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第三章 消えた死体と笑う森

幕間 王子と令嬢

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「エドガーさま?どうしましたか?」
「……いや、なんでもない」

 何か、視線を感じた気がしたのだが。振り返った先には特に目を引くものはなかった。
 
 エドガー・カリウスは、デルセンベルクの街を恋人であるヒルデ・エールリヒとともに散策していた。
 二人きりでのお忍びの小旅行である。先日の卒業パーティでの一件で言いつけられた謹慎期間が明けてすぐ、半ば家出のように城を出た彼は久しぶりの自由を満喫していた。

「……ヒルデ、口元にクリームが」
「えぇ!?やだ、恥ずかしい……!」
「はは、そそっかしいなぁ」

 クレープを片手に、頬を染めて口元を拭う少女に、エドガーは目を細める。やはり、女は彼女のように、素直で可愛らしいのが良い。
 
 先日婚約を破棄したアリエッタのことを思い出す。あれは二言目には「王族として」の自覚を持て、だの「民のため」を考えろ、だのと、自分に向かってこうるさいことを言う女だった。――全くもって、可愛くない。

 子供の頃はそうではなかった。なんだかおどおどしていて、少しからかってやれば涙目になるような……そんな少女だった。あの頃は今よりもよっぽど可愛げがあった。
 それでも、将来の伴侶となると話は別である。彼女も結婚するということは、都会での華やかな生活を捨てること。エドガーにはそれが耐えられなかった。

 何度も父である国王に婚約破棄の嘆願をした。そのたびにはねのけられ、痛感したのだ。自分の存在は、父にとっても、この国にとってもただの駒にすぎないのだと。駒に意思など必要ないのだと、何度も何度も。

 その苛立ちを全てアリエッタにぶつけた。顔を見るのも疎ましく、無視をするか罵声を浴びせるかの二択だった。いつの間にか周りもそれに従い「幽霊令嬢」なんて呼ばれるようになっていたのには溜飲が下がった。
 ……それでも平気な顔をして、学業もスポーツも上位の成績を保っていたのには、やはり腹が立ったが。

 そんなとき、エドガーは運命の出会いをした。ひとつ下の学年に入学してきたヒルデである。

 ヒルデは公爵家の令嬢ではあるものの、身体が弱く最近まで社交界に顔を出せなかったらしい。
 そのせいかどこか自信なさげにおどおどとした少女だった。だが、彼女は華やかな容姿をしていた。淡い桃色をした髪と可憐な顔立ちはエドガーの好みであった。

 なによりも、彼女が自分へと向ける視線が心地よかった。憧れ、恋情、畏敬の念と少しの卑屈さ。本来自分はそういったものを向けられるべき人間なのだと、エドガーに自信をつけさせる視線だった。

 そんなとき、アリエッタによるヒルデへの嫌がらせ疑惑が浮上した。エドガーもそれが事実だと信じていたわけではないが、彼女を糾弾できるのなら、真偽はどうでもよかった。
 恥をかかせてやればさすがに破断になるだろうと考え、卒業パーティの場で婚約破棄を言い渡した。男の頬を張るなど、最後まで可愛くない女だった。
 王太子には厳しく叱責され、数ヶ月謹慎を言い渡されたが、それ以上に愉快だった。

 そうしてエドガーは、自分の人生を取り戻した気分でここに立っていた。
 口に含んだ発泡酒をゴクリと嚥下する。――冷たくて、うまい。そういえば、と思い出す。ヒルデに確認したいことがあったのだった。

「……なぜこの国に来たかったんだ?この程度の市場なんて、カリウスでも十分に開催されてるレベルじゃないか」

 デルセンベルクを目的地に選んだのはヒルデだった。遠出ができればどこでもいい。まして国外なら痛快だ、くらいの気持ちで了承したものの、そう見どころの多い街でもない。
 エドガーの問いに、ヒルデは目をパチパチとさせると、少し照れくさそうに言う。

「実は、私……行ってみたい場所があるんです。この街は、そのついでで……」
「デルシュタインに?」
「はい。景色がいいって噂のお山なんです。でも、一人で他国の領地に行くのは、怖くって……」

 エドガーの口角が、上がる。やはり女というのはこうでなくては。か弱くて頼りなくて、男の助けがないと自由に移動もできないような。
 
 もじもじと言いづらそうにした後、ヒルデはエドガーを上目遣いに見つめた。
 
「……一緒に、行ってくれませんか?わたしの騎士ナイト様」
「ああ、もちろんだ……君は、オレがいないと駄目なんだから」

 エドガーはそう言って、微笑んだ。
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