幽霊令嬢の怪奇事件簿〜追放されたら「幽霊事件」専門ギルドに拾われました

ヨシモトミネ

文字の大きさ
上 下
35 / 55
第三章 消えた死体と笑う森

第十二話 デート

しおりを挟む
 ――翌日の市場は大盛況だった。大陸の至る所からやってきた行商人のテントが軒を連ねた、食べ物、日用雑貨、服飾品なんでもござれの大バザールだ。

 昼食を何にするかを真剣に選んだり、ギルドで必要な日用品を厳選したり、服飾品を冷やかしたり。……私が良いというものを片っ端から買っていこうとするルードには、ちょっと困ったけど。
 
 やはりルードは目立つようで、歩く先々で色んな視線を感じた。それには大分気後れするけれど、二人で並んで歩く街はすごく楽しかった。

 ルードの好きな色は黒。肉より魚派で、好物は海老。甘いものはちょっと苦手。普段、仕事以外の外出はあまりしない。暇なときには読書をすることが多くて、読むジャンルは問わない。
 ……そんな、どうでもいいけどどうでも良くない話を聞いて、私も教える。

 些細なやり取りがなんだか涙が出そうになるほど嬉しい。そんなこと思うのは今日が初めてだ。

 正午をまわり、歩き疲れた私達はベンチで休憩していた。行き交う人たちをぼんやりと眺めていると、まるでお祭りみたいだなと連想して、ふと昔のことを思い出した。

「……私、小さい頃にこの街に来たことがあるんですよね」
「……そう、なんだ」
「はい。……確か、八年前の花祭の頃です」

 デルセンベルクでは年に一度、春を祝うための『花祭』が開催される。そのときも人がたくさんいて、いろんな屋台が出て、とても楽しかった。

「同時開催してるトマトぶん投げ祭りの子ども部門にも参加しました!」
「あれを!?やったの!?」

 ――トマトぶん投げ祭りは、その名の通りトマトをぶん投げあって、真っ赤になってはしゃぐだけのイベントである。……うん、本当にそれだけなんだけど、ものすごく盛り上がるんだよね。
  
「はい!他には……」

 ……あれ?ここで、はた、と思考が止まる。
 
 デルセンベルクにはお父様に連れてきてもらった。一ヶ月程も滞在して、とっても楽しい思い出がたくさんあった。だから、国外追放された時、ここを目的地にしたんだ。はずなのに……。何も、思い出せない。
 ……なんでだろう?

「……喉、乾かない?何か買ってくるよ」
「え、あ、はい。ありがとうございます」

 ルードはぎこちなく微笑んで、近くの屋台へと歩いていった。なんか、様子がおかしいような。……トマトぶん投げ祭りの話題はまずかったんだろうか。

 屋台に並ぶルードの後ろ姿を目で追う。と、その時。彼の後ろを通った男女二人組に――目を奪われた。

「……エドガー、殿下……?」

 一瞬見えた姿は、かつて私を「幽霊令嬢」なんて蔑んだ、元婚約者。
 エドガー・カリウス。カリウス王国の第二王子だった。
 
 散々罵倒された記憶が蘇る。頬を冷たい汗が伝う。心臓がばくばくと音を立て、吐き気が込み上げてきて思わず手で口を抑えた。
 なんで、あいつがこんなところに。
 ――もう、二度と、顔も見たくなかったのに……!

「……アリー!?どうかした!?」
「……ルード」

 その声に、我に返った。私の顔を覗き込む綺麗な柘榴色。辛い時に、心配して傍にいてくれる誰かは、以前の私が一番欲しかった存在だ。
 ……泣きそうになっちゃうな。ぐ、とこみ上げる涙をこらえる。そして勢いよく立ち上がった。
 もう、一人きりで耐える必要は、ない。

「……最悪です!!さっき、私の目の前を、もう二度と顔を見たくなかった人間が横切っていきました!!」
「なんだって!?」
「……なので、今から最高のことをして、上書きする必要があります。……ルード!来てください!」
「え?……あ、アリー?どこに」

 立ち上がって、どさくさに紛れてルードの手を引く。彼は驚いた顔をしたけど、繋いだ手は決して振り払われることはなかった。

*****

 市場の中を歩き回って、ようやくお目当ての店を発見した。

「……手芸用品店?」
「はい、選んでください!えと、この刺繍糸から、五種類くらい!」
「待って、話が読めない」

 くそう、誤魔化されてくれないか。ドサクサで選ばせてしまおうと思ったのに。

「私、手芸は結構得意なんです。こう、糸を編み込んで作る紐とか……私の故郷では無事を祈るためのお守りなんです。……その、大切な人の」

 ちらりとルードの左腕を見る。先日、動く死体にひっかかれた場所には、白い包帯が巻きつけられていた。

「指輪のお返し……には全然足りないですけど。……作ったら、もらってくれますか?」

 熱くなった顔を見られるのが恥ずかしくて、目を逸らしたまま尋ねる。ルードはしばし沈黙して、言った。
  
「……なら、なおさら君が選んで」
「え?」
「俺は、君が選んだものがいい。あ、でも、ベースは……これ、黒がいいな」

 ルードはそう言いながら、黒い糸を持ち上げる。
 
「……なら、この銀色のビジューをアクセントに入れましょう!赤……もいれたいけど、合うかなぁ……この、濃いやつならなんとかなる、かな……?それと……」

 色とりどりの糸を選びながら、楽しい時間は過ぎていく。先程見たエドガーの姿に、一抹の不安を胸に残しながら。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。 因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。 そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。 彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。 晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。 それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。 幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。 二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。 カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。 こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

完結 「愛が重い」と言われたので尽くすのを全部止めたところ

音爽(ネソウ)
恋愛
アルミロ・ルファーノ伯爵令息は身体が弱くいつも臥せっていた。財があっても自由がないと嘆く。 だが、そんな彼を幼少期から知る婚約者ニーナ・ガーナインは献身的につくした。 相思相愛で結ばれたはずが健気に尽くす彼女を疎ましく感じる相手。 どんな無茶な要望にも応えていたはずが裏切られることになる。

逃した番は他国に嫁ぐ

基本二度寝
恋愛
「番が現れたら、婚約を解消してほしい」 婚約者との茶会。 和やかな会話が落ち着いた所で、改まって座を正した王太子ヴェロージオは婚約者の公爵令嬢グリシアにそう願った。 獣人の血が交じるこの国で、番というものの存在の大きさは誰しも理解している。 だから、グリシアも頷いた。 「はい。わかりました。お互いどちらかが番と出会えたら円満に婚約解消をしましょう!」 グリシアに答えに満足したはずなのだが、ヴェロージオの心に沸き上がる感情。 こちらの希望を受け入れられたはずのに…、何故か、もやっとした気持ちになった。

悪役令嬢は処刑されないように家出しました。

克全
恋愛
「アルファポリス」と「小説家になろう」にも投稿しています。 サンディランズ公爵家令嬢ルシアは毎夜悪夢にうなされた。婚約者のダニエル王太子に裏切られて処刑される夢。実の兄ディビッドが聖女マルティナを愛するあまり、歓心を買うために自分を処刑する夢。兄の友人である次期左将軍マルティンや次期右将軍ディエゴまでが、聖女マルティナを巡って私を陥れて処刑する。どれほど努力し、どれほど正直に生き、どれほど関係を断とうとしても処刑されるのだ。

離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。

しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。 私たち夫婦には娘が1人。 愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。 だけど娘が選んだのは夫の方だった。 失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。 事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。 再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。

家から追い出された後、私は皇帝陛下の隠し子だったということが判明したらしいです。

新野乃花(大舟)
恋愛
13歳の少女レベッカは物心ついた時から、自分の父だと名乗るリーゲルから虐げられていた。その最中、リーゲルはセレスティンという女性と結ばれることとなり、その時のセレスティンの連れ子がマイアであった。それ以降、レベッカは父リーゲル、母セレスティン、義妹マイアの3人からそれまで以上に虐げられる生活を送らなければならなくなった…。 そんなある日の事、些細なきっかけから機嫌を損ねたリーゲルはレベッカに対し、今すぐ家から出ていくよう言い放った。レベッカはその言葉に従い、弱弱しい体を引きずって家を出ていくほかなかった…。 しかしその後、リーゲルたちのもとに信じられない知らせがもたらされることとなる。これまで自分たちが虐げていたレベッカは、時の皇帝であるグローリアの隠し子だったのだと…。その知らせを聞いて顔を青くする3人だったが、もうすべてが手遅れなのだった…。 ※カクヨムにも投稿しています!

処理中です...