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第3章 王立フェブリア学院 ~ 2年生編 ~

第84話 駆けつける兄弟

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 ところ変わってEクラスでは、一部を除き全ての生徒は口から泡を噴き倒れ込んでいた。

 一部生徒は粗相までしていて、まさに地獄絵図そのものを体現しているようであった。

「くっ……あ……」

 担任教師も例外ではなかった。他の生徒同様に等しく威圧を受け、辛うじて意識を保つ事だけで精一杯であった。

 中心地にいながらも、意識を保てているのはさすがと言うべきか、それとも責め苦を受け続けて不運と言うべきか。

『マスターっ! マスターっ!』

『……』

『落ち着いて下さいっ! マスタァァァーっ!!』

『……』

 サナの必死の呼びかけにも、全くの反応を見せない。頭に直接呼びかけているにも関わらず。

 ケビンの周りも酷い有様であった。カトレアはもちろんターニャや姉であるシーラまでもが対象となっている。

「ケ……ケビ……ン……君、お……落ち……着い……て。利用……しよう……とした……ことは……謝……るか……ら……」

 その言葉に僅かな反応を見せ、発言した者へ視線を向ける。

「――っ!」

 そこには一切の感情が窺えない、とても冷たい眼をしたケビンに、まるでゴミクズを見るかのような視線を浴びせられ、カトレアは言葉に詰まったと同時に意識をなくした。

「ケビン?……怒っている……の?……お姉ちゃんの……せい?」

 シーラは立つことは出来ないにしろ、何とか座り込んで耐えていた。会話も片言にはならず、割かし聞き取りやすい言葉を発していた。

「……グスッ。私が……私のせいで……」

 ターニャは、ケビンがおかしくなったのは、自分のせいだと責め続け、混乱から立ち直れておらず、泣いたままであったが、なんとか意識を保っていた。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


――屋外

 その頃、初等部近くでは、2人の生徒が気力を振り絞り全力で走っていた。いつもなら、生徒の安全性のため、走るなと注意を受けるのだが、今は注意する教師すらいない。

 視線を周囲に向けると、あちらこちらで気を失っている生徒に、座り込んで耐えている生徒、何とか動き立ち上がろうとする教師、あまりにも被害が甚大であった。

「アイン兄さん、思ったよりもヤバいんじゃないか?」

「そうだな……外でこれなら中に入ったら酷いことになっているだろうな」

「何でこんなことに……優しい子なのに」

「こればかりは、確かめないとわからないことさ。じゃないと、あの子が無差別に威圧するわけがない」

 そんな会話をしつつも、次第に初等部の校舎へと近づいて行った。

「見えてきたな」

「くっ、思った以上にきついぞ……」

「ここからは慎重に進もう。カインも無理はするなよ」

 校舎の入口へとたどり着き、中へと歩みを進める。先ずは、1年の教室が見えてくる。当然の結果だが、辺りは静まりかえり人の声すら聞こえない。これだけで、誰も意識を保てていないことがわかる。

「き……きついぞ、これは」

「そうだな……ここまで成長したことを、喜ぶべきか判断に迷うな」

「アイン兄さんは、まだ平気そうだな」

「弟の前で格好悪いところは見せられないだろ? 痩せ我慢さ」

「ハハッ、冗談が言えるなら、大したもんだよ」

 それから2人は廊下をどんどん突き進む。2階へ上がる階段を見つけると、そこへ進むのだが、威圧がより強さを増してきた。

「これ、辿り着けるか?」

「何としてでも辿り着かないとな」

 2階へ上がると酷い有様であった。廊下から見える教室の中には、意識のあるものはいなかった。皆、泡を噴き出し倒れていた。

「くっ、ちょっとヤバい。これ、気を抜いたら意識を持っていかれそうだ」

「さ、さすがにスタスタ歩いては……行けそうにないな」

 一際威圧の強いところまで来ると、ドアに手をかける。

「開けるぞ」

「あぁ……」

(ガラッ)

 教室の中へ足を進めると、そこに立っていたのは見る影もない、変わり果てたケビンの姿であった。

「「ケビンっ!」」

 2人が駆け寄りケビンに声を掛ける。ジュディはこの事態での来訪者に目を見開いた。普通にここまでやって来れる生徒が、いるとは思わなかったのだ。

「お……お兄様……」

 2人が視線を向けると、ケビンの傍らには、シーラが座り込んでいた。

「シーラ、何があった?」

「ケビンが……おかしくなったのは……私の……せいかも……しれない……うぅ……グスッ」

 信頼する兄たちが、来たことによる安堵感だろうか? 緊張の糸が切れたシーラは泣き出した。

「……グスッ」

 シーラとは別に声のする方へ視線を向けると、別の女の子が泣いていた。

「この子は確か……シーラと一緒にいる子だよな?」

「そうだね。何故、この子まで泣いてるのかはわからないけど。」

「わた、私のせい……」

「この子も、私のせいって言っているみたいだけど」

「流石に《賢帝》と言われた僕でも、状況が掴めない。とりあえずケビンを正気に戻そう」

 兄たち2人は、泣いていて話の進まない妹とその友達よりも、現状を打破するために、ケビンを先ずは何とかしようと考えた。

「ケビン、僕が分かるかい? 威圧を解いてもらっていいかな?」

 アインはケビンの威圧を間近に受けて、額に汗を滲ませながら説得を試みるが、ケビンの反応は薄く視線を向けられると、そこにはいつもの面影はなかった。

 無機質な顔をしており、一切の感情が読み取れなかった。こんなことは1度もなかったので、アインは若干の焦りを感じ始めた。

「不味いな……」

「兄さん、何か良くない事が起こってるのか?」

「何があったかわからないが、強い怒りの感情を抑えきれずに、無差別に威圧を放ったんだろう。その結果、愛想が尽きてケビンの感情が希薄になってる」

「感情が希薄に?」

「早い話が、周りのことなんて、どうでもいいと思っているんだ」

「何でそんなことに……」

「とにかく何とかしないと、ムカつくやつらを手当たり次第に、攻撃しかねない」

「そんなことするわけないだろ! ケビンだぞ!」

「今の状態は、いつものケビンじゃない。どうでもいいと思っている状態だから、普段ならしないようなことでもするかもしれない」

「それなら早く何とかしないと! 兄さんなら何か良い方法思いつくだろ」

「無理だ……」

「何でだよ! 俺たちの可愛い弟だぞ!」

「さっきのケビンの顔を見ただろ? もう俺たちを兄として認識していない可能性がある。路傍の石を見るような目付きだった」

 それを言われてカインは思い出す。アインが呼びかけた時に見せた視線を。何とも思っていないような、無機質な視線を……

「ケビン! 俺だよ、カインだよ!」

 無駄だとはわかっていても、呼びかけは止められなかった。自分たちの大事な弟がおかしくなっているのだ。何としてでも助けてやりたかった。

「頼むよ、ケビン……昔のように笑ってくれよ……カイン兄さんって呼んでくれよ……」

「……グスッ……ケビン……ごめんなさい……私が……責めたから……」

「“責めた”って……何したんだよっ! シーラっ!」

 カインの怒声にシーラはビクッと身体を震わせ、ますます顔を俯かせる。

「落ち着け、カイン。シーラ、何を責めたんだい?」

「……ターニャがケビンのプライベートをバラしてしまって、それに対してケビンがそんな事してたら嫌われるって言って、ターニャが泣き出して……私やここの女子たちがそれを責めだして……そしたら、ケビンが拳を握ってて血が出てたから、いつもと違うと思って、声を掛けようとしたら威圧が放たれて……」

「そういうことか。大体の状況は掴めた。それで、そこの子は『私のせい』と泣いているわけだ」

「ふざけるなよ! ケビンのプライベートをバラしておいて、ケビンを責めるのはお門違いだろうがっ!」

「「ひっ!」」

 シーラとターニャは、自分たちのしでかしてしまったことを理解はしているが、カインのあまりの剣幕に悲鳴を上げてしまった。

「カイン、気持ちは分かるが落ち着けよ。僕も腹が立っているが、我慢しているんだ」

「くそっ! それで、原因はわかったけど、兄さんは何か手を思いつかないのか?」

 やはり自分よりも兄の方が、考えることに向いていると自覚しているのか、カインは打開策を聞いてみるのだが、返答は芳しくなかった。

「解決策はまだ思いつかない。だが、現状を維持しておかないと、これ以上進行してしまうと後戻り出来ないと思う」

「現状維持って何するんだ?」

「必死に呼びかけるしかない。反応は薄いが、反応しているって事が重要になってくる。まだ、ケビンの中でも葛藤しているってことだろう。反応がなくなったら……」

「なくなったら、何だよ?」

「命懸けでケビンを殺すしかない……」

って……何で弟を殺さないといけないんだよ!」

「仕方ないだろ! ケビンを大量殺人の犯罪者に仕立てあげたいのか! どうでもいいってことは、下手すれば魔物みたいに、人を何とも思わずに殺すことだってやるかもしれないんだぞ! 俺だって殺したくないよ! 可愛い弟だぞ! 兄として犯罪者になる前に、今まで生きてきたケビンとして、せめて綺麗なままで殺してやるくらいしか、してあげられる事がないんだよ!」

「くっ……ケビン! お前は強い弟だろ! こんなところで簡単に人生投げんなよ! シーラには俺から説教してやるから、元に戻れよ!」

「ケビン、お前は自慢の弟だ。闘技大会でFをEにクラスアップさせたことなんか、自分の事のように嬉しかったんだぞ」

『マスター! お兄さんが呼びかけてますよ! 目を覚まして下さい! マスターの気持ちも考えずに調子に乗ってごめんなさい。いつものマスターに戻ってください!』

 みんなの必死の呼びかけも虚しく、とうとうケビンが動き出した。

「……もう、どうでもいい」
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