面倒くさがり屋の異世界転生

自由人

文字の大きさ
上 下
88 / 661
第3章 王立フェブリア学院 ~ 2年生編 ~

第84話 駆けつける兄弟

しおりを挟む
 ところ変わってEクラスでは、一部を除き全ての生徒は口から泡を噴き倒れ込んでいた。

 一部生徒は粗相までしていて、まさに地獄絵図そのものを体現しているようであった。

「くっ……あ……」

 担任教師も例外ではなかった。他の生徒同様に等しく威圧を受け、辛うじて意識を保つ事だけで精一杯であった。

 中心地にいながらも、意識を保てているのはさすがと言うべきか、それとも責め苦を受け続けて不運と言うべきか。

『マスターっ! マスターっ!』

『……』

『落ち着いて下さいっ! マスタァァァーっ!!』

『……』

 サナの必死の呼びかけにも、全くの反応を見せない。頭に直接呼びかけているにも関わらず。

 ケビンの周りも酷い有様であった。カトレアはもちろんターニャや姉であるシーラまでもが対象となっている。

「ケ……ケビ……ン……君、お……落ち……着い……て。利用……しよう……とした……ことは……謝……るか……ら……」

 その言葉に僅かな反応を見せ、発言した者へ視線を向ける。

「――っ!」

 そこには一切の感情が窺えない、とても冷たい眼をしたケビンに、まるでゴミクズを見るかのような視線を浴びせられ、カトレアは言葉に詰まったと同時に意識をなくした。

「ケビン?……怒っている……の?……お姉ちゃんの……せい?」

 シーラは立つことは出来ないにしろ、何とか座り込んで耐えていた。会話も片言にはならず、割かし聞き取りやすい言葉を発していた。

「……グスッ。私が……私のせいで……」

 ターニャは、ケビンがおかしくなったのは、自分のせいだと責め続け、混乱から立ち直れておらず、泣いたままであったが、なんとか意識を保っていた。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


――屋外

 その頃、初等部近くでは、2人の生徒が気力を振り絞り全力で走っていた。いつもなら、生徒の安全性のため、走るなと注意を受けるのだが、今は注意する教師すらいない。

 視線を周囲に向けると、あちらこちらで気を失っている生徒に、座り込んで耐えている生徒、何とか動き立ち上がろうとする教師、あまりにも被害が甚大であった。

「アイン兄さん、思ったよりもヤバいんじゃないか?」

「そうだな……外でこれなら中に入ったら酷いことになっているだろうな」

「何でこんなことに……優しい子なのに」

「こればかりは、確かめないとわからないことさ。じゃないと、あの子が無差別に威圧するわけがない」

 そんな会話をしつつも、次第に初等部の校舎へと近づいて行った。

「見えてきたな」

「くっ、思った以上にきついぞ……」

「ここからは慎重に進もう。カインも無理はするなよ」

 校舎の入口へとたどり着き、中へと歩みを進める。先ずは、1年の教室が見えてくる。当然の結果だが、辺りは静まりかえり人の声すら聞こえない。これだけで、誰も意識を保てていないことがわかる。

「き……きついぞ、これは」

「そうだな……ここまで成長したことを、喜ぶべきか判断に迷うな」

「アイン兄さんは、まだ平気そうだな」

「弟の前で格好悪いところは見せられないだろ? 痩せ我慢さ」

「ハハッ、冗談が言えるなら、大したもんだよ」

 それから2人は廊下をどんどん突き進む。2階へ上がる階段を見つけると、そこへ進むのだが、威圧がより強さを増してきた。

「これ、辿り着けるか?」

「何としてでも辿り着かないとな」

 2階へ上がると酷い有様であった。廊下から見える教室の中には、意識のあるものはいなかった。皆、泡を噴き出し倒れていた。

「くっ、ちょっとヤバい。これ、気を抜いたら意識を持っていかれそうだ」

「さ、さすがにスタスタ歩いては……行けそうにないな」

 一際威圧の強いところまで来ると、ドアに手をかける。

「開けるぞ」

「あぁ……」

(ガラッ)

 教室の中へ足を進めると、そこに立っていたのは見る影もない、変わり果てたケビンの姿であった。

「「ケビンっ!」」

 2人が駆け寄りケビンに声を掛ける。ジュディはこの事態での来訪者に目を見開いた。普通にここまでやって来れる生徒が、いるとは思わなかったのだ。

「お……お兄様……」

 2人が視線を向けると、ケビンの傍らには、シーラが座り込んでいた。

「シーラ、何があった?」

「ケビンが……おかしくなったのは……私の……せいかも……しれない……うぅ……グスッ」

 信頼する兄たちが、来たことによる安堵感だろうか? 緊張の糸が切れたシーラは泣き出した。

「……グスッ」

 シーラとは別に声のする方へ視線を向けると、別の女の子が泣いていた。

「この子は確か……シーラと一緒にいる子だよな?」

「そうだね。何故、この子まで泣いてるのかはわからないけど。」

「わた、私のせい……」

「この子も、私のせいって言っているみたいだけど」

「流石に《賢帝》と言われた僕でも、状況が掴めない。とりあえずケビンを正気に戻そう」

 兄たち2人は、泣いていて話の進まない妹とその友達よりも、現状を打破するために、ケビンを先ずは何とかしようと考えた。

「ケビン、僕が分かるかい? 威圧を解いてもらっていいかな?」

 アインはケビンの威圧を間近に受けて、額に汗を滲ませながら説得を試みるが、ケビンの反応は薄く視線を向けられると、そこにはいつもの面影はなかった。

 無機質な顔をしており、一切の感情が読み取れなかった。こんなことは1度もなかったので、アインは若干の焦りを感じ始めた。

「不味いな……」

「兄さん、何か良くない事が起こってるのか?」

「何があったかわからないが、強い怒りの感情を抑えきれずに、無差別に威圧を放ったんだろう。その結果、愛想が尽きてケビンの感情が希薄になってる」

「感情が希薄に?」

「早い話が、周りのことなんて、どうでもいいと思っているんだ」

「何でそんなことに……」

「とにかく何とかしないと、ムカつくやつらを手当たり次第に、攻撃しかねない」

「そんなことするわけないだろ! ケビンだぞ!」

「今の状態は、いつものケビンじゃない。どうでもいいと思っている状態だから、普段ならしないようなことでもするかもしれない」

「それなら早く何とかしないと! 兄さんなら何か良い方法思いつくだろ」

「無理だ……」

「何でだよ! 俺たちの可愛い弟だぞ!」

「さっきのケビンの顔を見ただろ? もう俺たちを兄として認識していない可能性がある。路傍の石を見るような目付きだった」

 それを言われてカインは思い出す。アインが呼びかけた時に見せた視線を。何とも思っていないような、無機質な視線を……

「ケビン! 俺だよ、カインだよ!」

 無駄だとはわかっていても、呼びかけは止められなかった。自分たちの大事な弟がおかしくなっているのだ。何としてでも助けてやりたかった。

「頼むよ、ケビン……昔のように笑ってくれよ……カイン兄さんって呼んでくれよ……」

「……グスッ……ケビン……ごめんなさい……私が……責めたから……」

「“責めた”って……何したんだよっ! シーラっ!」

 カインの怒声にシーラはビクッと身体を震わせ、ますます顔を俯かせる。

「落ち着け、カイン。シーラ、何を責めたんだい?」

「……ターニャがケビンのプライベートをバラしてしまって、それに対してケビンがそんな事してたら嫌われるって言って、ターニャが泣き出して……私やここの女子たちがそれを責めだして……そしたら、ケビンが拳を握ってて血が出てたから、いつもと違うと思って、声を掛けようとしたら威圧が放たれて……」

「そういうことか。大体の状況は掴めた。それで、そこの子は『私のせい』と泣いているわけだ」

「ふざけるなよ! ケビンのプライベートをバラしておいて、ケビンを責めるのはお門違いだろうがっ!」

「「ひっ!」」

 シーラとターニャは、自分たちのしでかしてしまったことを理解はしているが、カインのあまりの剣幕に悲鳴を上げてしまった。

「カイン、気持ちは分かるが落ち着けよ。僕も腹が立っているが、我慢しているんだ」

「くそっ! それで、原因はわかったけど、兄さんは何か手を思いつかないのか?」

 やはり自分よりも兄の方が、考えることに向いていると自覚しているのか、カインは打開策を聞いてみるのだが、返答は芳しくなかった。

「解決策はまだ思いつかない。だが、現状を維持しておかないと、これ以上進行してしまうと後戻り出来ないと思う」

「現状維持って何するんだ?」

「必死に呼びかけるしかない。反応は薄いが、反応しているって事が重要になってくる。まだ、ケビンの中でも葛藤しているってことだろう。反応がなくなったら……」

「なくなったら、何だよ?」

「命懸けでケビンを殺すしかない……」

って……何で弟を殺さないといけないんだよ!」

「仕方ないだろ! ケビンを大量殺人の犯罪者に仕立てあげたいのか! どうでもいいってことは、下手すれば魔物みたいに、人を何とも思わずに殺すことだってやるかもしれないんだぞ! 俺だって殺したくないよ! 可愛い弟だぞ! 兄として犯罪者になる前に、今まで生きてきたケビンとして、せめて綺麗なままで殺してやるくらいしか、してあげられる事がないんだよ!」

「くっ……ケビン! お前は強い弟だろ! こんなところで簡単に人生投げんなよ! シーラには俺から説教してやるから、元に戻れよ!」

「ケビン、お前は自慢の弟だ。闘技大会でFをEにクラスアップさせたことなんか、自分の事のように嬉しかったんだぞ」

『マスター! お兄さんが呼びかけてますよ! 目を覚まして下さい! マスターの気持ちも考えずに調子に乗ってごめんなさい。いつものマスターに戻ってください!』

 みんなの必死の呼びかけも虚しく、とうとうケビンが動き出した。

「……もう、どうでもいい」
しおりを挟む
感想 774

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

アイドルグループの裏の顔 新人アイドルの洗礼

甲乙夫
恋愛
清純な新人アイドルが、先輩アイドルから、強引に性的な責めを受ける話です。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった

ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます! 僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか? 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』

Hしてレベルアップ ~可愛い女の子とHして強くなれるなんて、この世は最高じゃないか~

トモ治太郎
ファンタジー
孤児院で育った少年ユキャール、この孤児院では15歳になると1人立ちしなければいけない。 旅立ちの朝に初めて夢精したユキャール。それが原因なのか『異性性交』と言うスキルを得る。『相手に精子を与えることでより多くの経験値を得る。』女性経験のないユキャールはまだこのスキルのすごさを知らなかった。 この日の為に準備してきたユキャール。しかし旅立つ直前、一緒に育った少女スピカが一緒にいくと言い出す。本来ならおいしい場面だが、スピカは何も準備していないので俺の負担は最初から2倍増だ。 こんな感じで2人で旅立ち、共に戦い、時にはHして強くなっていくお話しです。

貞操逆転世界に無職20歳男で転生したので自由に生きます!

やまいし
ファンタジー
自分が書きたいことを詰めこみました。掲示板あり 目覚めると20歳無職だった主人公。 転生したのは男女の貞操観念が逆転&男女比が1:100の可笑しな世界だった。 ”好きなことをしよう”と思ったは良いものの無一文。 これではまともな生活ができない。 ――そうだ!えちえち自撮りでお金を稼ごう! こうして彼の転生生活が幕を開けた。

どうしてこうなった道中記-サブスキルで面倒ごとだらけ-

すずめさん
ファンタジー
ある日、友達に誘われ始めたMMORPG…[アルバスクロニクルオンライン] 何の変哲も無くゲームを始めたつもりがしかし!?… たった一つのスキルのせい?…で起きる波乱万丈な冒険物語。 ※本作品はPCで編集・改行がされて居る為、スマホ・タブレットにおける 縦読みでの読書は読み難い点が出て来ると思います…それでも良いと言う方は…… ゆっくりしていってね!!! ※ 現在書き直し慣行中!!!

処理中です...