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第15章 勇者召喚の儀

第501話 記念SS ターナボッタ・ウィーガン 中編

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 季節は巡り、冬の始まりとなる12月に俺はスチュワートたちの支援のおかげで、家の管理を気にすることなく研究に没頭することができて、とうとう魔導剣等の量産化に成功する。

 何故元々がダウングレード仕様となる簡単な量産化に長い期間がかかったのかと言うと、どうせならと用意された高級な剣だけでなく、あらゆる武器に対応できるようにしたのが原因でもある。それゆえの魔導剣等なのだ。

 だが、ここまでやっても弓矢にだけは、魔導具を組み込むことができなかった。魔導具を仕込んだ矢を消耗品として扱うには、いささか出費が半端ないのだ。と言うよりも試作1号は大きくなり過ぎて自重で飛んでいかなかった。

 ということで、弓の方に取り付けてみて矢に付与できるか試してみたものの、自分が魔法によって怪我をするというわかりきっていた結果しか生まれずに、魔導弓の製作は諦めるしかなかったのだ。俺が怪我をした時にはスチュワートたちが悲鳴をあげていたが、魔導具製作者に怪我は付きものだと言って落ち着かせた。

 そしてその後は再び量産化成功の報告のために謁見の予約を入れたら、思いのほか早く順番が回ってきて、俺は陛下に魔導剣の他にも各種武器(弓以外)をお披露目した。

 その報告に陛下は予想以上の働きだと褒めてくれて、迷うことなく侯爵にすることをその場で決めてしまう。やっぱり侯爵にはなってしまうらしい。俺は伯爵でも充分だと思っていたのたのだが、後輩の空けた穴を埋めるのも先輩の役目だと自分自身で納得させた。

 だが、謁見が終わり家に帰ってから考え直すと、果たして後輩の空けた穴の侯爵位を埋める必要があったのかと疑問に思ってしまう。後輩は別に領地を下賜されていたわけでもなく、更に言うと今後俺が研究をやめて領地経営をするわけでもないので、実は侯爵にならなくても良かったのではと、後になってから気づいてしまったのだ。

 これはもしかしたら後輩をダシにして、陛下に上手く乗せられてしまったのではと邪推せざるを得ないが、後輩の穴を埋めるためだと思えば特に悪い気もしない。

 そして今回もまた陞爵式は間が空いてしまうこととなる。今回は集まりが悪いと言うよりもこれから冬真っ盛りになっていくために、春先となる3月に行うと陛下から言われたのだ。

 さすがにその理由だと俺も納得せざるを得ない。仮に俺が参列者として王都へ行くとしたら、冬の雪道を王都へ向かって進みたくないからだ。近場からならまだしも、遠方からだと辟易すること間違いなしだ。

 ということで、俺は3月まで暫定侯爵の地位を持つ伯爵となるわけだ。どうやら陛下が言うには、侯爵家らしく大きな屋敷と研究所を用意するみたいだが、よくもまぁそんなにポンポンと空き家があるもんだと思ってしまう。

 俺としては引越しは面倒だからこのままこの家でいいのだが、やはり侯爵家としての体面どうのこうのがあるらしく、俺の意見は通ることがなかった。まぁ、陛下に意見を通そうとすることがそもそも不敬であるので、元平民の俺としては泣く泣く従うしか道は残されていなかったのだ。

 そして3月となると俺の陞爵式も無事に終わり、その後に起きた予想通りの娘斡旋当主たちから俺は逃げ出すことに成功する。俺が侯爵になったことにより、俺と対等に語れるのは同じ侯爵家の先達たちであって、他の貴族たちが俺に対して強気に出れないことも功を奏した。

 その後、王城から出た俺は引越し作業などは事前に終わらせていたので、晴れて新しい住居での生活が始まることになる。そして俺はスチュワートたちに、何としてでもお願いしないといけないことができてしまうのだった。

「スチュワート、エリザベート」

「はい、如何なさいましたか?」
「何でございましょう?」

「子供を作ってくれ」

「「……はい?」」

「この屋敷が広すぎるんだ! だからスチュワートたちは子供をバンバン作ってくれ! 夜の営みが気になるなら消音の魔導具を俺の金で買ってきてもいいから、子供をどんどん作って部屋をどんどん埋めていってくれ!」

 そう、新しくなった俺の住居はとても広かったのだ。その数なんと20部屋。ちなみに客室を除いてだ。数えてみたら客室だけでも5部屋もあったのだ。友達が少ない俺への当てつけなのか!?

 前の屋敷から仕えてくれている使用人を全員連れてきて6人で5部屋埋まり(スチュワートたちは夫婦で1部屋)、スヴェンやベスに対して仮に1人部屋を与えても7部屋。そして俺が1部屋を使っても8部屋となり、それでもまだ部屋が12部屋ほどいっぱい残っているのだ。

 当然その時に『使用人に対して個室を与えるなどと……』と予想していた通りスチュワートにお小言を言われてしまったが、当主権限という強権を使って渋々納得してもらった。

「あの……お言葉ですが、旦那様がご結婚をなされて、お世継ぎをお作りになられた方が良いと愚考致します」

「俺の子供たちだけだと、どう見てもこの部屋数は埋まらないだろ。だからスチュワートたちにお願いしてるんだ。頼むから子作りをしてくれ。子供ができたら給金もその分上乗せするから」

「私は結構長いこと執事をしていますが、旦那様から子供を作れと願われたのは初めてでございます」

「私も初めてです。普通は妊娠してしまうと働き手が減ってしまうので、極力控えるように言われるのですけど……そもそもそういうことにならないよう、夫婦で同じ主様の元で働くのも珍しいくらいです」

「俺は逆に推奨する! バンバン子作りを行ってくれ」

「では、旦那様がお手つきをなされて、子供を増やすというのはどうでしょうか?」

「いやいやいや、それはやったらダメなやつだろ! せっかく頑張って働いてくれているメイドたちが可哀想じゃないか」

 スチュワートが俺に対してとんでもない提案をしてくるのですぐさま否定すると、今度はエリザベートからとんでもない発言が飛び出した。

「僭越ながら申し上げますと、メイドたちは旦那様からのお手つきを待っていますよ。こういうのは他の貴族様に対して不敬に当たりますが、旦那様は他の貴族様たちとは違い、全くそういうことをしないので自然と慕われてしまったのです」

「何でだっ!? 俺はただの研究馬鹿だぞ! どこに慕われる要素がある?!」

「旦那様は懇意である皇帝陛下を模範となされているのか、みんなで楽しくお食事をなされたり、使用人に対してお優しく接して気遣いもできることや、無理やり手篭めにするようなこともない。そういう態度が自然と女性に慕われてしまうのです。私は旦那様のような御貴族様を見たのは初めてですよ」

「是非とも使用人たちへ旦那様のご寵愛をお与えください。彼女らが身篭ってしまっても、その分私たちが働きますので」

「……後輩よ……お前の嫁が多いのはこういうことなのか……」

 俺はただただ打ちひしがれるしかなかった。後輩がやたらめったら嫁を増やしている状況について、何故そんなに嫁が増えていくんだと思っていたが、あれは後輩が無意識に行動していることが原因だったみたいだ。

 後輩は意識的に優しく接しようとは思っていると言っていたものの、後輩の嫁さんたちに聞いてみれば、本人は無自覚で気遣いや優しさを振りまいていると言われたことがあるのだ。

 その行動を紳士だと思っていた俺が真似してみたら、後輩と同じ状況に陥ることとなり、嫁が自然と増えていく謎が解けてしまうとは思ってもみなかったことだ。

 そして何が辛いかと言えば、メイドたちが2人の後ろで仕事をしている風を装っては、こちらでしている話の内容がどうなるのか気になり、チラチラと見ていることだった。いつの間に全員集まったのか知らないが、あれが期待している目だということは、さすがの俺でも気づいてしまう。だって、みんなして頬を染めてるんだぞ!

「……みんないるから聞いておきたい……俺がそんなにいいのか? どこにでもいる普通の男だぞ。街で探せば俺よりいい男なんていっぱいいるだろ」 

「お優しく凛々しい旦那様しかありえません!」
「街の男はいやらしい目でしか見てくれません!」
「旦那様みたいな優しい人は街にはいません!」
「もう旦那様しかこの体を許したくありません!」

「それで……みんなの結論はどうなるんだ?」

「「「「抱いてください!」」」」

 俺はソファの背もたれに体を預けると、天井を仰いで大きく息を吐く。

(後輩よ……これはお前の真似をした俺への試練なのか? まだ結婚もしていないのに、使用人たちから迫られているぞ……)

 後輩へ届くわけがない愚痴を心の中で呟いていると、驚くべきことが俺の身に起こる。

『先輩、もう娶っちゃえばいいんですよ。他の貴族の手前もあるし、まずは理解ある正妻を娶ってから、その子たちを側妻にすればいいんです。そうすればみんなハッピーで丸く収まります』

「んなっ!?」

 俺がいきなり聞こえてきた後輩の声に驚いて声を挙げると、使用人たちもそのような俺の行動に驚いて注目を集めてしまう。

「いや……今のは気にしないでくれ。考えごとをしているだけだ」

『先輩、口に出さなくても思い浮かべれば会話が可能なので、そのようにしてください。あと、魔導剣の完成と他武器への流用、それに侯爵位への陞爵おめでとうございます』

『情報が早くないか?』

『それならモニカさんが教えてくれましたからね。先輩が王都に戻り、謁見の予約を入れた時点で知っていましたよ。先輩なら断るだろうから、こういう攻め方でいけば多分了承するってアドバイスしましたから』

『はぁぁ……ってこれ、溜息まで再現できるのか!? いったい何の魔法だよ!』

『そこは企業秘密ってことで。情報通なソフィの力を借りているとだけ教えておきます』

『ソフィさんは魔術師でもあるのか……というか、後輩の嫁さんたちは戦える人が結構いたな……』

『ということで、あとは頑張ってください。まずは正妻を娶るからそれまで待って欲しいと答えれば、貴族たちの顔を立てれますし彼女たちも納得するでしょうから。お遊びのお手つきじゃなくて側妻にすれば、先輩も後ろめたさを感じないで済むでしょう?』

『わかった。やっぱり持つべきものは頼れる後輩だな』

『いえいえ、先輩がいるからこそ、俺は後輩でいられるんですよ』

『結婚式は招待するからな。来てくれよ』

『はい。お土産を持って参加します。これで多妻の仲間入りですね、先輩』

『そうなっちまったな、後輩』

『では先輩、また会う日まで』

『じゃあな、後輩』

 こうして後輩との会話を終えた俺は、ここまで来たらその後のことも後輩の真似をしようと腹を括り、メイドたちへ後輩のアドバイス通りに今後の予定を伝えていく。

「みんなの気持ちはわかった。だが、抱くのはまだ待ってくれ。まずは貴族の正妻を娶らないと、他の貴族たちとの折り合いが悪くなる。その後にみんなを側妻として娶ることにする」

「「「「えっ!? 側妻!?」」」」

 俺がメイドたちを側妻にすると言ったことが予想外だったのか、みんなして唖然としている。

「そんなに驚くことか? 抱いて欲しいんだろ?」

「その……お手つきで抱かれるものと思っていましたので……」

「いや、それだと君の体をただの性欲処理として使っているだけになる」

「それが一般的な主と使用人の関係ですから……」

「俺はそれが嫌なんだ。抱くなら嫁としてで、お遊びでみんなを抱きたくない」

「「「「旦那様……」」」」

 その後、俺の言葉に感動したらしいメイドたちは、それでも恐れ多いことだと萎縮してはいい返事をくれなかったが、俺が説得を続けたら最終的には快く了承してくれて、後輩の言っていたみんながハッピーという状況になった。

 やっぱり説得のために、後輩の嫁の話をしたのが功を奏したようだ。後輩も使用人のメイドを嫁にしているしな。あちらはただのメイドじゃなくて、全員が戦闘メイドだけど。

 その数日後、メイドたちは俺が側妻にすると宣言したのが本当は嬉しかったのか、あれ以降は以前にも増して生き生きと仕事をするようになっていた。

 そして俺は、魔導剣以外の魔導武器の性能に改良するべき点がないかを模索するため、今日は魔物でも狩りながら改良点の洗い出しをするために、外へ出かけることをスチュワートへと伝えて屋敷をあとにした。

 街の外に出てきた俺はそのまま近場の森まで行って、他武器を使っては魔物を倒していく。日頃から使っている魔導剣ではないので使い勝手がもの凄く悪くて、さながら素人の演武を模倣しているようだ。

「やっぱり一通りの武器を扱えるように鍛錬しねぇとな。これじゃあ武器の改善点を探す前に俺を改善しなきゃならねぇ」

 俺が今回相手にしているのはホーンラビットやゴブリンだが、たとえ剣術による基礎ができているとしても、やはり武器ごとによって間合いが変わってくるので倒すのに時間がかかってしまう。

 それでも倒せているのはやはり、剣術の鍛錬を続けていたからだろう。体が自然と動くので敵からの被ダメージはない。ただいつもの感覚で斬ってしまおうとするので、上手くいかないってだけだ。

 そのようなことを数日間続けていたら、不慣れな武器にも慣れてくるようになり、改善点の情報がここにきてようやく集まり始めた。そして、今日も今日とて夕方まで魔物討伐に勤しんでいたら、帰りがけの道すがら魔物に襲われている馬車を見つけてしまう。

「なっ!?」

 その馬車は護衛をあまり引き連れていないのか明らかに劣勢となっており、今にも全滅してしまいそうな雰囲気だった。

 さすがにこの状況で不慣れな武器を使うほど愚かではないので、俺は魔導剣を装備し直すと急いで現場へと駆けつける。

「助太刀する!」

「すまん、助かる!」

 護衛の責任者か何か知らないが1人の男がそう手短に答えたので、俺は全力で魔物の討伐にあたる。

 魔物の数は残り10匹、森さえあればどこにでもいるフォレストウルフだ。昔のままの俺だったら手こずっていたかもしれないが、こちとら優秀な後輩のおかげで鉄球地獄を味わったダンジョン制覇者だ。たとえフォレストウルフが相手だろうと、スピードで負けるなんてことはない。それに、今となっては完成型の魔導剣まで持っているというオマケ付きだ。

「あんたらは馬車を集中的に守れ! 周りの奴らは俺1人で充分だ!」

「わ、わかった!」

「《エンチャント・ライトニング》!」

 俺は周りで護衛たちが手こずっているフォレストウルフを相手取ると、瞬く間に斬り伏せていく。早く馬車の方へ向かわせないと、馬車を守っている護衛が倒れたらお終いだ。

 やはりこういう時のエンチャントは雷属性に限る。たとえ避けられてしまっても掠りさえすれば、瞬く間にビリビリ地獄で動きが極端に悪くなる。

 1匹、また1匹とフォレストウルフをどんどん討伐していくと、自分たちが不利と悟ったのか、残り僅かといったところでフォレストウルフは森へ逃げていった。

「ちっ、逃げたか……こういう時に魔法が使えると、逃げる敵の後ろから撃ち放題なのにな。今度後輩にでもどうにかして魔法が使えないか案を聞いてみるか。そうすれば新しい魔導具研究ができそうだ」

 俺は魔導剣を鞘へと戻して、戦いから学んだことに対して新たな発明へ繋げようと画策していると、護衛の1人が後ろから声をかけてきた。

「冒険者なのは身なりでわかるが、どこの誰かは知らないが助かった。礼を言う」

「ん? ああ、別にいい。こちとら森で訓練していただけだしな。帰り際にたまたま襲われているのを見つけたから助けただけだ。で、中の人は大丈夫か? 馬車は傷だらけだが、魔物が中に押し入った形跡がないから襲われてはいないだろ」

「ああ、君のおかげで無傷だ。それで、君に話があるとかで馬車へ来て欲しいのだが……見てわかる通り、あの馬車は貴族の馬車だ。命の恩人とは言えど、あまり不敬にならないように気遣いを頼む」

「やっぱり貴族の馬車か……あまり見かけない家紋だな。王都に住んでいるわけではないということか?」

「やむにやまれぬ事情があって故郷へと帰るところだったのだ。命の恩人に対して詳しく話せないことを許してくれ」

「構わないさ。人の事情に無闇矢鱈と首を突っ込む趣味はないからな」

「助かる」

 冒険者相手だというのに何かと礼儀を振る舞ってくる護衛のせいか、俺は特に悪印象を持つこともなくその護衛に付き添って馬車へと近づいた。すると護衛が手で制止したのでその場で待つと、馬車のドアが開かれたら中から1人の女性……と言うには若い気がするが、子供ではないので女性ということにして、その女性がこちらへ歩いてきた。

「私のことは見捨てて欲しかったのですが、この度は護衛が危ないところを助けていただき、誠にありがとうございます」

(どういうことだ? 護衛は主を守るもんだが、その主は死にたいのか? 口ぶりからして護衛を助けた礼しかしてないよな?)

「あんた、死にたいのか?」

 ついうっかりいつもの口調で問いかけてしまい、その内容も内容なので護衛から注意が飛んできたが、女性が言葉で制すると護衛はそれ以上何かを言うことはなかった。

「……出戻り……という言葉をご存じですか?」

「出戻り? どっかに行って帰ってくるのか? そういや護衛が故郷に帰るところと言ってたな」

「貴族界の中での出戻りとは、結婚したあとにその家にはいられず、実家へ帰されることを指します」

「つまりあんたがそうだと?」

「……はい。出戻りをした女性というのは、その後に結婚できることがほぼありません。既に他家へと1度嫁いでしまっているので、貴族界では敬遠されるのです。しかも出戻りとなる理由が何かしらあるという憶測も、噂話として流れてしまいますから。本来はそのままその嫁ぎ先の家で未亡人として暮らすのですが……」

「貴族ってのは本当にくだらないことばかり考えているな。俺の知り合いは子持ちの奴隷だろうと嫁にしているぞ」

「その御方は心が広いのですね」

「広すぎるってこともあるけどな。嫁で溢れかえっているし稼ぎがいい分、際限がない」

「ふふっ、知人の方は面白い人のようです」

「で、あんたは出戻りで世間的に冷遇されるから死にたいわけか?」

「そうなります」

「見た感じあんたはまだ若いだろ? 人生これからだってのに、何歳なんだ?」

「13歳です」

「わ、若っ!? え、その若さで嫁の貰い手がいないのか!? てか、子供じゃないか! 大人び過ぎだろ、15、6かと思っていたぞ!」

「出戻りというのはそれほどのことなのです」

「はぁぁ……俺だったら喜んで娶るけどな。ぶっちゃけそのまま死なせるには惜しいくらいの見た目だぞ?」

「……では、娶ってもらえますか? 出戻りですよ?」

「お嬢様っ! 相手は冒険者ですぞ!」

 貴族令嬢の言葉にすぐさま反応を示した護衛の言葉は、そのまま貴族令嬢が一蹴する。

「冒険者だからなんだと言うのです? このまま朽ち果てていくくらいなら、こんな私でも娶ってくださる方の所へ私はこの身を捧げます。それとも貴方はこのまま老いて死ねと言うのですか? それならば私は自ら死を選びます」

「そ……それは……」

「冒険者の御方、先程の回答をいただけますか? 出戻りの私を本当に娶るつもりなのですか?」

「いや、その前にまだあんたの名前すら知らないんだが……まぁ、俺も名乗ってないからお互い様だけど」

「そう言えばそうでした。助けていただいたのに名乗りもせず、申し訳ありません。私はキラーツ男爵家長女のフォスティーヌと申します」

「へぇーキラーツ男爵家の令嬢なのか。それなら問題なさそうだな」

「では?」

「ああ、フォスティーヌさえ良ければ俺が嫁にする。ちょうど嫁さん探しをしろって母親にせっつかれていたしな。だからと言って、それが理由で結婚するってわけじゃないからな? ちゃんとフォスティーヌのことは綺麗だと思うし、このまま死なせるには惜しいと思っているぞ。まぁ、好きになるのはこれからでも問題ないだろ」

「ふふっ、そうですね。私も好きかと問われれば『今はまだ』としか、答えようがありません。それでも貴方のことはいい人だと思ってはいます」

「あっ、1つだけ事前に聞いておきたいんだけど、フォスティーヌを正妻にするけど側妻ができても構わないか?」

「冒険者の方は多妻なのですか? それほどの稼ぎがあるのであれば問題ないと思いますけど。家族が路頭に迷うことは避けなければなりませんので」

 俺とフォスティーヌの間でどんどんと話が進んでいくと、黙っていた護衛がここでまた口を開いた。

「お嬢様、旦那様がお許しになりません! 相手はただの冒険者です!」

「お父様は私が説得します。娘がずっと家にいるよりも嫁の貰い手がいるのならば、お父様だってその方がよろしいでしょう」

「ああ、キラーツ男爵なら俺が一言いえば済むだろ」

「君っ! 旦那様に向かってのその物言いは無礼が過ぎるぞ! 恩人にこう言うのは失礼だが、何様のつもりだ!」

「すまんな、元々こういう喋り方だ。ちなみにさっき言ったことは本当だぞ? キラーツ男爵なら二つ返事で了承するだろ」

「お父様とお知り合いなのですか?」

「ああ、キラーツ男爵の名前を聞いてふと思い出したんだ。いい人だったから覚えていたんだよ。それにフォスティーヌには妹がいるだろ?」

「ええ、11歳になるフォリチーヌがいます」

「そのフォリチーヌを嫁にどうかって言われたことがある。あまりにも子供の年齢だったから、その時は断ったんだけどな。せめて14歳くらいなら考えたけどって」

 俺の言葉を聞いたフォスティーヌや護衛たちは驚きに包まれたようだ。俺の言ったことがよほど衝撃的なことだったらしい。

「も、もしかして貴方様は貴族でいらっしゃるのですか? お父様が冒険者の方に、いきなり娘の婚姻相手として選ぶことはありません」

「ああ、一応貴族はやっている。本業は研究者だけどな、副業で冒険者と貴族ってところだ」

「お、お名前を窺っても……?」

「そうだった……フォスティーヌの名前を聞いておいて、俺は教えてなかったな。俺はターナボッタ・ウィーガンだ。爵位はこの前伯爵から侯爵になったばかりだ」

 そう伝えた俺が貴族の身分証代わりでもある中で、当主しか持たない家紋付きの短剣を見せると、護衛たちは面白い顔をして一様に驚く。

「「「「「えぇぇぇぇっ!?」」」」」

 護衛たちが再び驚きに包まれている中で、同じように驚いていたフォスティーヌが恐る恐る俺に話しかけてきた。

「あ、あの……侯爵閣下とは知らず無礼を……そ、それよりも、私のような出戻りを正妻にしては、侯爵閣下の外聞に傷がつきます」

「そこら辺は気にしなくていい。さっき言った通りで貴族は副業だからな。俺は自由に研究ができればそれでいいんだ」

「ですが……」

「俺がいいって言ってるからいいんだよ。それよりも、その馬車のままだと故郷に帰れないだろ? 王都へ帰るぞ、俺の家に泊まればいい。無駄に客室が余ってるしな」

 その後も何かと言ってくるフォスティーヌを制して馬車の中に詰め込むと、護衛の者たちに指示を出したら俺たちは王都へと帰るのだった。

 俺が侯爵だと知ったあとの護衛たちの変わり身の早さには驚いたが、俺に対して『何様のつもりだ』発言をした護衛の責任者は、終始ビクビクとしていたので見ていて面白いものがあった。

 不敬罪を問うつもりはないと言ってやったのだが、護衛が何様だと思っていたのが侯爵様だと言われてしまえば仕方のないことなのだろうと、俺は自己完結してそれ以上その護衛に対して何かを言うことはなかった。

 そして街の中へ入ろうとしていたら更なる試練が待ち受けていた。それは、街の中に入るにも馬車の有り様を見た衛兵から止められて、あれやこれやと事情聴取をされてしまい、俺が名前を告げて短剣を出した途端にペコペコとして話がスムーズに進み出したものだから、先程までの無駄な時間はいったい何だったのだと疲れてしまったのだ。

 衛兵の事情聴取から解放された俺は、同じく聴取されていたフォスティーヌたちも解放するように伝えたら、ようやく家に辿りつくことに成功する。

 それからスチュワートを呼んで客人を泊まらせることを伝えては、「俺はもう疲れた」と言って、あとのことは全部丸投げしてやった。

 後輩がよく「優秀な人がいると自分が楽できてラッキー」と言っていたが、今日ほどそのことを実感したことはない。報告を聞けば、スチュワートたちは何も問題なくフォスティーヌたちを接待できたようだ。

 こうして俺は武器の改善点探しという仕事をしていたはずが、帰りに嫁さんを拾ってしまうという、何とも言えないラッキーを体験してしまうのであった。
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