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第12章 イグドラ亜人集合国

第365話 自称皇后と魔族の奴隷

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 何事もなく街の外へ出たケビンは、ボーッと空を眺めながら西へ向かって馬車を進めていく。

 ケビンが進めていくと言っても、バイコーンたちの頭がいいので「西に向かってくれ」と伝えただけで、あとはバイコーンたちが自動で馬車を進めてくれるのだ。

 そのような時に馬車の中から御者台へ奴隷が1人移動してくる。

「あの、ご主人様。少しよろしいでしょうか?」

「ん? 中で何かあったのか?」

「いえ、帝国について教えて頂きたくて」

「ああ、そんなことを言ってたな。忘れてた」

 馬車の中から御者台へやって来ていたのは自称元皇后である女性だった。檻に入っている時に「あとで聞かせてやる」というケビンの言葉を当然覚えており、こうして自ら聞きに来たという次第である。

「何が聞きたい? もう俺が買ったから何でも教えてやれるぞ?」

「あの、私が元皇后だという話を疑わないのですか?」

「疑って欲しいのか?」

「いえ、そういう訳ではなく……」

「俺にとっては元皇后だろうとそうでなかろうと、どうでもいいことだしな。あ、でも元皇后ならちょっと問題があるか」

 ケビンは今更ながらに興味本位で購入した奴隷が元皇后だったら、現皇帝である自分の立場からすれば扱いに困りそうだという考えにいきついたのだった。

「それはそれでちょっと悲しくなりますが……」

「何でだ?」

「私のことを買っていただいたのに、ご主人様から興味がないと言われているのと同じことですから」

「ん? そういえば自分のことを『妾』って言わないのか? 喋り方も皇族っぽくないし」

「あの時のような世間知らずではございませんので、それに上から目線の高圧的な雰囲気を相手に与えてしまいますから」

「そうか……俺は『妾』って言うところを見てみたいけどな。周りの者はみんな『私』とかだし、個性があっていいと思うけどな。高圧的な雰囲気になるって理解しているなら、そう見えないように喋ればいいだけだろ?」

「ご主人様が仰るならそのように致します」

「今のは命令じゃないからな。俺が言ったからそうするってのはナシだ」

「難しいことを仰いますね。奴隷にとってご主人様の言葉は絶対ですよ?」

「そこからか……まぁいいや。とりあえずもう命令でいいから昔みたく喋ってみてくれ。好奇心がうずうずして見たくなった」

「わかりました。……こほん。ご主人様よ、それで妾の話を疑わないのか? 妾としてはご主人様に興味を持って欲しいのだが」

「うーん……なんかクララっぽいな」

 ケビンは女性の喋り方がクララと似ていて頭の中にクララを思い浮かべると、クララ自身も白種を統べる長であるから喋り方も必然と上に立つ皇后と似たようなものになるのかと結論づけるのである。

「ご主人様よ、クララとは誰だ? 今は妾との会話の最中であろう。他の女の名前を出すでない、不敬であるぞ」

「おおっ、なんか皇后って感じだな。久しぶりに不敬であるとか言われたぞ」

「す、すみません!」

「いや、気にするな。むしろそれで続けてくれ。楽しくなってきた」

「ご主人様は変わったお方なのですね」

「よく言われるが、それよりも喋り方だ」

「ふふっ、それでは続けさせていただきますね。ご主人様よ、そちの名前をまだ聞いておらぬが何と申すのだ? 答えてみよ」

 興が乗ったケビンは女性の喋り方に合わせるために、自らの喋り方も変えてしまうのであった。

「はは、私めはケビンと申します。しがない冒険者でございますれば、趣味にて商人もやっております」

「ふふっ、ふふふっ……そちは中々人を楽しませることに長けておるようだな。褒美に妾の名を知ることを許そう。妾の名はリーチェである。その身に刻むのだ」

「ははぁ。もったいなきお言葉」

「して、ケビンよ、そちは何故妾の素性を疑わぬ?」

「私めは少し特殊なスキルを持っていまして、リーチェ様のステータスの詳細を見ることができるのです。それにより嘘ではないと確信しております」

「ほう……スキルとな? そのようなスキルがあるなど聞いたことがない。妾を前にして嘘を申すでない」

「まことのことにありますれば」

「ふむ……ではそちの力で妾を見て、ステータスの中身を何か申してみよ」

 ケビンは自分で言ったことを証明するために、リーチェのステータスを鑑定で覗き見ることにした。



リーチェ
女性 15歳 種族:人間
身長:160cm
スリーサイズ:88(F)-56-88
職業:奴隷、元カゴン帝国皇后、元侯爵家令嬢
主人:ケビン
状態:疑心暗鬼
備考:蝶よ花よと育てられ11歳の時に当時の皇帝へ政略結婚で嫁がされる。既に皇帝が老体だったことと后や妾が多数いたため、ほとんど閨をともにすることはなかった。13歳の頃に第1皇子の手から逃れるために帝城を脱出したが、逃げ延びたところを奴隷狩りにあって売られてしまう。

スキル
【礼儀作法 Lv.10】

称号
箱入り娘
一難去ってまた一難



箱入り娘
 蝶よ花よと育てられ世間知らずになってしまった者。

一難去ってまた一難
 災難から逃れられたと思いきや、新たな災難に見舞われた不運な者。



 リーチェのステータスを見たケビンは視線を合わせると、その口を開いた。

「では、申し上げます。スリーサイズは上から88(F)-56-88ですな?」

「ちょ、ちょっといきなり何を言ってるのです!」

 あまりにも突拍子もない内容を告げられたリーチェは、その内容に言葉遣いが戻ってしまいあたふたしてしまう。

「何をと言われましても、リーチェ様のスリーサイズとしか答えようがありません」

「そんなことを言われても知りませんよ! 奴隷になってからは測ってないのですよ!」

「ほほう……それは配慮が足りませんでした。ちなみに成長されているので?」

「……しています」

「それはそれは、喜ばしいことです。あの奴隷商の支配人はきちんと食事を与えていたようでなによりです」

「ご主人様は……その、大きい方がお好きなのですか?」

「私めは大きさにこだわりません。おっぱいそのものが好きなのです。それと、口調が戻られてますが終わりにするのですか?」

「うぅぅ……そ、そちが突拍子もないことを言うからだ。妾のスリーサイズなど侍女くらいしか知らなかったのだぞ」

「これはこれは、光栄なことです。リーチェ様の秘密を知ることができたようですね」

「仕方のないやつめ、そのまま秘密を保持することを許す。妾の寛大なる処置を光栄に思うがよい。してケビンよ、帝国のことを語るのだ。妾の予想だがチューウェイトが皇帝になって支配しているのであろう?」

「約2年前ですがチューウェイトが2国相手に戦争を起こしまして、それで周りの国も皇帝が崩御していたことを知り、てんやわんやの大騒ぎですよ」

「やはりか……だが、とても戦争が起こったあとだとは思えんな。街中の住人たちも生き生きとしておったようだしの」

「2年も経てばそれなりに復興してますね。それにここまでは攻め込まれてませんから当然とも言えるでしょう」

「ふっ、あやつめ、戦争を起こしておきながら攻めきれなんだか。大言壮語もいいとこよの。やはり前皇帝であったあの人のやり方が1番であったの。手をつけられていない土地を開拓して国力を増やせば良かったものを」

「話は変わりますが、リーチェ様は何故そのような喋り方をするようになったので? 元は貴族令嬢ですから妾なんて言わないと思われるのですが」

「そちもそれだけ情報を持っているなら知っておろう? 帝国は実力至上主義。女とて如何に自分を強く見せるかの自衛手段を持っておかねばならぬ。上に立つ者が舐められてはいかんのだ」

「なるほど、そういうことでしたか」

「妾も聞きたいのだが、この馬車はどこに向かっておる?」

「西です。獣人族が住む国に向けて進んでいるのです。奴隷狩りにあった獣人族を助けて欲しいと依頼を受けましてね」

「それで獣人族ばかりを購入しておったのか」

 そのまま2人は他愛のない会話をしながら、立場逆転ごっこをケビンが飽きるまで続けていた。

 そして、太陽が真上を通る頃にケビンは昼休憩を挟んで奴隷たちを外に出してはご飯を振る舞うが、部位欠損を起こしていたり人目を憚るような傷を負っている者に対しては、それぞれの性別の奴隷たちが食事介助へ当たるように指示を出す。

 食事を摂る全ての奴隷は奴隷商で食べていた食事よりもグレードアップした物に舌鼓を打っていたが、ここで問題が1件発生した。

 その問題とは魔族の女性である。移動中は眠らせたままにしておいて何事もなかったのだが、そのままにして食事を与えないという訳にはいかない。

 ケビンは暴れられても困ると思い、他の奴隷たちから少し離れた所で魔族の奴隷を起こすことにした。

「……ぅ……ん……」

 朧気な表情で目を覚ました女性は、起き上がると辺りを見回して状況把握に努めている。気を失う前までの記憶は檻の中。目を覚ましてみれば青空広がる外の風景。

 何がどうなっているのか理解が追いつかないが、視界に入ったケビンを見て次第に自分が買われたことを理解するとケビンにいきなり襲いかかった。

 その光景に様子を窺っていた奴隷たちは驚きの声や悲鳴をあげるが、襲われたケビンは難なく女性の拳を受け止めていく。

 最初は驚いていた他の奴隷たちもその光景を目にして、自分たちのご主人様が明らかに一般人ではないことを知ると、食事を摂りながら稽古っぽく見える光景を見学するまでに心は落ち着いていた。

「くそっ、お前……」

 いくらケビンへ殴りかかろうとも簡単に受け止められたり躱されたりする女性は、次第に体力ばかりを消費していく。

「まだまだ荒削りだな」

「黙れ!」

 本来なら奴隷契約により首輪の効果で体に痛みが走るはずだが、ケビンは痛みの効果を既に全員から解除しており、頭に血が上っている女性はそんなことにすら気づくことはない。

 ひたすら女性がケビンに攻撃を仕掛けるというのを繰り返していたら、とうとう体力のなくなった女性はその場で座り込んだ。

「はぁはぁ……」

「気が済んだか?」

「てめぇ、バケモンすぎんだろ」

「こう見えても冒険者だからな、そこら辺のやつに負けるつもりはない」

「くそっ、この俺がそこら辺扱いかよ」

「へぇー自分のことを『俺』って言うのか。またまた新鮮な感じだな」

「わりぃかよ」

「いや、悪くない。むしろグッジョブだ!」

「“ぐっじょぶ”だぁ? 訳のわからねぇ言葉使ってんじゃねぇよ」

「とりあえず飯でも食っとけ。腹減っただろ?」

「けっ、誰がてめぇの施しなんざ――」

 ――ぐぅぅぅぅ……

 ケビンの言葉を蹴った女性は自身のお腹が鳴ってしまい、これでもかと言うほど顔を赤らめてしまう。

「体は正直みたいだな」

 ケビンは言うだけ言ってその場に女性用の食事を置いてから立ち去っていくと、ある程度距離が離れたところでその女性が食事を口にし始めて、その後はもの凄い勢いで食事をかき込んでいた。

「ご主人様、お体は大丈夫なのですか?」

「余裕だな」

「あまりハラハラさせないでください。このような場所でご主人様を失っては、行き着く先は地獄でしかありません」

「そうなのか?」

「主を失った奴隷は持ち主がいないので好きにできるのです。盗賊にでも攫われてしまえばその先はご主人様でも想像ができるでしょう? 強制的に主登録されてしまい、そのあとは慰みものです。子を孕んだり飽きられたら売られてしまうのですよ」

「箱入り娘だったのによくそんなことを知っているな?」

「奴隷教育は必須項目ですので、奴隷となったものは皆知っております。理解できないのは小さな子供だけです」

「そんなことを教えたら奴隷商人を殺して、どこかへ逃げ出そうとするやつがいるはずなんだけどな」

「そうならないための教育なのです。それに奴隷となってまず最初に主や関係者への危害を禁止されますから」

「ふーん……それはそうと、リーチェは奴隷から解放されたいか?」

「いえ、今更解放されたところで行くあてもありませんし、チューウェイトの関係者に見つかってしまえば、捕縛され連れて行かれて殺されるだけです。それならばご主人様の奴隷でいた方が安心できます」

「それはないと思うけどなぁ」

「ご主人様はチューウェイトの恐ろしさがわかっていないのです。あれはもう人ではありません。人智を超えた強さを持っています」

 未だに説明が面倒くさくなりそうでチューウェイトはもういないことなどをケビンが伝えていないため、リーチェは勘違いをしたままケビンへチューウェイトの恐ろしさを語るのであった。

「……とりあえず飯でも食うか」

 まだ喋り足りないとばかりにリーチェはチューウェイトのことを語ろうとするが、ケビンにとってはどうでもいい話なので適当に相槌を打ちながら右から左へ受け流して食事を摂るのである。

「ご主人様は危機感が足りません」

「まぁ、そんな日もあるさ」

 こうしてひと悶着あったもののケビンたち一行は、昼食を済ませて旅路を続けるのであった。
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