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第16章 魔王対勇者
第523話 ケビンという名の冒険者(無敵サイド)
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時は遡りケビンが無敵と出会ったあと、無敵たちはケビンから齎された情報により、九鬼がいるであろうダンジョン都市へ向けて旅立っていた。無敵たちに付いている引率者である騎士団長には、予め用意していた説明により違和感なく納得させることに成功すると、その翌日から出発したのである。
「力也ぁ、何でそんなに桃太郎に執着するんだ? 虎雄も何か知ってるんだろ?」
「お前が知る必要のないことだ」
「聞きたければ九鬼本人に尋ねろ」
「夜行と千代も教えてくれねぇしよー俺だけ仲間はずれじゃねぇか……あっ、奏音がいたから俺だけじゃねぇか」
「私は知っているわよ。だけど、教えるつもりはないわね」
「ちっ、やっぱり俺だけかよ!」
旅の道中では月出里だけが教えてもらえない無敵と九鬼の関係性や、百鬼や千喜良の怯えように1人で苛立ちを顕にしていたが、結局のところ教えてもらえないままでダンジョン都市へと到着してしまう。
「冒険者ギルドに行くぞ」
無敵の指針により、いつもなら宿屋をまず押さえていたのにいきなり冒険者ギルドへ直行するとあってか、仲間たちには無敵の九鬼に対する執着がありありと見て取れたのだった。
「あ? クキ……? 知らねぇな」
「もしかしたらあいつじゃないか? こいつらと同じ黒髪の冒険者がいただろ?」
「あーあー、確かにいたな。ここ最近は見かけてねぇが」
「そいつなら別のところに行ったんじゃないか?」
「確か遠乗り用の馬車が出発するところに並んでたよな」
「そうそう、確かそうだったな」
しかしながら冒険者ギルドで情報収集をしても、既に九鬼はダンジョン都市を出て行った後であり、1歩及ばず行き違いになっていたことを知る。
「どうする力也?」
「九鬼の行き先がわからねぇ以上は闇雲に動いても無駄だ。とりあえずここのダンジョンを攻略するぞ。九鬼が制覇したなら同じことをしなけりゃ、追いつけるもんも追いつけねぇ」
九鬼が既にいないということで十前が無敵に尋ねると、無敵は九鬼がダンジョンを制覇し終わって別の所へと移動したと勘違いをしてしまうが、それを訂正できる者がここにはいないので、その勘違いを仲間たちも共有してしまうことになる。
「桃太郎がダンジョンを制覇? ないない。力也のギャグにしては笑えねぇやつだな」
奇しくも九鬼を馬鹿にしてやまない月出里だけが正解に辿りつけるも、他の5人はその発言を鵜呑みにはしない。
「とにかく、宿屋を確保したらさっそくダンジョンに潜るぞ。K’sダンジョンは本店と2号店があるらしいが、街中にある本店から攻略する。こっちには武器専門でお宝が出るらしい。2号店の方は防具専門みたいだ」
「……ちょっと待って、無敵。本店と2号店って……それって同一人物がダンジョンを最初に制覇したってことじゃない? そうでなきゃ、武器専門と防具専門に分かれるダンジョンなんて聞いたことがないよ」
無敵の齎した情報に千手が気になったことを指摘すると、それら聞いていた千喜良が更に疑問を被せてくる。
「何となく無敵と奏音ちゃんの話を聞いていたけど、【K’s】って素直に読むと英語だよね? こっちの世界に英語ってあるの? もし英語だったらKの人のダンジョンってことじゃない?」
そのまま違和感なく受け入れスルーしていた名称に関して、千喜良による鋭い指摘を聞いた無敵たちは沈黙してしまうと、千手が同意する意見を口にした。
「確かに……改めて言われてみれば不思議よね。【言語理解】によって私たちにもわかるように勝手に変換されているって思い込みがあったから、そのまま受け入れていたわね」
「だが、それなら問題はないだろ。俺たちにわかるように変換されているのなら、英語表記になったところでおかしくはない。俺たちは異世界言語を知らないんだからな」
「ってゆーか、現地人に聞けばわかるっしょ!」
「夜行の言う通りだぜ!」
皆が改めて言語に関して思い悩む中、難しく考えることが苦手な2人がさっそく現地人に確認を取りに向かった結果、手にした情報は「読めねぇ」という予想外の回答だった。
「読めないってどういうこと?」
「異世界言語じゃないとか?」
「それはないだろ。受付の女に聞いた時はちゃんと口にしていたぞ」
「「「「うーん……」」」」
「じゃー今度は受付の人に聞くしかないっしょ!」
「おう! 行くぞ、夜行!」
ここでもまた2人が悩むよりも先に行動したため、新たな情報を手に入れてきて更に事態は混沌と化す。
「勇者の残した神聖文字?」
「そう言ってたし?」
「ギルドがあらゆるツテを使って解読したって言ってたぜ」
「んで、【K’s】は【ケーズ】って読むことが判明したって言ってた感じ。読み方だけわかったって感じっしょ」
「つまり……千代が言ってたことが正解なわけね」
「んー……それだと私たち以外にも勇者がいるってこと? 元の世界に帰れないでずっとこの世界で生きてるのかな?」
「それが事実だとしたら、教団に召喚されて帰れないやつが他にもいるってことか?」
「それじゃー夜行ちゃんを見習って、わからないことは受付に聞こー!」
千喜良が音頭をとると無敵たちはぞろぞろと受付嬢の所へ足を運んで、ダンジョン制覇を成し遂げた者の情報を尋ねるのだった。
「度々すまないが、K’sダンジョンを制覇した者が誰なのか教えてもらうことはできるか?」
「はい。ダンジョン制覇者は最強クラン【ウロボロス】に所属する冒険者たちです。制覇しそうな最有力クランは今のところ【鮮血の傭兵団】となります」
「ん……? 九鬼という冒険者は【ウロボロス】に所属しているか?」
「クキ……? えぇーと、少々お待ち下さい。んー……その方は所属しておりません」
「所属してない……九鬼はダンジョンを制覇していないのか?」
「ええ、ギルドの記録に残っている制覇者は、【ウロボロス】に所属する冒険者たちだけです。それ以外の制覇者はいません」
「ちなみに1番最初に制覇した者の名を知ることはできるか?」
「ええ、有名ですから別に教えたところで構いません。1番最初に制覇したのは【ウロボロス】のリーダーであるケビンさんと、その時のパーティーメンバーのティナさん、ニーナさん、ルルさんになります」
「ケビン……K……ケビンのダンジョンってことか……」
受付嬢の言葉でダンジョン名の真相に辿りついた無敵がそう呟いていると、後ろで同じく聞いていた千手が思わぬことを口にする。
「ねぇ……無敵……ダンジョンで会ったあの人……ケビンって呼ばれてなかった?」
千手の口にした言葉で無敵たちがその時のことを思い出して沈黙していると、無敵は迷わずそのことを受付嬢に尋ねるのだった。
「その【ウロボロス】のリーダーはSランク冒険者か?」
「いいえ。【ウロボロス】のリーダーであるケビンさんはXランクです」
「……は? X……?」
「はい。2人しかいないXランクの内の1人となります」
「待て……Xランクって何だ? そんな話は初めて聞いたぞ」
「あぁぁ……冒険者登録の際にXランクについて説明を受けなかったんですね? まぁ、説明する必要もないのですけど」
「2Sが最高なんじゃないのか?」
無敵たちは教団からの教育を受けているので、現状はガブリエルの2Sランク相当という情報しか持ち得ていないのだが、それを知らない受付嬢は無敵たちの手続きをしたギルドを非難し始める。
「どこのギルドですか、そのような適当な説明をしたのは。ランクというものは、2Sの上に3Sがあり、3Sの上にXがあるんです。そして、Xランクというのは誰も到達することができないんですよ。昇格条件が途方もなくて無理ですから」
「途方もない……?」
「ええ。Xランクに至るためには、1人で国を滅ぼさないといけないんです」
「「「「「「は?」」」」」」
無敵たちはXランクに至るための昇格条件を聞いて、誰しもがその途方もない話に対して唖然としてしまう。
「まぁ、実際にそんなことをされてしまっては、国がなくなってしまうので困るのですけど、ケビンさんは成し遂げましたね。滅ぼしてはいないですけど、それに近しいことを成した偉業を称えてのXランクです」
「近しいこと?」
「はい! ケビン様は三国戦争時において、1人でその戦争を終わらせた救国の英雄なんですよ! それはもう、並みいる数万の敵をたった1人で倒してしまい、私たちの国とお隣のミナーヴァ魔導王国を救った英雄なんです! 私も一目でもいいからお会いしたいのですけど、神出鬼没で何処にいるかがわからないんです! もし会ったら絶対に握手してサインを書いてもらうのが夢で、比較的目撃情報のあるここのギルドに就職したんです!」
受付嬢はケビンのファンだったのか、端から見てもわかるくらいに興奮してケビンの説明をしており、それを聞いている無敵たちはその迫力にタジタジとなってしまう。
「そ、それは凄いな……で、ケビンという名は結構いるのか?」
「それはもう沢山いますよ! ケビン様の威光に少しでもあやかろうと、生まれてきた息子に対してケビンと名付けるのが、戦争終結後のブームだったんですから! それは今も続いていて全盛期ほどではないですけど、未だにケビンと名付ける親が後を絶たないんです! かくいう私も、結婚して息子が生まれたら絶対にケビンと名付けます!」
「そ、そうか……それはまぁ、頑張ってくれ……」
「もうあれから10年ですから、あと数年もすればケビンと言う名前の冒険者がいっぱい登録に来ると思うんです! ちなみにケビン様は僅か8歳で冒険者登録をして、半年でAランクまで上り詰めた天才なんです! 各ランク昇格時の最年少記録保持者なんです! これはまだ誰にも塗り替えることのできていない偉業なんです!」
先程から興奮しまくりの受付嬢に無敵もお手上げといったところなのか、話の区切れ目を狙って情報提供の感謝を述べると、そそくさと受付を後にするのだった。
「疲れた……」
「お疲れさん」
「凄いパワーだったわね……」
「熱烈なファンって感じじゃね?」
「あれは凄かったねー」
「で、欲しい情報は手に入ったのか? てゆーか、俺の言った通りで桃太郎はダンジョンを制覇してなかったじゃねぇか。だいたい桃太郎が制覇できるわけねぇんだよ」
とりあえず疲れた無敵は宿屋を先に確保して、そこで休憩を取りながら話し合うことを周知させたら、持ち金に余裕もあるので有名店と言われている夢見亭に足を運んだ。
そして、しれっといなくなってた団長とばったり宿屋で出くわすと、その団長は経費とやらでグレードの高い部屋を借りていたことを自慢していたが、疲れている無敵にとってはどうでもいいことであった。
その団長が無敵たちに構わずカジノへ向かって行くので、カジノがあることに反応を示した月出里を無敵が窘めると、受付で3人部屋を2部屋借りて無敵たちの部屋で後ほど集合することにした。その後は部屋に集まった段階で、無敵たちはギルドにおいて得られた情報を精査していく。
「結論から言うと、K’sダンジョンは【ウロボロス】のリーダーであるケビンのダンジョンということで間違いない」
「Xランクってどれほどの強さなのかな? この前の人がSランクよね?」
「受付嬢の話を信じるなら1人で数万を倒す怪物だ」
「無敵ならいけるだろ! なんてったって大魔王なんだからな」
「はぁぁ……竜也……少しは頭を使え。俺が数万の敵兵を相手取って勝てるわけがないだろ。数万だぞ、数万……」
「月出里に数のことを言っても無駄だよー馬鹿だもん」
「千代、てめぇ……」
「腹を立てる前に考えてもみなよ。例えばうちの高校の全校生徒がいっぺんに襲ってきて月出里は勝てるの? 約千人との喧嘩だよ?」
「そんなの気合いだ! 気合いでなんとかなる!」
「馬鹿だねー……無敵、月出里が馬鹿だから期待するだけ無駄だよ」
「お、俺が無理でも無敵ならなんとかなるだろ! たかが千人だろ」
「そりゃ無理だ。千人を相手にして体力が持つわけないだろ。異世界と違って魔法とかないんだぞ。それに、まず絶対に勝てない相手が1人いる。そいつがいる時点で俺に勝ちはない。最初にそいつと当たったら1人も倒せずに俺の負けだ」
「う、嘘だろ!? もしかして2年か3年生か? 1年生に気合いの入った奴はいなかったから、先輩ってことだよな? だけど、2年生にそこまで気合いの入った奴は見なかったし……やっぱり3年生か……?」
見当外れなことを予想している月出里を他所に、無敵たちは更に話を詰めていくため、1人ぶつぶつと予想している月出里は放っておくことにした。
「とりあえずダンジョンの名前の由来はわかったけど、ケビンって人は名前からしてこの世界の人でしょ? K’sって付いたのはたまたまじゃない? ダンジョン名を好きに変えられるなんて聞いたことがないし」
「確かにそうかもーダンジョン制覇者が勇者って線は消えたねー」
「きっとあの女神様がランダムで付けてるんじゃないの? 他のダンジョンもその土地の地名を使った名前とかが多かったし、自分で名称を付けられることはないわね」
手に入れた情報を精査していた無敵たちは、ダンジョン名から他にいるかもしれないと思っていた異世界転移者の話を結論づけると、次は九鬼の行動についての話となる。
「ダンジョンを制覇していないとなると、行き先の見当がつかないな」
「ここのダンジョンは、九鬼君でも制覇が難しいダンジョンってことよね?」
「それはどうだろうな」
「十前は何か見当がついているの?」
「九鬼はあれでいて新しいもの好きだ。ダンジョンの攻略中に興味の惹かれるものがあったのなら、そっちを優先したかもしれない。別にダンジョンが移動していくってわけでもないからな。後回しにした可能性はある」
「どっちにしろ行き先はわからん」
「それじゃーダンジョンを攻略するしかないっしょ。九鬼は後回しでいい感じ?」
「そうしよー!」
九鬼からの制裁パンチを未だに恐れている2人は、九鬼を捜すことよりもダンジョンを攻略する方を優先させる発言をすると、どの道それしか今のところすることがないと結論づけた無敵が、明日からダンジョン攻略を開始することを決定するのだった。
「今日はとりあえず自由行動だ」
「よっしゃー! 俺はカジノに行くぜ!」
「俺は寝る」
「私はとりあえずギルドに行って、他のグループに到着の連絡を入れてくるね。こっちに届いている連絡を預かってないか、確かめないといけないし」
「んじゃーうちもついて行く」
「私もー!」
それぞれが行動予定を口にすると話し合いは終わりとなり、それぞれの目的のため散り散りになっていく。
「夜行、千代、行くよ」
「りょ」
「あいさー!」
そして、思い思いに別行動を取り始めた無敵たちはこのあと、ギルドから戻ってきた千手たちによって、またもや頭を悩ませる話し合いをすることになってしまう。
「――て、ことなのよ」
ギルドから戻ってきた千手の齎した情報は、ケビンが彼方此方で出没していた目撃情報である。
「オタクたちと生徒会長たちに会っていたのか」
「生徒会長の預けてた伝言だと、私たちのことを怒ってたみたいよ。初対面の人に対する態度ではないと」
「月出里はまだカジノなわけ?」
「馬鹿猿ぅぅぅぅ!」
「あいつは放っておけ。頭を使うことには向かない。結果だけ教えればいいだろ」
「十前に見捨てられてるー」
「それよりも問題なのは生徒会長の連絡内容よ」
「奏音にも見捨てられた感じ?」
「あいつに会った以外で、何て連絡を寄越してたんだ?」
「『ミートソーススパゲティが美味しい。抹茶は最高だ!』よ」
相変わらずな生徒会長節を聞いた無敵と十前は唖然としてしまう。魔王討伐に向かわず自由に行動している自分たちが言えたものではないが、あからさまに自由過ぎる生徒会長の行動は予想の斜め上をいくものであった。
「……アレは関わってはいけない人種だ」
「自由だな」
「問題は生徒会長の行動じゃなくて、食べ物のことよ。異世界にパスタならまだしも抹茶があったのよ!」
「千手も抹茶が好きなのか?」
「知らなかった」
「違うわよ! 抹茶って日本文化よ!」
「この世界は広いんだ。探せば可能性くらいはあるだろ。現に交易都市ソレイユを出たあとの街で焼きそばが売ってたじゃないか」
「あれは美味かったな」
「そうじゃなくて、手に入れた方法が問題なの!」
「盗んだのか?」
「ち・が・う! ケビン殿から作ってもらったって書いてあったのよ!」
「あいつ、料理を作れたのか……人は見かけによらんな」
「ねぇ、わざと? わざとなの?! 無敵ならことの重大性に気づいているでしょ!」
「落ち着け。あいつが元の世界の文化を知り得ているのが、千手はおかしいって言いたいんだろ?」
「わかってるなら、横道に逸らさないでよ!」
「そんなもん出会った時にわかってたことだろ」
「え……」
「初めてやつと出会った時のことをよく思い出してみろ。竜也が『ぐぁばっ!』ってやられた時に大爆笑してただろ。連れの女たちは意味がわかってなかったのに、あいつだけはその言葉が何を指してたかわかってた。更には百鬼の技を見たら陰陽師とすぐに判断したんだ」
無敵からの説明によって千手は改めてあの時のことを思い出していた。あの時は手も足も出ない強者相手に喧嘩を売ったとあってか、どう助かるかの方法しか考えておらず、細かいところにまで気を配ることができずにそのまま流していたのだ。
「【グァバ】、【陰陽師】、【チェケラッチョ】、【百鬼夜行】……これだけでもやつが元の世界の文化を知り得ていることになる」
「百鬼夜行言うなし……」
「チェケラッチョじゃないもん……」
無敵が口にした言葉で百鬼と千喜良がボソッと反論するが、無敵も悪気があって言っているわけではないので、2人はあまり強く反論できずにいた。
「その上で更に不可解なのは、あいつが九鬼の【鬼神】という通り名を知っていたことだ。九鬼自らが自分の過去を教えるなんてことはない。それはクラスの連中を見てればわかることだろ。それなのにあいつは九鬼が【鬼神】だと知っていた」
「そういえば私たちのことも知っていたわね。噂になってるって」
「そうだ。それにあいつは抜けているのか、所々でボロを出している。最初は家名や名前と言っていたが、百鬼が名乗った時にあいつは間違いなく『氏名を書いたら百鬼夜行』と言った。つまりあいつは氏名という言葉や漢字を知っているってことだ」
どんどん無敵がケビンの秘密に迫っていると、百鬼がそこで思っていたことを口にする。
「九鬼と一緒にいたなら九鬼から漢字とか聞いた感じじゃない?」
「仮にそうだとしても、それは自分の名前までだろ? 他人の、しかも興味がない石ころ同然のお前の名前をわざわざ教えると思うか?」
「うっ……千代……これ、グサッとくるし……」
「私も十前に言われた。グサ仲間」
無敵の言葉にグサッときた百鬼は、千喜良から『グサ仲間』に認定されると2人して打ちひしがれるが、無敵は更に話を続けていく。
「それに【ヤンキー】という単語を知っていたし、ウォルター枢機卿を呼び捨てにしたり、総団長の名も呼び捨てにしていた。あいつは色々と知りすぎている。教団に内通者がいることを考えてもみたが、それだと九鬼の過去の件を知っていたことが腑に落ちない。九鬼は早々に追い出されたからな」
「確かにそうね……」
「そこで1つ仮説を立てたのは、何かしらの方法でこちらの情報を手に入れる手段があるということだ。それは内通者を得るという意味ではなく、あいつ自身がその能力を持っている可能性があるってことだ」
「能力?」
「この世界で言うなら魔法かスキルだろうな。あいつは九鬼の話をする前に俺たちを1人1人見たあと、それから百鬼と千喜良を指名した。2人が九鬼を恐れているのを知ったから『飛びっきりのプレゼント』だなんて前フリをして、九鬼の話をしたんだと思えば色々と合点がいくことになる」
「つまりあの人は相手を見るだけで、その人の情報を得ることができるってことよね? 仮にそれが本当のことだとしたら、元の世界の文化も私たちから抜き取った情報ってことかな?」
「プライベート進行だし!」
「夜行ちゃん……それ、プライバシー侵害だよ……」
百鬼の主張にすかさずツッコミを入れる千喜良と、相変わらずな覚え方をしているのを聞いてしまった無敵たちは溜息をついてしまう。
「どっちにしろそれを確かめる術がない。正解していようが間違っていようが、自分の手の内を晒す真似はしないだろ。そもそもあいつに会うなんて九鬼を捜すよりも骨が折れる」
「九鬼君は黒髪黒目で目立つもんね。誰かしら必ず見ているはずだから、そういう点ではまだ捜しやすいかな。それに比べてケビンさんは何処にでもいる茶髪だったもんね」
「手がかりを探すとしたら、【Sランク冒険者のケビン】というワードだけでやるしかない。Sランク冒険者ならそれなりに有名だろ」
「とにかく、まずはダンジョンを制覇しましょう。100階層が2ヶ所だから気合いを入れないと、ここで何ヶ月も足止めをくらうわ」
「ついでに明日は全員で冒険者登録をするぞ。持ち金が多くなり過ぎて持ち歩きたくない」
「冒険者登録とお金って関係ないっしょ?」
無敵の決めた方針に百鬼が意味のわかってない口ぶりをしてしまうと、無敵は溜息をつきながらギルドカードについての説明をしていく。それは度々出店などで見かけていたカード払いの方法だ。
無敵は百鬼でもわかるように、それを元の世界のポイントカードという例を使いながら説明したことで、ようやく意味のわかっていない百鬼にも理解させることができた。
「全店共通のポイントカードを持ち歩くようなもんだ」
「ポイントカードならうちも欲しい! 何か買えばポイントが貯まるわけっしょ?」
「冒険者ギルドカードのポイントは買って貯めるんじゃなくて、ギルドに買い取らせて貯めるんだ。そうすればお金というポイントが貯まっていく」
「もう、夜行だってキャッシュカードくらいわかるでしょ? あれと同じよ。自分の口座にお金があって、ギルドカードで直接支払えるようになるの」
無敵と千手の畳み掛けで百鬼を納得させると、明日の朝イチで冒険者登録を行い、そのままダンジョン攻略に向かうという流れで話し合いは終わりを迎える。
そして、1人カジノで遊び呆けている月出里に関しては、戻ってきたら無敵が伝えておくことになり、千手たちは自分たちの借りた部屋へと帰るのであった。
「力也ぁ、何でそんなに桃太郎に執着するんだ? 虎雄も何か知ってるんだろ?」
「お前が知る必要のないことだ」
「聞きたければ九鬼本人に尋ねろ」
「夜行と千代も教えてくれねぇしよー俺だけ仲間はずれじゃねぇか……あっ、奏音がいたから俺だけじゃねぇか」
「私は知っているわよ。だけど、教えるつもりはないわね」
「ちっ、やっぱり俺だけかよ!」
旅の道中では月出里だけが教えてもらえない無敵と九鬼の関係性や、百鬼や千喜良の怯えように1人で苛立ちを顕にしていたが、結局のところ教えてもらえないままでダンジョン都市へと到着してしまう。
「冒険者ギルドに行くぞ」
無敵の指針により、いつもなら宿屋をまず押さえていたのにいきなり冒険者ギルドへ直行するとあってか、仲間たちには無敵の九鬼に対する執着がありありと見て取れたのだった。
「あ? クキ……? 知らねぇな」
「もしかしたらあいつじゃないか? こいつらと同じ黒髪の冒険者がいただろ?」
「あーあー、確かにいたな。ここ最近は見かけてねぇが」
「そいつなら別のところに行ったんじゃないか?」
「確か遠乗り用の馬車が出発するところに並んでたよな」
「そうそう、確かそうだったな」
しかしながら冒険者ギルドで情報収集をしても、既に九鬼はダンジョン都市を出て行った後であり、1歩及ばず行き違いになっていたことを知る。
「どうする力也?」
「九鬼の行き先がわからねぇ以上は闇雲に動いても無駄だ。とりあえずここのダンジョンを攻略するぞ。九鬼が制覇したなら同じことをしなけりゃ、追いつけるもんも追いつけねぇ」
九鬼が既にいないということで十前が無敵に尋ねると、無敵は九鬼がダンジョンを制覇し終わって別の所へと移動したと勘違いをしてしまうが、それを訂正できる者がここにはいないので、その勘違いを仲間たちも共有してしまうことになる。
「桃太郎がダンジョンを制覇? ないない。力也のギャグにしては笑えねぇやつだな」
奇しくも九鬼を馬鹿にしてやまない月出里だけが正解に辿りつけるも、他の5人はその発言を鵜呑みにはしない。
「とにかく、宿屋を確保したらさっそくダンジョンに潜るぞ。K’sダンジョンは本店と2号店があるらしいが、街中にある本店から攻略する。こっちには武器専門でお宝が出るらしい。2号店の方は防具専門みたいだ」
「……ちょっと待って、無敵。本店と2号店って……それって同一人物がダンジョンを最初に制覇したってことじゃない? そうでなきゃ、武器専門と防具専門に分かれるダンジョンなんて聞いたことがないよ」
無敵の齎した情報に千手が気になったことを指摘すると、それら聞いていた千喜良が更に疑問を被せてくる。
「何となく無敵と奏音ちゃんの話を聞いていたけど、【K’s】って素直に読むと英語だよね? こっちの世界に英語ってあるの? もし英語だったらKの人のダンジョンってことじゃない?」
そのまま違和感なく受け入れスルーしていた名称に関して、千喜良による鋭い指摘を聞いた無敵たちは沈黙してしまうと、千手が同意する意見を口にした。
「確かに……改めて言われてみれば不思議よね。【言語理解】によって私たちにもわかるように勝手に変換されているって思い込みがあったから、そのまま受け入れていたわね」
「だが、それなら問題はないだろ。俺たちにわかるように変換されているのなら、英語表記になったところでおかしくはない。俺たちは異世界言語を知らないんだからな」
「ってゆーか、現地人に聞けばわかるっしょ!」
「夜行の言う通りだぜ!」
皆が改めて言語に関して思い悩む中、難しく考えることが苦手な2人がさっそく現地人に確認を取りに向かった結果、手にした情報は「読めねぇ」という予想外の回答だった。
「読めないってどういうこと?」
「異世界言語じゃないとか?」
「それはないだろ。受付の女に聞いた時はちゃんと口にしていたぞ」
「「「「うーん……」」」」
「じゃー今度は受付の人に聞くしかないっしょ!」
「おう! 行くぞ、夜行!」
ここでもまた2人が悩むよりも先に行動したため、新たな情報を手に入れてきて更に事態は混沌と化す。
「勇者の残した神聖文字?」
「そう言ってたし?」
「ギルドがあらゆるツテを使って解読したって言ってたぜ」
「んで、【K’s】は【ケーズ】って読むことが判明したって言ってた感じ。読み方だけわかったって感じっしょ」
「つまり……千代が言ってたことが正解なわけね」
「んー……それだと私たち以外にも勇者がいるってこと? 元の世界に帰れないでずっとこの世界で生きてるのかな?」
「それが事実だとしたら、教団に召喚されて帰れないやつが他にもいるってことか?」
「それじゃー夜行ちゃんを見習って、わからないことは受付に聞こー!」
千喜良が音頭をとると無敵たちはぞろぞろと受付嬢の所へ足を運んで、ダンジョン制覇を成し遂げた者の情報を尋ねるのだった。
「度々すまないが、K’sダンジョンを制覇した者が誰なのか教えてもらうことはできるか?」
「はい。ダンジョン制覇者は最強クラン【ウロボロス】に所属する冒険者たちです。制覇しそうな最有力クランは今のところ【鮮血の傭兵団】となります」
「ん……? 九鬼という冒険者は【ウロボロス】に所属しているか?」
「クキ……? えぇーと、少々お待ち下さい。んー……その方は所属しておりません」
「所属してない……九鬼はダンジョンを制覇していないのか?」
「ええ、ギルドの記録に残っている制覇者は、【ウロボロス】に所属する冒険者たちだけです。それ以外の制覇者はいません」
「ちなみに1番最初に制覇した者の名を知ることはできるか?」
「ええ、有名ですから別に教えたところで構いません。1番最初に制覇したのは【ウロボロス】のリーダーであるケビンさんと、その時のパーティーメンバーのティナさん、ニーナさん、ルルさんになります」
「ケビン……K……ケビンのダンジョンってことか……」
受付嬢の言葉でダンジョン名の真相に辿りついた無敵がそう呟いていると、後ろで同じく聞いていた千手が思わぬことを口にする。
「ねぇ……無敵……ダンジョンで会ったあの人……ケビンって呼ばれてなかった?」
千手の口にした言葉で無敵たちがその時のことを思い出して沈黙していると、無敵は迷わずそのことを受付嬢に尋ねるのだった。
「その【ウロボロス】のリーダーはSランク冒険者か?」
「いいえ。【ウロボロス】のリーダーであるケビンさんはXランクです」
「……は? X……?」
「はい。2人しかいないXランクの内の1人となります」
「待て……Xランクって何だ? そんな話は初めて聞いたぞ」
「あぁぁ……冒険者登録の際にXランクについて説明を受けなかったんですね? まぁ、説明する必要もないのですけど」
「2Sが最高なんじゃないのか?」
無敵たちは教団からの教育を受けているので、現状はガブリエルの2Sランク相当という情報しか持ち得ていないのだが、それを知らない受付嬢は無敵たちの手続きをしたギルドを非難し始める。
「どこのギルドですか、そのような適当な説明をしたのは。ランクというものは、2Sの上に3Sがあり、3Sの上にXがあるんです。そして、Xランクというのは誰も到達することができないんですよ。昇格条件が途方もなくて無理ですから」
「途方もない……?」
「ええ。Xランクに至るためには、1人で国を滅ぼさないといけないんです」
「「「「「「は?」」」」」」
無敵たちはXランクに至るための昇格条件を聞いて、誰しもがその途方もない話に対して唖然としてしまう。
「まぁ、実際にそんなことをされてしまっては、国がなくなってしまうので困るのですけど、ケビンさんは成し遂げましたね。滅ぼしてはいないですけど、それに近しいことを成した偉業を称えてのXランクです」
「近しいこと?」
「はい! ケビン様は三国戦争時において、1人でその戦争を終わらせた救国の英雄なんですよ! それはもう、並みいる数万の敵をたった1人で倒してしまい、私たちの国とお隣のミナーヴァ魔導王国を救った英雄なんです! 私も一目でもいいからお会いしたいのですけど、神出鬼没で何処にいるかがわからないんです! もし会ったら絶対に握手してサインを書いてもらうのが夢で、比較的目撃情報のあるここのギルドに就職したんです!」
受付嬢はケビンのファンだったのか、端から見てもわかるくらいに興奮してケビンの説明をしており、それを聞いている無敵たちはその迫力にタジタジとなってしまう。
「そ、それは凄いな……で、ケビンという名は結構いるのか?」
「それはもう沢山いますよ! ケビン様の威光に少しでもあやかろうと、生まれてきた息子に対してケビンと名付けるのが、戦争終結後のブームだったんですから! それは今も続いていて全盛期ほどではないですけど、未だにケビンと名付ける親が後を絶たないんです! かくいう私も、結婚して息子が生まれたら絶対にケビンと名付けます!」
「そ、そうか……それはまぁ、頑張ってくれ……」
「もうあれから10年ですから、あと数年もすればケビンと言う名前の冒険者がいっぱい登録に来ると思うんです! ちなみにケビン様は僅か8歳で冒険者登録をして、半年でAランクまで上り詰めた天才なんです! 各ランク昇格時の最年少記録保持者なんです! これはまだ誰にも塗り替えることのできていない偉業なんです!」
先程から興奮しまくりの受付嬢に無敵もお手上げといったところなのか、話の区切れ目を狙って情報提供の感謝を述べると、そそくさと受付を後にするのだった。
「疲れた……」
「お疲れさん」
「凄いパワーだったわね……」
「熱烈なファンって感じじゃね?」
「あれは凄かったねー」
「で、欲しい情報は手に入ったのか? てゆーか、俺の言った通りで桃太郎はダンジョンを制覇してなかったじゃねぇか。だいたい桃太郎が制覇できるわけねぇんだよ」
とりあえず疲れた無敵は宿屋を先に確保して、そこで休憩を取りながら話し合うことを周知させたら、持ち金に余裕もあるので有名店と言われている夢見亭に足を運んだ。
そして、しれっといなくなってた団長とばったり宿屋で出くわすと、その団長は経費とやらでグレードの高い部屋を借りていたことを自慢していたが、疲れている無敵にとってはどうでもいいことであった。
その団長が無敵たちに構わずカジノへ向かって行くので、カジノがあることに反応を示した月出里を無敵が窘めると、受付で3人部屋を2部屋借りて無敵たちの部屋で後ほど集合することにした。その後は部屋に集まった段階で、無敵たちはギルドにおいて得られた情報を精査していく。
「結論から言うと、K’sダンジョンは【ウロボロス】のリーダーであるケビンのダンジョンということで間違いない」
「Xランクってどれほどの強さなのかな? この前の人がSランクよね?」
「受付嬢の話を信じるなら1人で数万を倒す怪物だ」
「無敵ならいけるだろ! なんてったって大魔王なんだからな」
「はぁぁ……竜也……少しは頭を使え。俺が数万の敵兵を相手取って勝てるわけがないだろ。数万だぞ、数万……」
「月出里に数のことを言っても無駄だよー馬鹿だもん」
「千代、てめぇ……」
「腹を立てる前に考えてもみなよ。例えばうちの高校の全校生徒がいっぺんに襲ってきて月出里は勝てるの? 約千人との喧嘩だよ?」
「そんなの気合いだ! 気合いでなんとかなる!」
「馬鹿だねー……無敵、月出里が馬鹿だから期待するだけ無駄だよ」
「お、俺が無理でも無敵ならなんとかなるだろ! たかが千人だろ」
「そりゃ無理だ。千人を相手にして体力が持つわけないだろ。異世界と違って魔法とかないんだぞ。それに、まず絶対に勝てない相手が1人いる。そいつがいる時点で俺に勝ちはない。最初にそいつと当たったら1人も倒せずに俺の負けだ」
「う、嘘だろ!? もしかして2年か3年生か? 1年生に気合いの入った奴はいなかったから、先輩ってことだよな? だけど、2年生にそこまで気合いの入った奴は見なかったし……やっぱり3年生か……?」
見当外れなことを予想している月出里を他所に、無敵たちは更に話を詰めていくため、1人ぶつぶつと予想している月出里は放っておくことにした。
「とりあえずダンジョンの名前の由来はわかったけど、ケビンって人は名前からしてこの世界の人でしょ? K’sって付いたのはたまたまじゃない? ダンジョン名を好きに変えられるなんて聞いたことがないし」
「確かにそうかもーダンジョン制覇者が勇者って線は消えたねー」
「きっとあの女神様がランダムで付けてるんじゃないの? 他のダンジョンもその土地の地名を使った名前とかが多かったし、自分で名称を付けられることはないわね」
手に入れた情報を精査していた無敵たちは、ダンジョン名から他にいるかもしれないと思っていた異世界転移者の話を結論づけると、次は九鬼の行動についての話となる。
「ダンジョンを制覇していないとなると、行き先の見当がつかないな」
「ここのダンジョンは、九鬼君でも制覇が難しいダンジョンってことよね?」
「それはどうだろうな」
「十前は何か見当がついているの?」
「九鬼はあれでいて新しいもの好きだ。ダンジョンの攻略中に興味の惹かれるものがあったのなら、そっちを優先したかもしれない。別にダンジョンが移動していくってわけでもないからな。後回しにした可能性はある」
「どっちにしろ行き先はわからん」
「それじゃーダンジョンを攻略するしかないっしょ。九鬼は後回しでいい感じ?」
「そうしよー!」
九鬼からの制裁パンチを未だに恐れている2人は、九鬼を捜すことよりもダンジョンを攻略する方を優先させる発言をすると、どの道それしか今のところすることがないと結論づけた無敵が、明日からダンジョン攻略を開始することを決定するのだった。
「今日はとりあえず自由行動だ」
「よっしゃー! 俺はカジノに行くぜ!」
「俺は寝る」
「私はとりあえずギルドに行って、他のグループに到着の連絡を入れてくるね。こっちに届いている連絡を預かってないか、確かめないといけないし」
「んじゃーうちもついて行く」
「私もー!」
それぞれが行動予定を口にすると話し合いは終わりとなり、それぞれの目的のため散り散りになっていく。
「夜行、千代、行くよ」
「りょ」
「あいさー!」
そして、思い思いに別行動を取り始めた無敵たちはこのあと、ギルドから戻ってきた千手たちによって、またもや頭を悩ませる話し合いをすることになってしまう。
「――て、ことなのよ」
ギルドから戻ってきた千手の齎した情報は、ケビンが彼方此方で出没していた目撃情報である。
「オタクたちと生徒会長たちに会っていたのか」
「生徒会長の預けてた伝言だと、私たちのことを怒ってたみたいよ。初対面の人に対する態度ではないと」
「月出里はまだカジノなわけ?」
「馬鹿猿ぅぅぅぅ!」
「あいつは放っておけ。頭を使うことには向かない。結果だけ教えればいいだろ」
「十前に見捨てられてるー」
「それよりも問題なのは生徒会長の連絡内容よ」
「奏音にも見捨てられた感じ?」
「あいつに会った以外で、何て連絡を寄越してたんだ?」
「『ミートソーススパゲティが美味しい。抹茶は最高だ!』よ」
相変わらずな生徒会長節を聞いた無敵と十前は唖然としてしまう。魔王討伐に向かわず自由に行動している自分たちが言えたものではないが、あからさまに自由過ぎる生徒会長の行動は予想の斜め上をいくものであった。
「……アレは関わってはいけない人種だ」
「自由だな」
「問題は生徒会長の行動じゃなくて、食べ物のことよ。異世界にパスタならまだしも抹茶があったのよ!」
「千手も抹茶が好きなのか?」
「知らなかった」
「違うわよ! 抹茶って日本文化よ!」
「この世界は広いんだ。探せば可能性くらいはあるだろ。現に交易都市ソレイユを出たあとの街で焼きそばが売ってたじゃないか」
「あれは美味かったな」
「そうじゃなくて、手に入れた方法が問題なの!」
「盗んだのか?」
「ち・が・う! ケビン殿から作ってもらったって書いてあったのよ!」
「あいつ、料理を作れたのか……人は見かけによらんな」
「ねぇ、わざと? わざとなの?! 無敵ならことの重大性に気づいているでしょ!」
「落ち着け。あいつが元の世界の文化を知り得ているのが、千手はおかしいって言いたいんだろ?」
「わかってるなら、横道に逸らさないでよ!」
「そんなもん出会った時にわかってたことだろ」
「え……」
「初めてやつと出会った時のことをよく思い出してみろ。竜也が『ぐぁばっ!』ってやられた時に大爆笑してただろ。連れの女たちは意味がわかってなかったのに、あいつだけはその言葉が何を指してたかわかってた。更には百鬼の技を見たら陰陽師とすぐに判断したんだ」
無敵からの説明によって千手は改めてあの時のことを思い出していた。あの時は手も足も出ない強者相手に喧嘩を売ったとあってか、どう助かるかの方法しか考えておらず、細かいところにまで気を配ることができずにそのまま流していたのだ。
「【グァバ】、【陰陽師】、【チェケラッチョ】、【百鬼夜行】……これだけでもやつが元の世界の文化を知り得ていることになる」
「百鬼夜行言うなし……」
「チェケラッチョじゃないもん……」
無敵が口にした言葉で百鬼と千喜良がボソッと反論するが、無敵も悪気があって言っているわけではないので、2人はあまり強く反論できずにいた。
「その上で更に不可解なのは、あいつが九鬼の【鬼神】という通り名を知っていたことだ。九鬼自らが自分の過去を教えるなんてことはない。それはクラスの連中を見てればわかることだろ。それなのにあいつは九鬼が【鬼神】だと知っていた」
「そういえば私たちのことも知っていたわね。噂になってるって」
「そうだ。それにあいつは抜けているのか、所々でボロを出している。最初は家名や名前と言っていたが、百鬼が名乗った時にあいつは間違いなく『氏名を書いたら百鬼夜行』と言った。つまりあいつは氏名という言葉や漢字を知っているってことだ」
どんどん無敵がケビンの秘密に迫っていると、百鬼がそこで思っていたことを口にする。
「九鬼と一緒にいたなら九鬼から漢字とか聞いた感じじゃない?」
「仮にそうだとしても、それは自分の名前までだろ? 他人の、しかも興味がない石ころ同然のお前の名前をわざわざ教えると思うか?」
「うっ……千代……これ、グサッとくるし……」
「私も十前に言われた。グサ仲間」
無敵の言葉にグサッときた百鬼は、千喜良から『グサ仲間』に認定されると2人して打ちひしがれるが、無敵は更に話を続けていく。
「それに【ヤンキー】という単語を知っていたし、ウォルター枢機卿を呼び捨てにしたり、総団長の名も呼び捨てにしていた。あいつは色々と知りすぎている。教団に内通者がいることを考えてもみたが、それだと九鬼の過去の件を知っていたことが腑に落ちない。九鬼は早々に追い出されたからな」
「確かにそうね……」
「そこで1つ仮説を立てたのは、何かしらの方法でこちらの情報を手に入れる手段があるということだ。それは内通者を得るという意味ではなく、あいつ自身がその能力を持っている可能性があるってことだ」
「能力?」
「この世界で言うなら魔法かスキルだろうな。あいつは九鬼の話をする前に俺たちを1人1人見たあと、それから百鬼と千喜良を指名した。2人が九鬼を恐れているのを知ったから『飛びっきりのプレゼント』だなんて前フリをして、九鬼の話をしたんだと思えば色々と合点がいくことになる」
「つまりあの人は相手を見るだけで、その人の情報を得ることができるってことよね? 仮にそれが本当のことだとしたら、元の世界の文化も私たちから抜き取った情報ってことかな?」
「プライベート進行だし!」
「夜行ちゃん……それ、プライバシー侵害だよ……」
百鬼の主張にすかさずツッコミを入れる千喜良と、相変わらずな覚え方をしているのを聞いてしまった無敵たちは溜息をついてしまう。
「どっちにしろそれを確かめる術がない。正解していようが間違っていようが、自分の手の内を晒す真似はしないだろ。そもそもあいつに会うなんて九鬼を捜すよりも骨が折れる」
「九鬼君は黒髪黒目で目立つもんね。誰かしら必ず見ているはずだから、そういう点ではまだ捜しやすいかな。それに比べてケビンさんは何処にでもいる茶髪だったもんね」
「手がかりを探すとしたら、【Sランク冒険者のケビン】というワードだけでやるしかない。Sランク冒険者ならそれなりに有名だろ」
「とにかく、まずはダンジョンを制覇しましょう。100階層が2ヶ所だから気合いを入れないと、ここで何ヶ月も足止めをくらうわ」
「ついでに明日は全員で冒険者登録をするぞ。持ち金が多くなり過ぎて持ち歩きたくない」
「冒険者登録とお金って関係ないっしょ?」
無敵の決めた方針に百鬼が意味のわかってない口ぶりをしてしまうと、無敵は溜息をつきながらギルドカードについての説明をしていく。それは度々出店などで見かけていたカード払いの方法だ。
無敵は百鬼でもわかるように、それを元の世界のポイントカードという例を使いながら説明したことで、ようやく意味のわかっていない百鬼にも理解させることができた。
「全店共通のポイントカードを持ち歩くようなもんだ」
「ポイントカードならうちも欲しい! 何か買えばポイントが貯まるわけっしょ?」
「冒険者ギルドカードのポイントは買って貯めるんじゃなくて、ギルドに買い取らせて貯めるんだ。そうすればお金というポイントが貯まっていく」
「もう、夜行だってキャッシュカードくらいわかるでしょ? あれと同じよ。自分の口座にお金があって、ギルドカードで直接支払えるようになるの」
無敵と千手の畳み掛けで百鬼を納得させると、明日の朝イチで冒険者登録を行い、そのままダンジョン攻略に向かうという流れで話し合いは終わりを迎える。
そして、1人カジノで遊び呆けている月出里に関しては、戻ってきたら無敵が伝えておくことになり、千手たちは自分たちの借りた部屋へと帰るのであった。
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