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第11章 新規・新装・戴冠・結婚

第278話 花売りの少女

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 サーシャと1線を越えた翌朝、穏やかな微睡みの中からケビンは目を覚ます。

「おはよう、ケビン君」

「おはよう、サーシャ」

 優しい表情でケビンを見つめていたサーシャと朝の言葉を交わして、ケビンは伸びをしながら体を起こした。

「今日も出かけるの?」

「ああ、戴冠式とか結婚式とかの準備があるからね。そのうちお嫁さんたちもウェディングドレスを作るために、ライル陛下からお呼び出しがあると思うよ」

「国王様からの呼び出しなんて、ケビン君と結婚してなかったら一生ないイベントだわ」

「恐らく王妃のマリーさんが担当すると思う。同じ女性だしね」

「緊張するわ」

「頑張ってね」

 ケビンとサーシャの準備が終わり食堂へ向かうと、サーシャはすぐさまティナたちに連行されるのである。

「食事が終わってからにしなよ。まずは朝ごはんだろ?」

 ケビンからの窘めによりサーシャは解放されて、ティナたちがうずうずとしている中で朝食は始まる。

 ケビンは朝食を食べ終わると嫁たちに出かけることを伝えて、ライル国王の元へと向かうのであった。

 やがて屋敷に辿りついたケビンはそのまま顔パスで中へと入っていく。

 国王たちも朝食は既に済んでいるようで、その日の執務に取りかかっているところであった。

「おはよう、お義父さん、お義母さん」

「おお、ケビン。おはよう」

「おはよう、ケビン君」

「ケビンからお義父さんと呼ばれるのはいいものだな」

「そうね、お義母さんと呼ばれると嬉しくなるわ」

「業務は滞りなく進んでる? 何かすることある?」

「段取りはこちらでするからの、ケビンのすることは戴冠式と結婚式の服の採寸とデザインの話し合いくらいじゃの」

「ふふっ、そうね」

「王都のギルドマスターからは何か連絡とかあった?」

「おお、そういえば帝都のギルドマスターになる者が決まったようで、そろそろこっちに向けて出発するらしいぞ」

「じゃあ到着するのはまだまだ先になりそうだね」

「急ぎでもないし日にちがかかるじゃろうな」

 急ぎでない理由としては、帝都周りの魔物をケビンたち冒険者組が適宜狩りに出かけているので、今のところ急いでギルドを復興させることもないからである。

 それからケビンは国王たちから段取りについての大まかな流れを聞いて、そのまま屋敷を後にするのであった。

 ケビンは屋敷を出たあとは帝都の城下町へと足を運び、人々の生活を観察していた。

 噴水広場でボケーッと人の流れを観察しては何か問題点などはないのかと、思考を巡らせては出店で軽食を買って間食をしている。

「うーん……冒険者ギルドに街の整備、街道整備もしなきゃだよなぁ……」

 人間観察を続けているケビンに花を売っている子供の姿が目に入った。

「何であんな子供がお金を稼いでいるんだ?」

 少し気になったケビンは子供に声をかけることにすると、立ち上がりお尻を叩いてその場へ向かう。

「ねぇ、君。何故花を売っているんだい?」

「お母さんが病気で倒れたからお薬を買うの」

 子供はいきなり声をかけられたにも関わらず、ケビンの質問へ素直に答えるとケビンへ花を買ってとお願いするのである。

「花を買うよりもお母さんを看てあげようか? お兄さんはこう見えても回復魔法が使えるんだよ」

「本当?」

「本当だよ」

「でもお母さんが知らない人にはついて行っちゃダメって言ってたよ」

「ついて行くんじゃなくて連れて行くからお母さんも怒らないよ」

「うーん……」

 ケビンの言葉遊びに子供は頭を悩ませ始める。

「お母さんに早く元気になって欲しいだろ?」

「……わかった。お兄ちゃんに治してもらう」

 ケビンのひと押しですんなり受け入れてしまった子供に、ケビンは『この子の将来は大丈夫なんだろうか?』とちょっと不安になるのである。

「私ナターシャっていうの。お兄ちゃんは?」

「お兄ちゃんはケビンって名前だよ」

「ケビンお兄ちゃん、一緒におうちに行こう」

 子供の案内でケビンはその子の家へと足を運ぶのであった。

 辿りついたのは簡素なボロ屋で、帝都にこれ程の物があったのかと改めて知る結果となり、ケビンは『何とかしないとな』と課題を見つけるに至ったのである。

「お母さん、ただいまぁ」

「ゴホッゴホッ……おかえり、ナターシャ」

 ベッドで横たわっていた女性は僅かに体を起こすと、娘の帰りを迎えるのだった。

「あら、どちら様?」

「ケビンお兄ちゃんだよ。お母さんを治してくれるの」

「初めまして、私はケビンと申します。本日はご息女が花を売っているのを見かけまして、何か力になれればとこうして足を運ばさせて頂きました」

「ケビンお兄ちゃん、しゃべり方が変だよ」

「ははっ、これは大人の喋り方なんだよ。ナターシャも大人になったらこういった感じで喋ることもあると思うよ」

「おとなって変だね」

「そうだね」

 ケビンとナターシャが話し込んでいると、ナターシャの母親がケビンのことを尋ねてきた。

「あの、医師の方なのですか? とてもそうにはお見受けできないのですが……」

「いえ、私は冒険者を生業としております」

「冒険者? ゴホッゴホッ」

「まずは私のことよりも貴女を治療しましょう。詳しい話はその後からでもできますので」

「ですが、払うお金が……」

「それもまた後で」

 ケビンは【完全鑑定】を使って母親の病気を調べると、風邪からの肺炎を拗らせているようで体温もそれなりに高くなっていた。

 スキルのことは言えないので、ケビンはそれっぽく振る舞うために母親のおでこに手を当てて体温を測るフリをした。

「少し熱が高いようですね。お薬は飲まれていますか?」

「あまり量がありませんので少しずつですが……ゴホッゴホッ」

「栄養状態も悪いようです」

 母親の体は痩せ細っていてあまりいい食事を摂れていないようである。だが、ナターシャは元気なので恐らく子供を優先させているだろうことはすぐに理解できた。

「ケビンお兄ちゃん、お母さん治る?」

 母親のことが気がかりなのかナターシャは心配そうにケビンを見上げる。

「治るよ。《キュア》と念のため《ヒール》」

 母親が光に包まれると見る見るうちに顔色が良くなり、ステータスにある状態の項目も栄養不足だけになる。

「終わったよ、ナターシャ」

「本当? お母さん治ったの?」

「ああ、あとはご飯をいっぱい食べたら元気なお母さんになるよ」

「ありがとう、ケビンお兄ちゃん!」

 ナターシャは嬉しさのあまりケビンの脚に抱きついた。母親は咳が止まり苦しさがなくなったのを感じたのか、本当に病気が治ったことがわかりケビンにお礼を言うのである。

「何とお礼を申し上げればよいのか」

「構いません。それより不躾な質問ですが旦那様はどちらに?」

 母親が語ったのはケビンにも責任がある内容であった。ケビンによる大掃除で旦那は悪人指定を受けて処分されていたのだ。

 母親は夫がしていた悪事を知らず、その時になって初めて知ってしまい悲しみに明け暮れて日々を過ごしていたが、娘の存在が功を奏して立ち直ることができたようである。

 そして当時は生活資金があったのだがケビンが立ち去ったあとから数日後、噂を聞きつけたスラムの輩たちが善人であったにも関わらず、魔が差したのか一般家屋へと空き巣に入り金銭を奪っていくという事件があったそうだ。

 当然上手くいった輩たちは既に街から姿を消しており、もうどこにいるかもわからず泣き寝入りするしか残された道はなかった。

 同じように魔が差して犯罪に走ったものの、失敗して捕まった輩たちはそのまま処刑されたそうだ。

 そして、ナターシャの家は泣き寝入りする側だったようで、資金が底をつく前にボロ屋へと引っ越して細々と暮らしていたようである。

「――ということなのです」

「すみませんでした」

 ケビンは話を聞いて素直に頭を下げた。後のことを深く考えず自己満足でやった結果、ナターシャ親子みたいな境遇を生み出してしまったことに深く反省した。

「え? あの……え?」

 いきなり謝ったケビンに対して、母親は何が何だかわからずに困惑するばかりである。

「他にも同じ被害に合われた人はいますか?」

「え……えっと……5人ほどいますがまだ子供がいなかったので私みたいにはならず、今も働いていますし普通の生活を送っていますよ」

「そうですか……」

「私も病気になるまでは働いていたのですが、休みがちになってしまってクビになってしまい、薬を買うのにお金を使ってしまって今ではこんな有様です」

「もし宜しければ私に手助けをさせてくれませんか? 自己満足の上塗りになるのは自分でも重々承知していますけど」

「あの……どうしてそこまでなさるのですか? 病気の治療費も払えないのに」

「自己満足の上塗りです。それと罪悪感を少しでも減らすためです」

「よくわからないのですが……」

「お母さん、ケビンお兄ちゃん何か悪いことしたの? あやまったから許してあげないといけないんだよ」

 大人たちの会話についていけないナターシャは、ケビンが謝ったことしか理解できずにそのことを母親に告げるのであった。

「違うのよ、ケビンさんは悪いことしてないわよ」

「でも、あやまったよ?」

「お母さんにもわからないのよ」

 母親がわからないのならと、ナターシャはケビンに直接尋ねることにしたのだった。

「ケビンお兄ちゃん、何であやまったの? 悪いことしたの?」

 ケビンはしゃがみこんでナターシャに視線を合わせると、質問に対する答えを述べるのであった。

「お兄ちゃんはね、前に悪い人を退治したんだ。そしてその家族の人にお金を渡したらこの国を出て行ったんだよ。でもね、お兄ちゃんが出て行った後に新しい悪い人がそのお金を盗んじゃったんだよ。それで、ナターシャとお母さんが苦労することになってしまったんだ。だからね、ナターシャとお母さんを助けたいんだ」

「お母さんの病気が治ったからケビンお兄ちゃんは助けてくれたよ」

「お兄ちゃんが次に助けるのはナターシャとお母さんの生活だよ。このままだとお母さんにいっぱいご飯を食べさせてあげられないからね」

「ヤダ! お母さんにご飯をいっぱい食べてもらって元気になってもらうの」

「だからお兄ちゃんは2人を助けたいんだよ」

「ケビンお兄ちゃんが助けてくれるの?」

「お母さんにそのことを聞いてたんだよ。お手伝いしてもいいですかって」

 ケビンとナターシャのやり取りを聞いていた母親は、ケビンがなぜ謝ってきたのかを理解することができた。そして、自己満足の上塗りという意味も。

「ケビンさん」

「何でしょうか?」

「あの人がやったことは本当のことだったのですか? 間違っていましたとかではなく」

 母親は娘の手前、父親とは言わずに暗に示していたがケビンはそれを理解して答えを返す。

「はい、事実です」

「……そうですか。私の目は節穴だったのですね。たまに多くのお金を持ってくることがありましたが、仕事が上手くいったと言われてそれを信じていました」

「上手く隠していたのだと思います」

「別に恨んではいません。あの手紙の内容が事実なら処罰されて当然ですから」

「ありがとうございます」

「……甘えてもいいですか?」

「ええ、私が言い出したことですから」

「ケビンお兄ちゃん、何の話してるの? お母さん、甘えんぼになったの?」

「お母さんとナターシャを今から助けるって話だよ。今日からいっぱいご飯を食べれるからね」

「お母さん元気になるの?」

「ああ、ナターシャも好きな物を食べていいよ」

「本当? 私、お肉が食べてみたい」

「じゃあ、お昼ご飯はお肉にしよう」

「やったぁ!」

「あの、ナターシャのお母さん。何か持ち出したい物とかありますか?」

「ケビンさん、私のことはナナリーと。……それと敬語は不要です」

「では、ナナリー。服以外に持ち出す物はあるか?」

「ありません。あの人との物はここで捨てていきます」

「わかった。ナターシャ、お引っ越しするけど何か持っていきたい物はあるかな?」

「お花!」

「よし、それじゃあ、ナターシャはお花が入ってるバスケットを落とさないようにしっかり持ってるんだよ」

「うん!」

 それからケビンは家具の中から服を【無限収納】にしまっていき、引っ越しの準備を整えていく。

「ナナリー、抱きあげるけど構わないか?」

「はい」

 ケビンはナナリーをお姫様抱っこするとナターシャに声をかける。

「ナターシャ、今から凄い魔法を使うからね。ビックリするよ」

「ビックリする魔法?」

「ああ、新しいおうちにすぐつくからね」

「あの、ケビンさん。ケビンさんの家はすぐ近くなんですか?」

「いや、結構離れてる。歩いてたらそれなりの距離にはなるな」

「すぐにつくのですか?」

「まぁ、見てたらわかる。ナナリーもビックリするぞ」

 ケビンは百聞一見にしかずと思い、帝城の憩いの広場へと転移するのであった。

 そして、転移先にケビンが女性と子供を連れて現れたことで、憩いの広場にいた嫁たちはすぐさまケビンを揶揄い始める。

「ケビン君が新しい女性を引っ掛けてきた!」

「しかも子連れ」

「まだ私、抱かれてないのに」

 ティナが真っ先に声を上げるとニーナが続きクリスが後を追うように喋ったが、ナナリーとナターシャは光景がガラリと変わったことに驚いていた。

 周りにいるのは女性たちばかりで如何にもな部屋の造りをしており、ナナリーは恐る恐るケビンへと尋ねるのだった。

「ケビンさん……ここはどこ?」

「ここは帝城にある憩いの広場だ。ナターシャ、あそこに子供たちがいるから一緒に遊ぶといいよ」

「遊んでいいの?」

「ああ、そのために作った場所だからね」

「わかった! 遊んでくる!」

 ナターシャは元気よく遊戯場へと向かい、早速子供たちの輪に加わって遊び始めた。

「ケイト」

「何かしら?」

「ナナリーを2階に住まわせることにした。詳細は後で伝える。あと、昼ご飯はナターシャのリクエストで肉料理だ」

「わかったわ」

 ケビンはそれだけ伝えるとナナリーを抱えたまま2階へと下りていき、使われていない部屋の中へ入るとナナリーをベッドへ寝かせた。

「ケビンさん、貴方は一体何者なのですか?」

「前皇帝を殺した現皇帝だ」

「え……」

「戦争中、何千何万という兵士を殺し、戦争後はこの国の悪人たちを1人残らず殺した」

「……」

「軽蔑してくれて構わない。それだけのことをした自覚はあるからな。もし、ここに住むのが嫌なら帝都に家を借りて住んでもいい。生活資金はちゃんと援助する」

「ケビンさん、ちょっと起き上がるので肩を貸してくれませんか?」

 ナナリーが起き上がろうとしているので、ケビンは言われた通りに肩を貸そうとベッドに手をつき前かがみになって近づくと、ナナリーは肩に手を回してそのままケビンへと口づけをした。

「ん……」

 やがてナナリーの唇が離れるとケビンにしがみついたまま想いを伝える。

「軽蔑なんてしません。元より貴方について行くつもりでしたから。だから言ったのですよ、『甘えてもいいですか?』って」

「あれは俺からの厚意に甘えるって意味じゃ……」

「違いますよ。ナターシャがあれだけ貴方に懐いているし、ナターシャに接する時の貴方の顔はとても優しくて温かみに溢れていました。それに、今の話で気づきましたが貴方の心はまだ泣いています」

「泣いてる?」

「人を殺したと言った時の貴方の顔からは表情がなくなりました。まだ戦争が終わってから2年も経っていないのです。大勢の人を殺してしまったのなら癒えるはずもありません」

「でも、みんなは指摘してこないけど?」

「あの女性たちの前で人を殺したって話をしているのですか?」

「いや、彼女たちのほとんどは酷い目に合わされた奴隷だから、暗くなるような話はしない」

「それなら指摘されなくても当然です。さて、いっぱいお喋りしたので疲れてしまいました」

「それなら、そのまま寝てるといい。お昼には1度起こすように伝えておくから」

「ケビンさん、隣で添い寝してください」

「え……?」

「ほら早く」

 ナナリーはグイグイとケビンを引っ張りベッドへ引きずり込もうとするが、ケビンをそう簡単に普通の人が引っ張れるわけもない。

「……甘えさせてくれないんですか?」

 潤んだ瞳で告げてくるナナリーに、ケビンの意思は簡単に陥落したのだった。ベッドへ潜り込んだケビンをナナリーは胸に抱きしめる。

「やせ細ったみすぼらしい体ですが、心臓の音が聞こえますか? 年甲斐もなくドキドキしてるんです。甘えさせてくれる代わりに私の温もりを感じて癒されてください」

「わかった」

「健康的な体に戻ったら素肌の温もりも貴方に捧げますから」

 眠るつもりのなかったケビンだったが、知らず知らずのうちにナナリーの心臓の音を子守唄に、いつの間にかスヤスヤと眠りにつくのであった。

「ふふっ、寝顔は子供のようね。あまり無理しないでね、優しいケビンさん」
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