺たち人は、俺たちの視点から見る虫と同じレベルだ。生きようが死のうがどうでもいいということになる」

 ケビンの言葉によりガックリと項垂れてしまう勅使河原てしがわらは、希望的観測に縋っていたもののそれをうち崩されてしまった。だが、そのような勅使河原てしがわらを慰めつつ、弥勒院みろくいんが口を開く。

「魔王様……ケビン様……うーん…………ケビンくん!」

 何やら1人で呼び方を悩んでいた弥勒院みろくいんは、納得のいく呼び方が決まったのかケビンに対して声をかけた。

「ケビンくん、ケーキ食べたい」

 先程まで元の世界のことでシリアスな雰囲気だったのが、弥勒院みろくいんの一言によって何とも言えない空気が漂ってしまい、ケビンは約束していたことでもあったので素直にケーキを出したら、他にもいる人がいないか尋ねると一部の女子たちは一斉に手を上げる。

 だが、ケーキで痛い目を見た百鬼なきりと千喜良は羨ましそうな視線を向けるだけで、手を上げることができずにいた。そして、そのような2人に対してケビンが声をかける。

夜行やえと千代はいらないのか?」

「そうやって借金を増やすつもりっしょ! ケビンの悪事は見抜いた!」

「せっかく俺からのサービ「いるし! いる、いる!」……夜行やえ……」

夜行やえちゃん……」
夜行やえ……」

 ケビンに悪態をついておきながら、『サービス』という言葉を全て聞く前に見事な手のひら返しをしてのけた百鬼なきりに対して、ケビンのみならず千喜良や千手まで呆れ果てていた。

「ケビンくん、おかわり」

「え……もう食べたの?」

「うん。だからおかわり」

「お、おう……」

 そのような中でつい先程提供したケーキを既に食べてしまった弥勒院みろくいんに対し、ケビンは驚きつつも2個目のケーキを出して観察してみると、瞬く間は言い過ぎだが他の女子たちよりも遥かに速いスピードで、弥勒院みろくいんのケーキがなくなっていくのを目にしてしまう。

「ケビンくん、おかわり」

「きょ、香華きょうか……食べ物はよく噛んでから食べなさいって言われなかったか?」

「噛んでるよ。噛まないと飲み込めないもん。だからおかわり」

「れ、麗羅れいら……?」

 ケビンが弥勒院みろくいんの凄さにタジタジとなりながら一緒にいる勅使河原てしがわらに助けを求めようとするも、勅使河原てしがわらは淡々とケビンに告げていく。

香華きょうかにケーキをご馳走すると約束したのが運の尽きでしてよ。香華きょうかは生徒会長並の好物狂いですもの」

「う、嘘だろ?! だって香華きょうかもものことを『節度ある行動をすべきだ』って言ってたぞ!」

「それは生徒会長としてですわ。……香華きょうか、九十九先輩の行動を役職関係なく個人の行動として考えるなら、貴女はどうお考えですの?」

「別にいいんじゃない? 好きな物は好きなだけ食べると幸せになれるんだよ」

「こういうことですわ」

「そんな……」

「それよりも、ケビンくんおかわり」

「…………くっ、持ってけドロボー!」

 自分の読みが甘かったケビンがやけくそ気味でワンホールを弥勒院みろくいんの前に出すと、弥勒院みろくいんは目をキラキラとさせてそのケーキにフォークを突き刺していく。

「幸せ~♡」

「良かったですわね、香華きょうか

「うん! 私もケビンくんのお嫁さんになる!」

「「「「「えっ!?」」」」」

香華きょうか!? 何を考えていますの?!」

「だって好きな時にケーキが食べられるもん。パパやママみたいに個数制限しないし、色んなケーキが食べられるもん」

「……うそ……だろ……」

 奇しくも生徒会長と同じ道を辿ってしまった弥勒院みろくいんの行動に生徒たちは驚き、ケビンはどこで何を間違ったのかと愕然としてしまう。

「結婚というものはそう簡単に決めていいものではなくてよ!? もっとしっかり考えて結論をお出しなさい!」

「ちゃんと考えたよ。王輝君を倒すってことは王輝君より頭がいいし強いってことだよね? あとは国の王様ってことは国で1番のお金持ちなんだから、これ以上の人は見つからないと思うよ」

「それはそうですけれど……」

「いつ元の世界に帰れるかわからないから歳をとる前に結婚した方がいいし、おばあちゃんになって元の世界に帰っても浦島太郎だよ? パパやママは死んでるし、誰も私だって気づいてくれないし、結婚相手も見つからないよ?」

 意外と先のことを考えていた弥勒院みろくいんの言葉に、勅使河原てしがわらは大した反論の言葉も見つからず沈黙してしまった。そのような勅使河原てしがわらを他所に、弥勒院みろくいんはパクパクとケーキを食べていく。

 それから新たな嫁宣言が発生したことにより危機感を持ってしまった三姉妹が、同じようにこの場で改めてケビンの嫁になることを宣言して、更にはガブリエルまでもがそれに相乗りしてしまうと、場の空気は何とも言えないものと化してしまう。

「ごめん……もう俺は疲れた……部屋は1階に用意しておくから、あとはプリシラの指示に従ってくれ」

 そう言ってケビンがとぼとぼとその場を離れて退出すると、プリシラにあとのことは全部丸投げして部屋のベッドに倒れ込むのだった。

「はぁぁ……疲れた……」

「ふふっ、お嫁さんがいっぱいね」

「ソフィ……癒して……」

「いいわよ」

 この場へ急に現れたソフィーリアのことなど深く考えもせずに、ケビンはソフィーリアに癒してもらうため、胸に顔を埋めてその感触を顔全体で堪能し始める。

「なぁ、あの子たちが元の世界に帰る方法って本当にないのか? やっぱりあの歳で親元を離れるのはしんどいだろ? 勝手に召喚されて帰れないなんて同情するなって方が無理だ」

「私が力を使えば帰れるわ」

「帰さないのか?」

「まだイベントは終わりじゃないのよ」

「え……」

「忘れたの? 行方不明が1人いるでしょう?」

「あぁぁ……馬鹿がもう1人いたな」

「どう動くのか見ものね」

「はぁぁ……そいつ、きっと俺TUEEEEしながらレベルアップをしているだろ。オタたちの予想が魔大陸だったか? 自称大魔王のジャスキディンがラッキーパンチとかで倒してくれないかなー」

「無理よ。勇者対自称大魔王なのよ? 1発で倒されるわ」

「ジャスキディン……面白いやつなんだけどな……お前のことは生涯忘れないでおく。あとは安らかに眠ってくれ……」

「まだ生きてるわよ。勝手に殺したらダメでしょう?」

 ソフィーリアとそのような会話をしながら、ケビンは疲れた心を癒してもらうのであった。
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