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第16章 魔王対勇者

第506話 気の乗らない日は何かしらある……

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 九鬼たちと別れたケビン一行は、6月の終わり頃に皇都セレスティアへと到着した。皇都と言うだけあって、途中で寄った街よりも遥かに発展していて、白い街並みはさも神聖ですと言わんばかりだ。

「白過ぎるな……そして暑い……」

「昔からこのような景観ですよ。私は暑さに慣れています」

「白、暑くない」

「これは偏見だが、こう白過ぎると逆に中身は真っ黒に思えてくる」

「実際のところ真っ黒なのは否定できません」

「黒、暑い」

 のんびりと会話をしながら街並みを歩いているケビン一行は、とりあえずの拠点として宿屋を借りることにした。皇都一と言われている宿屋の更に最高レベルの部屋を借りたケビンは、部屋の中でくつろぎながら今後の計画を立てていく。

「とりあえずカトレアの母親を捜すわけだが……リンドリー家って爵位は何だ?」

「私の拠点は皇都ではなかったので、そこら辺はお役に立てそうにありません」

「伯爵」

「おっ、ヴィーアは知っていたのか。偉いな」

「ん」

 常識がズレているヴィーアが迷いなく答えたことでケビンは素直に褒めたのだが、果たして一般常識として知っていたのか不安になってくると、念の為に確認を行うのだった。

「……もしかして殺すリストに入っていたのか?」

「貴族、全部、枢機卿、指示」

「……そうか……」

 ドウェイン枢機卿による教育の賜物でヴィーアが全貴族を把握していることに対して、実は滅茶苦茶頭が良いのではないかとケビンは推測する。

「ちなみに皇都にリンドリー伯爵家の家はあるか?」

「ある、白」

「まぁ、白い建物なのは街並みを見てるから知ってるけど……領地はここから遠いのか?」

「馬車、1週間」

「明日そこへ向けて馬車にでも乗るか」

「本日のご予定はどうされるのですか?」

「夜にちょっと酒場に行って情報収集をしてくる」

「わかりました」

 それからケビンは夜まで部屋で過ごしてその時を待つのだが、途中でヴィーアがお腹が空いたと主張すれば、適度に食事を与えて暴食にならないように気を配っていた。

 そして夜になるとケビンは街の酒場へ繰り出して、セレスティア皇国の情報収集をしようとしたのだが、思わぬ相手との再会を果たしてしまう。

「おっ、タイラーじゃないか」

「あん……? ッ! あ、あ、あんちゃん?! こんな所で何してんだ!?」

 この国で自分のことを呼び捨てにする者など限られているので、タイラーが訝しりながら振り返っては、目の前で立っていたケビンの姿を見てしまい、酔いが一気に醒めて慌てふためいてしまう。

「この国を旅行中だ」

「りょ、りょ、旅行?!」

 面白い反応ばかり見せるタイラーを笑いながら、ケビンがカウンターの隣の席へ腰を下ろすと店主に酒を頼む。

「この店で1番美味い最高の酒を出してくれ」

「金はあんのか、兄ちゃん?」

「人を見かけで判断すると利益を逃すぞ?」

 店主の言葉に対してケビンが言い返すと、サブのギルドカードを証拠としてカウンターに置いて見せる。

「す、すいやせん! た、ただいま用意します!」

「何だか三下感が半端ないな。あと、ツマミも適当に見繕ってくれ」

「へい!」

 その様子を横で見ていたタイラーは、『人を見かけで判断してえらい目に遭う』という苦い経験を思い出したのか、酒を一気に呷っていく。

「店主、隣のこいつにも同じ酒を出してくれ」

「はい、喜んで!」

 とりあえず酒が来るまで待っていたケビンは、バタバタと準備された店1番の酒が目の前に置かれると、タイラーと再会の記念に乾杯する。

「俺は再会したくなかったんだけどな」

「まぁそう言うなよ。別に滅ぼしに来たわけじゃない」

「はぁぁ……マジで旅行なのか、あんちゃん」

「ああ、最初にそう言っただろ」

「その旅行中に何をしでかすつもりなんだ?」

「女性のナンパかな?」

「……ありえそうで納得してしまう俺は、もうあんちゃんに毒されてんのか? で、本命は何だ?」

「いやいや、マジでナンパに行くんだって」

 それからケビンはタイラーに事情を掻い摘んで説明すると、それを聞いたタイラーは頭を抱えて飲みに来たことを後悔するのだった。

「クソっ、気の乗らない日に飲みに来るんじゃなかった……」

 タイラーの後悔などどうでもいいケビンは、自分の用事を済ませられる適任者がいたことで、サクサクと話を進め始めてしまう。

「で、リンドリー伯爵家ってどうなの?」

「俺にそれを言わせる気か?」

「酔ってポロッと喋るくらいどうってことないだろ? 情報の対価に今日は奢ってやるから」

「はぁぁ……」

 タイラーは情報を教えるにしろ教えないにしろ、目の前の男が有言実行でことを成してしまうのが目に見えているので、国内で無闇に暴れられるよりかはマシだろうと、リンドリー伯爵家の情報を知っている限り教えていく。

 そして、それを聞いたケビンは『在り来りだな』と、リンドリー伯爵家の有り様を結論づけるのである。

「それと……」

 更に話を続けようとしたタイラーは急に声を小さくすると、周りを警戒するようにしながら口を開いた。

「今、この皇都には勇者がいる。あんちゃんに差し向けるために召喚した勇者たちだ」

「ああ、それならここに来る前に国外で1人の勇者と会ったぞ」

「なっ!?」

「教団が追い出したんだろ? 馬鹿だよな、ウォルターも。あいつ滅茶苦茶強くなってるぞ。それこそただの騎士じゃ相手にならないくらい」

「マ……マジかよ……俺の聞いた話じゃ、村人レベルの強さだってことだったぜ。それが騎士じゃ相手にならないって……」

「そりゃそうだろ。俺が鍛えたんだから」

「……え? あんちゃん、自分を殺す相手を鍛えたのか?」

「そこら辺の意思確認はちゃんとしてる。俺に殺されたくないから、うちを攻めることはしないってさ。だから、この世界でも死なないように鍛えたんだ。今は冒険者として楽しそうに生活をしているぞ」

「はぁぁ……またとんでもない話を聞いちまった……」

「お前らの上の人間はとことんついてないよな? と言うよりも馬鹿じゃないのか? 将来有望な勇者を自らの手で野に放つとか……あいつは鍛えれば最強の一角にまで上り詰めるぞ」

「部下の俺としては上の連中に関して何も言えねぇ。ちなみにだが、抜けたその勇者がちゃんと鍛えて強くなったとして、あんちゃんに戦いを挑んだらどうなってた?」

「んー……これからの伸び代を考慮したとして、最強レベルにまでなってから出会っていたら、戦いようによっては危ないかもな」

「う、嘘だろ!?」

「嘘じゃないさ。あいつが今後も俺の言った通りに鍛練を続けていたら、そのうちガブリエルを超えるぞ」

「そ、そこまでなのか!?」

「当たり前だろ、勇者だぞ。ガブリエルとでは地力が違う。ガブリエルは所詮この世界での強者だ。異世界から召喚された勇者とでは持っているスキルもそうだが、センスが違ってくる」

「だが、うちで面倒を見ている勇者の中には弱い奴もいるぜ。1番弱いのは商人の職業の奴だ。闇商人なんて職業を持ってる奴もいる」

「あぁぁ……ハズレを引いちゃったんだろうなぁ……てことは、他の勇者たちも色々な職業をそれぞれ持っているってことか……」

「中には【大魔王】って職業の奴がいたぜ」

「ぶっ……ハハハハハッ! ウォルターの馬鹿、魔王を倒すのに勇者だけじゃなくて大魔王を召喚したのかよ! 本末転倒だろうが、ハハハハハッ!」

「お、おい、あんちゃん声がでけぇ! フィリア教団のお膝元でなに枢機卿を罵倒してんだよ!」

 ケビンが大笑いしたことによって喧騒の中にある酒場の客たちは、一様にケビンを注視するのだった。

(おい、今あいつ猊下のことを馬鹿呼ばわりしてなかったか?)
(俺も確かに聞いたぞ)
(ってゆーか、あっちにいるの騎士たちじゃねぇか?)
(やべぇ、血の雨が降るぞ)
(あいつ、死んだな……)

 酒場で飲んでいた一般客たちが言うように、この場には騎士たちも飲みに来ており、先程のケビンの発言を漏らさず耳にしていたのである。そして、騎士たちは当然の如く動き始める。

「ちょっと失礼します、タイラー団長」

「ま、待て、早まるな!」

 ケビンに絡もうとしている騎士たちを止めようとタイラーが制止をかけるが、戦争後に減りに減ってしまった補充として新たに入団した騎士たちは、当然の如く戦争相手だったケビンのことなど知らず、タイラーの努力虚しくケビンに喧嘩を売ってしまう。

「よお、酔っ払い。さっき聞き捨てならねぇことを言ってなかったか?」

「『酔ってました』じゃ済まされねぇことを言ったよな?」

 次々に絡んでくる騎士たちを見たケビンは、なんてことのないように同じことを口にするのである。

「ん? ウォルターの馬鹿さ加減の話か?」

「貴様っ!」

 ケビンが再びウォルター枢機卿を罵倒したことによって、騎士が剣を抜くとそのままケビンに斬り掛かる。

「……」

 が、ケビンはそれを素手で受け止めた。

「お前、馬鹿だろ? 何で一々抜いた剣を上に掲げてから振り下ろすんだ。相手に対抗策を練られて意味がないし、抜きざまに斬り捨てた方が早いだろ」

「なっ!?」

「タイラー……こいつらちゃんと鍛えてんのか? 弱すぎだ」

「そいつらは新兵だ。欠員補充のために新たに騎士団に入った新人たちだ」

 タイラーとそのようなやり取りをしているケビンに対して、別の騎士が剣を抜いて更に斬りつけるが、ケビンはそれを手で掴んでいた騎士の剣を奪いさってから受け止めるのだった。

 静まり返る酒場で剣と剣のぶつかる音が鳴り響き、周りの客たちは既に観客と化してしまい、ケビンと騎士たちの戦いを目に焼き付けていく。

「お前ら赤の騎士団レッドナイツだろ? 武闘騎士団の騎士がそんなんじゃ、お前らの新団長もたかが知れてるな」

「貴様、猊下だけでは飽き足らず、我らの団長までも愚弄するか!」

「死ねぇ!」

 周りにいた騎士たちが次々とケビンに襲いかかるが、ケビンはそれを蹴り飛ばしていき、蹴り飛ばされた騎士がドアを突き破ると、その後に続いて他の騎士たちも蹴り飛ばされては、強制的に店の外へと退場させてしまう。

「《クロックバック》」

 ケビンが魔法を唱えると壊されたドアは時間を巻き戻されていき、元の何もなかった状態のドアへと修復されていく。

「……あんちゃん、そんな魔法まで使えるのか?」

「まぁな。店に迷惑をかけるわけにもいかないから修復したんだ。修理代を支払われるより、元の状態に戻した方が店主も嬉しいだろ」

「そもそも壊さなければいいだけの話になるんだが」

 そして騎士たちとの騒動が終わると、タイラーが勇者関連のついでにガブリエルについての報告を始める。

「あんちゃんの助言通りに、上の連中との接触をなるべく控えさせるようにしてる」

「何か変わったか?」

「魔王に対しての執着が減ったな。フィリア教信者として魔王は敵視しているものの、以前みたいな教団の言いなりになって、盲目的に攻めていこうっていう気概が薄れてきた」

「上層部の洗脳が当たりだったってわけか」

「近くにいながら気づけなかったのは甚だ不本意だがな」

「その辺は仕方がないだろ。近くにいるからこそ気づけないってこともある。一気に洗脳したんじゃなくて、徐々に洗脳して違和感が表に現れないようにしたんだろ。長年かけてやった思考操作の賜物だな」

「魔法じゃないってことか? あんちゃんもこう言っちゃなんだが、洗脳できるだろ?」

「俺は楽に済ませるために魔法を使うが、言葉だけでも洗脳することは可能だ。1日、2日じゃ大した効果は得られないが年単位になると、積み重ねられた言葉の重みってのは本人の中に残る。総団長になった時には使い勝手のいい操り人形の完成だな」

「総団長になる前から洗脳されていたのか……」

「まぁ、そこはあくまでも俺の予想だ。周りに違和感を覚えさせずに洗脳するとしたら、年月をかけてじわじわするしかないだろ。それと、とある筋から聞いたが、見込みのありそうな孤児を教団が召し抱えるんだろ? その時点から目をつけられていたとしても不思議じゃない」

「確かに……強い奴らは孤児院出身が多いな……」

「表向きは孤児の保護で教団は善人アピール、裏向きは人材発掘のお手軽さで経費削減。しかも、教会は世界に散らばっている。子供の頃から洗脳すれば、大人になった時には操り人形の完成だ」

「はぁぁ……うちの教団はそこまで黒いのか……」

「全部が全部そうじゃないだろ。うちの領土にも幾ばくか教会は残ってる。真っ当に運営している証拠だ」

「どうすっかなぁ……」

 ケビンから告げられた予想に関して、タイラーは思ってた以上に教団の黒い部分を知ってしまい、頭を抱えてしまうのだった。

「未だこの国が傾いていないってことは、それでもやるべきことをやっているんだろ。腹黒い奴らが権力を持っているのは、どの国も似たようなもんだ。この国に限ったことじゃない」

「だがよぉ、あんちゃんの所にはいないんだろ?」

「帝国は実力至上主義だからな。たとえ腹黒くても俺を倒さない限り最高権力は握れないし、実力がなければ腹黒いことをしようにも、政の中枢に入ることもできない」

「帝国の国風の方がシンプルで良さそうだな」

「善し悪しはある。前皇帝の時までは武力特化だったから、それ以外の実力は認められていなかった。ゆえに武力があれば腹黒いことし放題だ。それが帝国の腐った理由だな」

 その後もケビンは外で伸びている騎士をそっちのけでタイラーとの会話を続けては、ある程度の情報収集を終わらせてしまうのだった。

「じゃあな、タイラー。色々と有意義なことを聞けた」

「頼むから程々にしてくれよ、あんちゃん」

「そこは相手に言ってくれ」

 その言葉を聞いたタイラーはさすがにリンドリー伯爵家に対して、『近々魔王がそっちに行くから、くれぐれも粗相のないように』とは伝えるわけにもいかず、そのようなことを伝えてしまっては良くて変人扱いを受けて無視されるだけで、悪ければ国中が大混乱の渦に飲み込まれてしまうことを理解してしまっていた。

 そのようなタイラーの苦悩など知らずに、ケビンは酒場の客に対して騒がせたお詫びとして大盤振る舞いをする。

「お前ら、騒がせた詫びだ。今日は好きなだけ飲め! 店主、金はここに置いておくから、余ったらそのまま店主のものにしていいぞ」

 ケビンがカウンターに大金貨を数枚置くと、調子のいい酔っ払いたちはケビンのことを称えては至る所で大騒ぎを始めた。

「姉ちゃん、こっちにエールをじゃんじゃん追加で持ってきてくれ!」
「俺んとこには店1番の酒を持ってきてくれ! 前から飲んでみたかったんだ!」
「こっちは肉だ、肉を追加だ!」

 騒ぎ始めた客の対応に給仕係りもバタバタと動き出して、彼方此方から注文を聞いては店主に伝えていき、それから調理係が完成させた食事を受け取ってはテーブルに配っていくのだった。

 そしてケビンはその喧騒を背景に宿屋へ向かって歩き始めたら、通報を聞きつけた衛兵たちがバタバタと伸びている騎士の元へ駆けつけていたが、その横を何気ない顔をして通り過ぎていくのである。

 そのような状況で騎士たちが伸びている以上ケビンが犯人だとはバレず、ただの通行人として通り過ぎていく頃、衛兵たちは酒場へ何か知らないか聞き取り調査を行うも、奢り主であるケビンのことなど知らない客たちは、初めて会った人物なので口を揃えて『知らない奴に蹴り飛ばされていた』という、口裏あわせをしなくても同じ聴取内容となってしまうのであった。

 そしてタイラーは客たちに合わせて、『今日初めて会った奴と酒を飲み交わしていただけだ』という、厄介事から逃げる姿勢を貫いていく。

 こうしてケビンは図らずも“酒場に現れた見慣れぬ人”ということで処理されて、騎士たちも自分たちが手も足も出せずに倒されたなど、不名誉なことを言って回るのはプライドが許さなかったので、真相は闇の中へと消えていきケビンが指名手配を受けるようなことはなかった。

「ただいまー」

「おかえりなさい、ケビンさん」

「おかえり」

 そして、宿屋に帰りついたケビンは情報収集の成果をセリナたちに報告していき、予定通り明日になればリンドリー伯爵領に向けて出発することに決める。そして、それが終わるといつも通りの宴が始まるのだった。

「ケビンさん、今日もいっぱい愛してください」

「ふわふわ、いっぱい」

「明日は移動だから朝までしないからな? 程々で満足してくれよ?」

「ケビンさん次第です。満足させてください」

「ふわふわ、ふわふわ」

 それからケビンは2人を満足させるために一緒に寝て、超絶テクニックであっという間に満足させてしまうと、その日はゆっくりとした睡眠時間を確保するのであった。
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