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第4章 新たなる旅立ち
第108話 食事は楽しく
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思いのほかぐっすり眠っていたようで目が覚めた時にはすでに夜になっており、夕食をとるために急いで食堂へ向かうと、奥の方の席から声をかけられた。
「おぉ、ケンじゃねぇか。こっちで一緒に食わねえか?」
声をかけてきたのは昼間風呂場で一緒になったガルフで、パーティーメンバーと思わしき人たちと食事をとっていた。
「こんばんは、ガルフさん。ご一緒してもよろしいのですか?」
ここにはガルフ以外の人たちがおり、その人たちがどう思っているかわからないのでケンはそう返答したのだが、それに対して笑い声を上げながらガルフが返した。
「な? 言った通り礼儀正しい子供だろ?」
「あの……」
「構わないわよ。ここで一緒に食べましょう」
声をかけてきたのは金髪のお姉さんで、隣の席に座れるようにと横へ移動して空けてくれた。
そこに座ってお姉さんを改めて見ると、髪の隙間から出る耳が尖っていた。
「どうしたの?」
「綺麗だなぁと思ったのと不躾で申し訳ないのですが、耳が尖ってるなと思いまして」
「ふふ、まだ子供なのにお口が上手なのね。エルフを見るのは初めて?」
「エルフなんですか? 見た目が違う人には初めて会いました」
「そうなのね。エルフは見た目が整っているせいで、奴隷にされたりもするの。酷いところだと差別扱いされるわ。奴隷狩りにあったりもするし」
「そうなんですか。人種差別に奴隷狩りとは酷いですね」
「あなたはそういうのないみたいね」
「まぁ、世間話は自己紹介の後にしてくれや。ケンから始めるがいいか?」
エルフの人と話をしていたらガルフさんから声がかかり自己紹介をすることになった。確かに一緒の食卓を囲むのに名前を知らないのは如何なものかと思い、ひとまず席を立つと指示通りに自己紹介することにした。
「ただいまご紹介に与りました、ケンと申します。まだまだ若輩の身ではありますがよろしくお願いします」
「……」
最後に会釈を入れ見わたすと、まわりは静まり返っていた。
(あれ? 何か間違ったか? 無言の視線が辛い……前世の知識通りにやってみただけなのに、こっちでは違うのか?)
「あの……どうかされましたか? 何か冒険者のマナー違反みたいなものがありましたでしょうか?」
「あ……いや、特に冒険者の自己紹介にそんなもんはないが、あまりにも丁寧すぎてビックリしただけだ。本当に貴族の子息じゃないのか?」
「はい、ただの冒険者ですよ」
「ま、まぁいいか。次は俺たちの番だな。隣から順番にやっていこう」
そう言ったガルフの視線は、隣に座っていたエルフの人を見ていた。
「さっきのケン君の自己紹介のあとだと、物凄くやりづらいわ。こんなことなら礼儀作法を習っておけば良かったかしら?」
「まぁ、いいじゃねえか。冒険者の先輩として、冒険者らしく自己紹介すればいいさ」
「そうね。私はティナっていうの。Bランク冒険者でさっきも言ったけどエルフよ。主に弓を使ってて、あと魔法が使えるわ。よろしくね、ケン君」
「よろしくお願いします」
ティナさんはブロンドのロングヘアで瞳は翠色だった。やっぱりエルフは綺麗すぎる。
「次は私。私はニーナ。Bランク冒険者で魔法使い。後方支援担当」
「よろしくお願いします」
ニーナさんは言葉数が少なく赤髪のミディアムヘアで瞳の色は薄い紫色だった。ローブを羽織っておりいかにもな感じの魔法使いという印象だ。
「次は僕だな。僕はロイドというんだ。Bランク冒険者で大盾を使って、仲間を守るのが仕事だよ。よろしくね」
「よろしくお願いします」
ロイドさんは茶髪のお兄さんで、喋り方からして気さくなお兄さん系だろうか? 大盾使いとは思えないほどにスラッとした体つきだった。イケメンだし結構モテそうである。
「じゃ、最後に俺だ。風呂場でも言ったが名前はガルフだ。Bランク冒険者の近接専門で武器は主に斧だな。あとは大剣を使ったりもするが、基本的にその時の気分だな。で、俺たち4人でパーティーを組んでて、俺がリーダーみたいなことをしている。質問があったら何でも聞いてくれ」
「ありがとうございます。皆さんの自己紹介は冒険者流ってことですよね?」
「そうだな」
「自分の自己紹介を、冒険者流でやり直してみてもいいですか?」
「おぉ、やってみな。初顔合わせとかになると、だいたいさっきの自己紹介みたいに言うからな」
「では……俺はケンと言います。Cランク冒険者で主に剣を使ってます。あと魔法も使えますので、今のところソロで活動しています」
「……」
2度目の自己紹介が終わると、また周りが沈黙してしまった。
「あの……」
「おい、ケンはCランクなのか!? Eじゃなくて?」
いきなり声を上げるガルフに驚いてしまったが、いろいろ説明するよりも早いと思い、ギルドカードをテーブルに置いた。
「この通りCランクです」
「マジかよ……」
ギルドカードを手に持ったガルフは、そこに示される内容に呆然としていた。
「ねぇ、ケン君ってずっとソロでやってるの?」
「はい。子供と組んでくれるような大人の冒険者はいませんから。子供の冒険者は危ないですからね」
「それ……ケン君が言うの?」
ティナがジトっとした目付きで、ケンを見つめる。
「ははっ、それもそうですね。一本取られましたね」
ティナの言葉に笑って答えていると一通り見終わったのか、ガルフがギルドカードを返してくれた。
「それにしても、その年でCランクとは大したものだな」
「そうなんですか?」
「そりゃそうだろ。周りにケンみたいなやつはいなかっただろ?」
「あまり周りの人と交流がなかったもので、よくわかりません」
「ギルドで子供の冒険者とかに会ったりしなかったのか?」
「ギルドでの知り合いは、受付の人と解体場の人とギルドマスターだけですね。今回、ガルフさんたちと知り合えたので知人が増えましたが」
「なんだ、ケンはぼっちでソロをするしかなかったのか。それにしても、ギルドマスターと知り合いとは凄いな」
“ぼっち”という言葉には反論したかったが、考えようによっては確かに“ぼっち”であると思いスルーした。
「昇格試験の面談で知り合っただけですよ。面接官が所用でいなかったらしく、ギルドマスターが代わりをしてくれたみたいです」
「あぁ、たまにそういう事もあったりするけど、大体は面接官対応のはずなんだけどな」
「その時にここの宿屋を紹介してくれたんです。他にも旅の準備をするために、オススメのお店とかも紹介してくれました」
「そういう事か。子供の一人旅だから気をまわしたんだろうな」
どこか納得したように、ガルフが答えた。
「ねぇ、ケン君は何処の街から来たのかしら?」
「王都ですよ」
「ケンは王都出身なのかい?」
「いえ、わかりません」
「わからない?」
「ケンは生まれた時の記憶がないんだとよ。それで両親も知らない。だから冒険者として金を稼いでいるわけだ」
ロイドの質問に対してケンの代わりにガルフが答えると、場はしんみりとした空気に包まれた。
「そんなに気になさらないで下さい。食事は楽しく食べるべきですよ」
しんみりとした空気を一掃するため明るく振る舞うケンに、ティナが抱きついた。
「ケン君、うちの子になりなさい。私が養うから!」
あまりの行動にケンが驚いていると、ガルフが制止にかかった。
「おいおい、お前はまだ独身だろ。結婚もせずにいきなり子連れになるつもりか?」
「いいのよ! どうせいい男なんていやしないんだから。ケン君が大人になったときに娶って貰えばいいのよ!」
「それはまた凄い育成計画ですね。未来の旦那を手ずから育てるとは。さすがは長命のエルフといったところですか」
ロイドが言った言葉にケンが源氏物語を思い出したのは言うまでもない。まさか自分がそうなるとは露ほどにも思わなかったが。
「ティナ、離れるべき。ケンが困ってる」
口数少ないニーナから注意が入ると、ティナはケンに問いかける。
「ケン君、嫌なの?」
泣きそうな顔で見られたケンは拒絶する訳にもいかず、曖昧な答えを返すしかなかった。
「いえ、いきなりで困惑してるだけです。特に嫌というわけでは……」
「ほらケン君も嫌じゃないって言ってるわ」
「あのティナがここまで入れ込むとはな。ケンは天然のジゴロだな」
「いえいえ、ティナさんは俺の生い立ちに同情しているだけでしょう」
「同情だけで将来夫婦になろうとする奴はいないぞ。少なからずお前にいいところがあったんだろ」
「そうですかねぇ? 世間話しかしてないと思うのですが」
「自覚がないから天然」
ニーナさんから謂れのない非難を浴びるのだが、これ以上言っても仕方がないと思い、ケンは流すことにした。
それよりも今は打開すべき事項があるのだ。先程、ティナさんから抱えられて、膝上に座らされているのだ。
その細腕のどこに力があるのかと不思議に思うくらい、軽く抱えられては場所移動されてしまったのだ。主に“嫌じゃない”というくだりあたりで。
「ティナさん、下ろして頂けるとありがたいのですが……」
「それはダメよ」
下ろしてもらわないと背中越しに感じる柔らかなものが気になって、食事に集中できそうにもないのだが。
何故にこうも大きいのか……二次性徴に入ってないのがせめてもの救いか……
「ハッハッハ! まぁ、減るもんじゃねぇし、そのまま飯でも食べりゃいいだろ」
「あら、ガルフもたまには良いこと言うわね」
「ガルフは自重すべき」
ガルフが言った言葉にティナは機嫌を良くするが、ニーナからは批判を受けていた。
当の本人はどこ吹く風で流しているが、これがこのパーティーの日常なのだろう。
「それで、ケンはしばらくここにいるのかい?」
「そうですね。これといって日にちは決めてませんが、適度にクエストを受けながら、まったり温泉を堪能しようかと思っています」
ロイドさんからの問いに、当初の予定通りのんびりすることを伝える。
「ガルフ、私たちもまったりするわよ!」
ケンのまったり発言を聞いたティナが、すかさずガルフに提案する。
「まぁ、これといって予定がないから別に構わないが……そうなるとケンみたいにクエストを受けながらになるぞ? そこまで貯蓄があるわけでもないし、装備品を買い替える時の為に貯めておきたいからな」
「ティナはケンと一緒にいたいだけだろう? 休養中にクエスト受けるぐらい、何とも思わなさそうだね」
「ニーナはそれでいいか?」
「ティナが治まりそうにないから仕方がない」
「ロイドはどうする?」
「僕も構わないよ。お金が増えるのはありがたいしね」
「じゃあ、ティナは全員に貸し1つだからな」
「そのくらいどうってことないわ。ケン君、明日からは一緒よ」
トントン拍子に話が纏まっていき、1人出遅れるケンであった。
「1人でまったりしようと思っていたのですが、無理そうですね……」
「ダメよ。1人きりになんかさせないんだから」
「ティナはあまり迷惑かけるなよ? ケンは休むためにここを訪れたんだから。お前が疲れさせたら元も子もない」
それからは、他愛のない話をしながらも楽しく食事を終えた。明日からは何をしようか迷うことはあるがとりあえず寝ることにして、明日のことは明日考えればいいやと思うことにした。
「おぉ、ケンじゃねぇか。こっちで一緒に食わねえか?」
声をかけてきたのは昼間風呂場で一緒になったガルフで、パーティーメンバーと思わしき人たちと食事をとっていた。
「こんばんは、ガルフさん。ご一緒してもよろしいのですか?」
ここにはガルフ以外の人たちがおり、その人たちがどう思っているかわからないのでケンはそう返答したのだが、それに対して笑い声を上げながらガルフが返した。
「な? 言った通り礼儀正しい子供だろ?」
「あの……」
「構わないわよ。ここで一緒に食べましょう」
声をかけてきたのは金髪のお姉さんで、隣の席に座れるようにと横へ移動して空けてくれた。
そこに座ってお姉さんを改めて見ると、髪の隙間から出る耳が尖っていた。
「どうしたの?」
「綺麗だなぁと思ったのと不躾で申し訳ないのですが、耳が尖ってるなと思いまして」
「ふふ、まだ子供なのにお口が上手なのね。エルフを見るのは初めて?」
「エルフなんですか? 見た目が違う人には初めて会いました」
「そうなのね。エルフは見た目が整っているせいで、奴隷にされたりもするの。酷いところだと差別扱いされるわ。奴隷狩りにあったりもするし」
「そうなんですか。人種差別に奴隷狩りとは酷いですね」
「あなたはそういうのないみたいね」
「まぁ、世間話は自己紹介の後にしてくれや。ケンから始めるがいいか?」
エルフの人と話をしていたらガルフさんから声がかかり自己紹介をすることになった。確かに一緒の食卓を囲むのに名前を知らないのは如何なものかと思い、ひとまず席を立つと指示通りに自己紹介することにした。
「ただいまご紹介に与りました、ケンと申します。まだまだ若輩の身ではありますがよろしくお願いします」
「……」
最後に会釈を入れ見わたすと、まわりは静まり返っていた。
(あれ? 何か間違ったか? 無言の視線が辛い……前世の知識通りにやってみただけなのに、こっちでは違うのか?)
「あの……どうかされましたか? 何か冒険者のマナー違反みたいなものがありましたでしょうか?」
「あ……いや、特に冒険者の自己紹介にそんなもんはないが、あまりにも丁寧すぎてビックリしただけだ。本当に貴族の子息じゃないのか?」
「はい、ただの冒険者ですよ」
「ま、まぁいいか。次は俺たちの番だな。隣から順番にやっていこう」
そう言ったガルフの視線は、隣に座っていたエルフの人を見ていた。
「さっきのケン君の自己紹介のあとだと、物凄くやりづらいわ。こんなことなら礼儀作法を習っておけば良かったかしら?」
「まぁ、いいじゃねえか。冒険者の先輩として、冒険者らしく自己紹介すればいいさ」
「そうね。私はティナっていうの。Bランク冒険者でさっきも言ったけどエルフよ。主に弓を使ってて、あと魔法が使えるわ。よろしくね、ケン君」
「よろしくお願いします」
ティナさんはブロンドのロングヘアで瞳は翠色だった。やっぱりエルフは綺麗すぎる。
「次は私。私はニーナ。Bランク冒険者で魔法使い。後方支援担当」
「よろしくお願いします」
ニーナさんは言葉数が少なく赤髪のミディアムヘアで瞳の色は薄い紫色だった。ローブを羽織っておりいかにもな感じの魔法使いという印象だ。
「次は僕だな。僕はロイドというんだ。Bランク冒険者で大盾を使って、仲間を守るのが仕事だよ。よろしくね」
「よろしくお願いします」
ロイドさんは茶髪のお兄さんで、喋り方からして気さくなお兄さん系だろうか? 大盾使いとは思えないほどにスラッとした体つきだった。イケメンだし結構モテそうである。
「じゃ、最後に俺だ。風呂場でも言ったが名前はガルフだ。Bランク冒険者の近接専門で武器は主に斧だな。あとは大剣を使ったりもするが、基本的にその時の気分だな。で、俺たち4人でパーティーを組んでて、俺がリーダーみたいなことをしている。質問があったら何でも聞いてくれ」
「ありがとうございます。皆さんの自己紹介は冒険者流ってことですよね?」
「そうだな」
「自分の自己紹介を、冒険者流でやり直してみてもいいですか?」
「おぉ、やってみな。初顔合わせとかになると、だいたいさっきの自己紹介みたいに言うからな」
「では……俺はケンと言います。Cランク冒険者で主に剣を使ってます。あと魔法も使えますので、今のところソロで活動しています」
「……」
2度目の自己紹介が終わると、また周りが沈黙してしまった。
「あの……」
「おい、ケンはCランクなのか!? Eじゃなくて?」
いきなり声を上げるガルフに驚いてしまったが、いろいろ説明するよりも早いと思い、ギルドカードをテーブルに置いた。
「この通りCランクです」
「マジかよ……」
ギルドカードを手に持ったガルフは、そこに示される内容に呆然としていた。
「ねぇ、ケン君ってずっとソロでやってるの?」
「はい。子供と組んでくれるような大人の冒険者はいませんから。子供の冒険者は危ないですからね」
「それ……ケン君が言うの?」
ティナがジトっとした目付きで、ケンを見つめる。
「ははっ、それもそうですね。一本取られましたね」
ティナの言葉に笑って答えていると一通り見終わったのか、ガルフがギルドカードを返してくれた。
「それにしても、その年でCランクとは大したものだな」
「そうなんですか?」
「そりゃそうだろ。周りにケンみたいなやつはいなかっただろ?」
「あまり周りの人と交流がなかったもので、よくわかりません」
「ギルドで子供の冒険者とかに会ったりしなかったのか?」
「ギルドでの知り合いは、受付の人と解体場の人とギルドマスターだけですね。今回、ガルフさんたちと知り合えたので知人が増えましたが」
「なんだ、ケンはぼっちでソロをするしかなかったのか。それにしても、ギルドマスターと知り合いとは凄いな」
“ぼっち”という言葉には反論したかったが、考えようによっては確かに“ぼっち”であると思いスルーした。
「昇格試験の面談で知り合っただけですよ。面接官が所用でいなかったらしく、ギルドマスターが代わりをしてくれたみたいです」
「あぁ、たまにそういう事もあったりするけど、大体は面接官対応のはずなんだけどな」
「その時にここの宿屋を紹介してくれたんです。他にも旅の準備をするために、オススメのお店とかも紹介してくれました」
「そういう事か。子供の一人旅だから気をまわしたんだろうな」
どこか納得したように、ガルフが答えた。
「ねぇ、ケン君は何処の街から来たのかしら?」
「王都ですよ」
「ケンは王都出身なのかい?」
「いえ、わかりません」
「わからない?」
「ケンは生まれた時の記憶がないんだとよ。それで両親も知らない。だから冒険者として金を稼いでいるわけだ」
ロイドの質問に対してケンの代わりにガルフが答えると、場はしんみりとした空気に包まれた。
「そんなに気になさらないで下さい。食事は楽しく食べるべきですよ」
しんみりとした空気を一掃するため明るく振る舞うケンに、ティナが抱きついた。
「ケン君、うちの子になりなさい。私が養うから!」
あまりの行動にケンが驚いていると、ガルフが制止にかかった。
「おいおい、お前はまだ独身だろ。結婚もせずにいきなり子連れになるつもりか?」
「いいのよ! どうせいい男なんていやしないんだから。ケン君が大人になったときに娶って貰えばいいのよ!」
「それはまた凄い育成計画ですね。未来の旦那を手ずから育てるとは。さすがは長命のエルフといったところですか」
ロイドが言った言葉にケンが源氏物語を思い出したのは言うまでもない。まさか自分がそうなるとは露ほどにも思わなかったが。
「ティナ、離れるべき。ケンが困ってる」
口数少ないニーナから注意が入ると、ティナはケンに問いかける。
「ケン君、嫌なの?」
泣きそうな顔で見られたケンは拒絶する訳にもいかず、曖昧な答えを返すしかなかった。
「いえ、いきなりで困惑してるだけです。特に嫌というわけでは……」
「ほらケン君も嫌じゃないって言ってるわ」
「あのティナがここまで入れ込むとはな。ケンは天然のジゴロだな」
「いえいえ、ティナさんは俺の生い立ちに同情しているだけでしょう」
「同情だけで将来夫婦になろうとする奴はいないぞ。少なからずお前にいいところがあったんだろ」
「そうですかねぇ? 世間話しかしてないと思うのですが」
「自覚がないから天然」
ニーナさんから謂れのない非難を浴びるのだが、これ以上言っても仕方がないと思い、ケンは流すことにした。
それよりも今は打開すべき事項があるのだ。先程、ティナさんから抱えられて、膝上に座らされているのだ。
その細腕のどこに力があるのかと不思議に思うくらい、軽く抱えられては場所移動されてしまったのだ。主に“嫌じゃない”というくだりあたりで。
「ティナさん、下ろして頂けるとありがたいのですが……」
「それはダメよ」
下ろしてもらわないと背中越しに感じる柔らかなものが気になって、食事に集中できそうにもないのだが。
何故にこうも大きいのか……二次性徴に入ってないのがせめてもの救いか……
「ハッハッハ! まぁ、減るもんじゃねぇし、そのまま飯でも食べりゃいいだろ」
「あら、ガルフもたまには良いこと言うわね」
「ガルフは自重すべき」
ガルフが言った言葉にティナは機嫌を良くするが、ニーナからは批判を受けていた。
当の本人はどこ吹く風で流しているが、これがこのパーティーの日常なのだろう。
「それで、ケンはしばらくここにいるのかい?」
「そうですね。これといって日にちは決めてませんが、適度にクエストを受けながら、まったり温泉を堪能しようかと思っています」
ロイドさんからの問いに、当初の予定通りのんびりすることを伝える。
「ガルフ、私たちもまったりするわよ!」
ケンのまったり発言を聞いたティナが、すかさずガルフに提案する。
「まぁ、これといって予定がないから別に構わないが……そうなるとケンみたいにクエストを受けながらになるぞ? そこまで貯蓄があるわけでもないし、装備品を買い替える時の為に貯めておきたいからな」
「ティナはケンと一緒にいたいだけだろう? 休養中にクエスト受けるぐらい、何とも思わなさそうだね」
「ニーナはそれでいいか?」
「ティナが治まりそうにないから仕方がない」
「ロイドはどうする?」
「僕も構わないよ。お金が増えるのはありがたいしね」
「じゃあ、ティナは全員に貸し1つだからな」
「そのくらいどうってことないわ。ケン君、明日からは一緒よ」
トントン拍子に話が纏まっていき、1人出遅れるケンであった。
「1人でまったりしようと思っていたのですが、無理そうですね……」
「ダメよ。1人きりになんかさせないんだから」
「ティナはあまり迷惑かけるなよ? ケンは休むためにここを訪れたんだから。お前が疲れさせたら元も子もない」
それからは、他愛のない話をしながらも楽しく食事を終えた。明日からは何をしようか迷うことはあるがとりあえず寝ることにして、明日のことは明日考えればいいやと思うことにした。
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