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第12章 イグドラ亜人集合国
第302話 旅に出るまでの日常
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お昼ご飯になるとティナがのそりのそりと食堂へやってきた。その顔色は疲労が溜まっており、他の者たちはその原因を知っているので特に心配はしていなかった。
「ケビン君……」
「疲れが取れてないみたいだね」
ケビンが回復魔法をかけるとティナの顔色は次第と良くなっていく。
「ごめんなさい。みんなの不安を煽るつもりはなかったの。ただケビン君が私の胸で喜んでくれるのが嬉しくて自慢してただけなの」
「意図して吐いてない言葉でも人を傷つけることはあるからね。逆の立場で俺が小さい胸の方が好みだっていつも聞いていたら、ティナだって不安になるだろ?」
「うん」
「そうなると必ず俺に尋ねるだろ? 『大きい胸でごめんね』とか」
「うん」
「今回はそれが起きた。だからティナへはキツめのお仕置きにしたんだ」
「ごめんなさい」
「俺じゃなくて不安を抱えた女性たちへ謝るといいよ」
ケビンから言われてティナは女性たちの方へ向くと、頭を下げて謝るのだった。
「みんな、ごめんなさい。傷つけるつもりはなかったの。妻なのに誤解を招くことをして不安を煽ってすみませんでした」
ティナが頭を下げたことで奴隷たちはおろおろし始めてしまう。何もわからない子供たちはポカンとしていた。
「よし、誤解は解けたということで、お昼ご飯にしよう」
それから食事が進む中、ケビンがニーナとサーシャへのお仕置きを禁欲にして、クリスへはお遊び禁止と告げるのだった。
ニーナとサーシャはケビンと寝れなくなったために、この世の終わりみたいな顔をしたが、無期限ではないことを伝えるとホッと胸を撫で下ろすのである。
クリスは遊んではいけないということで、学院生時代の真面目口調で喋り始めたのだが、その変貌ぶりに周りの女性たちは目が点となってしまう。
「クリスが変」
「ニーナさん、何を仰っているのかしら? わたくしは至って普通ですわ」
「凄い違和感ね」
「サーシャさんまで何を仰いますの?」
「んー……俺は好きかな。俺の知らない一面を見れて得した気分だ」
「おほほ、ケビン様はお口がお上手でいらっしゃるのですね。不覚にもわたくし、ときめいてしまいましたわ」
それからもクリスの真面目口調は変わらず普段接しているティナやニーナ、サーシャは困惑するが、その他の嫁たちはすんなり受け入れて順応するのだった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
数日後、ケビンの元に1通の手紙が届く。封を切って中身を確認すると、アリシテア王国王太子ヴィクトールの戴冠式を行う旨が記されていた。
ケビンは既に1国の皇帝となっているが、アリシテア王国の元侯爵でアリスと結婚していることもあり、身内として参加して欲しいという内容であった。
ケビンは早速アリスへ声をかけて手紙の内容を伝える。
「――というわけだから、ヴィクトさんの戴冠式へ参加しようか?」
「はい、お兄様の晴れ舞台を見とうございます」
「じゃあ、当日は俺とアリスで出かけるから、みんなは留守番よろしく」
「留守番かぁ……」
「今回は仕方ないな。大所帯で参加するわけにもいかないし、サーシャやアビーは仕事で欠席になるんだから。2人だけ残すわけにもいかない」
ティナが出かけたそうにしていたが、ケビンはそんなティナを宥めて我慢してもらうように言い聞かせるのであった。
そして迎えた戴冠式は厳粛な雰囲気の中で執り行われて、第18代アリシテア王国国王が誕生した。
「それにしても驚いた。ヴィクトさんって結婚してたんだね」
「はい、ケビン様が療養されている間にご結婚されました」
ヴィクトール国王による国民への挨拶が行われている中で、ケビンはアリスと客室にて歓談していたが、そこへやって来たのは先代国王と妃であった。
「息災であるか? ケビンよ」
「ええ、元気にしてますよ、お義父さん」
「元気そうで良かったわ」
「お義母さんも元気そうで何よりです。それにしてもこんな所にいて大丈夫なんですか? まだヴィクトさんが挨拶していますよ?」
「あとはもうすることがないのでな、フラフラしてても問題ないのじゃ。それにこれからはあやつの時代だからの」
「お父様、お母様、どうぞお座りになってください」
アリスの誘導によりライルとマリーがイスに腰を下ろすと、ケビンが【無限収納】からプリシラが出かける前に持たせてくれた紅茶とカップを取り出して2人へ振る舞う。
「お茶を持参するとは……使用人に頼めば良かろうに」
「戴冠式の忙しい時に態々お茶を頼むのもどうかと思ってね」
「おぬしは国賓じゃぞ。そんなことで遠慮してどうするのじゃ」
「今日は国賓と言うよりも身内としての参加だからね。お義兄さんの晴れ舞台をお茶で邪魔することはしたくないんだよ」
ケビンの告げた言葉にライルとマリーは何も言えなくなってしまう。
たかがお茶のために使用人を呼んだとしても行事に支障が出るわけでもないが、ケビンの気遣いが家族としてのものだったため、2人はこれ以上何かを言うのはケビンの気遣いを無下にするものだと判断したのだった。
それから4人で世間話をしながら、ケビンは帰宅までの時間を王城にて過ごしていた。
ライルが王位を退いたため、今後は大公爵としての位に就いて余生を過ごすらしく、王城にてヴィクトール国王の御意見番として見守っていくとのことだった。
ケビンが帰宅の際にはヴィクトール国王と王妃へ挨拶に行き、泊まっていくように勧められるのだが、ケビン自身、戴冠式の後はバタバタと忙しかったことを経験しているので、やんわりと断りを入れて帝城へと帰宅した。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
2週間後、帝城にアイリスが到着して応接室に案内している旨がケビンへと報告される。
ケビンはクリスを連れて応接室までやって来ると、部屋で待機していたアイリスが立ち上がろうとしていたが、ケビンがそれを手で制して対面のソファにクリスと座った。
「意外と早く着いたね?」
「はい、あの日はお義兄様が転移で送迎して下さったので、家に着いてからすぐに旅の準備を始めて、用意が終わったら出発しましたの」
「長旅で疲れただろ? 今日は宿屋で休んで明日ゆっくり話そうか?」
「あの、帝都に着いてからそのまま城へと来ましたので、お恥ずかしながら宿屋はまだ確保できておりませんの」
「それじゃあ、うちの者に宿屋へと案内させるよ」
「ケビン君、私の部屋に泊めてもいい? 外だとちょっと心配だから。アイリスは私と違ってそこまで強くないし」
「そうか……クリスが構わないならそれでいいけど、アイリスはどうなの?」
「私もお姉様の冒険話とか聞きたいと思っていましたので、お義兄様からお許しが頂けるならお姉様と一緒に過ごしたいですの」
「わかった。それならクリスはアイリスのお世話をちゃんとするように」
「大丈夫だよ。長年見てきた妹の世話だもん」
「ありがとうございます。お義兄様」
「とりあえず、2階より上に行けるように登録しておくよ」
「登録……ですの?」
ケビンは見た方が早いだろうということで、アイリスの荷物を【無限収納】にしまうと、魔導エレベーターの前まで案内して登録を済ませた。
アイリスは魔導エレベーターを初めて見たのか、興味津々でキョロキョロとあちこちに視線を向けては感嘆の声をあげている。
「これは1階と2階だけを行き来するものだから、3階以上には階段を使うしか方法がないからね?」
「凄いですの!」
ケビンから操作方法の説明を受けながら、アイリスは興奮冷めやらぬ感じでドキドキしながら魔導エレベーターを操作して2階へと上がっていく。
2階に上がったケビンはそのまま4階にあるクリスの部屋まで誘導して、部屋の中にアイリスの荷物を【無限収納】から取り出すと、皆が混乱しないように憩いの広場で顔合わせをすることにした。
ケビンたちが憩いの広場に到着すると、嫁たちは結婚式で会っているためか気安く声をかけて迎え入れたのだった。
「じゃあ、クリスはアイリスを連れて城の中を案内して。その間にちょっと城の改造を施しておくから」
「ケビン、お城を改造するの?」
「ああ、アイリスの仕事部屋がないからね。1階と2階の間に1階分増やして5階建てにする」
「それだと1フロアに1人きりで可哀想じゃない?」
「それもそうか……ケイト!」
ケビンに呼ばれたケイトが席を立ち、ケビンへと近づいてくる。
「何かしら?」
「ケイトはいつもどこで仕事をしているんだ?」
「貴方がいない時は執務室を使ったりもするけど大体は自室かここよ。以前はアルフレッドさんの声が届く範囲で仕事をしていたけど、貴方が城を改造して呼び出し用魔導具を取り付けたでしょ? 玄関近くで仕事をする必要がなくなったのよ」
「うーん……それなら職員が集まるまでここでしてもらうか。その方がケイトも仕事を教えやすいだろ?」
「やっぱり丸投げなのね」
「戦いとかだったら教えられるけど、執務だしなぁ……経験の多いケイトの方が適任だろ? この国のこととかも教えないといけないし」
「わかったわ。その代わりご褒美を期待してるわよ?」
「朝にはまたお姫様抱っこして連れていくよ」
「ふふっ、楽しみね」
話がまとまったところで城の改造は見送りとなり、クリスはアイリスを連れて城内の案内へと向かったのだった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
1階から案内を始めたクリスは、アイリスと世間話をしながら足を進めていく。
「お姉様、1階が来客用なのでしたらここのお部屋をお借りすれば、お姉様も狭くならないのでは?」
「それはダメだよ。妹を誰もいない1階で寂しく過ごさせるわけないでしょ」
「私ももう大人ですし、1人でも寂しくありません」
「それはこの城で1夜を過ごせばわかるよ。夜は静まり返って足音1つしないから怖いと思うよ」
「誰もトイレに行かないんですの?」
「部屋についてるからね、ほら?」
クリスが来客用の部屋を開けると清掃が行き届いているのか、埃はなく綺麗な状態が保たれていた。
その部屋の中へ入ったクリスがトイレのドアを開けて、アイリスへ見せるのだった。
「え……?」
結婚式の際は客室など使わずにずっと外にいたため、アイリスは客室にトイレがついていることなど知らなかったのだ。
それもこれも各王族や貴族を前にしたバージニア家が萎縮してしまい、家族揃って外で過ごしていたことが起因している。
「こういうことだから夜は静かなんだよ。街の喧騒も聞こえないし、本当に静まり返っていて足音とか響くよ。まぁ、みんな慣れてしまって足音を消しながら歩く方法を身につけている人もいるけど」
「足音を消すんですの?」
「だって誰もいないだだっ広い城で、夜に歩くと『カツーン、カツーン』って音が響くんだよ? 怖くない? 振り向いたら誰かいそうで」
「絨毯の上を歩けばいいんじゃありませんの?」
「奴隷たちはケビン君の物を汚したくないって、態々絨毯のない所を歩いていたんだよ。それで『カツーン、カツーン』って音が響きわたっていたってわけ。まぁ、ケビン君にバレて絨毯の上を歩くように言われてたんだけどね」
「うるさくて怒られたんですの?」
「その逆で心配してた。端っこを歩いて不意に怪我でもしたらどうするんだって。ここに来るまで見てわかったと思うけど、通路は花瓶とか飾ってあるからね」
「お優しいんですの」
「もうその時の言葉が奴隷のみんなをメロメロにして大変だったんだよ」
「何て仰いましたの?」
「『物の代わりは金さえ払えばどうとでもなるけど、君たちの体は替えのきかない大事な体だ。その綺麗な肌に傷を残すくらいなら絨毯なんか汚してもらって構わない。まぁ、怪我をしたら俺が治して傷なんか絶対に残させないけど。それでも怪我した時の痛みはあるからね、これからは絨毯の上を歩いてくれ』ってさ」
「奴隷の方にそのようなことを仰ったんですの?」
「そうだよ」
「羨ましいんですの……それにしてもよくそんな長い言葉を覚えているんですのね」
「愛のなせる技だよ」
「相変わらずですの。それにしても奴隷の方々は幸せですの」
「ケビン君は分け隔てなく接するからね。アイリスも奴隷だからといってきつく当たったらケビン君に怒られるから注意してね」
「お義兄様が嫌がるようなことは致しませんの」
女性2人によるケビン談議は終わることなく、2人は次の目的地へと足を進めていく。
1階が終われば2階へと上がり、一般人や奴隷たちの部屋だと紹介して3階に上がると、各所を歩き回りながらクリスが説明をしていく。
「ここはさっきいた憩いの広場の他に、食堂とか浴室とか生活圏が集まっている階層だよ」
「もしかして奴隷の方々はお風呂に入れるんですの?」
「そうだよ。優しいケビン君が他の人を奴隷だからって使用禁止にするわけないじゃん」
「そういえば、服装も奴隷らしくありませんでしたの」
「それもケビン君だね。使用人の服を着込むより、綺麗に着飾った人を見ていたいんだって」
「一般常識が崩れ去りそうですの」
「あとは食事とお風呂は全員一緒だからね?」
「え……?」
「でも食事はともかくお風呂は強制じゃないから、別々に入ることができるよ」
「あの……お姉様は?」
「もちろん一緒に入ってるよ。元々は奴隷たちがケビン君の傍を離れたくないってことで始まったみたいだよ。ケビン君が1人で入ってもみんなで突撃しちゃうの」
「それでどうなりましたの?」
「なし崩し的な感じでケビン君が何も言わなくなってね、今ではみんなで一緒に入ってるよ」
「ちなみにお姉様、今日はどうされますの?」
「今日はアイリスと入るよ。1人だと寂しいでしょ? この後お風呂も見せるけど、あの広さを1人で使えば寂しいと思うよ」
クリスからの申し出によりアイリスは胸を撫で下ろすのであった。アイリスはクリスのことだからもしかしたら強引に連れていかれて、ケビンと一緒にお風呂へ入るのではと気が気ではなかったのだ。
それから一通り案内を終えたクリスは、憩いの広場へとアイリスを連れて戻り、ケビンへ案内の終了を報告するのである。
ケビンはアイリスへ何か不便なことがあったら遠慮せず言って欲しいと伝えて、新参者への洗礼と言うべきパメラのことを注意事項として話し、アイリスも和を乱さないために心へ刻み込むのであった。
「ケビン君……」
「疲れが取れてないみたいだね」
ケビンが回復魔法をかけるとティナの顔色は次第と良くなっていく。
「ごめんなさい。みんなの不安を煽るつもりはなかったの。ただケビン君が私の胸で喜んでくれるのが嬉しくて自慢してただけなの」
「意図して吐いてない言葉でも人を傷つけることはあるからね。逆の立場で俺が小さい胸の方が好みだっていつも聞いていたら、ティナだって不安になるだろ?」
「うん」
「そうなると必ず俺に尋ねるだろ? 『大きい胸でごめんね』とか」
「うん」
「今回はそれが起きた。だからティナへはキツめのお仕置きにしたんだ」
「ごめんなさい」
「俺じゃなくて不安を抱えた女性たちへ謝るといいよ」
ケビンから言われてティナは女性たちの方へ向くと、頭を下げて謝るのだった。
「みんな、ごめんなさい。傷つけるつもりはなかったの。妻なのに誤解を招くことをして不安を煽ってすみませんでした」
ティナが頭を下げたことで奴隷たちはおろおろし始めてしまう。何もわからない子供たちはポカンとしていた。
「よし、誤解は解けたということで、お昼ご飯にしよう」
それから食事が進む中、ケビンがニーナとサーシャへのお仕置きを禁欲にして、クリスへはお遊び禁止と告げるのだった。
ニーナとサーシャはケビンと寝れなくなったために、この世の終わりみたいな顔をしたが、無期限ではないことを伝えるとホッと胸を撫で下ろすのである。
クリスは遊んではいけないということで、学院生時代の真面目口調で喋り始めたのだが、その変貌ぶりに周りの女性たちは目が点となってしまう。
「クリスが変」
「ニーナさん、何を仰っているのかしら? わたくしは至って普通ですわ」
「凄い違和感ね」
「サーシャさんまで何を仰いますの?」
「んー……俺は好きかな。俺の知らない一面を見れて得した気分だ」
「おほほ、ケビン様はお口がお上手でいらっしゃるのですね。不覚にもわたくし、ときめいてしまいましたわ」
それからもクリスの真面目口調は変わらず普段接しているティナやニーナ、サーシャは困惑するが、その他の嫁たちはすんなり受け入れて順応するのだった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
数日後、ケビンの元に1通の手紙が届く。封を切って中身を確認すると、アリシテア王国王太子ヴィクトールの戴冠式を行う旨が記されていた。
ケビンは既に1国の皇帝となっているが、アリシテア王国の元侯爵でアリスと結婚していることもあり、身内として参加して欲しいという内容であった。
ケビンは早速アリスへ声をかけて手紙の内容を伝える。
「――というわけだから、ヴィクトさんの戴冠式へ参加しようか?」
「はい、お兄様の晴れ舞台を見とうございます」
「じゃあ、当日は俺とアリスで出かけるから、みんなは留守番よろしく」
「留守番かぁ……」
「今回は仕方ないな。大所帯で参加するわけにもいかないし、サーシャやアビーは仕事で欠席になるんだから。2人だけ残すわけにもいかない」
ティナが出かけたそうにしていたが、ケビンはそんなティナを宥めて我慢してもらうように言い聞かせるのであった。
そして迎えた戴冠式は厳粛な雰囲気の中で執り行われて、第18代アリシテア王国国王が誕生した。
「それにしても驚いた。ヴィクトさんって結婚してたんだね」
「はい、ケビン様が療養されている間にご結婚されました」
ヴィクトール国王による国民への挨拶が行われている中で、ケビンはアリスと客室にて歓談していたが、そこへやって来たのは先代国王と妃であった。
「息災であるか? ケビンよ」
「ええ、元気にしてますよ、お義父さん」
「元気そうで良かったわ」
「お義母さんも元気そうで何よりです。それにしてもこんな所にいて大丈夫なんですか? まだヴィクトさんが挨拶していますよ?」
「あとはもうすることがないのでな、フラフラしてても問題ないのじゃ。それにこれからはあやつの時代だからの」
「お父様、お母様、どうぞお座りになってください」
アリスの誘導によりライルとマリーがイスに腰を下ろすと、ケビンが【無限収納】からプリシラが出かける前に持たせてくれた紅茶とカップを取り出して2人へ振る舞う。
「お茶を持参するとは……使用人に頼めば良かろうに」
「戴冠式の忙しい時に態々お茶を頼むのもどうかと思ってね」
「おぬしは国賓じゃぞ。そんなことで遠慮してどうするのじゃ」
「今日は国賓と言うよりも身内としての参加だからね。お義兄さんの晴れ舞台をお茶で邪魔することはしたくないんだよ」
ケビンの告げた言葉にライルとマリーは何も言えなくなってしまう。
たかがお茶のために使用人を呼んだとしても行事に支障が出るわけでもないが、ケビンの気遣いが家族としてのものだったため、2人はこれ以上何かを言うのはケビンの気遣いを無下にするものだと判断したのだった。
それから4人で世間話をしながら、ケビンは帰宅までの時間を王城にて過ごしていた。
ライルが王位を退いたため、今後は大公爵としての位に就いて余生を過ごすらしく、王城にてヴィクトール国王の御意見番として見守っていくとのことだった。
ケビンが帰宅の際にはヴィクトール国王と王妃へ挨拶に行き、泊まっていくように勧められるのだが、ケビン自身、戴冠式の後はバタバタと忙しかったことを経験しているので、やんわりと断りを入れて帝城へと帰宅した。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
2週間後、帝城にアイリスが到着して応接室に案内している旨がケビンへと報告される。
ケビンはクリスを連れて応接室までやって来ると、部屋で待機していたアイリスが立ち上がろうとしていたが、ケビンがそれを手で制して対面のソファにクリスと座った。
「意外と早く着いたね?」
「はい、あの日はお義兄様が転移で送迎して下さったので、家に着いてからすぐに旅の準備を始めて、用意が終わったら出発しましたの」
「長旅で疲れただろ? 今日は宿屋で休んで明日ゆっくり話そうか?」
「あの、帝都に着いてからそのまま城へと来ましたので、お恥ずかしながら宿屋はまだ確保できておりませんの」
「それじゃあ、うちの者に宿屋へと案内させるよ」
「ケビン君、私の部屋に泊めてもいい? 外だとちょっと心配だから。アイリスは私と違ってそこまで強くないし」
「そうか……クリスが構わないならそれでいいけど、アイリスはどうなの?」
「私もお姉様の冒険話とか聞きたいと思っていましたので、お義兄様からお許しが頂けるならお姉様と一緒に過ごしたいですの」
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「これは1階と2階だけを行き来するものだから、3階以上には階段を使うしか方法がないからね?」
「凄いですの!」
ケビンから操作方法の説明を受けながら、アイリスは興奮冷めやらぬ感じでドキドキしながら魔導エレベーターを操作して2階へと上がっていく。
2階に上がったケビンはそのまま4階にあるクリスの部屋まで誘導して、部屋の中にアイリスの荷物を【無限収納】から取り出すと、皆が混乱しないように憩いの広場で顔合わせをすることにした。
ケビンたちが憩いの広場に到着すると、嫁たちは結婚式で会っているためか気安く声をかけて迎え入れたのだった。
「じゃあ、クリスはアイリスを連れて城の中を案内して。その間にちょっと城の改造を施しておくから」
「ケビン、お城を改造するの?」
「ああ、アイリスの仕事部屋がないからね。1階と2階の間に1階分増やして5階建てにする」
「それだと1フロアに1人きりで可哀想じゃない?」
「それもそうか……ケイト!」
ケビンに呼ばれたケイトが席を立ち、ケビンへと近づいてくる。
「何かしら?」
「ケイトはいつもどこで仕事をしているんだ?」
「貴方がいない時は執務室を使ったりもするけど大体は自室かここよ。以前はアルフレッドさんの声が届く範囲で仕事をしていたけど、貴方が城を改造して呼び出し用魔導具を取り付けたでしょ? 玄関近くで仕事をする必要がなくなったのよ」
「うーん……それなら職員が集まるまでここでしてもらうか。その方がケイトも仕事を教えやすいだろ?」
「やっぱり丸投げなのね」
「戦いとかだったら教えられるけど、執務だしなぁ……経験の多いケイトの方が適任だろ? この国のこととかも教えないといけないし」
「わかったわ。その代わりご褒美を期待してるわよ?」
「朝にはまたお姫様抱っこして連れていくよ」
「ふふっ、楽しみね」
話がまとまったところで城の改造は見送りとなり、クリスはアイリスを連れて城内の案内へと向かったのだった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
1階から案内を始めたクリスは、アイリスと世間話をしながら足を進めていく。
「お姉様、1階が来客用なのでしたらここのお部屋をお借りすれば、お姉様も狭くならないのでは?」
「それはダメだよ。妹を誰もいない1階で寂しく過ごさせるわけないでしょ」
「私ももう大人ですし、1人でも寂しくありません」
「それはこの城で1夜を過ごせばわかるよ。夜は静まり返って足音1つしないから怖いと思うよ」
「誰もトイレに行かないんですの?」
「部屋についてるからね、ほら?」
クリスが来客用の部屋を開けると清掃が行き届いているのか、埃はなく綺麗な状態が保たれていた。
その部屋の中へ入ったクリスがトイレのドアを開けて、アイリスへ見せるのだった。
「え……?」
結婚式の際は客室など使わずにずっと外にいたため、アイリスは客室にトイレがついていることなど知らなかったのだ。
それもこれも各王族や貴族を前にしたバージニア家が萎縮してしまい、家族揃って外で過ごしていたことが起因している。
「こういうことだから夜は静かなんだよ。街の喧騒も聞こえないし、本当に静まり返っていて足音とか響くよ。まぁ、みんな慣れてしまって足音を消しながら歩く方法を身につけている人もいるけど」
「足音を消すんですの?」
「だって誰もいないだだっ広い城で、夜に歩くと『カツーン、カツーン』って音が響くんだよ? 怖くない? 振り向いたら誰かいそうで」
「絨毯の上を歩けばいいんじゃありませんの?」
「奴隷たちはケビン君の物を汚したくないって、態々絨毯のない所を歩いていたんだよ。それで『カツーン、カツーン』って音が響きわたっていたってわけ。まぁ、ケビン君にバレて絨毯の上を歩くように言われてたんだけどね」
「うるさくて怒られたんですの?」
「その逆で心配してた。端っこを歩いて不意に怪我でもしたらどうするんだって。ここに来るまで見てわかったと思うけど、通路は花瓶とか飾ってあるからね」
「お優しいんですの」
「もうその時の言葉が奴隷のみんなをメロメロにして大変だったんだよ」
「何て仰いましたの?」
「『物の代わりは金さえ払えばどうとでもなるけど、君たちの体は替えのきかない大事な体だ。その綺麗な肌に傷を残すくらいなら絨毯なんか汚してもらって構わない。まぁ、怪我をしたら俺が治して傷なんか絶対に残させないけど。それでも怪我した時の痛みはあるからね、これからは絨毯の上を歩いてくれ』ってさ」
「奴隷の方にそのようなことを仰ったんですの?」
「そうだよ」
「羨ましいんですの……それにしてもよくそんな長い言葉を覚えているんですのね」
「愛のなせる技だよ」
「相変わらずですの。それにしても奴隷の方々は幸せですの」
「ケビン君は分け隔てなく接するからね。アイリスも奴隷だからといってきつく当たったらケビン君に怒られるから注意してね」
「お義兄様が嫌がるようなことは致しませんの」
女性2人によるケビン談議は終わることなく、2人は次の目的地へと足を進めていく。
1階が終われば2階へと上がり、一般人や奴隷たちの部屋だと紹介して3階に上がると、各所を歩き回りながらクリスが説明をしていく。
「ここはさっきいた憩いの広場の他に、食堂とか浴室とか生活圏が集まっている階層だよ」
「もしかして奴隷の方々はお風呂に入れるんですの?」
「そうだよ。優しいケビン君が他の人を奴隷だからって使用禁止にするわけないじゃん」
「そういえば、服装も奴隷らしくありませんでしたの」
「それもケビン君だね。使用人の服を着込むより、綺麗に着飾った人を見ていたいんだって」
「一般常識が崩れ去りそうですの」
「あとは食事とお風呂は全員一緒だからね?」
「え……?」
「でも食事はともかくお風呂は強制じゃないから、別々に入ることができるよ」
「あの……お姉様は?」
「もちろん一緒に入ってるよ。元々は奴隷たちがケビン君の傍を離れたくないってことで始まったみたいだよ。ケビン君が1人で入ってもみんなで突撃しちゃうの」
「それでどうなりましたの?」
「なし崩し的な感じでケビン君が何も言わなくなってね、今ではみんなで一緒に入ってるよ」
「ちなみにお姉様、今日はどうされますの?」
「今日はアイリスと入るよ。1人だと寂しいでしょ? この後お風呂も見せるけど、あの広さを1人で使えば寂しいと思うよ」
クリスからの申し出によりアイリスは胸を撫で下ろすのであった。アイリスはクリスのことだからもしかしたら強引に連れていかれて、ケビンと一緒にお風呂へ入るのではと気が気ではなかったのだ。
それから一通り案内を終えたクリスは、憩いの広場へとアイリスを連れて戻り、ケビンへ案内の終了を報告するのである。
ケビンはアイリスへ何か不便なことがあったら遠慮せず言って欲しいと伝えて、新参者への洗礼と言うべきパメラのことを注意事項として話し、アイリスも和を乱さないために心へ刻み込むのであった。
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これは、3度にも及ぶパーティ追放で、すっかり自信を見失った男の再生譚である。
レベルアップに魅せられすぎた男の異世界探求記(旧題カンスト厨の異世界探検記)
荻野
ファンタジー
ハーデス 「ワシとこの遺跡ダンジョンをそなたの魔法で成仏させてくれぬかのぅ?」
俺 「確かに俺の神聖魔法はレベルが高い。神様であるアンタとこのダンジョンを成仏させるというのも出来るかもしれないな」
ハーデス 「では……」
俺 「だが断る!」
ハーデス 「むっ、今何と?」
俺 「断ると言ったんだ」
ハーデス 「なぜだ?」
俺 「……俺のレベルだ」
ハーデス 「……は?」
俺 「あともう数千回くらいアンタを倒せば俺のレベルをカンストさせられそうなんだ。だからそれまでは聞き入れることが出来ない」
ハーデス 「レベルをカンスト? お、お主……正気か? 神であるワシですらレベルは9000なんじゃぞ? それをカンスト? 神をも上回る力をそなたは既に得ておるのじゃぞ?」
俺 「そんなことは知ったことじゃない。俺の目標はレベルをカンストさせること。それだけだ」
ハーデス 「……正気……なのか?」
俺 「もちろん」
異世界に放り込まれた俺は、昔ハマったゲームのように異世界をコンプリートすることにした。
たとえ周りの者たちがなんと言おうとも、俺は異世界を極め尽くしてみせる!
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