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第二章 降霊あそびと秘密の小部屋

第九話 一緒に遊ぼう

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 ――事件の終幕から三日が過ぎた。

 ヘデラには事件の概要を報告し、無事依頼は完了した。彼女はいずれ、ナハトに小屋を譲ろうかと考えているらしい。……家族の思い出がある場所を、壊されたくないだろうから、と。優しい人だ。
 
 ナハトはなんと、『薄明の夕暮れ』で働くことになった。私と同じ住み込みで、読み書きなどを勉強しながらギルドの仕事を覚えようと奮闘している。今は雑用係だけど、鍛えがいがあるとバルドルさんが喜んでいたので、そのうち彼の手伝いをするんだろう。
 
 ルードは、私が誘拐されたのに責任を感じたままらしく。しばらく片時も離れてくれなかったのだけど、ようやく通常運転になってきた。少し前、ユルゲンスさんが来てからなんだか難しい顔をする事が増えている。……無理してないと、いいけど。

 ――そして、私は。ノッペルンのぬいぐるみを片手に、ギルドハウスの中でとあるものを探して歩き回っている。

「うーん……いないなぁ。……おーい!首だけ少年ー!出ておいでー」

 なかなか見つからないことに業を煮やして、ストレートに呼んでみた。すると
 
 ――でろん、と。
 天井から逆さまに、少年の首が落ちてきた。

「ひゃあぁぁぁあ!?」

 ……びっくりした。呼んだのは自分だけど、登場の仕方が非常に心臓に悪い。――慌てて口を抑えたが、すぐに階下からものすごい足音が駆け上がってくる。

「何かあったか!!!?アリー!!!?」

 私の悲鳴に気づいたのか、ルードが血相を変えて走り込んできた。

「あぁぁ違うのごめんなさい!これには理由があって!」

 私と少年の霊を見るなり、剣呑な雰囲気を醸し出すルードから少年を庇い、慌てて釈明する。
 
「……あのですね、私、初めてここに来た日に、この子と約束したんです。後でなら遊べるって」

 ね。そう言って少年を振り向く。彼は、首だけで、こくりと頷いた。
 彼は私がギルドにやって来た初日、ルードの視力が移ってから初めて目撃した幽霊である。子どもだし、悪いものじゃないっていうから、一人で遊ぼうとしてたのだけど、バレてしまったなら仕方ない。
 
「で、ですね……じゃーん!こちら、とっても可愛いぬいぐるみになります!……ね、君、この中に入れないかな?」

 そう言ってずい、と。ノッペルンのぬいぐるみを差し出した。先日の事件でネルがクマのぬいぐるみに乗り移って『シシリ様』として動かしていたことから思いついたアイデアである。
 何故か身体がなく、首だけの少年でも、このぬいぐるみに入れば一緒に遊ぶことができる、のではないかと思って、探していたのだ。

「確かにそれなら、可能だと思うが……」

 難しい顔をするルードと私を交互に見ると、少年はしばし考えたように動きを止めて――消えた。

「わぁ!」

 そして突然、ノッペルンがもぞもぞと動き出したかと思うと、ぴょん、と私の手を飛び出して地面に着地する。

「……ッ、かわぁ……!」

 ノッペルンが、動いてる。手足の動きを確かめるように、壁をペチペチと叩いたり、地面を跳ねてみたり、してる。可愛いがすぎる。
  ……これが見たかったからぬいぐるみに入ってもらった、というわけではないんだけど。いや、ちょっとは下心あったけど。
 なお、ルードは私の隣で微妙な微笑みを浮かべていた。反応が悪い。ヘデラなら喜んでくれるだろうに。

 少年の名前は、セイルというらしかった。

「何して遊ぶ?外に行くのはちょっと難しいけど……家の中で出来そうな遊びならなんでもいいよ」

 しゃがみ込んで、ぬいぐるみに入ったセイルに微笑みかけてみる。セイルは首を傾げながら――可愛い――しばらく私を見上げると、振り返って廊下の奥へととてとて駆けていく。

「あ、待って」 

 慌てて追いかける。セイルは廊下の端まで来ると、一番奥の部屋の前でピタリと止まった。

「この部屋がいいの?」

 入ったことがない部屋だ。確か、物置にしてると聞いていた。
 ルードを振り返る。少し微妙な顔だったものの、頷いてくれたので扉を開ける。
 
「……わぁ」

 そこは、子供部屋だった。大人のものより小さな机とベッドがあり、壁には子供用の世界地図や、文字を覚えるためのポスターなんかが貼ってある。そして床にはボードゲームやトランプなんかが散乱していた。
 長年使われていないのか、床に置かれたゆり木馬にうっすら積もった埃が物悲しい。――そしてどこか、懐かしい気持ちになる。
 なんでこんな部屋が、ギルドハウスの中にあるんだろう。

 セイルはとてとてと部屋の中に入っていくと、ボードゲームの中からひとつを選んで引っ張り出してこちらを見上げた。
 サイコロを振って駒を進め、ゴールを目指すタイプのシンプルなすごろくである。

「いいよ、やろうやろう!ほら、ルードも座ってください!」
「俺もやるの!?」

 ――すごろくは、結構盛り上がった。
 なかなか意地悪な作りになっていて、『振り出しに戻る』や『一回休み』のマスがやたら多い。ゴール直前で振り出しに戻された時は流石に悲鳴を上げた。
 また、マスによっては『片足ジャンプ五十回』や『早口言葉十回』なんてものもあった。ルードが真面目な顔でぴょんぴょん跳ねているのはシュールで面白かったし、セイルがたどたどしく早口言葉を言う姿には可愛すぎて悶絶した。
 笑ったり、大声を上げたり、悔しがったり、ワイワイと騒ぎながら時間は過ぎていく。

 そうして、次に三を出せば一位でゴールという局面。セイルがサイコロを握りしめる。三人の間に緊張が走る中、サイコロは投げられた。
 
 ――出た目は、三だ。
 
 セイルはぬいぐるみの体でぴょんぴょんと飛び跳ね、全身で喜びを示していた。無機質なはずのぬいぐるみの目が、キラキラと輝いているように見える。
 おめでとう。そう言って拍手する。

『やったあ!!』
 
 その時、ぬいぐるみの後ろに、少年の姿が見えた。少年は満面の笑みを浮かべ、両手を上げて万歳していた。その姿は不気味な幽霊なんかじゃなく、年相応の男の子だった。 
 私の視線に気づいたセイルは、こちら向かってにかっと笑ってみせ、両手でピースサインをする。
 
 ――そうして、消えた。
 
「……え?」

 ぱたり、と。ノッペルンのぬいぐるみが倒れる。
 そこには、もう、何もいなかった。

「……なんで、え、セイル?どこ……?」

 部屋の中を見回すけれど、何もいない。子ども部屋の中には私とルード以外、何の気配もなくなっていた。
  
「……魂が、行くべき場所へ行ったんだ」

 ルードがポツリと呟いた。

「彼は、長くここに居すぎた。それこそ、本来の体の形を忘れてしまうほど」

 立ち上がり、ぬいぐるみを拾い上げる。優しい手つきで埃を払うと、私の手に乗せる。

「それでもここに居たのは……寂しかったんだろうね。誰かと共に在りたかったんだろう。……アリーと遊べて、それが叶ったと……いうわけじゃないかな」
「そ、んな……たった、これだけのことで?」
「よっぽど、嬉しかったんだね」
  
 たった一回、たったこれだけの時間で。 

「……も、っと」 
「……うん」

 視界が滲んで、すぐに目を開けてすらいられなくなった。手に持ったぬいぐるみにぽつぽつと水滴が落ちて濃い染みを作る。
 
「もっと、遊べ、ば、よかった……!」
「うん」
「他のボードゲームも、トランプも、……絵本だって読めたのに。たった……あれだけの時間で、おしまいなんて」
「……時間の問題じゃないよ。彼の長年の孤独を、君が溶かしたんだ。誇っていい」

 ルードの手が、しゃくり上げる私の肩に触れ、慰めるように引き寄せた。暖かい、生きている温度が服越しに伝わる。

「君は間違いなく彼を救ったよ。アリー」

 そして堪えきれなくなった私の涙が枯れるまで、ルードはいつまでも隣にいてくれたのだった。
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