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第15章 勇者召喚の儀
第500話 記念SS ターナボッタ・ウィーガン 前編
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これは、ケビン(18歳)が皇帝に即位して1周年となる時の話である。つまり季節は春となり4月になったところから物語はスタートする。
俺の名はターナボッタ・ウィーガン。歳は多分……23歳くらいだろ。俺は昔からよくおこぼれラッキーに見舞われていたから、今のところ順風満帆な生活を送れている。だけど魔導具製作に明け暮れていて、浮いた話はこれっぽっちもない。だが、こう見えても名誉子爵という貴族の端くれだ。そのうち政略結婚で息女でも紹介されるだろう。
しかし、一代限りの名誉貴族では将来子供ができた時に、その子へ継がせることができない。貴族の家に生まれておいて、将来成人すれば平民落ちとか可哀想に思えてくる。
だから俺は魔導具製作に明け暮れているのだ。この魔導剣を完成させれば、褒賞として一代から永代になる可能性も出てくる。そうなれば子供も安心できるかもしれない。将来は一緒に魔導具作りをすることが、今のところの夢でもある。
「よし、できた」
「ほう、とうとうか……」
俺が発した完成の言葉を聞いた人が、あごひげを擦りながら近づいてくる。この人はドワーフ族のドワンさんだ。この魔導剣を作るのにあたって、鍛冶師の視点から俺に色々とアドバイスをくれるとてもいい人であり、良き師匠でもある。
「これであとは試験して魔力消費が上手くいけば完成です」
「しばらく冒険者稼業だな」
「はい。さっそく明日からクエストを受けに行きます」
俺がそう答えては、右手に握るもう試作何刀目かわからなくなった魔導剣へと視線を落とした。最初は不格好だった魔導剣も今となってはドワンさんの協力もあり、それなりの見栄えにはなっている。
それにふらっと現れる後輩も製作に協力してくれて、俺の理解していない魔導の真髄をまざまざと見せつけられたもんだ。さすがは【パーフェクトプロフェッサー】と言われるだけのことはある。
ぶっちゃけ、皇帝を引退したとしても教師としてやっていけそうな感じだ。多才な後輩に負けないよう先輩としての意地を見せたいが、見せたところで敵わないし、優秀な後輩を持つ先輩ってのは苦労するもんだな。
そしてその日の俺は、早く試したいというウズウズした気持ちを無理やり抑え込んで、ドワンさんに挨拶をするとそのまま宿へと帰るのであった。
1週間後、試験とメンテナンスを繰り返していた俺は、ようやく納得のいく形での完成を手にすることができた。
「今までありがとうございました。ドワンさんが亡くなる前にまたちょくちょく顔を見せに来ます」
「ハハッ! お前が死んだ後も俺は生きてるぞ。ドワーフの寿命を舐めるんじゃねぇ」
「それもそうですね。では、俺の子々孫々に至るまで、ドワンさんからのお世話を期待しておきます」
「おうっ、お前の倅たちなら無条件で面倒を見てやる」
「よろしくお願いします。では、また会う日まで!」
「また面白い物を作る時はここへ来い」
こうして俺は5年という月日を一緒に過ごしてきたドワンさんへ挨拶を済ませたら、この魔導剣の研究成果を陛下へ報告するために、故郷であるミナーヴァ魔導王国への帰路につくのだった。
交易都市ソレイユを出発して2ヶ月後の6月、のんびりとアリシテア王国の都市を満喫しながらミナーヴァの王都へと到着した俺は、そのままの足で王城へと向かい、魔導剣完成の報告という理由で謁見の予約を入れては、その連絡が来るまで久しぶりの実家を満喫する。
「久しぶりだな、息子よ」
「戻ったぜ、オヤジ」
「しばらく会わないうちに男の顔つきになりやがって」
「立派になったわね。これでお嫁さんでもいたら言うことなしなんだけど……」
「まぁ、一区切りついたしそこは追々やるさ」
「ということは、完成したんだな?」
「ああ、ドワンさんや後輩のおかげで完成した。帰ってくる前に謁見の予約を入れたから、近々陛下にもお披露目するつもりだ」
「良い師に出会えたようだ」
「完成して良かったわね。あとはお嫁さんでもいたらいいんだけど……」
「おふくろ……やけにこだわるな……」
「孫の顔が見たいのよ。だからお嫁さんを早く捕まえなさい」
大事なことは2度ではなく3度繰り返しては、プレッシャーをかけてくるおふくろに俺はタジタジとなってしまう。
「オヤジからも何とか言ってくれ」
「ミリーのためにも結婚するしかないだろ。そして孫を早く見せてやるんだ」
「オヤジ……」
「あら、ラキルスもたまにはいいこと言うじゃない。両親公認の嫁探しがこれでできるわね」
完成した魔導剣のことはさして聞かれることもなく、何故か嫁探しの話ばかりが団欒の会話を占めてしまうと、俺は何とも言えない気持ちになるのだった。
そしてそれから数日が経ったある日のこと、謁見の順番が回ってきたので俺は登城したら謁見の間へと足を運んだ。
「面を上げよ」
陛下からの許可が出たことにより俺は顔を上げる。そして、魔導剣の完成を俺が報告したら陛下が見たいと仰ったので、その流れで実際に性能を見せることとなる。謁見の間で剣を抜くなどありえないことだが陛下が望んでいる以上、俺に否はない。
それから俺が説明しながら魔導剣の実演をして見せみたら、謁見の間にいる騎士たちの中から魔力量の少ない者が選抜されて、どのくらいの消費になるのか実感してもらうことになる。
(この魔導剣のネックとも言える使用時の魔力消費量。魔力量の少ない者が試してこそ、その真価がはっきりと現れる)
そう考えていた俺はことの成り行きを静かに見守ることにした。そして、結果から言うとまずまずのものとなる。
魔導剣を試した騎士は自分では到底できない魔法剣を操り、軽く演武しては魔力枯渇の症状が出てくるような気配すら感じさせず、しっかりとしたまま演武を終えるのであった。
「使用感はどうだ?」
陛下が騎士へとそう問いかけると、騎士は澱みなく答えていく。
「はっ、自分でも信じられません。まさか魔法を使える日がこようとは。剣に纏わせるという限定的なものではありますが、使用後の虚脱感を感じさせず、私の魔力量でも扱える代物となっております」
「ふむ……」
「ただ……」
「なんだ、申してみよ」
「やはり私自身、元々の魔力量が少ないので長時間維持できるかと問われれば、否としか答えようがありません」
「それは構わぬ。たとえ高名な魔術師とあれど、魔法を撃ち続ければいつかは魔力枯渇を起こしてしまう。要は早いか遅いかの違いでしかない」
陛下がそう結論づけたら騎士は俺へと魔導剣を返却して、元の配置へと戻るのだった。
「ウィーガン名誉子爵よ、良い物を作ったな。魔導剣の量産化は可能か?」
「はっ、環境さえ整えられれば、性能は幾分か落ちますが可能ではあります」
「環境が整っているのに性能が落ちるとはどういうことだ?」
陛下の疑問に答えるために、俺はドワンさんや後輩の協力があったからこそ完成に至れたことを正直に話した。自分の力だけで完成させたと見栄を張っても、量産化で同じ物が作れなければ目も当てられなくなるしな。
「ちっ、ケビンが関わっていたのか……」
「へ……陛下……?」
憎々しげに言葉を漏らし苦虫を噛み潰したような表情となる陛下へ、今まで黙って座っていた第2王妃であるモニカ王妃殿下から釘を刺すような言葉がこぼれる。
「エムリス」
たった一言、名前を呼ばれただけで陛下はビクッと体を震わせて、モニカ王妃殿下の方をチラリと見る。
「王ともあろう者が配下の前で舌打ちとは何事ですか。まさか義息子のケビン君への舌打ちではありませんよね?」
「そ、そんなことあるわけがないだろ。俺の可愛いスカーレットをかどわかした憎き男なんて、これっぽっちも思ってないぞ」
(陛下……心の声がダダ漏れです……)
「そうですよね。ケビン君が可愛い双子を見せに来た時は、あんなにはしゃいでいましたものね。ケビン君の血を分けた子を可愛がるわけですから、親であるケビン君が憎いなんて思うわけがないですよね? もしそうなら双子の孫も憎いということになりますから」
「んぐっ……」
まさにぐうの音も出ないと言った感じで陛下が言い負かされてしまうと、陛下ではなくモニカ王妃殿下が俺に声をかけてきた。
「環境はこちらで整えます。必要な物資等は奏上してください。それと、ドワーフの鍛冶師やケビン君を呼び寄せることはできませんが、それなりの技術者を紹介致しましょう」
「寛大なるご配慮痛み入ります」
「どうせだから、このまま褒賞も決めてしまいましょう。何か希望はありますか? 余程のことでない限りは配慮致します。資金集め等であれば国庫から援助しますので、量産費は考えなくてよろしいです。量産化は既に国からの依頼となりますので」
まさかこちらから褒賞の内容を決める話が降って湧いてくるとは、俺は思ってもみなかった。それならばダメ元で、将来を見据えて考えていたことを口にするのもアリかもしれないと思い、俺はそのことをモニカ王妃殿下へ伝えることにした。
「恐れながら、爵位から名誉を抜いていただきたいと……」
「永代になりたいということですか?」
それから俺はその理由に至った経緯を話し始める。そして、それを静かに聞いていた陛下やモニカ王妃殿下は、話を全て聞き終わると特に問題はなさそうだと話し合っている。
「元々今回の件により確かな手応えが感じられれば、お前を伯爵に陞爵しようと思っていたのだ。元伯爵家が不正を働いていたので取り潰したから、空きがあるのだ」
「そ、そんな!? それはあまりにも身に余ります!」
「ウィーガンよ、お前は自分のしたことを軽く見積もりすぎている。ちなみに量産化成功の暁には侯爵の地位も考えていたことだ。ケビンが抜けてからというもの侯爵位に空きができたままだし、侯爵位を与えられるような働きをするやつも中々出てこんのでな」
「ですが、自分の魔法剣士になりたいという夢を、ただがむしゃらに追いかけた結果でしかなく――」
「例えに出すのは不本意だが……全くもって不本意なのだが、「エムリス?」あ、はい、すみません。こほんっ……ケビンが我が国の学院を卒業する際に、提出した魔導具と与えた褒賞は知っておるな?」
「はっ、魔力さえあれば誰でも作れる結界の魔導具で、未だその魔導具の解析は高名な研究者を前にしても解明できておらず、その際に類まれなる発明として大勲位魔導王章と侯爵位を得たと」
「ケビンの発明が“守”とするならば、お前の発明は“攻”だ。誰でも魔力さえあれば、魔法剣士になれるのだからな。だからケビンと同じ褒賞をゆくゆくはと考えておる」
「ですが、ケビン皇帝陛下と私が作り出した物とでは質があまりにも……」
「確かに質云々で言えば目劣りする部分があるやもしれん。あいつは馬鹿が付くほどの天才だからな。しかし、ケビンの場合は与えられる褒賞が追いつかなかったという事由もある。この国から出せる褒賞はあれが精一杯なのだ」
「あの褒賞よりも価値があったと……」
俺はただでさえ大勲位魔導王章という勲位の1番価値のあるものを下賜されたというのに、更にはいきなり侯爵位まで叙爵されていて、そのような破格の褒賞でもまだ足りなかったと言う陛下の言葉に驚きを隠せなかった。
「あの時は不穏な時代でもあったしな、それが後押ししたこともないとは言いきれん。だから当時はミラがその価値を見出して、研究員に解析させようとしたが徒労に終わった。手に入れたのはケビンの「ざまぁ」だけだな」
俺は陛下の言葉を聞いて笑みがこぼれそうになってしまう。後輩は国のトップが相手でも「ざまぁ」をしてしまうことが、容易に想像できてしまったからだ。そのようなことを心の内で思っていた俺を他所に、陛下の言葉は続いている。
「その魔導剣を国家権力で提出させて、お抱えの研究員に解析させることも可能だが、それをしないのはケビンの件があったからだ。更にお前はケビンと懇意でもあるし、さすがにミラも同じ過ちは繰り返さない」
(ミラ王妃殿下が研究者に解析をさせなくなるなんて、後輩はいったい何をやらかしたんだ? 戦争時はまだ皇帝じゃないから、陛下や王妃殿下と対等な立場じゃなかったはずなんだが……)
「それにそんなことばかりやっていては、研究者がうちの国から他所へと流れてしまうからな。解析する場合は本人の許可をもらってやることにした。中にはお金で発明品の権利を買う場合もある」
「エムリス、話が逸れ過ぎよ。ウィーガン子爵、要するにケビン君の発明は国家において多大な貢献をするものだけど、それに見合うだけの褒賞がなくて与えられる最高位を与えたというだけなのです。だから貴方の場合はいきなり与えるなんてことはせずに、段階を追って与えていくというものです」
「そ、それでも伯爵以上となる侯爵位なんて……」
「現在多少なりとも隣国との小競り合いは続いているのです。同盟国は別ですよ。ですから貴方の発明は量産化されれば、結果として国への多大なる貢献と認められるのです」
その後も陛下やモニカ王妃殿下の話(説得)は続いていき、結局のところ俺は陛下たちの考えた褒賞案を受けることにした。俺の名誉のために言い訳させてもらうと、決して権力に屈したわけではない。陛下たちの真摯な対応に心が打たれただけだ。
ということで、俺はまず伯爵になってしまうらしい。ただ現在の爵位から名誉を外してもらって、永代子爵として認めてもらうだけの要望だったのに、蓋を開けてみればそれ以上の褒賞が待ち受けていたなんて、俺自身思いもしなかったことだ。
その後、王城を後にした俺は心ここに在らずで家に帰るのだが、両親へ謁見でのことを話したら、オヤジは褒めてくれたのだがおふくろは結婚相手を探せと相変わらずせっついてきた。今回の褒賞の件もそうだが、このまま行くと俺の嫁も何かの拍子にポロッと話が舞い込んできそうだ。何故に俺はこうも偶然的なラッキーが度々起こるのだろうか。
時は流れて9月に入ると、俺は陞爵式のために登城することになる。今回は報告から各貴族への示達・集合までにある程度の期間がかかったので、6月に報告したにも関わらず9月に行われることとなった。
まぁ、いきなり集合しろと言われても他の貴族たちにも予定とかがあるだろうし、そこは致し方がないのだろう。実際に参加できない貴族も中にはいるみたいだ。
そして謁見の間で俺の陞爵式が終わると、今度は各貴族から娘の斡旋が始まってしまった。既に陛下から解散と言われているので、不敬にはならないだろうが、謁見の間にいるわけだから少しは場所を弁えて欲しいものだ。
「私はまだこれから量産化という仕事が待っていますので、今はまだ結婚とかは考えておりません。国からの依頼を放り投げるわけにもいきませんから」
俺が「国からの依頼」と言ったのが効いたのか、集まっていた貴族たちは渋々と言った感じで引いてくれる。中には「会うだけでも構わない」と根性を見せる人もいたが。
そして、俺が伯爵となったことで王都に土地と家が支給されて、更には研究所まで家の隣に建てられてしまった。国からの援助があると言っていたけど、ここまでされるとは想像もしていなかったことだ。俺としては実家暮らしでも良かったのだが、さすがに伯爵がそれだと体面が悪いみたいだ。
「こんな大きな家に1人暮らしとは……管理するのに使用人を雇わないとな。俺は研究に明け暮れたいし、掃除なんかで時間を取られたくない」
俺が与えられた家の前でそのようなことを呟いていると、家の中から見知らぬ男が出てくる。
「え……場所を間違えたのか……?」
まさか他人の家を見てボヤいていたとなると、恥ずかしいことこの上ない事態に陥ってしまうのだが、それは間違いだとすぐに知らされることになる。
「お待ちしておりました、旦那様」
「え……?」
「部屋の窓から旦那様の姿が見えましたので、お迎えにあがった次第です」
「い、いや……俺は貴方のことを知らないんだけど?」
「これは失礼を。私は旦那様の世話係として雇われた筆頭執事のスチュワートと申します。歳は今年で30となりました」
「いやいやいや、俺はまだ誰も雇ってないし、何かの間違いじゃないか?!」
「確かに雇用の際は国からの依頼でしたので、旦那様は関与しておりません。国が用意した使用人と考えていただければ結構でございます。ですが、雇用主は旦那様になりますので我が主は貴方様で間違いないのです」
空いた口が塞がらないとは、今まさに俺のような状態のことを言うのだろう。俺の知らないところで既に国からの援助が施されていて、まさか使用人付きで家と研究所を下賜してくれるとは、夢にも思っていなかった。まぁ、使用人はタダでくれたわけじゃないみたいだが、自分で1から捜し出すよりかは断然お得だろう。
それから俺は屋敷の中へ案内されて、そこでもまた初顔合わせとなる使用人たちがズラリと並んでいた。
「お帰りなさいませ、旦那様。私はメイド長を拝命しておりますエリザベートと申します。今年で28歳となります」
どうやらメイドまで国が用意してくれたらしい。しかもこのメイド長、スチュワートの奥さんらしく夫婦で俺に仕えてくれることになる。その他にもメイドが挨拶をしてきて、俺は至れり尽くせりな状態で研究に没頭できるみたいだ。
「早速ですが旦那様。少しお願いがありまして……」
スチュワートが申し訳なさそうに口を開くので、てっきり給金のことかと邪推してしまったが、どうやら自分の子供たちを一緒に住み込みとして置いて欲しいとのことだった。
「将来は使用人にするために教育中でして、もし宜しければ成人後には雇っていただきたく……」
「ああ、別に構わないぞ。伯爵になったことで国からの給金も増えたしな。俺は研究貴族だから領地経営みたいな面倒事もないし、金の使い道は研究か生活費しかない。あとはお前たちの給金の支払いもあるが」
こんなだだっ広い家に1人で住むなんてもったいないし、使用人が掃除とか身の回りのことをしてくれるなら、たとえこの家に住んだところで俺としては問題ないのだ。それに、俺はほとんど研究所に篭っているし、家で過ごすことはあまりないだろう。
「ありがとうございます」
俺が許可を出したことでスチュワートがそう述べると、エリザベートは奥から子供たちを連れてきて挨拶をさせるのだった。
「旦那様、よろしくお願いします」
「おねがいします」
この子供たちは男の子の方が名をスヴェンと言い、今年で8歳になる長男だそうで、女の子の名はベスと言って今年で5歳となる長女らしい。
(既に家の中にいたみたいだけど、俺が許可しなかったらどうするつもりだったんだ?)
そのようなことを考えていたら表情にでも出てしまっていたのか、スチュワートが俺に説明をしてくる。
「旦那様から許可が下りなかった際には、こっそりと家から出して実家へ連れて行く予定でした」
「持ち家はないのか? 所帯持ちなら借家とか借りれば良かっただろう?」
「私たち使用人は基本的に住み込みとなります。通いで使用人をする人もいますが、少ない賃金でそうするにはいささか所帯持ちですと厳しくなりますので、実家暮らしの場合が多くなります。出稼ぎで来ている者たちになると、宿屋とかを借りることもあるとかないとか」
「そういや使用人は住み込みが基本だったな。まぁ、家が賑やかになるのはいいことだ。静まり返った家よりもそっちの方が俺は好きだからな。それと、子供たちの食費は俺が出すことにする」
「そ、それはいけません! 私たちの給金でちゃんと賄えますので」
「その金は子供が学校に行きたいと言った時のために取っておけ。この時間にここにいるってことは、ベスはともかくスヴェンは学院に通わせてないんだろ? 魔導学院に年齢制限はないから、一般教養が身についたら通わせるのもアリだぞ。俺としても将来的に優秀な助手がいたらありがたいしな」
「ですが……」
「住み込みの給金が低いのは、大抵の場合は食事と住む場所が提供されるからだ。仕事さえしておけば餓死することがないからな。子供たちも住み込むなら食事を俺の金から使っても問題ないだろ」
「しかし……」
「これはこの家のルールだ。当主の俺が決めたんだから異論は認めない」
「……寛大なるご配慮痛み入ります。この御恩は生涯をもってお返しさせていただきます」
「ありがとうございます。新しく仕える旦那様が懐の深い御方で感謝の念に耐えません。ほら、あなたたちもお礼を言いなさい」
「旦那様、かんだいなるごはいりょいたみいります?」
「いります!」
「ハハッ、まだスヴェンたちには難しい言葉だな。よし、食事も朝昼晩は全員で一緒に食べるぞ」
「旦那様!? さすがにそれは不敬が過ぎます!」
「スチュワートの言い分は、俺がみんなと別の1人ぼっちで食べろってことか?」
「そ、そのようなことではなく! 旦那様と同じ卓を囲むなど使用人としては無礼も甚だしく……」
「俺の知り合いは権力を笠に着ることなく、たとえ相手が奴隷やその子供であっても一緒に食事を摂っているぞ。まぁ、奴隷と言っても嫁なんだがな」
「ど、奴隷を嫁に……そのような御方が……」
「ぶっちゃけてしまうと、隣の国の皇帝だ。魔導学院で後輩だったんだよ。その時はまだアリシテアの伯爵家当主だったが、卒業後に起こった戦争を終わらせて皇帝になったんだ。多分そのうちここにもふらっと現れるからな」
俺が言ったことに対して理解が追いつかないのか、スチュワートたち使用人は口を開けたまま呆けていた。2人とも首を傾げているし、今の状況をわかっていないのはスヴェンとベスくらいだ。
その後も呆けたままのスチュワートたちだったが、話が進まないと思ったので俺が声をかけて再起動をさせると、一緒に食事を摂る件をあっさりと了承してしまう。既にスチュワートたちの中では、後輩がいつここに現れるのかという不安の方が勝っているようだ。
そのままビビらせておくのも悪いので、余程のことがない限り不敬罪を問うようなことはないと教えたのだが、本人たちの中では余程の範囲がわからずに、ますます不安を積み重ねてしまうことになってしまったので、俺は普通にしていれば不敬にならないと言って、その場を無理やり収めるのであった。
俺の名はターナボッタ・ウィーガン。歳は多分……23歳くらいだろ。俺は昔からよくおこぼれラッキーに見舞われていたから、今のところ順風満帆な生活を送れている。だけど魔導具製作に明け暮れていて、浮いた話はこれっぽっちもない。だが、こう見えても名誉子爵という貴族の端くれだ。そのうち政略結婚で息女でも紹介されるだろう。
しかし、一代限りの名誉貴族では将来子供ができた時に、その子へ継がせることができない。貴族の家に生まれておいて、将来成人すれば平民落ちとか可哀想に思えてくる。
だから俺は魔導具製作に明け暮れているのだ。この魔導剣を完成させれば、褒賞として一代から永代になる可能性も出てくる。そうなれば子供も安心できるかもしれない。将来は一緒に魔導具作りをすることが、今のところの夢でもある。
「よし、できた」
「ほう、とうとうか……」
俺が発した完成の言葉を聞いた人が、あごひげを擦りながら近づいてくる。この人はドワーフ族のドワンさんだ。この魔導剣を作るのにあたって、鍛冶師の視点から俺に色々とアドバイスをくれるとてもいい人であり、良き師匠でもある。
「これであとは試験して魔力消費が上手くいけば完成です」
「しばらく冒険者稼業だな」
「はい。さっそく明日からクエストを受けに行きます」
俺がそう答えては、右手に握るもう試作何刀目かわからなくなった魔導剣へと視線を落とした。最初は不格好だった魔導剣も今となってはドワンさんの協力もあり、それなりの見栄えにはなっている。
それにふらっと現れる後輩も製作に協力してくれて、俺の理解していない魔導の真髄をまざまざと見せつけられたもんだ。さすがは【パーフェクトプロフェッサー】と言われるだけのことはある。
ぶっちゃけ、皇帝を引退したとしても教師としてやっていけそうな感じだ。多才な後輩に負けないよう先輩としての意地を見せたいが、見せたところで敵わないし、優秀な後輩を持つ先輩ってのは苦労するもんだな。
そしてその日の俺は、早く試したいというウズウズした気持ちを無理やり抑え込んで、ドワンさんに挨拶をするとそのまま宿へと帰るのであった。
1週間後、試験とメンテナンスを繰り返していた俺は、ようやく納得のいく形での完成を手にすることができた。
「今までありがとうございました。ドワンさんが亡くなる前にまたちょくちょく顔を見せに来ます」
「ハハッ! お前が死んだ後も俺は生きてるぞ。ドワーフの寿命を舐めるんじゃねぇ」
「それもそうですね。では、俺の子々孫々に至るまで、ドワンさんからのお世話を期待しておきます」
「おうっ、お前の倅たちなら無条件で面倒を見てやる」
「よろしくお願いします。では、また会う日まで!」
「また面白い物を作る時はここへ来い」
こうして俺は5年という月日を一緒に過ごしてきたドワンさんへ挨拶を済ませたら、この魔導剣の研究成果を陛下へ報告するために、故郷であるミナーヴァ魔導王国への帰路につくのだった。
交易都市ソレイユを出発して2ヶ月後の6月、のんびりとアリシテア王国の都市を満喫しながらミナーヴァの王都へと到着した俺は、そのままの足で王城へと向かい、魔導剣完成の報告という理由で謁見の予約を入れては、その連絡が来るまで久しぶりの実家を満喫する。
「久しぶりだな、息子よ」
「戻ったぜ、オヤジ」
「しばらく会わないうちに男の顔つきになりやがって」
「立派になったわね。これでお嫁さんでもいたら言うことなしなんだけど……」
「まぁ、一区切りついたしそこは追々やるさ」
「ということは、完成したんだな?」
「ああ、ドワンさんや後輩のおかげで完成した。帰ってくる前に謁見の予約を入れたから、近々陛下にもお披露目するつもりだ」
「良い師に出会えたようだ」
「完成して良かったわね。あとはお嫁さんでもいたらいいんだけど……」
「おふくろ……やけにこだわるな……」
「孫の顔が見たいのよ。だからお嫁さんを早く捕まえなさい」
大事なことは2度ではなく3度繰り返しては、プレッシャーをかけてくるおふくろに俺はタジタジとなってしまう。
「オヤジからも何とか言ってくれ」
「ミリーのためにも結婚するしかないだろ。そして孫を早く見せてやるんだ」
「オヤジ……」
「あら、ラキルスもたまにはいいこと言うじゃない。両親公認の嫁探しがこれでできるわね」
完成した魔導剣のことはさして聞かれることもなく、何故か嫁探しの話ばかりが団欒の会話を占めてしまうと、俺は何とも言えない気持ちになるのだった。
そしてそれから数日が経ったある日のこと、謁見の順番が回ってきたので俺は登城したら謁見の間へと足を運んだ。
「面を上げよ」
陛下からの許可が出たことにより俺は顔を上げる。そして、魔導剣の完成を俺が報告したら陛下が見たいと仰ったので、その流れで実際に性能を見せることとなる。謁見の間で剣を抜くなどありえないことだが陛下が望んでいる以上、俺に否はない。
それから俺が説明しながら魔導剣の実演をして見せみたら、謁見の間にいる騎士たちの中から魔力量の少ない者が選抜されて、どのくらいの消費になるのか実感してもらうことになる。
(この魔導剣のネックとも言える使用時の魔力消費量。魔力量の少ない者が試してこそ、その真価がはっきりと現れる)
そう考えていた俺はことの成り行きを静かに見守ることにした。そして、結果から言うとまずまずのものとなる。
魔導剣を試した騎士は自分では到底できない魔法剣を操り、軽く演武しては魔力枯渇の症状が出てくるような気配すら感じさせず、しっかりとしたまま演武を終えるのであった。
「使用感はどうだ?」
陛下が騎士へとそう問いかけると、騎士は澱みなく答えていく。
「はっ、自分でも信じられません。まさか魔法を使える日がこようとは。剣に纏わせるという限定的なものではありますが、使用後の虚脱感を感じさせず、私の魔力量でも扱える代物となっております」
「ふむ……」
「ただ……」
「なんだ、申してみよ」
「やはり私自身、元々の魔力量が少ないので長時間維持できるかと問われれば、否としか答えようがありません」
「それは構わぬ。たとえ高名な魔術師とあれど、魔法を撃ち続ければいつかは魔力枯渇を起こしてしまう。要は早いか遅いかの違いでしかない」
陛下がそう結論づけたら騎士は俺へと魔導剣を返却して、元の配置へと戻るのだった。
「ウィーガン名誉子爵よ、良い物を作ったな。魔導剣の量産化は可能か?」
「はっ、環境さえ整えられれば、性能は幾分か落ちますが可能ではあります」
「環境が整っているのに性能が落ちるとはどういうことだ?」
陛下の疑問に答えるために、俺はドワンさんや後輩の協力があったからこそ完成に至れたことを正直に話した。自分の力だけで完成させたと見栄を張っても、量産化で同じ物が作れなければ目も当てられなくなるしな。
「ちっ、ケビンが関わっていたのか……」
「へ……陛下……?」
憎々しげに言葉を漏らし苦虫を噛み潰したような表情となる陛下へ、今まで黙って座っていた第2王妃であるモニカ王妃殿下から釘を刺すような言葉がこぼれる。
「エムリス」
たった一言、名前を呼ばれただけで陛下はビクッと体を震わせて、モニカ王妃殿下の方をチラリと見る。
「王ともあろう者が配下の前で舌打ちとは何事ですか。まさか義息子のケビン君への舌打ちではありませんよね?」
「そ、そんなことあるわけがないだろ。俺の可愛いスカーレットをかどわかした憎き男なんて、これっぽっちも思ってないぞ」
(陛下……心の声がダダ漏れです……)
「そうですよね。ケビン君が可愛い双子を見せに来た時は、あんなにはしゃいでいましたものね。ケビン君の血を分けた子を可愛がるわけですから、親であるケビン君が憎いなんて思うわけがないですよね? もしそうなら双子の孫も憎いということになりますから」
「んぐっ……」
まさにぐうの音も出ないと言った感じで陛下が言い負かされてしまうと、陛下ではなくモニカ王妃殿下が俺に声をかけてきた。
「環境はこちらで整えます。必要な物資等は奏上してください。それと、ドワーフの鍛冶師やケビン君を呼び寄せることはできませんが、それなりの技術者を紹介致しましょう」
「寛大なるご配慮痛み入ります」
「どうせだから、このまま褒賞も決めてしまいましょう。何か希望はありますか? 余程のことでない限りは配慮致します。資金集め等であれば国庫から援助しますので、量産費は考えなくてよろしいです。量産化は既に国からの依頼となりますので」
まさかこちらから褒賞の内容を決める話が降って湧いてくるとは、俺は思ってもみなかった。それならばダメ元で、将来を見据えて考えていたことを口にするのもアリかもしれないと思い、俺はそのことをモニカ王妃殿下へ伝えることにした。
「恐れながら、爵位から名誉を抜いていただきたいと……」
「永代になりたいということですか?」
それから俺はその理由に至った経緯を話し始める。そして、それを静かに聞いていた陛下やモニカ王妃殿下は、話を全て聞き終わると特に問題はなさそうだと話し合っている。
「元々今回の件により確かな手応えが感じられれば、お前を伯爵に陞爵しようと思っていたのだ。元伯爵家が不正を働いていたので取り潰したから、空きがあるのだ」
「そ、そんな!? それはあまりにも身に余ります!」
「ウィーガンよ、お前は自分のしたことを軽く見積もりすぎている。ちなみに量産化成功の暁には侯爵の地位も考えていたことだ。ケビンが抜けてからというもの侯爵位に空きができたままだし、侯爵位を与えられるような働きをするやつも中々出てこんのでな」
「ですが、自分の魔法剣士になりたいという夢を、ただがむしゃらに追いかけた結果でしかなく――」
「例えに出すのは不本意だが……全くもって不本意なのだが、「エムリス?」あ、はい、すみません。こほんっ……ケビンが我が国の学院を卒業する際に、提出した魔導具と与えた褒賞は知っておるな?」
「はっ、魔力さえあれば誰でも作れる結界の魔導具で、未だその魔導具の解析は高名な研究者を前にしても解明できておらず、その際に類まれなる発明として大勲位魔導王章と侯爵位を得たと」
「ケビンの発明が“守”とするならば、お前の発明は“攻”だ。誰でも魔力さえあれば、魔法剣士になれるのだからな。だからケビンと同じ褒賞をゆくゆくはと考えておる」
「ですが、ケビン皇帝陛下と私が作り出した物とでは質があまりにも……」
「確かに質云々で言えば目劣りする部分があるやもしれん。あいつは馬鹿が付くほどの天才だからな。しかし、ケビンの場合は与えられる褒賞が追いつかなかったという事由もある。この国から出せる褒賞はあれが精一杯なのだ」
「あの褒賞よりも価値があったと……」
俺はただでさえ大勲位魔導王章という勲位の1番価値のあるものを下賜されたというのに、更にはいきなり侯爵位まで叙爵されていて、そのような破格の褒賞でもまだ足りなかったと言う陛下の言葉に驚きを隠せなかった。
「あの時は不穏な時代でもあったしな、それが後押ししたこともないとは言いきれん。だから当時はミラがその価値を見出して、研究員に解析させようとしたが徒労に終わった。手に入れたのはケビンの「ざまぁ」だけだな」
俺は陛下の言葉を聞いて笑みがこぼれそうになってしまう。後輩は国のトップが相手でも「ざまぁ」をしてしまうことが、容易に想像できてしまったからだ。そのようなことを心の内で思っていた俺を他所に、陛下の言葉は続いている。
「その魔導剣を国家権力で提出させて、お抱えの研究員に解析させることも可能だが、それをしないのはケビンの件があったからだ。更にお前はケビンと懇意でもあるし、さすがにミラも同じ過ちは繰り返さない」
(ミラ王妃殿下が研究者に解析をさせなくなるなんて、後輩はいったい何をやらかしたんだ? 戦争時はまだ皇帝じゃないから、陛下や王妃殿下と対等な立場じゃなかったはずなんだが……)
「それにそんなことばかりやっていては、研究者がうちの国から他所へと流れてしまうからな。解析する場合は本人の許可をもらってやることにした。中にはお金で発明品の権利を買う場合もある」
「エムリス、話が逸れ過ぎよ。ウィーガン子爵、要するにケビン君の発明は国家において多大な貢献をするものだけど、それに見合うだけの褒賞がなくて与えられる最高位を与えたというだけなのです。だから貴方の場合はいきなり与えるなんてことはせずに、段階を追って与えていくというものです」
「そ、それでも伯爵以上となる侯爵位なんて……」
「現在多少なりとも隣国との小競り合いは続いているのです。同盟国は別ですよ。ですから貴方の発明は量産化されれば、結果として国への多大なる貢献と認められるのです」
その後も陛下やモニカ王妃殿下の話(説得)は続いていき、結局のところ俺は陛下たちの考えた褒賞案を受けることにした。俺の名誉のために言い訳させてもらうと、決して権力に屈したわけではない。陛下たちの真摯な対応に心が打たれただけだ。
ということで、俺はまず伯爵になってしまうらしい。ただ現在の爵位から名誉を外してもらって、永代子爵として認めてもらうだけの要望だったのに、蓋を開けてみればそれ以上の褒賞が待ち受けていたなんて、俺自身思いもしなかったことだ。
その後、王城を後にした俺は心ここに在らずで家に帰るのだが、両親へ謁見でのことを話したら、オヤジは褒めてくれたのだがおふくろは結婚相手を探せと相変わらずせっついてきた。今回の褒賞の件もそうだが、このまま行くと俺の嫁も何かの拍子にポロッと話が舞い込んできそうだ。何故に俺はこうも偶然的なラッキーが度々起こるのだろうか。
時は流れて9月に入ると、俺は陞爵式のために登城することになる。今回は報告から各貴族への示達・集合までにある程度の期間がかかったので、6月に報告したにも関わらず9月に行われることとなった。
まぁ、いきなり集合しろと言われても他の貴族たちにも予定とかがあるだろうし、そこは致し方がないのだろう。実際に参加できない貴族も中にはいるみたいだ。
そして謁見の間で俺の陞爵式が終わると、今度は各貴族から娘の斡旋が始まってしまった。既に陛下から解散と言われているので、不敬にはならないだろうが、謁見の間にいるわけだから少しは場所を弁えて欲しいものだ。
「私はまだこれから量産化という仕事が待っていますので、今はまだ結婚とかは考えておりません。国からの依頼を放り投げるわけにもいきませんから」
俺が「国からの依頼」と言ったのが効いたのか、集まっていた貴族たちは渋々と言った感じで引いてくれる。中には「会うだけでも構わない」と根性を見せる人もいたが。
そして、俺が伯爵となったことで王都に土地と家が支給されて、更には研究所まで家の隣に建てられてしまった。国からの援助があると言っていたけど、ここまでされるとは想像もしていなかったことだ。俺としては実家暮らしでも良かったのだが、さすがに伯爵がそれだと体面が悪いみたいだ。
「こんな大きな家に1人暮らしとは……管理するのに使用人を雇わないとな。俺は研究に明け暮れたいし、掃除なんかで時間を取られたくない」
俺が与えられた家の前でそのようなことを呟いていると、家の中から見知らぬ男が出てくる。
「え……場所を間違えたのか……?」
まさか他人の家を見てボヤいていたとなると、恥ずかしいことこの上ない事態に陥ってしまうのだが、それは間違いだとすぐに知らされることになる。
「お待ちしておりました、旦那様」
「え……?」
「部屋の窓から旦那様の姿が見えましたので、お迎えにあがった次第です」
「い、いや……俺は貴方のことを知らないんだけど?」
「これは失礼を。私は旦那様の世話係として雇われた筆頭執事のスチュワートと申します。歳は今年で30となりました」
「いやいやいや、俺はまだ誰も雇ってないし、何かの間違いじゃないか?!」
「確かに雇用の際は国からの依頼でしたので、旦那様は関与しておりません。国が用意した使用人と考えていただければ結構でございます。ですが、雇用主は旦那様になりますので我が主は貴方様で間違いないのです」
空いた口が塞がらないとは、今まさに俺のような状態のことを言うのだろう。俺の知らないところで既に国からの援助が施されていて、まさか使用人付きで家と研究所を下賜してくれるとは、夢にも思っていなかった。まぁ、使用人はタダでくれたわけじゃないみたいだが、自分で1から捜し出すよりかは断然お得だろう。
それから俺は屋敷の中へ案内されて、そこでもまた初顔合わせとなる使用人たちがズラリと並んでいた。
「お帰りなさいませ、旦那様。私はメイド長を拝命しておりますエリザベートと申します。今年で28歳となります」
どうやらメイドまで国が用意してくれたらしい。しかもこのメイド長、スチュワートの奥さんらしく夫婦で俺に仕えてくれることになる。その他にもメイドが挨拶をしてきて、俺は至れり尽くせりな状態で研究に没頭できるみたいだ。
「早速ですが旦那様。少しお願いがありまして……」
スチュワートが申し訳なさそうに口を開くので、てっきり給金のことかと邪推してしまったが、どうやら自分の子供たちを一緒に住み込みとして置いて欲しいとのことだった。
「将来は使用人にするために教育中でして、もし宜しければ成人後には雇っていただきたく……」
「ああ、別に構わないぞ。伯爵になったことで国からの給金も増えたしな。俺は研究貴族だから領地経営みたいな面倒事もないし、金の使い道は研究か生活費しかない。あとはお前たちの給金の支払いもあるが」
こんなだだっ広い家に1人で住むなんてもったいないし、使用人が掃除とか身の回りのことをしてくれるなら、たとえこの家に住んだところで俺としては問題ないのだ。それに、俺はほとんど研究所に篭っているし、家で過ごすことはあまりないだろう。
「ありがとうございます」
俺が許可を出したことでスチュワートがそう述べると、エリザベートは奥から子供たちを連れてきて挨拶をさせるのだった。
「旦那様、よろしくお願いします」
「おねがいします」
この子供たちは男の子の方が名をスヴェンと言い、今年で8歳になる長男だそうで、女の子の名はベスと言って今年で5歳となる長女らしい。
(既に家の中にいたみたいだけど、俺が許可しなかったらどうするつもりだったんだ?)
そのようなことを考えていたら表情にでも出てしまっていたのか、スチュワートが俺に説明をしてくる。
「旦那様から許可が下りなかった際には、こっそりと家から出して実家へ連れて行く予定でした」
「持ち家はないのか? 所帯持ちなら借家とか借りれば良かっただろう?」
「私たち使用人は基本的に住み込みとなります。通いで使用人をする人もいますが、少ない賃金でそうするにはいささか所帯持ちですと厳しくなりますので、実家暮らしの場合が多くなります。出稼ぎで来ている者たちになると、宿屋とかを借りることもあるとかないとか」
「そういや使用人は住み込みが基本だったな。まぁ、家が賑やかになるのはいいことだ。静まり返った家よりもそっちの方が俺は好きだからな。それと、子供たちの食費は俺が出すことにする」
「そ、それはいけません! 私たちの給金でちゃんと賄えますので」
「その金は子供が学校に行きたいと言った時のために取っておけ。この時間にここにいるってことは、ベスはともかくスヴェンは学院に通わせてないんだろ? 魔導学院に年齢制限はないから、一般教養が身についたら通わせるのもアリだぞ。俺としても将来的に優秀な助手がいたらありがたいしな」
「ですが……」
「住み込みの給金が低いのは、大抵の場合は食事と住む場所が提供されるからだ。仕事さえしておけば餓死することがないからな。子供たちも住み込むなら食事を俺の金から使っても問題ないだろ」
「しかし……」
「これはこの家のルールだ。当主の俺が決めたんだから異論は認めない」
「……寛大なるご配慮痛み入ります。この御恩は生涯をもってお返しさせていただきます」
「ありがとうございます。新しく仕える旦那様が懐の深い御方で感謝の念に耐えません。ほら、あなたたちもお礼を言いなさい」
「旦那様、かんだいなるごはいりょいたみいります?」
「いります!」
「ハハッ、まだスヴェンたちには難しい言葉だな。よし、食事も朝昼晩は全員で一緒に食べるぞ」
「旦那様!? さすがにそれは不敬が過ぎます!」
「スチュワートの言い分は、俺がみんなと別の1人ぼっちで食べろってことか?」
「そ、そのようなことではなく! 旦那様と同じ卓を囲むなど使用人としては無礼も甚だしく……」
「俺の知り合いは権力を笠に着ることなく、たとえ相手が奴隷やその子供であっても一緒に食事を摂っているぞ。まぁ、奴隷と言っても嫁なんだがな」
「ど、奴隷を嫁に……そのような御方が……」
「ぶっちゃけてしまうと、隣の国の皇帝だ。魔導学院で後輩だったんだよ。その時はまだアリシテアの伯爵家当主だったが、卒業後に起こった戦争を終わらせて皇帝になったんだ。多分そのうちここにもふらっと現れるからな」
俺が言ったことに対して理解が追いつかないのか、スチュワートたち使用人は口を開けたまま呆けていた。2人とも首を傾げているし、今の状況をわかっていないのはスヴェンとベスくらいだ。
その後も呆けたままのスチュワートたちだったが、話が進まないと思ったので俺が声をかけて再起動をさせると、一緒に食事を摂る件をあっさりと了承してしまう。既にスチュワートたちの中では、後輩がいつここに現れるのかという不安の方が勝っているようだ。
そのままビビらせておくのも悪いので、余程のことがない限り不敬罪を問うようなことはないと教えたのだが、本人たちの中では余程の範囲がわからずに、ますます不安を積み重ねてしまうことになってしまったので、俺は普通にしていれば不敬にならないと言って、その場を無理やり収めるのであった。
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