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第16章 魔王対勇者

第514話 まぁ、そうなるよね……(生徒サイド)

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※ 今回は4名ほど新たな生徒の名前が出てきます。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 勇者たちが動き出すという噂がケビンのところに届く前、当の勇者たちは会議を開いていた。

「俺たちがこの世界に来て1年が経った。こちらで過ごした1年が元の世界でも1年経っているかどうか調べようもないが、このままというわけにもいくまい。確実に1年は歳を取ったと言うことだからな」

 幻夢桜ゆめざくらの言葉に誰しもが頷く。本来は元の世界で誕生日を迎えるはずだった41名の考えは、口に出さずとも皆同じものとなる。

「俺は財閥を継ぐというやるべきことがあるため、いつまでもこんな世界にいるつもりはない。よってこの国以外の所へも色々と足を運ぶつもりだ。帰る方法を見つけねばならん」

 幻夢桜ゆめざくらの言葉に再び一同が頷く。元の世界に帰りたいというのは、誰しもがこの世界に召喚されて思っていたことだ。元は楽しんでいた生徒たちも、帰る方法を教団が持ち得ていないということで忌避感を覚えていた。

幻夢桜ゆめざくら君、国外に出ると言っても教団が許可すると思うのですか?」

 ここでご尤もな意見を挙げた教育実習生の言葉に、幻夢桜ゆめざくらは自身の考えを口にする。

「教団には『魔王を倒すために北を目指す』と言えばいいだろ。実際問題として魔王の支配する土地はここから北にあるんだ。道中で道草を食ったとしても、『魔王について情報収集を行っていた』と言えば何も問題ない。ダンジョンに潜ったとしても、『魔王を倒すために、より強さを求めたため』と答えればいい」

 既に幻夢桜ゆめざくらの中ではありとあらゆる質疑応答を模索していたのか、教育実習生の質問に対してもスラスラと返答を述べていく。その用意周到な回答は、皆を納得させるには充分であった。

 そのような時に1人の女子が意見を挙げる。

「途中で九鬼君を捜したりするの? もし会えたら一緒に連れて行く?」

「【学生】などという最弱の奴を捜すつもりはない。足手まといだ」

「そんな言い方――」

「ならばお前は、九鬼を魔王の所まで連れていくのか? 何の力も持たない奴に、死ぬけどついてこいと言うのか?」

「そ、それは……」

「九鬼を捜すのは、帰る方法にある程度目処が立ってからでも遅くはないだろ。魔王討伐の前に余計なお荷物を抱える気は俺にはない」

 幻夢桜ゆめざくらの物言いに対して、女子は『実は九鬼君は喧嘩が強い』と言おうとしたが、すぐに考えを改めることになる。いくら喧嘩が強いと言っても、それは普通の人と比べたらということに気づいたからだ。

 今となっては一部を除くと、自分たちは戦闘ができて魔物を倒せるほどに強くなっている。たとえ九鬼が喧嘩に強かろうと、戦闘訓練を受けてきた自分でも軽く倒せてしまうということを、村人同然と言われる九鬼の強さによってわかっているからだ。

「今後の方針は帰る手がかりを見つけながら、北の大地を目指すことだ」

 そのような幻夢桜ゆめざくらの指針に待ったをかける者がいた。

「悪い、俺はこの国に残ってここで強くなる」

 その生徒の言葉に若干名賛同する声が上がり、幻夢桜ゆめざくらがその理由を問うととんでもない返答を耳にすることになる。

「……できちまった」

「「「「「…………は?」」」」」

 事情を知らないほとんどの者は理解が追いつかず問い返すも、残ると言っている生徒たちはバツが悪そうに視線を逸らしていく。

「で……できたって……何……?」

 1人の女子がそう問いかけると、確定的な言葉が男子からボソッと齎される。

「……子供」

「「「「「…………はぁぁああ?」」」」」

「子供って何!?」
「あんた馬鹿じゃないの!?」
「相手はまさか奴隷?!」
「先生からあれだけ避妊しろって言われてたじゃない!」
「猿ぅぅぅぅ! 猿軍だぁぁぁぁん!」

 無責任に妊娠させたことによって、女子たちからは猛烈な非難が飛び交い、発言をした男子は針のむしろとなるが、要は教団から宛てがわれた奴隷の女性を孕ませたということを、その男子は強制的に女子たちから白状させられる。

「どう責任を取るつもりなのよ!」
「あなたたち、まだ学生なのよ!」
「元の世界に帰る時に、その親子はどうするつもりなの?!」
「産婦人科がないこの世界で堕ろせると思ってるの?!」
「無責任にも程があるわよ!」

 全然収まらない女子たちからの非難に、残る意思を見せていた男子たちは俯くしかなかった。そのような時に教育実習生がこの場を収めるために声を上げる。

「皆さん、とりあえず落ち着きましょう。こういう言い方は良くありませんが、できてしまったものは仕方がありません。彼らが次に考えるのはこれからのことです」

「でも、先生っ!」

「納得がいかないのは仕方のないことです。ですが、納得がいかずに彼らを責めても事態は好転しません。あなたたちはここに残ってどう償うつもりなのですか?」

「……稼ぐ……奴隷から親子共々解放して、一生不自由しない暮らしができるように稼ぐ」

「手切れ金を渡して『はい、サヨナラ』ってするつもり!」

「じゃあ、どうしろってんだよ!」

「自分のしたことでしょ! 『この世界に残る』ってくらいの気概くらい見せなさいよ! 最初から見捨てるつもりなら妊娠なんかさせるな!」

 再びヒートアップした女子に対して、男子も逆ギレして激しい口論が勃発していく。そのような喧騒の中で、無敵が机を叩き大声を上げた。

「黙れっ!」

 今まで黙っていた無敵が声を上げたことにより、会議の場は一気に沈黙へと移行する。

「おい、お前ら。ヤルだけやって金渡したら、その後はトンズラなんてありえねぇだろ。それでも男か? ああ?」

 無敵のドスの効いた声に男子たちは竦み上がり、先程の勢いなどなかったかのように静まり返る。

「もし手前ぇらがこの世界に残って責任を取るってんなら、俺だって何かいい方法がないか協力したが、手前ぇらは端から見捨てる選択をした。女子たちの怒りはそこにある。まぁ、教育実習生の言葉を無視して妊娠させた怒りもあるだろうがな」

「ひょ~力也パねぇ! 正論すぎるぅぅぅぅ!」

「黙れ竜也、ふざけてる場合じゃねぇぞ」

「す、すまねぇ……」

 無敵の言葉にいつも通りおちゃらけた月出里すだちは、その無敵によって戒められると気まづそうに俯いてしまう。

「とりあえずお前らは猛省しろ。世話係が代わってないなら、妊娠させた女は休ませて男に代えろ。女を宛てがわれたらまた手を出すだろ? それと死ぬ気で稼げ。奴隷の身請けは安くないぞ、教団は労働力を取られるわけだからな」

 無敵が男子の案を結局は採用したことにより、女子から疑問の声が上がる。

「無敵君、お金で解決させるの?」

「何をどうするにしても、まずは奴隷からの解放だろ? この国で奴隷に人権はない。つまりは物、消耗品だ。そして、奴隷の子は同じく奴隷。生まれてきた時点で奴隷だ。死んで生まれようが、生まれた後に死のうがこの国からしてみれば、どうでもいいことだ。上手く成長すれば労働力が増えて万々歳ってわけだな」

「酷い……」

 無敵の発言に女子がボソッと呟いた言葉に対して、無敵はその考えがエゴによるものだと語り始めた。

「酷い? それは俺らの価値観によるものだろ? 元々俺らはこの世界に存在しない異物だ。原住民の思想と食い違っていたとしても何ら不思議はない。あとから来た者が価値観を矯正させるのは、元の世界でも度重なる戦争であっただろ。それはただの侵略行為だ」

 女子は歴史の授業で習った過去の戦争を思い出してしまい、無敵に何も言い返せず沈黙することになる。

「別にお前の価値観を否定しているわけではない。ただこの国ではそれが当たり前ということだ。話が横道に逸れてしまったが、奴隷を妊娠させた男どもは冒険者になって荒稼ぎしろ。教団から支給される金を貯めて支払おうとか手抜きはするなよ? 責任を感じているのなら自らの手で稼いだ金で身請けしろ。まずはそれからだ」

 無敵がそう結論づけると、教育実習生は国外に出るにしろ人数が多すぎるので、グループで別れて行動することを提案する。それに対して連絡手段はどうするのかという当然の疑問が意見として挙がったが、そこは教団が利用しているように、ギルドの魔導通信機を使えばいいという回答を答えた。

「魔王討伐のため出発するのだから、教団側も一筆書いてくれるでしょう」

「つまりそれを利用するということだな? 教育実習生にしては中々やるではないか。元の世界に戻ったら、うちのグループで雇ってやってもいいぞ。教師をやるよりも遥かに高月給で雇ってやる」

 とことん上から目線の幻夢桜ゆめざくらがそう言うと、教育実習生は教師がしたくて今の道に進んだのだと答えて、マンハントを丁重にお断りするのだった。

「フッ……金で動かん存在か……益々欲しくなったな。俺の代にはそういう奴らを集めたいからな」

 その後もグループ分けの詳細や連絡の際の決まりごとなどの話を詰めていき、最後は幻夢桜ゆめざくらの言葉によって会議が閉幕すると、生徒たちは散り散りにその場から離れていく。

 そしてほとんどの生徒たちがいなくなった場所で、居残り組の男子たちは後悔先に立たずといった感じで、席から立たずその場で重い雰囲気を漂わせていた。

 そのような中で、居残り組の男子の一部に声をかけた女子がいた。

「六月一日君、一二月一日君」

「……八月一日ほずみ四月一日わたぬきか……何だ? 責めるなら好きにしてくれ」

 八月一日ほずみが六月一日にことの真相を確かめようと声をかけるも、六月一日は投げやりに返答するのだった。

「本当のことなの?」

「冗談でも笑えないことを、わざわざ言うわけないだろ」

「……幻滅だよ。私たち六月一日君や一二月一日君のことが好きだったんだよ。この世界に来て、弱い私たちを守りながら戦ってくれて、2人でカッコイイねって言ってたのに……男の子だから奴隷の子に手を出したのも、仕方ないよねって話してたんだよ。それなのに……」

「好きなら好きって言って欲しかったな……今更言われたところでどうしようもないけど。好きに幻滅すればいいさ」

 そしてまた別の場所では。

「小鳥遊君、百足君……」

「何だ、副委員長」

「もう、スポーツマン精神を失ってしまったの?」

「ハッ……何を言うかと思えば『スポーツマン精神』だ? この世界のどこにスポーツをするような所がある? 毎日毎日、魔物との殺し合い……殺し合いがスポーツとでも言うつもりか?」

「そういうことを言ってるんじゃないの!」

「お前はいいよな? 剣道部に所属してて、こっちに来てもまた竹刀の代わりに剣を持って戦ってる。俺は何だ? 中学のサッカー大会でスカウトされて、高校に入ってレギュラーまで取れたってのに、もう戻ったところで俺のレギュラー落ちは確定してる」

「そんなの、また頑張ればいいじゃない!」

「お前、本気で言ってんのか? お前は竹刀を持たずに過ごして耐えられるのか? 関係のない職に就いて元の世界に戻ったら、また同じように竹刀が振れると思っているのか?」

「そ、それは……」

「それなら何でブランクなんて言葉が存在する?! 元の世界に戻ったところで、俺は取り残されてるんだよ! 下手したらサブメンバーにすら実力で抜かれてるんだぞ!」

「落ち着け、小鳥遊。副委員長に当たっても仕方がない」

「百足、お前だって陸上部のレギュラーだったじゃないか。こいつは竹刀の代わりに剣が振れて実力が落ちないからって、上から目線で言ってきやがるんだぞ!」

「副委員長、俺らのことは放っておいてくれ。これ以上小鳥遊を刺激するな」

「ご、ごめん……私、そんなつもりじゃ……」

「そんなつもりじゃないなら、どんなつもりだ! お前が世話係の代わりに体を提供するってのか!」

 小鳥遊が剣持に対して吐き捨てるかのように告げると、この場で乾いた音が鳴り響く。

「最っ低!」

「こんの、クソアマ!」

 剣持の後ろで控えていた銘釼めいけんが小鳥遊を引っぱたいたことにより、今まさに一触即発の状態を超えて、小鳥遊が殴りかかろうとするのを百足が羽交い締めにして止めた。

「小鳥遊、堪えろ! 剣持、銘釼めいけん、早くどこかに行け!」

「剣持さん、こんな女の体にしか興味のない落ちこぼれなんか放っておいて、さっさと行きましょう」

「待ちやがれ! クソアマっ!」

 銘釼めいけんが剣持の手を引っ張り立ち去る時に、更に煽ったことによって小鳥遊が怒髪天に達してしまうが、百足が何とか押さえ込んで最悪の事態は免れることになる。

 そして、小鳥遊と銘釼めいけんの激しい口論により、もう1つのグループはヒートアップすることなく静かに話を終えて、八月一日ほずみ四月一日わたぬきの恋は相手に対して幻滅するという結末を迎えるのだった。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 ところ変わってウォルター枢機卿の執務室では、幻夢桜ゆめざくらが会議で決まったことをウォルター枢機卿に報告していた。

「ほう……魔王討伐の旅に出られるのですか……」

「ああ、近いうちに出発するつもりだ。それで、ウォルター枢機卿に一筆したためてもらいたい。ギルドを使って相互間の連絡を取り合いたいからな」

「そのくらいはお安い御用です。あと、魔王討伐であるのなら、騎士団長たちを同行させましょう」

「いや、俺たちだけで充分だ」

「女神フィリア様の名のもとに耳を傾けたまえ。私が同行させると言ったのだぞ? それが国外に出る条件だ。お前はただ了承するだけでいい。どうせ別のことをやるつもりなのだろ?」

 ウォルター枢機卿が幻夢桜ゆめざくらに質問をぶつけると、幻夢桜ゆめざくらはウォルター枢機卿には話していない会議の内容をどんどんと喋り始める。

「ふんっ、ガキどもが図に乗りおって……お前たちは魔王討伐をしっかりとこなせ。女神フィリア様の加護のもとに」

「導きを持って子羊を救わん」

 そう答えた幻夢桜ゆめざくらは静かに執務室を後にし、残っている枢機卿は1人で幻夢桜ゆめざくらの態度にボヤくのであった。

「ちっ、少しずつしか効果がないのは腹立たしいが、勇者が操れるのなら良しとするか」


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


珍名ちんみょう高校 生徒名簿


六月一日 (うりはり)

一二月一日 (しわすだ)

小鳥遊 (たかなし)

百足 (ももたり)

 今回は中々に読める苗字はなかったのではないかと思います。私が自信もって読めたと言えるのは『小鳥遊』だけです。

 『六月一日』はこの季節になると瓜の実が割れるので、『うりはり』や『うりわり』と読みます。しかしながら、この苗字の人はいないとされていて、『四月一日』や『八月一日』という苗字があるため『もしかしたら?』みたいな希望的観測で、日付苗字が独り歩きしたのではと言われている幽霊苗字となります。

 『一二月一日』の由来は不明ですが、『十二月田』姓の別の書き方であると【日本苗字大辞典】に記されているそうです。私の見解ですが、『田』を分解したら『1』と『日』になるからでは? と思ってしまいました。昔の人の苗字に対する発想力は凄いですから、このくらいのことはやっていそうな気がします。

 『小鳥遊』は有名ですね。これは『たかなし』と読んで、有名な話では天敵の鷹がいないから、小鳥たちが遊んでいるというのがあります。別説では清和天皇の子孫で源姓を賜った清和源氏井上氏流の名族で、信濃国高井郡高梨邑を領した高梨盛光が、長男に『高梨』、次男に『鳥楽【たかなし】』、三男に『小鳥遊【たかなし】』、四男に『仁科』の姓を与えたという話もあるみたいです。次男の鳥楽氏は文献によっては鳥遊氏であったり、あやふやなところがあるとか。ってゆーか、四男だけ仲間はずれ……四男に『鳥遊』を与えれば次男のあやふやさも消えていたのでは……

 『百足』はぶっちゃけてしまいますと、『むかで』とそのまま読んでしまいました。由来は滋賀県野洲市三上の三上山でムカデを退治した、平安時代の武将である藤原秀郷の後裔が称したと伝えられているそうです。『ももたり』と読んだり『むかで』と読んだりするそうです。

 ちなみにムカデを英名にするとセンチピード(百の足)となります。これはラテン語のセンチ(百)とピード(足)が由来となっています。海外でも『百足』なんですね。笑

 ですが、面白いことにムカデの脚の数は奇数対しかないそうで、50対(100本)になることはないそうです。ちなみにヤスデを英名にするとミリオンピード(百万の足)となり、無理やり漢字にしたら『百万足【ヤスデ】』ってできそうです。笑
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