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第16章 魔王対勇者
第536話 オタク無双
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魔王サイドがのんびりと過ごしている中で、戦場では勇者たちがお互いに相対していた。その者たちは片や継続的に思考誘導を受けてしまった教団サイドの勇者たち、片や継続的に思考誘導を受けず自らの意思で戦おうとしている魔王サイドの勇者たちである。
「生徒会長、貴女ともあろう御方が何故魔王に与するんですの?」
「そこにミートソーススパゲティがあるからだ」
合理主義の勅使河原がいきなり戦うのではなく、まずは説得するという考えの元で行動しているが、相手はあの生徒会長だ。まともな会話が成立するはずもない。
「九さんたちはどうして敵対するの? 私たちは仲間でしょう?」
「私は四と一緒にいたいだけよ」
「私は智ね」
「私はしーくん」
「私は宗くん♡」
副委員長である剣持が九たちの説得をしている中で、別の場所では委員長の能登が同じように四たちを説得していた。
「四君たち、今すぐ僕たちとともに悪しき魔王を倒そう!」
「小生の選択肢においてルート分岐してしまい、勢力チェンジルートに突入したら魔王サイドの一員だった件。そちら側に属さない決め手は、やはりプリシラ氏による【アキバのメイド道】ですが、何か?」
「萌え萌えキュンでごわす」
「プリシラ殿のメイド道は神の如しですぞ」
「完璧なるメイドでござるな」
「そんなことを言ったところで、四君や一君は生産職だろ。僕たち戦闘職に勝てるとでも思っているのかい?」
「小生が今まで何もしていなかったとでも? 何故イグドラに小生が留まり続けたのか……それは彼の国にはドワーフ族が住んでいるからであります。小生にとってイグドラとは、趣味と実益を兼ねる二重の意味で聖地なのであります」
「某もイグドラに住むエルフ族が師に当たるでごわす。賢者の石はまだ作れずとも、錬金術師としては最高峰に至れると自負しているでごわす」
「賢者の石……? 賢者の不死原さんがいるのに石が欲しいのかい? それなら不死原さんに頼んで、そこら辺にある石を拾ってもらえばいい。1度彼女が手にしたのなら、それはもう賢者である不死原さんの石。つまり賢者の石だろ?」
「能登氏が何もわかっていない件」
「錬金術師のロマンを踏み躙られたでごわす」
「不死原さんの石……それはそれで欲しいですぞ」
「ネーミング的に現幽石はいかがでござろうか? 不死原殿の氏名から生き死にの曖昧さを表現してみたでござる」
「「「「……欲しい!」」」」
奇しくもただの石ころという話から百武が欲しがり猿飛が発展させて、オタクたちの個性溢れる想像力によってイメージ化されてしまうと、それを欲してしまうのはオタクの性というもの。
そして、クラスメートであるゆえか中々進まない勇者たちの戦いは、空気を読まない【闇黒魔法少女】のモモによって、急に戦端が開かれる。
「まどろっこしい! 《MSダークネス》!」
生徒会長がケビンの与えた魔法のステッキを振ると、空からスパゲティ並の細さの闇の線が降り注ぐ。
「フッ……【帝王】たるこの俺にそのような子供騙しは通用せん」
「なっ!? 生徒会長は【武聖】で、魔法が使えないはずではなかったんですの?!」
「みんなを護って……《ホーリーシールド》」
「おいおい、生徒会長って無茶苦茶だな。職業縛りナシかよ」
「士太郎は【英雄】だろ? 何か対抗策とかねぇの?」
「どっちかって言うと護りなら、【僧正】やってる大輝の仕事だろ」
生徒会長からの急な攻撃に対して幻夢桜は余裕の表情で眺め、勅使河原が魔法を使っている生徒会長に驚き、弥勒院がすぐさま結界を張ると、残る2人の蘇我と卍山下は呑気に役割の押し付け合いをしていたのだった。
「うひょー! 【闇黒魔法少女】のモモの戦闘開始なのですが!」
「まさに魔法少女でごわす!」
「【MSダークネス】が格好良いですぞ!」
「では、拙者たちも始めるでござるか」
猿飛の掛け声に四たちは、生徒会長の戦闘をリアルタイムで見続けていたいという欲求に後ろ髪を引かれながらも、目の前に相対している能登たちへと向き直る。
「引いてくれないんだね……仕方がない、少しだけ痛い思いをして見学者になるといいよ」
そう言う能登が腰にぶら下げている剣を抜き放つと、その剣は神々しい光を発し、それに反応した四がテンプレワードを口にする。
「まさかそれはっ?!」
「この決戦のために教団から与えられた聖剣だよ」
「エ、エクスカリバーでありますか?!」
「ん……なんだい、その名称は?」
「せっかくの聖剣がエクスカリバーでない件……」
「ならば、エクスカリパーでごわす」
「エクスカリハーの線もあるですぞ」
「残念でござる……魔王様なら有名な魔剣を持っていそうでござるが、教団はお約束というのを理解してござらん」
能登の抜き放った聖剣に四たちがガッカリしていると、もう1人の勇者職である剣持も腰から神々しい剣を抜き放つ。そしてそれに反応したのは、四の彼女である九だ。
「もしかしてそれはっ?!」
「私も能登君と同じで聖剣を携えし者なのです」
「今度こそエクスカリバーなのっ?!」
「え……そのような名前ではありませんよ」
「ないわぁ……異世界にきてエクスカリバーじゃないなんて、執事喫茶に執事がいなくてメイドがいるくらいないわぁ……」
「所詮は教団のオモチャということよ」
「晶ちゃん残念だったね」
「やっぱり魔王様の方が教団よりもオタク文化に造詣があるね」
能登に引き続き剣持まで聖剣を抜き放ったというのに、オタクたちの悲愴感ではなくガッカリ感は途方もなく膨れ上がる。そして、ガッカリ感を少しでも打ち消そうと四がやる気を見せたら、それに引き続き他の者たちも気持ちを切り替えていく。
「魔王様が配下、デスナイツが1人。深淵の底を覗きし小生に打てぬ装備なし。【奈落の鍛冶師】のマサノブ!」
「同じく、某の求むるは知識の深淵。【深淵の錬金術師】のトモヤ!」
「同じく、槍術においては通常の3倍のスピード。【地獄の魔導槍聖】のシスイ!」
「同じく、忍びの技は奥深き虚実なり。【虚実の忍宗主】のソウスケ!」
「なっ!? 上位職へのクラスチェンジが終わっているのか!? 百武君は魔導槍豪だったはず。それに猿飛君だってただの忍者だったはずだ!」
「フッ……言ったはずだ。僕たちが何もしてこなかったと思っているのか? キリッ!」
「既に四と僕はマスタークラス……キリッ!」
「ついでに僕も創世に至りし槍聖……キリッ!」
「忍法に果てなし、宗主に至ろうとも未だ限界なく……キリッ!」
4人が4人とも決まったとばかりにキリ顔を見せつけると、四はアイコンタクトで彼女の九に合図を送る。
「……やるのね、四……」
「……はぁぁ……智ったら……」
「しーくんみたいにカッコよく」
「宗くん見ててね♡」
九と十は半ば諦め気味で、大艸と服部は彼氏のためにノリノリで気持ちを切り替えた。
「デスナイトガールズが1人、私のくっ殺はまーくんだけのもの。【奈落の闇黒神殿騎士】のアキコ!」
「同じく、智のおかげで深淵に至りし我が大魔導。【深淵の超越魔導師】のサラメ!」
「同じく、しーくんのためならバーサクヒーラーにだってなれる。【地獄の武闘女教皇】のミコ!」
「同じく、宗くんと同じ頂きに辿りつくため磨いた忍術。【虚実のくノ一宗主】のヒスイ!」
「あ、貴女たちも上位職へとクラスチェンジが終わっていると言うの!?」
「フッ……いつまでも彼氏の後を追う女だとは思わないことだ……キリッ!」
「私たち全員はマスタークラス……キリッ!」
「バーサクヒーラーの極みを見せてあげる……キリッ!」
「2人の愛と忍法に果てなし……キリッ!」
奇しくも途中からノリノリとなってしまった九と十がキリ顔を見せると、元々ノリノリだった大艸と服部はそれに続けてキリ顔を披露して見せたのだった。
「だが、僕たちだって漫然と過ごしていたわけではない! 勇者の中の勇者として、君たちを止めて正気に戻してみせる!」
「そうよ! 私も勇者として貴女たちを止めてみせる!」
「それにいくらマスタークラスとなろうとも、四君と一君は生産職だ! これは変えるべきことのできない決定的戦力差となる!」
そう言う能登はいくらマスタークラスの職業に至っていようとも、四と一に限って言えば簡単に組み伏せることができるだろうと予測していたが、そこで終わらないのがオタクの真髄である。
「こんなこともあろうかと……」
その決まり文句と同時に四は魔改造を施したポーチから、自身と一の分の武器を取り出しては地面に設置していた。そして、それを見た勇者たちは愕然としている。
「な……何だそれは……」
「何だかんだと聞かれたらっ!」
「答えてあげるが世の情けっ!」
「「ドヤっ!」」
ノリノリで能登の言葉に反応した四と一による、された相手からするとムカつくだけのテンプレ後のドヤ顔がキマると、その後は四が取り出した物の名称を告げるのだった。
「小生と一氏、及び仲良くなった人たちの力作、【M134】改め【O134】だったものが、魔王様の御力により【O134改】となりましたが、何か?」
そう、四が取り出した物は、ファンタジー世界にあってはならない現代兵器であるミニガン(異世界仕様)だ。そのミニガンはエルフ2種族やドワーフ族たちと協力して作り上げられ、長い時間をかけての試行錯誤の結果、本物とは違うが見た目だけは本物の銃火器を完成させていた。
そして、その話を聞いたケビンが現物を見たらハリボテだった物を実際に使えるように改造を施し、【耐衝撃】、【耐反動】、【冷却放熱】、【耐久力増加】、【軽量化】と実現可能なあらゆる処置を追加付与している化け物兵器と化してしまった。
「この【O134改】は、およそ1秒間に約5発の弾丸が発射されるでありますが、何か?」
「き、君たちは異世界に来ていったい何を……」
「異世界……それはオタクのオタクによるオタクのための世界……キリッ!」
「その世界において趣味に走ることこそ、オタクの本懐……キリッ!」
「現代社会では制約により実現不可能なことも……キリッ!」
「こと異世界においては実現可能であることもしばしば……キリッ!」
「そんな彼氏たちを支える……キリッ!」
「私たちの内助の功……キリッ!」
「オタクと馬鹿にされようとも……キリッ!」
「彼氏と分かち合えれば彼女の本懐……キリッ!」
「「「「これぞ!」」」」
「「「「オタク道!」」」」
「「「「ドヤっ!」」」」
「「「「ドヤっ!」」」」
一斉に『キマった!』と言わんばかりのドヤ顔を見せていたが、相対する勇者たちはそれどころではなかった。まさか異世界に来てまで殺傷能力の高い近代兵器が出てくるとは思わなかったのだ。そのような唖然としている能登たちに対して、立場的なところで優位に立った四が再び口を開く。
「小生の聞き間違いでなければ取りようによっては、小生と一氏を相手にして簡単に倒せるような言葉に聞こえたのですが、如何か?」
「それは……」
「既に小生たちは魔王サイド。敵となった貴方たちにはもはやかけるべき情けなし」
「なっ!? 学友であるクラスメートの僕たちを殺すというのかっ!」
「はて、小生の耳はおかしくなったでありますか? オタクと蔑む者、蔑んでいない者は代わりに無視を決め込む。クラスカースト最下位であった小生たちを貴方は『学友』と言う。小生の記憶が確かならば、クラスカーストを気にせず話しかけてきたのは、今はここにいない九鬼氏であります」
そう言う四に、クラス委員長である能登は痛いところを突かれてしまい反論できずに口を閉ざしてしまうが、代わりに剣持が口を開いて四の論理を論破しようとする。
「それなら何故九さんたちと仲良くしているの? 九さんたちだって、クラスじゃ四君たちを無視してたじゃない」
「フッ……剣持氏は所詮ノーマルということ。オタクを理解していないであります」
「どういうことよ!」
「オタクはオタクの匂いを嗅ぎ分けるのであります。小生たちは九氏たちがオタクであることは元の世界でも重々承知済み。別に話しかけられずともオタクの志を共にする者として、そっとしておくのが小生たちの優しさなのであります。だがしかし! 本人の口から『悪徳令嬢に転生したいのー!』と暴露してしまった以上は、つるむというのがオタクの情け!」
「ちょっ、四!」
四からのいきなりなブッコミで、恥ずかしい過去を再度晒されてしまった九がワタワタとしてしまうが、もう言うことはないとばかりに四が【O134改】を構える。
「それでは萌え萌えキュンの恩を返すであります」
「ッ! みんな散開しろ!」
四の構える【O134改】の危険性を理解している能登が声を上げると、勇者グループや居残り組はその場から散開して固まらないようにバラけた。
「【O134改】、発射であります!」
「某も撃つでごわす!」
四に続いて一がカチッと引き金を引くと、あまりの発射速度に発砲音は連続的に鳴り続け、断続音ではなく1つの音としてその場に響きわたる。
そして、【O134改】の最初の被害者となったのは、居残り組のグループである。四と一はたとえ近代兵器だとしても、その力を過信することなく組みしやすい相手を標的にしていたのだ。
「ぐあぁぁぁぁ!」
「いでぇぇぇぇ!」
「何でっ!? 不死原さんの結界で防げてない!」
四と一に的とされた2人は、【魔導拳豪】の小鳥遊と【拳豪】である百足だ。格闘戦専門の彼らは当然のことながら盾を持つでもなく、かつ鎧を着込んでいるわけでもないのでグループの中では防ぐ手立てが1番乏しい存在なのだ。
そして、その2人がその場に倒れ込むと、今度は同じグループの【重騎士】というタンク役である六月一日と【軽騎士】の一二月一日が標的とされる。
「素晴らしい! 最高のショーであります!」
「見ろ! まるで人がゴミのようでごわす!」
ノリノリで撃ち続ける四と一は既にテンションがマックスとなっていて、それを見ている彼女の九と十は溜息をつきつつ呆れ返っていた。
「幸せそうね、四……」
「智ったら……はしゃぎすぎよ……」
そのような中でも他の者たちは黙って見ているだけではなく、【勇者】能登や同じく【勇者】剣持は四と一の暴挙を止めるべく接近しようとするが、それを阻むのは【シノビマスター】の猿飛と【クノイチマスター】の服部である。
「やらせはせん、やらせはせんでござる!」
「宗くんと一緒なら私の戦闘力は53万よ!」
「くっ! 猿飛君は2人の暴挙を止めなくていいのか! 人殺しをしているんだぞ!」
「貴方たちは友だちじゃないの?! 道を踏み外したのを止めるのが友だちでしょ!」
「敵の無力化は戦術において必須事項でござる!」
「早ければ早いほどなおよしなのよ!」
能登の相手を猿飛が受け持ち剣持の相手を服部がしている中で、他にも動き出している者たちがいた。
「百武君、私の相手は貴方ってこと? 雪菜の所へ応援に行きたいんだけど?」
「【剣聖】である銘釼殿を抑えられるのは、操る武器は違えど【槍聖】に至りし拙僧が適任ですぞ。拙僧の操る通常の3倍のスピードについてこられますかな?」
「俺の相手はお前か大艸。女子の相手はやりにくいんだけどな」
「しーくんのいる所が私のいる所。【魔導剣豪】の辺志切君を止めてみせる。それが【武闘女教皇】の私の役目」
そして、未だに【O134改】を撃ち放っている四たちの所では、勇者グループの後衛を担っている【大魔導師】の南足と【賢者】の不死原による魔法攻撃が飛んできている。
「くっ……当たらなければどうということはない!」
「不死原さんの計算が厄介ね。伊達にⅠQが高いわけじゃない」
「うほほー魔法という弾幕の中で撃ち放つ【O134改】!」
「こちらの弾幕もかなりのものでごわす!」
「ちょっと、四! さっさと残り2人をやっちゃいなさいよ!」
「智、遊んでる暇があるなら終わらせて」
「小生、【重騎士】の六月一日氏が厄介だと申したい件」
「六月一日氏は重装甲で、実弾じゃない以上はこちらが不利でごわす! 桜梅、敵の後ろからドカンをキボンヌ」
「仕方がないわねぇ……」
「まったく智ったら……」
それから九と十が南足と不死原に対して魔法の弾幕を撃ち放つと、その間に十がターゲットを切り替えて六月一日の後方に魔法を発動させたら、その魔法によって吹き飛ばされた六月一日に対して、【O134改】の弾幕が雨あられのごとく殺到する。
「いででででで――っ!」
「フッ……またつまらぬものを撃ってしまった……キリッ!」
「四っ! さっさと残りをやる!」
「あーちゃんが厳しい件……しょぼん……」
「2人きりじゃない時に『あーちゃん』って言うなー!」
「理不尽なり……九氏が名乗りの時に『まーくん』と呼んだ件」
「言ってたでごわす」
「言ったわね」
「くっ……」
「くるでありますか!?」
「くるでごわす!?」
「言っちゃうの?!」
「殺す!」
「キタコレー!」
「もう既にテンプレと化しているでごわす」
「晶子は照れ屋ね」
【重騎士】の六月一日を倒したことによって余裕が出てきたのか、四たちはワイワイガヤガヤと騒ぎながら戦っており、【軽騎士】の一二月一日は2丁の【O134改】による弾幕を受けてしまい、為す術なく倒れてしまった。
「よし、四。後衛に弾幕をぶち込むのよ!」
「小生、女子を攻撃する手段を持っていない件」
「某も同じでごわす」
九の指示に対して四と一がフェミニストを気取ると、こんな時にでも敵である女子に対して優しいその性格を彼女として誇らしくも思い、頭ごなしに2人を責めるわけにもいかず、代わりに九が【O134改】の銃手となると、同性相手なので構わずに撃ち放っていく。
「ヤバいコレ、楽しぃぃぃぃ! ちょー濡れるっ!!」
【O134改】を撃ち放っている九が、テンションアゲアゲのあげぽよ状態に陥るその姿を見てしまった3人は、車のハンドルを握ると性格が変わるというのを一様に思い出して、九の凶行?を戦慄しながら眺めていた。
「小生の彼女が豹変した件……」
「銃を持たせたらダメなタイプでごわす……」
「晶子……」
そして、九の【O134改】乱射事件により、後衛職の南足と不死原は最後まで頑張ったものの為す術なく倒れてしまう。
そのような2人は九の狂ったかのような楽しんでいる声が、しばらくの間は耳に残り続けて夢にまで出てきたということを、後日語っていたとかいないとか。特に寝ることが大好きな南足にとっては、悪夢と言える日々が続いたのだと言う。
その後、【O134改】に魅せられた九は、そのままターゲットを変えてしまうと剣持相手に撃ち放っていく。そのようなことをされるとは思っていない剣持と服部は、2人して慌てふためいて戦いどころではなくなり、服部はすぐにくノ一らしく《空蝉の術》にてその場を離脱すると、九に物申しに向かっている最中に剣持はやられてしまうのだった。
「ちょっと晶子ちゃん! 私まで巻き込むってどういうことよ!」
「コレ楽しいんだって! 翡翠も撃ってみなよ。そこに1丁残ってるから」
「そういうことじゃなくて、ねぇ! 聞いてる?!」
服部が異議申し立てを一生懸命にするも、九は既に次のターゲットへと照準を定めており、ノリノリなテンションで一声を放つ。
「ふぁいあぁぁぁぁっ!」
「……四君?」
「小生……自分の彼女がここまでサバゲーにハマるとは思っていなかった件……」
「どこにもサバイバル要素がないんだけど……」
「一応、魔王様主催のゲームであるからにして、弾丸も非殺傷性の物で【微麻痺】が付与されたものでして……一方的なサバゲー「違うよね?」……もとい、リアルシューティングゲームという拡大解釈のもと、小生も楽しんでいた部分があり九氏を咎めるわけにもいかず……服部氏と言うよりも、残りの【オクタ】メンバーには大変申し訳なく……急いで逃げてくれとしか言いようがないのであります……」
そう言う四が申し訳なさそうに服部に対して弁明をしながら頭を下げていると、次なる被害者がこの場にやってくる。
「四殿、九殿が豹変しているでござる。止めなくてよいのでござるか?」
そう、この場へ次にやってきたのは、服部と同じようにして《空蝉の術》で難を逃れた猿飛である。そして、その猿飛に対しても四は自分の彼女の凶行を止める術がないことを説明していくと、未だ戦っていた【オクタ】のメンバーが次々とやってきた。
「四殿! 拙僧は別に構わないですが、みこちゃんを狙うのは止めて欲しかったですぞ!」
「うぅぅ……危うく蜂の巣にされちゃうところだったよ……でも、しーくんにお姫様抱っこしてもらっちゃった♡」
先程まで銘釼と戦っていた百武は、自称である3倍のスピードを発揮すると、自身に飛んでくる弾幕だけを何とか防ぎつつ、銘釼そっちのけでスタコラサッサと逃げ出したのだ。
そして、次の標的となっていた辺志切と大艸の戦闘に乱入して、大艸をお姫様抱っこするとまたもやスタコラサッサと逃げ出してこの場に到着したのである。
「的っ! 的はどこ?!」
そしてまだ興奮冷めやらぬ九は、勇者グループを倒してしまうと次なる的を探すために躍起になっていた。そのような九を止めるべく、【オクタ】のメンバーは彼氏である四にその役目を押し付ける。
すると、四は的を探している九の背後に回ると、後ろからそっと抱きしめるのだった。
「あーちゃん、もう近くに敵はいないよ。今のあーちゃんもカワイイけど、僕はいつものあーちゃんの方が好きかな」
「――ッ! ま、まま、まーくん??」
「いきなり抱きついてごめんね」
「そ、そそそ、そんなことないよ。まーくんだったら私も嬉しいし……」
「はは、初めて抱きしめたからちょっと手が震えてて格好悪いね」
初めて女子に抱きつくという偉業を達成した四は、あまりの緊張によって手が震えていたが、九はその震える手に自身の手を重ねると、背中に感じる鼓動をそっと口にするのだった。
「まーくん、ドキドキしてる?」
「うん。大好きなあーちゃんに抱きついてるからね」
「私もドキドキしてる。大好きなまーくんに包まれてるから」
「ドキドキカップルだね」
「うん……」
「あーちゃん、もうそれは収納してもいいかな? 次の機会は魔物相手に使わせてあげるから」
「ごめんね……迷惑かけちゃったよね?」
「ううん、迷惑じゃないよ。あーちゃんが楽しんでくれて僕も嬉しいよ。それにみんなはもう許してくれてるし、元気なあーちゃんが1番だよ」
「まーくん……大好き♡」
「僕もあーちゃんが世界中の誰よりも大好きだよ」
四の頑張りによって九が落ち着くと、それを見ていた【オクタ】のメンバーは思い思いの気持ちを口にしていく。
「四氏が男を見せたでごわす……」
「智だって不意にドキッとさせられる男になるわよ」
「桜梅……大好きだよ」
「ほら、ドキッとさせられた。私も大好きよ、智♡」
「拙僧もみこちゃんをお姫様抱っこした時はドキドキしたですぞ」
「私もしーくんにお姫様抱っこされてドキドキしちゃった」
「大好きだよ、みこちゃん」
「私も大好き、しーくん♡」
「みんな両想いで良いでござるな」
「私たちみたいだね」
「では、僕も……翡翠ちゃん、大好き」
「うん。私も宗くんが大好き♡」
四と九の雰囲気に当てられたのか、残るメンバーたちもそれぞれのパートナーに想いを口にしていき、戦場だと言うのにここだけはピンクな世界を作り出していた。
こうして【オクタ】と勇者グループや居残り組の戦いは、途中までは戦いらしい戦いをしていたのだが、九による【O134改】乱射事件により幕を下ろすのであった。
「生徒会長、貴女ともあろう御方が何故魔王に与するんですの?」
「そこにミートソーススパゲティがあるからだ」
合理主義の勅使河原がいきなり戦うのではなく、まずは説得するという考えの元で行動しているが、相手はあの生徒会長だ。まともな会話が成立するはずもない。
「九さんたちはどうして敵対するの? 私たちは仲間でしょう?」
「私は四と一緒にいたいだけよ」
「私は智ね」
「私はしーくん」
「私は宗くん♡」
副委員長である剣持が九たちの説得をしている中で、別の場所では委員長の能登が同じように四たちを説得していた。
「四君たち、今すぐ僕たちとともに悪しき魔王を倒そう!」
「小生の選択肢においてルート分岐してしまい、勢力チェンジルートに突入したら魔王サイドの一員だった件。そちら側に属さない決め手は、やはりプリシラ氏による【アキバのメイド道】ですが、何か?」
「萌え萌えキュンでごわす」
「プリシラ殿のメイド道は神の如しですぞ」
「完璧なるメイドでござるな」
「そんなことを言ったところで、四君や一君は生産職だろ。僕たち戦闘職に勝てるとでも思っているのかい?」
「小生が今まで何もしていなかったとでも? 何故イグドラに小生が留まり続けたのか……それは彼の国にはドワーフ族が住んでいるからであります。小生にとってイグドラとは、趣味と実益を兼ねる二重の意味で聖地なのであります」
「某もイグドラに住むエルフ族が師に当たるでごわす。賢者の石はまだ作れずとも、錬金術師としては最高峰に至れると自負しているでごわす」
「賢者の石……? 賢者の不死原さんがいるのに石が欲しいのかい? それなら不死原さんに頼んで、そこら辺にある石を拾ってもらえばいい。1度彼女が手にしたのなら、それはもう賢者である不死原さんの石。つまり賢者の石だろ?」
「能登氏が何もわかっていない件」
「錬金術師のロマンを踏み躙られたでごわす」
「不死原さんの石……それはそれで欲しいですぞ」
「ネーミング的に現幽石はいかがでござろうか? 不死原殿の氏名から生き死にの曖昧さを表現してみたでござる」
「「「「……欲しい!」」」」
奇しくもただの石ころという話から百武が欲しがり猿飛が発展させて、オタクたちの個性溢れる想像力によってイメージ化されてしまうと、それを欲してしまうのはオタクの性というもの。
そして、クラスメートであるゆえか中々進まない勇者たちの戦いは、空気を読まない【闇黒魔法少女】のモモによって、急に戦端が開かれる。
「まどろっこしい! 《MSダークネス》!」
生徒会長がケビンの与えた魔法のステッキを振ると、空からスパゲティ並の細さの闇の線が降り注ぐ。
「フッ……【帝王】たるこの俺にそのような子供騙しは通用せん」
「なっ!? 生徒会長は【武聖】で、魔法が使えないはずではなかったんですの?!」
「みんなを護って……《ホーリーシールド》」
「おいおい、生徒会長って無茶苦茶だな。職業縛りナシかよ」
「士太郎は【英雄】だろ? 何か対抗策とかねぇの?」
「どっちかって言うと護りなら、【僧正】やってる大輝の仕事だろ」
生徒会長からの急な攻撃に対して幻夢桜は余裕の表情で眺め、勅使河原が魔法を使っている生徒会長に驚き、弥勒院がすぐさま結界を張ると、残る2人の蘇我と卍山下は呑気に役割の押し付け合いをしていたのだった。
「うひょー! 【闇黒魔法少女】のモモの戦闘開始なのですが!」
「まさに魔法少女でごわす!」
「【MSダークネス】が格好良いですぞ!」
「では、拙者たちも始めるでござるか」
猿飛の掛け声に四たちは、生徒会長の戦闘をリアルタイムで見続けていたいという欲求に後ろ髪を引かれながらも、目の前に相対している能登たちへと向き直る。
「引いてくれないんだね……仕方がない、少しだけ痛い思いをして見学者になるといいよ」
そう言う能登が腰にぶら下げている剣を抜き放つと、その剣は神々しい光を発し、それに反応した四がテンプレワードを口にする。
「まさかそれはっ?!」
「この決戦のために教団から与えられた聖剣だよ」
「エ、エクスカリバーでありますか?!」
「ん……なんだい、その名称は?」
「せっかくの聖剣がエクスカリバーでない件……」
「ならば、エクスカリパーでごわす」
「エクスカリハーの線もあるですぞ」
「残念でござる……魔王様なら有名な魔剣を持っていそうでござるが、教団はお約束というのを理解してござらん」
能登の抜き放った聖剣に四たちがガッカリしていると、もう1人の勇者職である剣持も腰から神々しい剣を抜き放つ。そしてそれに反応したのは、四の彼女である九だ。
「もしかしてそれはっ?!」
「私も能登君と同じで聖剣を携えし者なのです」
「今度こそエクスカリバーなのっ?!」
「え……そのような名前ではありませんよ」
「ないわぁ……異世界にきてエクスカリバーじゃないなんて、執事喫茶に執事がいなくてメイドがいるくらいないわぁ……」
「所詮は教団のオモチャということよ」
「晶ちゃん残念だったね」
「やっぱり魔王様の方が教団よりもオタク文化に造詣があるね」
能登に引き続き剣持まで聖剣を抜き放ったというのに、オタクたちの悲愴感ではなくガッカリ感は途方もなく膨れ上がる。そして、ガッカリ感を少しでも打ち消そうと四がやる気を見せたら、それに引き続き他の者たちも気持ちを切り替えていく。
「魔王様が配下、デスナイツが1人。深淵の底を覗きし小生に打てぬ装備なし。【奈落の鍛冶師】のマサノブ!」
「同じく、某の求むるは知識の深淵。【深淵の錬金術師】のトモヤ!」
「同じく、槍術においては通常の3倍のスピード。【地獄の魔導槍聖】のシスイ!」
「同じく、忍びの技は奥深き虚実なり。【虚実の忍宗主】のソウスケ!」
「なっ!? 上位職へのクラスチェンジが終わっているのか!? 百武君は魔導槍豪だったはず。それに猿飛君だってただの忍者だったはずだ!」
「フッ……言ったはずだ。僕たちが何もしてこなかったと思っているのか? キリッ!」
「既に四と僕はマスタークラス……キリッ!」
「ついでに僕も創世に至りし槍聖……キリッ!」
「忍法に果てなし、宗主に至ろうとも未だ限界なく……キリッ!」
4人が4人とも決まったとばかりにキリ顔を見せつけると、四はアイコンタクトで彼女の九に合図を送る。
「……やるのね、四……」
「……はぁぁ……智ったら……」
「しーくんみたいにカッコよく」
「宗くん見ててね♡」
九と十は半ば諦め気味で、大艸と服部は彼氏のためにノリノリで気持ちを切り替えた。
「デスナイトガールズが1人、私のくっ殺はまーくんだけのもの。【奈落の闇黒神殿騎士】のアキコ!」
「同じく、智のおかげで深淵に至りし我が大魔導。【深淵の超越魔導師】のサラメ!」
「同じく、しーくんのためならバーサクヒーラーにだってなれる。【地獄の武闘女教皇】のミコ!」
「同じく、宗くんと同じ頂きに辿りつくため磨いた忍術。【虚実のくノ一宗主】のヒスイ!」
「あ、貴女たちも上位職へとクラスチェンジが終わっていると言うの!?」
「フッ……いつまでも彼氏の後を追う女だとは思わないことだ……キリッ!」
「私たち全員はマスタークラス……キリッ!」
「バーサクヒーラーの極みを見せてあげる……キリッ!」
「2人の愛と忍法に果てなし……キリッ!」
奇しくも途中からノリノリとなってしまった九と十がキリ顔を見せると、元々ノリノリだった大艸と服部はそれに続けてキリ顔を披露して見せたのだった。
「だが、僕たちだって漫然と過ごしていたわけではない! 勇者の中の勇者として、君たちを止めて正気に戻してみせる!」
「そうよ! 私も勇者として貴女たちを止めてみせる!」
「それにいくらマスタークラスとなろうとも、四君と一君は生産職だ! これは変えるべきことのできない決定的戦力差となる!」
そう言う能登はいくらマスタークラスの職業に至っていようとも、四と一に限って言えば簡単に組み伏せることができるだろうと予測していたが、そこで終わらないのがオタクの真髄である。
「こんなこともあろうかと……」
その決まり文句と同時に四は魔改造を施したポーチから、自身と一の分の武器を取り出しては地面に設置していた。そして、それを見た勇者たちは愕然としている。
「な……何だそれは……」
「何だかんだと聞かれたらっ!」
「答えてあげるが世の情けっ!」
「「ドヤっ!」」
ノリノリで能登の言葉に反応した四と一による、された相手からするとムカつくだけのテンプレ後のドヤ顔がキマると、その後は四が取り出した物の名称を告げるのだった。
「小生と一氏、及び仲良くなった人たちの力作、【M134】改め【O134】だったものが、魔王様の御力により【O134改】となりましたが、何か?」
そう、四が取り出した物は、ファンタジー世界にあってはならない現代兵器であるミニガン(異世界仕様)だ。そのミニガンはエルフ2種族やドワーフ族たちと協力して作り上げられ、長い時間をかけての試行錯誤の結果、本物とは違うが見た目だけは本物の銃火器を完成させていた。
そして、その話を聞いたケビンが現物を見たらハリボテだった物を実際に使えるように改造を施し、【耐衝撃】、【耐反動】、【冷却放熱】、【耐久力増加】、【軽量化】と実現可能なあらゆる処置を追加付与している化け物兵器と化してしまった。
「この【O134改】は、およそ1秒間に約5発の弾丸が発射されるでありますが、何か?」
「き、君たちは異世界に来ていったい何を……」
「異世界……それはオタクのオタクによるオタクのための世界……キリッ!」
「その世界において趣味に走ることこそ、オタクの本懐……キリッ!」
「現代社会では制約により実現不可能なことも……キリッ!」
「こと異世界においては実現可能であることもしばしば……キリッ!」
「そんな彼氏たちを支える……キリッ!」
「私たちの内助の功……キリッ!」
「オタクと馬鹿にされようとも……キリッ!」
「彼氏と分かち合えれば彼女の本懐……キリッ!」
「「「「これぞ!」」」」
「「「「オタク道!」」」」
「「「「ドヤっ!」」」」
「「「「ドヤっ!」」」」
一斉に『キマった!』と言わんばかりのドヤ顔を見せていたが、相対する勇者たちはそれどころではなかった。まさか異世界に来てまで殺傷能力の高い近代兵器が出てくるとは思わなかったのだ。そのような唖然としている能登たちに対して、立場的なところで優位に立った四が再び口を開く。
「小生の聞き間違いでなければ取りようによっては、小生と一氏を相手にして簡単に倒せるような言葉に聞こえたのですが、如何か?」
「それは……」
「既に小生たちは魔王サイド。敵となった貴方たちにはもはやかけるべき情けなし」
「なっ!? 学友であるクラスメートの僕たちを殺すというのかっ!」
「はて、小生の耳はおかしくなったでありますか? オタクと蔑む者、蔑んでいない者は代わりに無視を決め込む。クラスカースト最下位であった小生たちを貴方は『学友』と言う。小生の記憶が確かならば、クラスカーストを気にせず話しかけてきたのは、今はここにいない九鬼氏であります」
そう言う四に、クラス委員長である能登は痛いところを突かれてしまい反論できずに口を閉ざしてしまうが、代わりに剣持が口を開いて四の論理を論破しようとする。
「それなら何故九さんたちと仲良くしているの? 九さんたちだって、クラスじゃ四君たちを無視してたじゃない」
「フッ……剣持氏は所詮ノーマルということ。オタクを理解していないであります」
「どういうことよ!」
「オタクはオタクの匂いを嗅ぎ分けるのであります。小生たちは九氏たちがオタクであることは元の世界でも重々承知済み。別に話しかけられずともオタクの志を共にする者として、そっとしておくのが小生たちの優しさなのであります。だがしかし! 本人の口から『悪徳令嬢に転生したいのー!』と暴露してしまった以上は、つるむというのがオタクの情け!」
「ちょっ、四!」
四からのいきなりなブッコミで、恥ずかしい過去を再度晒されてしまった九がワタワタとしてしまうが、もう言うことはないとばかりに四が【O134改】を構える。
「それでは萌え萌えキュンの恩を返すであります」
「ッ! みんな散開しろ!」
四の構える【O134改】の危険性を理解している能登が声を上げると、勇者グループや居残り組はその場から散開して固まらないようにバラけた。
「【O134改】、発射であります!」
「某も撃つでごわす!」
四に続いて一がカチッと引き金を引くと、あまりの発射速度に発砲音は連続的に鳴り続け、断続音ではなく1つの音としてその場に響きわたる。
そして、【O134改】の最初の被害者となったのは、居残り組のグループである。四と一はたとえ近代兵器だとしても、その力を過信することなく組みしやすい相手を標的にしていたのだ。
「ぐあぁぁぁぁ!」
「いでぇぇぇぇ!」
「何でっ!? 不死原さんの結界で防げてない!」
四と一に的とされた2人は、【魔導拳豪】の小鳥遊と【拳豪】である百足だ。格闘戦専門の彼らは当然のことながら盾を持つでもなく、かつ鎧を着込んでいるわけでもないのでグループの中では防ぐ手立てが1番乏しい存在なのだ。
そして、その2人がその場に倒れ込むと、今度は同じグループの【重騎士】というタンク役である六月一日と【軽騎士】の一二月一日が標的とされる。
「素晴らしい! 最高のショーであります!」
「見ろ! まるで人がゴミのようでごわす!」
ノリノリで撃ち続ける四と一は既にテンションがマックスとなっていて、それを見ている彼女の九と十は溜息をつきつつ呆れ返っていた。
「幸せそうね、四……」
「智ったら……はしゃぎすぎよ……」
そのような中でも他の者たちは黙って見ているだけではなく、【勇者】能登や同じく【勇者】剣持は四と一の暴挙を止めるべく接近しようとするが、それを阻むのは【シノビマスター】の猿飛と【クノイチマスター】の服部である。
「やらせはせん、やらせはせんでござる!」
「宗くんと一緒なら私の戦闘力は53万よ!」
「くっ! 猿飛君は2人の暴挙を止めなくていいのか! 人殺しをしているんだぞ!」
「貴方たちは友だちじゃないの?! 道を踏み外したのを止めるのが友だちでしょ!」
「敵の無力化は戦術において必須事項でござる!」
「早ければ早いほどなおよしなのよ!」
能登の相手を猿飛が受け持ち剣持の相手を服部がしている中で、他にも動き出している者たちがいた。
「百武君、私の相手は貴方ってこと? 雪菜の所へ応援に行きたいんだけど?」
「【剣聖】である銘釼殿を抑えられるのは、操る武器は違えど【槍聖】に至りし拙僧が適任ですぞ。拙僧の操る通常の3倍のスピードについてこられますかな?」
「俺の相手はお前か大艸。女子の相手はやりにくいんだけどな」
「しーくんのいる所が私のいる所。【魔導剣豪】の辺志切君を止めてみせる。それが【武闘女教皇】の私の役目」
そして、未だに【O134改】を撃ち放っている四たちの所では、勇者グループの後衛を担っている【大魔導師】の南足と【賢者】の不死原による魔法攻撃が飛んできている。
「くっ……当たらなければどうということはない!」
「不死原さんの計算が厄介ね。伊達にⅠQが高いわけじゃない」
「うほほー魔法という弾幕の中で撃ち放つ【O134改】!」
「こちらの弾幕もかなりのものでごわす!」
「ちょっと、四! さっさと残り2人をやっちゃいなさいよ!」
「智、遊んでる暇があるなら終わらせて」
「小生、【重騎士】の六月一日氏が厄介だと申したい件」
「六月一日氏は重装甲で、実弾じゃない以上はこちらが不利でごわす! 桜梅、敵の後ろからドカンをキボンヌ」
「仕方がないわねぇ……」
「まったく智ったら……」
それから九と十が南足と不死原に対して魔法の弾幕を撃ち放つと、その間に十がターゲットを切り替えて六月一日の後方に魔法を発動させたら、その魔法によって吹き飛ばされた六月一日に対して、【O134改】の弾幕が雨あられのごとく殺到する。
「いででででで――っ!」
「フッ……またつまらぬものを撃ってしまった……キリッ!」
「四っ! さっさと残りをやる!」
「あーちゃんが厳しい件……しょぼん……」
「2人きりじゃない時に『あーちゃん』って言うなー!」
「理不尽なり……九氏が名乗りの時に『まーくん』と呼んだ件」
「言ってたでごわす」
「言ったわね」
「くっ……」
「くるでありますか!?」
「くるでごわす!?」
「言っちゃうの?!」
「殺す!」
「キタコレー!」
「もう既にテンプレと化しているでごわす」
「晶子は照れ屋ね」
【重騎士】の六月一日を倒したことによって余裕が出てきたのか、四たちはワイワイガヤガヤと騒ぎながら戦っており、【軽騎士】の一二月一日は2丁の【O134改】による弾幕を受けてしまい、為す術なく倒れてしまった。
「よし、四。後衛に弾幕をぶち込むのよ!」
「小生、女子を攻撃する手段を持っていない件」
「某も同じでごわす」
九の指示に対して四と一がフェミニストを気取ると、こんな時にでも敵である女子に対して優しいその性格を彼女として誇らしくも思い、頭ごなしに2人を責めるわけにもいかず、代わりに九が【O134改】の銃手となると、同性相手なので構わずに撃ち放っていく。
「ヤバいコレ、楽しぃぃぃぃ! ちょー濡れるっ!!」
【O134改】を撃ち放っている九が、テンションアゲアゲのあげぽよ状態に陥るその姿を見てしまった3人は、車のハンドルを握ると性格が変わるというのを一様に思い出して、九の凶行?を戦慄しながら眺めていた。
「小生の彼女が豹変した件……」
「銃を持たせたらダメなタイプでごわす……」
「晶子……」
そして、九の【O134改】乱射事件により、後衛職の南足と不死原は最後まで頑張ったものの為す術なく倒れてしまう。
そのような2人は九の狂ったかのような楽しんでいる声が、しばらくの間は耳に残り続けて夢にまで出てきたということを、後日語っていたとかいないとか。特に寝ることが大好きな南足にとっては、悪夢と言える日々が続いたのだと言う。
その後、【O134改】に魅せられた九は、そのままターゲットを変えてしまうと剣持相手に撃ち放っていく。そのようなことをされるとは思っていない剣持と服部は、2人して慌てふためいて戦いどころではなくなり、服部はすぐにくノ一らしく《空蝉の術》にてその場を離脱すると、九に物申しに向かっている最中に剣持はやられてしまうのだった。
「ちょっと晶子ちゃん! 私まで巻き込むってどういうことよ!」
「コレ楽しいんだって! 翡翠も撃ってみなよ。そこに1丁残ってるから」
「そういうことじゃなくて、ねぇ! 聞いてる?!」
服部が異議申し立てを一生懸命にするも、九は既に次のターゲットへと照準を定めており、ノリノリなテンションで一声を放つ。
「ふぁいあぁぁぁぁっ!」
「……四君?」
「小生……自分の彼女がここまでサバゲーにハマるとは思っていなかった件……」
「どこにもサバイバル要素がないんだけど……」
「一応、魔王様主催のゲームであるからにして、弾丸も非殺傷性の物で【微麻痺】が付与されたものでして……一方的なサバゲー「違うよね?」……もとい、リアルシューティングゲームという拡大解釈のもと、小生も楽しんでいた部分があり九氏を咎めるわけにもいかず……服部氏と言うよりも、残りの【オクタ】メンバーには大変申し訳なく……急いで逃げてくれとしか言いようがないのであります……」
そう言う四が申し訳なさそうに服部に対して弁明をしながら頭を下げていると、次なる被害者がこの場にやってくる。
「四殿、九殿が豹変しているでござる。止めなくてよいのでござるか?」
そう、この場へ次にやってきたのは、服部と同じようにして《空蝉の術》で難を逃れた猿飛である。そして、その猿飛に対しても四は自分の彼女の凶行を止める術がないことを説明していくと、未だ戦っていた【オクタ】のメンバーが次々とやってきた。
「四殿! 拙僧は別に構わないですが、みこちゃんを狙うのは止めて欲しかったですぞ!」
「うぅぅ……危うく蜂の巣にされちゃうところだったよ……でも、しーくんにお姫様抱っこしてもらっちゃった♡」
先程まで銘釼と戦っていた百武は、自称である3倍のスピードを発揮すると、自身に飛んでくる弾幕だけを何とか防ぎつつ、銘釼そっちのけでスタコラサッサと逃げ出したのだ。
そして、次の標的となっていた辺志切と大艸の戦闘に乱入して、大艸をお姫様抱っこするとまたもやスタコラサッサと逃げ出してこの場に到着したのである。
「的っ! 的はどこ?!」
そしてまだ興奮冷めやらぬ九は、勇者グループを倒してしまうと次なる的を探すために躍起になっていた。そのような九を止めるべく、【オクタ】のメンバーは彼氏である四にその役目を押し付ける。
すると、四は的を探している九の背後に回ると、後ろからそっと抱きしめるのだった。
「あーちゃん、もう近くに敵はいないよ。今のあーちゃんもカワイイけど、僕はいつものあーちゃんの方が好きかな」
「――ッ! ま、まま、まーくん??」
「いきなり抱きついてごめんね」
「そ、そそそ、そんなことないよ。まーくんだったら私も嬉しいし……」
「はは、初めて抱きしめたからちょっと手が震えてて格好悪いね」
初めて女子に抱きつくという偉業を達成した四は、あまりの緊張によって手が震えていたが、九はその震える手に自身の手を重ねると、背中に感じる鼓動をそっと口にするのだった。
「まーくん、ドキドキしてる?」
「うん。大好きなあーちゃんに抱きついてるからね」
「私もドキドキしてる。大好きなまーくんに包まれてるから」
「ドキドキカップルだね」
「うん……」
「あーちゃん、もうそれは収納してもいいかな? 次の機会は魔物相手に使わせてあげるから」
「ごめんね……迷惑かけちゃったよね?」
「ううん、迷惑じゃないよ。あーちゃんが楽しんでくれて僕も嬉しいよ。それにみんなはもう許してくれてるし、元気なあーちゃんが1番だよ」
「まーくん……大好き♡」
「僕もあーちゃんが世界中の誰よりも大好きだよ」
四の頑張りによって九が落ち着くと、それを見ていた【オクタ】のメンバーは思い思いの気持ちを口にしていく。
「四氏が男を見せたでごわす……」
「智だって不意にドキッとさせられる男になるわよ」
「桜梅……大好きだよ」
「ほら、ドキッとさせられた。私も大好きよ、智♡」
「拙僧もみこちゃんをお姫様抱っこした時はドキドキしたですぞ」
「私もしーくんにお姫様抱っこされてドキドキしちゃった」
「大好きだよ、みこちゃん」
「私も大好き、しーくん♡」
「みんな両想いで良いでござるな」
「私たちみたいだね」
「では、僕も……翡翠ちゃん、大好き」
「うん。私も宗くんが大好き♡」
四と九の雰囲気に当てられたのか、残るメンバーたちもそれぞれのパートナーに想いを口にしていき、戦場だと言うのにここだけはピンクな世界を作り出していた。
こうして【オクタ】と勇者グループや居残り組の戦いは、途中までは戦いらしい戦いをしていたのだが、九による【O134改】乱射事件により幕を下ろすのであった。
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