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第二章 降霊あそびと秘密の小部屋
第八話 兄ちゃん、大好き
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ルードの言葉に、ナハトは怪訝な顔をして振り返る。……やっぱり、見えないみたいだ。
「若者達の前に現れたのは、君だね」
少女は頷く。
「君は兄を助けたかった。このままじゃジェラルドに良いように使い捨てられる。だから、地下室への隠し扉の存在を教えたかった。薬の瓶が見つかれば、兄は捕まるかもしれないが……命まで取られることはない」
ネルは頷いた。
「しかし……なぜ彼らを無駄に怖がらせるようなことをした?ぬいぐるみを動かして、お前はじきに死ぬ、なんて占いをすれば、地下室捜索どころじゃなくなるのはわかるだろう」
ネルは、少し思案して、小さな声で答えた。今度は私にも聞こえた。
『……本当のことだから』
「何が?」
『……みんな、しんじゃう。あれのせいで』
「なぜ?どういうことだ?」
『……わからない。でも、あの人だけじゃない。他の三人も……この村の人ぜんぶ。もしかしたら、もっと多くの人……みんな、死んじゃう。どうしてかわからないけど……』
ここでネルは言い淀み、目を閉じた。
『一年後の、未来。それが、みえるの……』
ネルは辿々しく、泣きそうな声で言う。
どういうことだろう。あの薬には、まだ呪いの力があると言うのだろうか。
「なあ、なんだよ。さっきからあの兄ちゃん、一人で何喋ってんだ?」
ナハトが私の腕を引っ張って、我に返った。不安げな瞳が私を見上げてる。
この子を……ネルに、たった一人の家族に、会わせてあげたい。
「……えっとね、驚かないで、聞いてね。……ここに、ネルちゃんがいるの」
「……何言ってんだよ。ネルは死んでるのに」
駄目だ。どうしたら信じてもらえるだろう。少し迷って、少女を見た。
「……茶色い髪で、前髪は眉毛のちょっと上で揃えてる。肩の上の方で、おかっぱに切りそろえてて、黄色い……ひまわりかな、の髪飾りをしてる」
見えたまま、その容姿を言葉にしていく。ナハトの瞳が不審げに震えた。
「お顔にそばかすがあって、目はきれいな紫色。黄色のワンピースを着てる……ワンピースの裾には……赤いお花が刺繍されてて……自分で縫ったの?」
ネルは、私の言葉にこくりと頷いた。
「そう、上手だね。そして右腕と、……首筋に、傷がある」
「そんな……そんなの!誰かに聞けば、すぐわかる……からかうんじゃねぇ!ネルは、ネルはもう……!」
「ナハト……!」
「アリー、任せて」
背後から、私の耳元でルードが囁いた。
ルードは一歩、私たちの前に出ると、右耳の耳飾りを外した。それを床に放り投げて……何やら呟く。すると柔らかい光が辺りを包んだ。
キラキラと光る粒子が耳飾りから立ちのぼる。その中に――小さな人影が現れた。
『兄ちゃん……』
「……ネル……?」
そこにいたのは、私が見た通りの女の子だった。ただし、腕にも首にも痛々しい傷はない。利発そうな丸い目が、驚いたようにこちらを見ている。
生きている人間と変わらないように見えた。うっすらと、背後の壁が透けて見えなければ。
「ネル……なの、か」
ネルは頷いた。ナハトはよろよろとネルに近づくと、その肩に触れようとする。けれどその手は虚しく宙を切った。……触れられないのだ。
――生者と死者の間には、明確に壁が存在する。
ネルはさみしげに微笑んだ。呆然と自分の手を見つめたナハトの双眸から、大粒の涙がぼろぼろ溢れ出す。
「ごめん……。ごめん、オレ、オレがあの日、熱なんか出さなきゃ」
『……兄ちゃんのせいじゃないよ』
「母さんに、オレ、ネルのこと守ってやれって、言われてた。オレが、兄貴なのに……なのに……!」
『……馬鹿だなぁ。そんなのアタシだって言われてたよ』
ネルはいたずらっぽく言うと、ナハトに向かって人差し指を突きつけた。
『兄ちゃんは、抜けてるトコあるからネルがしっかりしてね、……って』
「……はは、母さん、らしい、な……」
ネルは歯を見せてにっかりと笑う。ナハトもつられたように少しだけ笑った。その笑顔を見て、ネルは優しく微笑むと目を伏せた。
『……あのね、兄ちゃん。ずっと言いたかったの』
そう言って、手を伸ばす。触れられない指先が、涙に濡れたナハトの頬を撫でるように動いた。
『いつもありがとう。私のこと、守ってくれてありがとう。私のために、頑張って仕事してくれてありがとう。頑張ってる兄ちゃんのこと、いつも見てた。……見てた、よ』
ネルの声が、震えている。
『……変な女に騙されちゃってさ。心配してたんだよ?でももう、大丈夫だよね』
そう言ってネルは、私とルードを見ると、ペコリとお辞儀をした。
『お兄ちゃんのこと、よろしくお願いします』
「……うん。大丈夫だよ。任せて」
滲んでしまった視界の向こうで、ネルはにっこりと笑う。そうして再び、兄を見た。
『兄ちゃん、……大好き。先にお母さんのところ行ってるね。じゃあね』
ネルはそう言って、小さく手を振る。
そうして、かき消えるように薄くなり――消えた。
朝日の差し込んだ部屋の中、ナハトの泣き声がいつまでも。響き続けた。
「若者達の前に現れたのは、君だね」
少女は頷く。
「君は兄を助けたかった。このままじゃジェラルドに良いように使い捨てられる。だから、地下室への隠し扉の存在を教えたかった。薬の瓶が見つかれば、兄は捕まるかもしれないが……命まで取られることはない」
ネルは頷いた。
「しかし……なぜ彼らを無駄に怖がらせるようなことをした?ぬいぐるみを動かして、お前はじきに死ぬ、なんて占いをすれば、地下室捜索どころじゃなくなるのはわかるだろう」
ネルは、少し思案して、小さな声で答えた。今度は私にも聞こえた。
『……本当のことだから』
「何が?」
『……みんな、しんじゃう。あれのせいで』
「なぜ?どういうことだ?」
『……わからない。でも、あの人だけじゃない。他の三人も……この村の人ぜんぶ。もしかしたら、もっと多くの人……みんな、死んじゃう。どうしてかわからないけど……』
ここでネルは言い淀み、目を閉じた。
『一年後の、未来。それが、みえるの……』
ネルは辿々しく、泣きそうな声で言う。
どういうことだろう。あの薬には、まだ呪いの力があると言うのだろうか。
「なあ、なんだよ。さっきからあの兄ちゃん、一人で何喋ってんだ?」
ナハトが私の腕を引っ張って、我に返った。不安げな瞳が私を見上げてる。
この子を……ネルに、たった一人の家族に、会わせてあげたい。
「……えっとね、驚かないで、聞いてね。……ここに、ネルちゃんがいるの」
「……何言ってんだよ。ネルは死んでるのに」
駄目だ。どうしたら信じてもらえるだろう。少し迷って、少女を見た。
「……茶色い髪で、前髪は眉毛のちょっと上で揃えてる。肩の上の方で、おかっぱに切りそろえてて、黄色い……ひまわりかな、の髪飾りをしてる」
見えたまま、その容姿を言葉にしていく。ナハトの瞳が不審げに震えた。
「お顔にそばかすがあって、目はきれいな紫色。黄色のワンピースを着てる……ワンピースの裾には……赤いお花が刺繍されてて……自分で縫ったの?」
ネルは、私の言葉にこくりと頷いた。
「そう、上手だね。そして右腕と、……首筋に、傷がある」
「そんな……そんなの!誰かに聞けば、すぐわかる……からかうんじゃねぇ!ネルは、ネルはもう……!」
「ナハト……!」
「アリー、任せて」
背後から、私の耳元でルードが囁いた。
ルードは一歩、私たちの前に出ると、右耳の耳飾りを外した。それを床に放り投げて……何やら呟く。すると柔らかい光が辺りを包んだ。
キラキラと光る粒子が耳飾りから立ちのぼる。その中に――小さな人影が現れた。
『兄ちゃん……』
「……ネル……?」
そこにいたのは、私が見た通りの女の子だった。ただし、腕にも首にも痛々しい傷はない。利発そうな丸い目が、驚いたようにこちらを見ている。
生きている人間と変わらないように見えた。うっすらと、背後の壁が透けて見えなければ。
「ネル……なの、か」
ネルは頷いた。ナハトはよろよろとネルに近づくと、その肩に触れようとする。けれどその手は虚しく宙を切った。……触れられないのだ。
――生者と死者の間には、明確に壁が存在する。
ネルはさみしげに微笑んだ。呆然と自分の手を見つめたナハトの双眸から、大粒の涙がぼろぼろ溢れ出す。
「ごめん……。ごめん、オレ、オレがあの日、熱なんか出さなきゃ」
『……兄ちゃんのせいじゃないよ』
「母さんに、オレ、ネルのこと守ってやれって、言われてた。オレが、兄貴なのに……なのに……!」
『……馬鹿だなぁ。そんなのアタシだって言われてたよ』
ネルはいたずらっぽく言うと、ナハトに向かって人差し指を突きつけた。
『兄ちゃんは、抜けてるトコあるからネルがしっかりしてね、……って』
「……はは、母さん、らしい、な……」
ネルは歯を見せてにっかりと笑う。ナハトもつられたように少しだけ笑った。その笑顔を見て、ネルは優しく微笑むと目を伏せた。
『……あのね、兄ちゃん。ずっと言いたかったの』
そう言って、手を伸ばす。触れられない指先が、涙に濡れたナハトの頬を撫でるように動いた。
『いつもありがとう。私のこと、守ってくれてありがとう。私のために、頑張って仕事してくれてありがとう。頑張ってる兄ちゃんのこと、いつも見てた。……見てた、よ』
ネルの声が、震えている。
『……変な女に騙されちゃってさ。心配してたんだよ?でももう、大丈夫だよね』
そう言ってネルは、私とルードを見ると、ペコリとお辞儀をした。
『お兄ちゃんのこと、よろしくお願いします』
「……うん。大丈夫だよ。任せて」
滲んでしまった視界の向こうで、ネルはにっこりと笑う。そうして再び、兄を見た。
『兄ちゃん、……大好き。先にお母さんのところ行ってるね。じゃあね』
ネルはそう言って、小さく手を振る。
そうして、かき消えるように薄くなり――消えた。
朝日の差し込んだ部屋の中、ナハトの泣き声がいつまでも。響き続けた。
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