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第三章 消えた死体と笑う森
第四話 あなたのことが、知りたいのです
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「……待ってて、そっちに行く」
「え!?待って、そこ二階……!」
私の制止を華麗に無視したルードは、軽やかにベランダの柵を飛び越えて、音もなく地面に着地した。
ルードは驚く私に歩み寄り、羽織っていた上着を脱いで私の肩にかけてくれる。
「夜は冷えるから。使って」
「……ありがとうございます……」
上着を借りると薔薇とはまた違う良い香りがして、思わず赤面してしまう。ルードに促されて、庭の隅にあるベンチに並んで腰掛けた。月明かりが静かな庭を照らしている。少しの沈黙の後、ルードが口を開いた。
「……何かあった?」
「え?」
「この前から……少し、様子がおかしいから」
そういえば、まともに視線を合わせるのも久しぶりだった。柘榴色の瞳が、不安げに私を見つめていた。
「……ヘデラに、ルードのことを聞きました」
「俺の?」
「はい。と、いっても、ギルドがいつできたか、とか。昔はルードのファンがいっぱい押しかけてきて大変だった、とか。そんなことですけど」
苦笑して話す私を見て、ルードは怪訝な顔で首を傾げる。
「なんで……俺のことなんか」
なんで、と聞かれると、少し困るんだけどな。
「あなたのこと……もっと、知りたかったから」
……理由になってるかな。
左手の指輪を見る。この指輪の位置の意味も知ってる、と言ったら。この人はどんな顔をするのだろう。
――『女嫌い』と噂されるルードが遠ざけたというたくさんの女性達に思いを馳せる。
知っていてなお、このまま指輪をつけていたい、なんて。そんな事を正直に言ったら。……ルードは、私のことも突き放すだろうか。
――沈黙。おそるおそる視線を上げ、ルードの表情を確かめる。……ルードは、目を限界まで見開いたまま……硬直していた。
「……ご、ごめんなさい、やっぱり、気分悪かったですよね?こそこそ聞かれて」
「いや、決して……そんなことはない。……破壊力が、すごかっただけで……」
ルードは私から顔を逸らすように、天を見上げて手で顔を覆ってしまった。表情はよく見えないけれど、心做しか……口元が緩んでいるような。
「……物心ついた頃から、死者の声が聞こえていた」
ルードはそのままの姿勢で、ぽつりぽつりと話し出す。
「変な子供だって言われ続けてたよ。当然だ。壁に向かって一人でブツブツ喋ったり、笑ったりする姿は不気味だったろうな。周りとは距離があった。父と母とも。……兄とは仲良かったんだけどね。なんというか……エキセントリックで、色んなことをあまり気にしない人だから」
……お兄さんのことを話すときだけ、ルードは不自然に言い淀む。エキセントリックって……一体、どういう人なんだ。
「他の人間には聞こえないものが俺には聞こえる。そう気づいてからは、極力聞こえないふりをした。怖い思いもしたけど、そういうものを追い払う方法も少しずつわかってきたし、そのうち慣れた。そうして俺が十歳の頃……母が亡くなった」
息を呑む。幼いルードを思い、胸が痛んだ。
「母が亡くなってから……彼女の声が聞こえるようになったんだ。……酷い恨み言だった。『私が死んだのはお前のせいだ』『お前がおかしな子供だから』『お前なんて生まなければよかった』って」
「……そんな……!」
思わず声を上げた私に、ルードは苦笑して手を振った。
「ああ、大丈夫。この後、笑い話になるから。……結論から言うと、それは母じゃなかったんだ」
「え?」
「ちょうどその頃……ある人が、俺に霊の姿を見る方法を……教えてくれた。それまでは声だけで、姿は影みたいにしか見えなかったから。はっきり見えるようになって、俺に恨み言を言う奴の顔を見てみたら……母じゃなかった」
ルードは笑いながら話を続ける。
「全然別人だったよ。声だけじゃわからなかったけど。そいつを追い払ってから、母の墓に行ってみた。話は出来なかったけど、そこには母がいた。微笑んで、俺に手を振って……消えた」
ルードは真剣な顔に戻り、私を真っ直ぐに見つめ直した。
「視力をくれたその人に、俺は感謝してるんだ。見えないままだったら、騙されたまま自分を責めて、母を恨んで……どうなっていたかわからない。だから、次は俺が、力を誰かの助けに使おうと思った。そうして『薄明』を作ったんだ」
ルードはいたずらっぽく笑いながら、私の顔を覗き込んだ。
「……おしまい。どう?知りたいことはわかった?」
「……うん」
綺麗な笑顔に、ぼうっとなりながら返事する。彼の強さの理由が、わかった気がした。
……やっぱり間違いなく、この人は……優しい人だ。
「……次は、俺が知りたいな」
「え?」
間抜けに聞き返した私に向かって、ルードは続けた。
「君のこと。……別に、俺みたいな身の上話じゃなくてもいい。好きなもの、嫌いなもの、行ってみたい場所、楽しかった思い出……些細なことでも。なんでも」
声が、甘い。ルードはいつの間にか、少し私の方に寄ってきていて、二人の距離が縮まる。
「俺も……君のことが、知りたい」
それは、どういう意味なのか。のぼせた頭で考える。ルードの顔が、私に近づいた、その時――
「……ふっざっけんなよお前!!」
――宿屋の中から、ヘデラの怒鳴り声が聞こえてきて、私達は我に返った。
「え!?待って、そこ二階……!」
私の制止を華麗に無視したルードは、軽やかにベランダの柵を飛び越えて、音もなく地面に着地した。
ルードは驚く私に歩み寄り、羽織っていた上着を脱いで私の肩にかけてくれる。
「夜は冷えるから。使って」
「……ありがとうございます……」
上着を借りると薔薇とはまた違う良い香りがして、思わず赤面してしまう。ルードに促されて、庭の隅にあるベンチに並んで腰掛けた。月明かりが静かな庭を照らしている。少しの沈黙の後、ルードが口を開いた。
「……何かあった?」
「え?」
「この前から……少し、様子がおかしいから」
そういえば、まともに視線を合わせるのも久しぶりだった。柘榴色の瞳が、不安げに私を見つめていた。
「……ヘデラに、ルードのことを聞きました」
「俺の?」
「はい。と、いっても、ギルドがいつできたか、とか。昔はルードのファンがいっぱい押しかけてきて大変だった、とか。そんなことですけど」
苦笑して話す私を見て、ルードは怪訝な顔で首を傾げる。
「なんで……俺のことなんか」
なんで、と聞かれると、少し困るんだけどな。
「あなたのこと……もっと、知りたかったから」
……理由になってるかな。
左手の指輪を見る。この指輪の位置の意味も知ってる、と言ったら。この人はどんな顔をするのだろう。
――『女嫌い』と噂されるルードが遠ざけたというたくさんの女性達に思いを馳せる。
知っていてなお、このまま指輪をつけていたい、なんて。そんな事を正直に言ったら。……ルードは、私のことも突き放すだろうか。
――沈黙。おそるおそる視線を上げ、ルードの表情を確かめる。……ルードは、目を限界まで見開いたまま……硬直していた。
「……ご、ごめんなさい、やっぱり、気分悪かったですよね?こそこそ聞かれて」
「いや、決して……そんなことはない。……破壊力が、すごかっただけで……」
ルードは私から顔を逸らすように、天を見上げて手で顔を覆ってしまった。表情はよく見えないけれど、心做しか……口元が緩んでいるような。
「……物心ついた頃から、死者の声が聞こえていた」
ルードはそのままの姿勢で、ぽつりぽつりと話し出す。
「変な子供だって言われ続けてたよ。当然だ。壁に向かって一人でブツブツ喋ったり、笑ったりする姿は不気味だったろうな。周りとは距離があった。父と母とも。……兄とは仲良かったんだけどね。なんというか……エキセントリックで、色んなことをあまり気にしない人だから」
……お兄さんのことを話すときだけ、ルードは不自然に言い淀む。エキセントリックって……一体、どういう人なんだ。
「他の人間には聞こえないものが俺には聞こえる。そう気づいてからは、極力聞こえないふりをした。怖い思いもしたけど、そういうものを追い払う方法も少しずつわかってきたし、そのうち慣れた。そうして俺が十歳の頃……母が亡くなった」
息を呑む。幼いルードを思い、胸が痛んだ。
「母が亡くなってから……彼女の声が聞こえるようになったんだ。……酷い恨み言だった。『私が死んだのはお前のせいだ』『お前がおかしな子供だから』『お前なんて生まなければよかった』って」
「……そんな……!」
思わず声を上げた私に、ルードは苦笑して手を振った。
「ああ、大丈夫。この後、笑い話になるから。……結論から言うと、それは母じゃなかったんだ」
「え?」
「ちょうどその頃……ある人が、俺に霊の姿を見る方法を……教えてくれた。それまでは声だけで、姿は影みたいにしか見えなかったから。はっきり見えるようになって、俺に恨み言を言う奴の顔を見てみたら……母じゃなかった」
ルードは笑いながら話を続ける。
「全然別人だったよ。声だけじゃわからなかったけど。そいつを追い払ってから、母の墓に行ってみた。話は出来なかったけど、そこには母がいた。微笑んで、俺に手を振って……消えた」
ルードは真剣な顔に戻り、私を真っ直ぐに見つめ直した。
「視力をくれたその人に、俺は感謝してるんだ。見えないままだったら、騙されたまま自分を責めて、母を恨んで……どうなっていたかわからない。だから、次は俺が、力を誰かの助けに使おうと思った。そうして『薄明』を作ったんだ」
ルードはいたずらっぽく笑いながら、私の顔を覗き込んだ。
「……おしまい。どう?知りたいことはわかった?」
「……うん」
綺麗な笑顔に、ぼうっとなりながら返事する。彼の強さの理由が、わかった気がした。
……やっぱり間違いなく、この人は……優しい人だ。
「……次は、俺が知りたいな」
「え?」
間抜けに聞き返した私に向かって、ルードは続けた。
「君のこと。……別に、俺みたいな身の上話じゃなくてもいい。好きなもの、嫌いなもの、行ってみたい場所、楽しかった思い出……些細なことでも。なんでも」
声が、甘い。ルードはいつの間にか、少し私の方に寄ってきていて、二人の距離が縮まる。
「俺も……君のことが、知りたい」
それは、どういう意味なのか。のぼせた頭で考える。ルードの顔が、私に近づいた、その時――
「……ふっざっけんなよお前!!」
――宿屋の中から、ヘデラの怒鳴り声が聞こえてきて、私達は我に返った。
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