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第三章 消えた死体と笑う森

第五話 伝承

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 二人で慌てて宿屋の中に戻ると、ヘデラが一人の男性に掴みかかろうとするのを、ユルゲンスさんが羽交い締めにして止めていた。

「ああぁ!お二人共良いところに!ちょっと手伝ってくださいヘデラさんを止めるの!ってルードさん、目ェ怖ッ!!?」

 ……なかなか大変な状況のようである。
 なんとかヘデラを落ち着けると、彼女とやり合っていた男性が名乗った。
 なんと彼は彼女の兄、アグラ・イリーネ氏だという。

「どういうことだよ、フィミラの死体が、墓に無いって!!」

 ヘデラが叫ぶ。私達は驚いてアグラ氏を見た。彼は冷たく妹を見下ろしながら、感情のこもらない声音で告げた。

「……無い、と決まったわけではない。無くても不思議ではない、と伝えに来ただけだ。……後から騒がれても面倒だからな」

 アグラ氏は私達の方に向き直ると、一礼してロビーの長椅子を勧めた。

「妹がご迷惑をおかけしています。……事情をお話しますので、どうぞおかけください」

 私達が腰掛けると、アグラ氏は陰気な顔のまま、唐突に話を切り出した。

「皆さんは、墓地の周りの森が、なんと呼ばれているかご存知ですか」
「もったいぶってんじゃねぇ。……リデーレの森だろ」

 この町出身のヘデラが憎々しげに吐き捨てる。アグラ氏は彼女を一瞥して、抑揚のない声で続けた。
 
「……そう。『リデーレ』はこの地方の古語で『笑う』という意味です。……どうして、そんな名前がついたのかと言うと……この町に伝わる昔話に由来します」

*****

 昔、この地方は貧しい土地だった。土は泥質で、ろくな作物が育たない。草も生えにくいので家畜も育てられない。だが、森の中は別だった。立派な樹木が青々と茂り、果物や、薬の材料になる植物が多く取れる。町の人間は森へ入り、ほそぼそと採集をして暮らしていた。

 そんなとき、森に異変が起きる。一匹の魔物がその森に住み着いたのだ。その獣は人のような顔をしているが、大きな体は毛むくじゃらの獣のような化け物だった。
 特に不気味なのはその声だった。その化け物は、まるで人の笑い声のような鳴き声をしているのだ。
 
 町の人間は困った。森の中に入れなければ生活していけない。けれども魔物は恐ろしい。困り果てていたところに旅の冒険者三人組がやってきた。腕に自信のあるという彼らは、魔物の討伐を引き受け森へ向かった。

 その日の晩、彼らは魔物の首を手に町へ戻った。町人は喜んで彼らを労う宴会を開いた。
 
 祝の席が終わり、夜が明けた。町人達は、冒険者達のうち男二人がなかなか起きてこないことを不思議に思い、部屋まで起こしに行った。

 部屋の中で、二人は首だけの姿になっていた。

 町人達は戦慄した。これは首を落とした魔物の祟りに違いない。そう断じた彼らは態度を一変させ、残った冒険者の女に詰め寄った。「なんてことをしてくれたのか」と。
 仲間の死に青ざめる女を町人達は縛り上げ、森の奥に連れて行ってそこに置いて帰った。そうして、自分たちにまで祟りが及ばないよう、必死に祈った。
 
 三日三晩経った頃、森の奥からけたたましい笑い声が聞こえてきた。それは魔物の声にも女の声にも聞こえた。 
 声が止んだ頃、町人達は恐る恐る森の奥へ様子を見に行った。

 ――そこで、首だけになった女が笑っていた。

 凍りつく町人達を前にして、女の首はひとしきり笑った後、一言「ここに墓を作れ」と言葉を発し、笑顔のまま静かになった。……勿論、絶命していた。

 町の人間は恐れ慄いてその言葉に従い、森の前の土地を町の墓地にした。最初の埋葬者はその冒険者達で、その後は町で亡くなった人間の墓地となった。

 その墓からは時折、埋めた遺体の一部、または全てが忽然と消え去ることがあるという。
 町人はそれは、死んだ魔物の祟りだと考えている。
 遺体が消えるときにはいつも、森はけたたましい笑い声に包まれるのだそうだ。
 
*****

「消えた死者の体は森の奥へ召され、殺された魔物の魂を鎮める名誉ある役目を果たしてくれている。……なので妹の遺体がなくなっている可能性はある。……どうぞ騒がないでいただきたい」
 
 アグラ氏は最後まで陰気に語り終えると、ヘデラに一瞥もくれずにさっさと帰っていった。残された私たちは微妙な雰囲気のまま、宿のロビーに座り顔を見合わせる。

「……どう思いますぅ?さっきのお話」

 沈黙を破り、頬杖をついたユルゲンスさんが口火を切った。

「……墓荒らしの言い訳だろうな。代々の墓守が副葬品や遺体を盗掘して、それを祟りのせいにしている、そんなところじゃないか」

 どこか不機嫌なままのルードが腕組みをしたまま答える。

「……胸糞悪ぃ話だ。そんな言い伝え、全然知らなかった」
「内容が内容だから……。子どもには言えなかったんじゃないかな……」

 怒りの収まらない様子のヘデラを宥める。それにしても酷い昔話だ。この話じゃぁ、町の人達のご先祖様が酷すぎる。……こういうのって、話し手側が悪く思われないようにオブラートに包んで伝えていくのが普通なんじゃないのかな。

「どちらにせよ、明日は墓を開ける。……フィミラの遺体の有無を確認し……話はそれからだ」

 私達は頷いて、この場を解散してそれぞれの部屋で休むことにした。ヘデラと連れ立って部屋に戻る途中、ルードに呼び止められる。

「アリー」

 振り向くとルードがこちらに歩み寄ってくる。見上げると優しげな瞳と視線が交差する。

「さっきの話、本気だから。……また、教えて」

 そう言うと、ルードは私の髪をかき上げ、耳にかける。耳たぶに触れた指は熱くて、それはまるで、なんだか、愛しいものに触れるような手つきだった。
 
「……じゃあ、おやすみ」

 そう言って、ルードは背中を向けた。
  
「ほう、お二人意味深ですね?」
「へえ、アンタら進展したの?」

 ヘデラとユルゲンスさんがふたり同時に私の背後から畳み掛けてくる。……この二人、今回の件で初めて会ったばかりなのに、息ぴったりすぎない?
 
 ルードの背中を見送った私は、爆発しそうな頭を抱えたまま、楽しそうな野次馬二人に、散々弄られ倒したのだった。
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