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第8章 ミナーヴァ魔導王国

第236話 読まれていた権謀術数

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 卒業研究と論文を提出した2週間後、ケビンはスカーレットに連れられて王城へと来ていた。

「今日はケビン様に褒賞があるそうです」

「あぁ、魔導具の件ね」

「はい。あれほどの物を作り出して、何もしないというわけにはいかないそうです」

「別に褒賞はいらないんだけどね」

「私の役目はここまでです。頑張って下さい」

 やがて辿りついた扉の前でスカーレットが案内を終えたこともあり、一言言うとその場を後にした。

「何を頑張れっていうのか……」

 そう独り言ちるケビンに扉の前に立つ騎士が声をかける。

「よろしいでしょうか?」

「あぁ、構いません」

 騎士が扉を軽く叩くと、中から入場の声が響きわたる。

「ミナーヴァ魔導学院4年生、ケビン・エレフセリア殿、ご入場」

 言葉の終わりとともに、ギギギギッと大きな扉が開かれて謁見の間がその姿を現す。

 中ではこの国の貴族であろう研究者っぽい面々が整列しており、その先には国王と王妃2人が着座していた。

(見たことある光景だな……)

 ケビンは伯爵になった時と同じ光景を目の当たりにして、ゲンナリするのであったが、そのまま歩みを進めて玉座の前で片膝をつける。

「よくぞ参った。此度の褒賞の儀はそなたの作り出した魔導具に対してである」

(真面目な喋り方できたんだな……)

「親善試合や学院での成績も然る事乍ら、その知識・技術を大いに詰め込めた魔導具製作はおおよそ他の者には真似できるはずもなく――」

(祝辞っぽいな……)

「――なればこそ、その類まれなる才能は――」

(な……長い……)

 ケビンにとってどうでもよい褒賞の儀は、国王の長いうんぬんかんぬんの話によって早くも飽きてしまったのであった。

「――である。よって、大勲位魔導王章を授けるとともに侯爵へと叙爵する!」

「……は?」

「何か問題あるか?」

「いやいやいや、問題大ありでしょ! 大勲位って何!? 侯爵って何!?」

「勲章の最高位と公爵の下の位だな」

「そうだけど、そうじゃなくて! 何でいきなり侯爵とかにしてんの!」

 ケビンはあまりにも突拍子もない話に、敬意を払うどころかタメ口で国王に物申していた。

「それは、それだけのことをしたからだろう」

「たかが一学生の作った魔導具でしょ!」

「ふむ。わかりやすく説明してやろう。まず1つ、親善試合で4年連続この国に勝利を齎したこと。2つ、魔導具祭にて新人賞獲得後、3年連続で金賞を受賞したこと。3つ、学院の成績が入学当初は真ん中より下であったのに、現段階では首席であり更には全科目を履修し修得したこと。4つ、いささか世情が不安定になってきているこの時期に、喉から手が出るほど欲しくなる画期的魔導具を作り出したこと。以上が、この国で成したそなたの功績だ。前人未到と言っても過言ではない」

「それでも侯爵はやり過ぎでしょ! しかも、大勲位とかまでついてくるし!」

「まぁ、そう言うな。大勲位はお前の魔導具によって、これから救われる命の前払い褒賞だ。侯爵の件は納得しろ。お前が功績を立てるのが悪い。この国が研究成果次第で爵位を得られることを知っていただろ? それに倣って与えた爵位にすぎん」

「せめて子爵とかでいいじゃん」

「こういう時はこう言えばいいって教わった言葉がある」

「……何?」

「信賞必罰」

「……」

 その言葉を聞いたケビンは明らかにアリスの父親である国王も、この侯爵の話に一枚噛んでいることを知ってしまうのであった。

「……ライル陛下?」

「おぉ、よくわかったな! さすがは付き合いが長いだけある。お前が絶対にごねることも書いてあったぞ!」

「はぁぁ……謹んでお受けします」

 ライル陛下が絡んでいる以上、無下にはできないので仕方なくケビンは褒賞を受け取るのであった。

「それで良いのだ! では、褒賞の儀は終わりだ。帰っていいぞ」

 ケビンが立ち上がり帰ろうとした矢先、いつもの如くエムリスを呼ぶ声が響きわたる。

「エムリス?」

「……」

「エムリス!」

「はい!」

「伝え忘れがあるでしょう?」

「うぐっ……」

 第2王妃ことモニカのその言葉に、ケビンも嫌な予感がしだしていたので、早々に立ち去るべく歩みを進めた。

「ケビン君?」

 だが、そんなケビンを呼び止める声が響きわたった。

「何か?」

「まだ終わりじゃないのよ?」

「陛下は帰っていいと言っていましたが?」

「エムリス?」

「……」

「エームーリースー?」

「……さっきのは取り消しだ」

「……」

「不本意だが、本当に不本意だが! ふ・ほ・ん・い・なのだが! まだ話がある」

「スカーレット、いらっしゃい」

「はい、お母様」

 玉座横にある袖から姿を現したのは、ケビンを案内した時とは違う煌びやかなドレスに身を包んだスカーレットであった。

「ケビン君、ここまできたらわかってるとは思うけど、スカーレットの婚約者になってもらいます」

「……」

「断ってくれていいんだぞ。むしろ断れ!」

「エムリス!」

「ぐっ……」

「では、お断りします」

「「ッ!」」

「……」

「おぉ! よくぞ言った!」

 ケビンのお断り宣言により場の空気が一気に凍りついた。2人の王妃は断られると思っていなかったのか目を見開いて絶句し、スカーレットは何が起きたのか理解できずに放心した。ただ1人、エムリスだけは陽気にその回答を喜んでいる。

「聞いてもいいかしら?」

 ここにきてただ静観していた第1王妃ことミラが、モニカとケビンのやり取りに口を挟んできた。

「どうぞ」

 ミラの視線は強くケビンを射抜くが、ケビン自体は何処吹く風でしれっとしている。

「なぜ断るの? アリス王女との婚約は断らなかったのよね?」

「結構根回ししているようですね」

「答えになってないわ」

「根回ししたのなら知っているのではないのですか?」

「……」

「わからないのですか?」

「……わからないから聞いているのよ」

「はぁぁ……結構な策略家だと評価していましたが、その割には浅知恵が過ぎましたね」

「助言として受け取っておくわ。で、どうしてなの?」

 ケビンの皮肉を怒ることなく長年の経験でカバーして呑み込むと、詰めの甘さを知るためにケビンへ再度尋ねるのであった。

「俺はただの1回もレティから「好きです」とは聞いていませんよ? 何を考えているのかわからない相手と婚約するわけないでしょう?」

「……でも――」

「ちなみに雰囲気から察しろというのは受け付けませんので」

 まさに言おうとしたことを機先を制して言われてしまい、ミラは二の句が告げずにいた。

「それに上から目線で婚約しろと言われて俺が従うとでも? ガッカリしたのでもう帰ります」

「……待って」

 ミラに対して言った言葉に、今度はモニカが口を開く。

「貴方の言い分はご尤もです。話に聞いていた通りの方ですね」

「どんな話を聞いたのかは知りませんが、何もないなら帰らせていただきます。いい加減面倒くさいので」

「貴方に対して権力など何の役にも立たなく、自分の意思を誰が相手でも通すことよ」

「……」

「スカーレット」

「……はい」

「貴女のことは貴女がケリをつけなさい。彼がここを出てしまえば2度と会えなくなるでしょう。そう思って貴女の意思を伝えなさい」

「……わかりました」

 モニカにそう言われたスカーレットは、1歩前へ踏み出すとケビンに駆け寄って視線を向ける。その先には明らかに疲れているケビンの表情が見て取れた。

「……ケビン様」

「何?」

「私と初めて面と向かってお会いした時に、お友だちになってくれて嬉しかったです。それから過ごした日々はとても楽しいものでした」

「それは良かった」

「ですが、ティナさんたちと接しているのを見ていたら、物足りなくなってしまいました。私に向ける顔とは全然違うのです」

「そりゃあ、3人は俺の婚約者だしね」

「最初は『仲がいいなぁ』って思ってましたが、私もその中に加わりたいという気持ちが段々と増えてきて抑えきれなくなりました」

「それで?」

「今回、婚約の話が挙がった時に嬉しくなりましたが、ケビン様のご意志を全く考えていなかったことを先程のミラお母様との会話を聞いて気づいてしまい、独り善がりだったことに居た堪れない感情で押し潰されそうでした」

 ケビンは姿勢を正して、スカーレットの言葉を静かに聞いていた。

「実際、この気持ちがどういった感情なのかまだわかりません。そういった知識や経験が私には乏しいようです。ですが、ケビン様と一緒にいたいです。ティナさんたちに向ける表情を私にも向けて欲しいです。ですから……わ、私と婚約者になって下さい! お願いします!」

 スカーレットは思いの丈をケビンにぶつけると、頭を下げてドレスを掴む手は僅かに震えていた。

「……以前言ったよね? 『王族である貴女が軽々と頭を下げてはいけません』と」

 ケビンの言葉を聞いて当時を思い出したのか、少しずつ頭を上げる王女の瞳には涙が溜まっていた。

「俺の今思っている気持ちを素直に言うよ」

「……はい」

「レティが意思表示しなかった場合は帰るつもりだった。自分の意思もなく言われるがままで婚約するなんて先が見えてるしね。それと、今回のことは魔導具を作り出す前から知っていたことなんだよ」

「……え?」

 ケビンの言葉にスカーレットはおろか王妃たちですら度肝を抜かれた。スカーレットを婚約者にしてしまおうと決定したのは、ここ最近の出来事だったからだ。

 それまでは「それもありかも」の段階であり、どうやってケビンをこの国に縛りつけるかを画策していたからだ。

「秋になってアリスに会いにいく用事があったから、その時にライル陛下と話したんだよね。この国が俺に爵位を与えようとして相談されているって教えられてね。その時の話題にレティも含まれてた」

「私もですか?」

「そう。何故、他国の所属である爵位を持つ俺に、この国が爵位を与えようとするのか? 答えは簡単、レティを降嫁させるためか、俺をこの国に縛りつけようとしているかのどっちかだ。だが、レティを降嫁させるためだけなら既に伯爵位である俺には不要の長物だ。よって、縛りつける意味合いの方が強くなる」

「「ッ!」」

 ケビンの立てていた推論が正しく的を射たものであり、画策の首謀者である王妃たちは驚愕していた。一体何手先まで読まれているのだろうかと。

「ライル陛下に相談していたにも関わらず、やってはいけないことをそこの2人はしたわけ」

「やってはいけないことですか?」

「それは、俺に対して頭ごなしに縛りつけようとしたこと。俺は俺の意思で生きている。俺を縛りつけることができるとしたら、それは俺をこの世に産んでくれて育ててくれた母さんだ。オマケで父さんもつけないと小言を言われそうだけど」

「ケビン様の意思……」

「ちなみに母さんは俺を縛りつけるような真似はしないし、父さんもだ。ライル陛下もしなければ王妃殿下もしない。爵位やアリスとの婚約はあったけど、国に縛りつけるようなことはしなかった。冒険者をやっていることもあるから領地経営もそのうちでいいと言ってくれてるしね」

「……」

「ところがそこの2人はその領域を侵した。俺の中の印象は最悪と言ってもいい。たとえ侯爵にならされても卒業したら魔導具を回収して、この国とは2度と関わらないつもりだった。俺にとっては爵位なんてどうでもいいものだからね」

「「ッ!」」

「大方そこの2人は、今までいいようにエムリス陛下を操れていたから、俺も同様に操れるとでも思ったんだろ。浅はかさが透けて見える」

「ケビン様……お怒りですよね?」

「まぁね。そこの2人に関しては怒りを覚えているよ」

「ごめんなさい」

「レティが謝ることは何もない。それと最後に、俺はレティのことは友だちとして付き合っていた。友だちとしてなら好きと言える。それが女性として好きかと聞かれれば、レティと同じで“わからない”だ」

「楽しくなかったですか?」

「楽しかったし、その真っ直ぐな性格も好感が持てた。たまに暴走するけど……だからレティに聞きたい。今すぐ女性として好きになれと言われても、友だちであった部分が大きいからすぐには無理だ。それでも、俺の婚約者になりたいか?」

「そのうち好きになって貰えるのでしょうか?」

「俺とレティ次第だな。友だち感覚でずっといたら友だちのままだ」

「私はケビン様と一緒にいたいです。手とか繋いで散歩してみたいです。馬に2人で乗ってみたいです。離れたく……ッ……ないです……」

「レティの気持ちはわかった。それなら俺も友だち感覚でいるのはやめる。レティが望んでるように手を繋いで散歩したり、馬に2人で乗ったりできるように時間を作る。だから、俺の婚約者になってくれるか?」

「……ッ……ぃ……はい!」

 スカーレットの返事を聞いたケビンは、その左手の薬指に誓いのリングをはめると、改めて王妃たちへと向き直り言葉を口にする。

「2人は婚約者になったレティの身内ということで今回は目を瞑りますが、次はそれ相応の罰を覚悟しておいて下さい。俺は許容できない束縛をされることは嫌いですので、そこのところはくれぐれも忘れずにいて下さい」

「「……」」

「わかりましたか?」

「わかったわ。気をつける」

「わかりました。スカーレットをよろしくお願いします」

「エムリス陛下も少しは意見を述べた方がいいですよ。命令されることが好きなM気質なら仕方ないですけど」

「ッ! エッ、Mではないぞ! 俺だってやる時はやるんだぞ! あとっ! スカーレットを不幸にしたら殺してやるからな!」

「肝に銘じておきます。ついでと言っては何ですが……」

「何だ? まだ何かあるのか?」

「戦争が起きる可能性があるこの段階で、レティを連れ回して大丈夫なのですか? 俺としてはここに残しておきたいのですが。家族と一緒の方が安心できるでしょうし」

「お……お前、良い奴だな! そうしよう! 是非そうしよう!」

「ケビン様……」

「レティ、戦争は危険なんだよ。アリスにも高等部へ進学するように伝えてある。だからレティも家族と一緒にいた方がいい。この国が戦地になったら心配だろ?」

「……はい」

「アリスには高等部を卒業する時に迎えに行くと約束した。だからレティにも約束する。戦争が終結して落ち着いたら迎えに来る。まぁ、戦争が起きなかったらその前に迎えに来るけど」

「お待ちしております。それと……」

「何?」

「卒業されるまでは会いに行ってもいいですか?」

「もちろん。もう学院に登校する必要がないからね。卒業式までは家にいるからいつでも来ていいよ」

「はい!」

 ケビンは王城での用事が一段落して自宅への帰路につくと、ティナたちに『侯爵のことを報告しないとなぁ』と感慨にふけりつつも、学院を卒業するまでの残りの日数は、レティのために使うかと心に決めるのであった。
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