8 / 36
第一章 妖精姫と呪いの屋敷
第四話 聖女の素顔
しおりを挟む
ギュンターさんの話を聞き終えた私達は、時計の針の音が全て聞き取れるほどの沈黙の中にいた。
……酷い、話だ。
彼は、正しいことを伝えなかったことを謝罪していたけど、無理もない。
身近な、友人とも言える人が目の前で惨殺されるのは、どれほどのショックだっただろう。……騎士とはいえ、冷静でいられるわけがない。
重苦しい空気の中、初めて口を開いたのは、ルードだった。
「亡くなったハイン氏はこの詰め所に来る前、何をされてたかご存知ですか?」
「……さぁ、詳しくは知りません……。正規の騎士団ではなく、どこかで私兵として勤めていたと聞きました」
「そうですか……」
答えを聞くと、ルードは何やら考え込むように黙り込むのであった。
*****
宿舎を辞そうとしたとき、若い女性に声をかけられた。
マリと名乗った彼女は、騎士宿舎の食堂で下働きをしているらしい。私達がギュンターさんに話を聞きに来たことを耳にして、仕事を中抜けして来たそうだ。
「私、妖精姫様に命を救っていただいたんです」
そう語る彼女は、ティーナ嬢が帝都で治療した怪我人の一人なのだそうだ。
「あの日、食堂のお仕事が終わって自宅に帰ろうとしていました。
その日は食材の発注でトラブルがあって、いつもより終わるのが二時間くらい遅かったんです。完全に夜も更けた頃でした。
送ろうかって、騎士の方に言われたんですけど。家は近いし騎士団の宿舎近くで滅多なことはないだろう、って。一人で帰ることにしたんです」
そこでマリさんは口ごもる。当時の恐怖を思い出しているのか、その肩がか細く震えていた。
「……門を出て、少しのところでした。いきなり後ろから口を塞がれて……。腕を刺されたんです」
「腕を?」
「はい。この……右腕の、このあたりです」
そう言いながら右肘の少し上を指し示す。
「腕を刺したあと、犯人はすぐに逃げました。
そのとき突き飛ばされて、転んでしまって……。
血がたくさん出て、痛くて、立ち上がれないでいるところに、妖精姫様が来てくださったんです」
妖精姫の名前を出したとたん、うっとりとした表情になるマリさんを制して、ルードが聞き返した。
「待ってください。犯人は、腕を刺しただけで逃げたんですか?何か盗まれたりは?」
「はい。刺してすぐ走っていきました。盗まれたものも何も……。
後から捜査してくださった方によると、刺すことが目的の犯行じゃないかって」
「なんてこと……!酷い……!」
……通り魔、ということか。怖かっただろうな。そういう嗜好を持った人間は一定数いるというけれど、卑劣の極みである。
声を上げる私の背を、宥めるようにルードが軽く叩いた。我に返って口をつぐむ。
……今、憤っても仕方ない。
それに、運良くマリさんは無事だったのだ。刺されたのが腕で、本当に良かった。
「妖精姫様がひざまずいて妖精に祈ると、美しい妖精が一羽、私の右腕に近寄ってきて、そこに涙を落としました。そうすると、あっという間に傷が塞がって……。痛みも消えたんです」
マリさんは右腕の袖をまくりあげる。刺されたというそこには、傷ひとつなかった
「ティーナ様は、とてもお優しい方でした。私の血でお洋服が汚れるのにも構わず、『汚れてもいい服だから大丈夫よ』なんて言ってくださって……」
マリさんは微笑みながら右腕をさすった。どうやらティーナ嬢に心酔しているようだ。
「……恩人なんです。ティーナ様が。……だから、亡くなったと聞いたはとてもショックでした。それに加えて、今回の騒ぎ……呪い、だなんて」
彼女の耳にも噂は届いているようだ。辛そうに顔を歪めて、みるまに目に涙があふれる。
「お願いします。呪いの真相を解明してください……ティーナ様の魂を、安らかにしてあげてください」
*****
頭を下げ下げ私達を見送ってくれるマリさんと別れ、騎士宿舎を後にした。
……辛かっただろうな。命の恩人が、こんなことになって。
彼女の気持ちに答えるためにも、真相を解明しよう。決意を新たにする私の横で、ルードは何やら難しい顔をしている。
「妙な話だったな」
「え、何がですか?」
驚いて聞き返すと、すごく微妙な顔で微笑まれた。
「……君は、そのままでいてくれ」
あれ?今、もしかして馬鹿にされた?
「何にせよ、ティーナ嬢が関与したという事件については、ユルゲンスに改めて調べさせる必要がありそうだ」
……酷い、話だ。
彼は、正しいことを伝えなかったことを謝罪していたけど、無理もない。
身近な、友人とも言える人が目の前で惨殺されるのは、どれほどのショックだっただろう。……騎士とはいえ、冷静でいられるわけがない。
重苦しい空気の中、初めて口を開いたのは、ルードだった。
「亡くなったハイン氏はこの詰め所に来る前、何をされてたかご存知ですか?」
「……さぁ、詳しくは知りません……。正規の騎士団ではなく、どこかで私兵として勤めていたと聞きました」
「そうですか……」
答えを聞くと、ルードは何やら考え込むように黙り込むのであった。
*****
宿舎を辞そうとしたとき、若い女性に声をかけられた。
マリと名乗った彼女は、騎士宿舎の食堂で下働きをしているらしい。私達がギュンターさんに話を聞きに来たことを耳にして、仕事を中抜けして来たそうだ。
「私、妖精姫様に命を救っていただいたんです」
そう語る彼女は、ティーナ嬢が帝都で治療した怪我人の一人なのだそうだ。
「あの日、食堂のお仕事が終わって自宅に帰ろうとしていました。
その日は食材の発注でトラブルがあって、いつもより終わるのが二時間くらい遅かったんです。完全に夜も更けた頃でした。
送ろうかって、騎士の方に言われたんですけど。家は近いし騎士団の宿舎近くで滅多なことはないだろう、って。一人で帰ることにしたんです」
そこでマリさんは口ごもる。当時の恐怖を思い出しているのか、その肩がか細く震えていた。
「……門を出て、少しのところでした。いきなり後ろから口を塞がれて……。腕を刺されたんです」
「腕を?」
「はい。この……右腕の、このあたりです」
そう言いながら右肘の少し上を指し示す。
「腕を刺したあと、犯人はすぐに逃げました。
そのとき突き飛ばされて、転んでしまって……。
血がたくさん出て、痛くて、立ち上がれないでいるところに、妖精姫様が来てくださったんです」
妖精姫の名前を出したとたん、うっとりとした表情になるマリさんを制して、ルードが聞き返した。
「待ってください。犯人は、腕を刺しただけで逃げたんですか?何か盗まれたりは?」
「はい。刺してすぐ走っていきました。盗まれたものも何も……。
後から捜査してくださった方によると、刺すことが目的の犯行じゃないかって」
「なんてこと……!酷い……!」
……通り魔、ということか。怖かっただろうな。そういう嗜好を持った人間は一定数いるというけれど、卑劣の極みである。
声を上げる私の背を、宥めるようにルードが軽く叩いた。我に返って口をつぐむ。
……今、憤っても仕方ない。
それに、運良くマリさんは無事だったのだ。刺されたのが腕で、本当に良かった。
「妖精姫様がひざまずいて妖精に祈ると、美しい妖精が一羽、私の右腕に近寄ってきて、そこに涙を落としました。そうすると、あっという間に傷が塞がって……。痛みも消えたんです」
マリさんは右腕の袖をまくりあげる。刺されたというそこには、傷ひとつなかった
「ティーナ様は、とてもお優しい方でした。私の血でお洋服が汚れるのにも構わず、『汚れてもいい服だから大丈夫よ』なんて言ってくださって……」
マリさんは微笑みながら右腕をさすった。どうやらティーナ嬢に心酔しているようだ。
「……恩人なんです。ティーナ様が。……だから、亡くなったと聞いたはとてもショックでした。それに加えて、今回の騒ぎ……呪い、だなんて」
彼女の耳にも噂は届いているようだ。辛そうに顔を歪めて、みるまに目に涙があふれる。
「お願いします。呪いの真相を解明してください……ティーナ様の魂を、安らかにしてあげてください」
*****
頭を下げ下げ私達を見送ってくれるマリさんと別れ、騎士宿舎を後にした。
……辛かっただろうな。命の恩人が、こんなことになって。
彼女の気持ちに答えるためにも、真相を解明しよう。決意を新たにする私の横で、ルードは何やら難しい顔をしている。
「妙な話だったな」
「え、何がですか?」
驚いて聞き返すと、すごく微妙な顔で微笑まれた。
「……君は、そのままでいてくれ」
あれ?今、もしかして馬鹿にされた?
「何にせよ、ティーナ嬢が関与したという事件については、ユルゲンスに改めて調べさせる必要がありそうだ」
1
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
護国の鳥
凪子
ファンタジー
異世界×士官学校×サスペンス!!
サイクロイド士官学校はエスペラント帝国北西にある、国内最高峰の名門校である。
周囲を海に囲われた孤島を学び舎とするのは、十五歳の選りすぐりの少年達だった。
首席の問題児と呼ばれる美貌の少年ルート、天真爛漫で無邪気な子供フィン、軽薄で余裕綽々のレッド、大貴族の令息ユリシス。
同じ班に編成された彼らは、教官のルベリエや医務官のラグランジュ達と共に、士官候補生としての苛酷な訓練生活を送っていた。
外の世界から厳重に隔離され、治外法権下に置かれているサイクロイドでは、生徒の死すら明るみに出ることはない。
ある日同級生の突然死を目の当たりにし、ユリシスは不審を抱く。
校内に潜む闇と秘められた事実に近づいた四人は、否応なしに事件に巻き込まれていく……!
追放された薬師は、辺境の地で騎士団長に愛でられる
Mee.
恋愛
王宮薬師のアンは、国王に毒を盛った罪を着せられて王宮を追放された。幼少期に両親を亡くして王宮に引き取られたアンは、頼れる兄弟や親戚もいなかった。
森を彷徨って数日、倒れている男性を見つける。男性は高熱と怪我で、意識が朦朧としていた。
オオカミの襲撃にも遭いながら、必死で男性を看病すること二日後、とうとう男性が目を覚ました。ジョーという名のこの男性はとても強く、軽々とオオカミを撃退した。そんなジョーの姿に、不覚にもときめいてしまうアン。
行くあてもないアンは、ジョーと彼の故郷オストワル辺境伯領を目指すことになった。
そして辿り着いたオストワル辺境伯領で待っていたのは、ジョーとの甘い甘い時間だった。
※『小説家になろう』様、『ベリーズカフェ』様でも公開中です。
【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!
桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。
「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。
異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。
初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!
前世持ち公爵令嬢のワクワク領地改革! 私、イイ事思いついちゃったぁ~!
Akila
ファンタジー
旧題:前世持ち貧乏公爵令嬢のワクワク領地改革!私、イイ事思いついちゃったぁ〜!
【第2章スタート】【第1章完結約30万字】
王都から馬車で約10日かかる、東北の超田舎街「ロンテーヌ公爵領」。
主人公の公爵令嬢ジェシカ(14歳)は両親の死をきっかけに『異なる世界の記憶』が頭に流れ込む。
それは、54歳主婦の記憶だった。
その前世?の記憶を頼りに、自分の生活をより便利にするため、みんなを巻き込んであーでもないこーでもないと思いつきを次々と形にしていく。はずが。。。
異なる世界の記憶=前世の知識はどこまで通じるのか?知識チート?なのか、はたまたただの雑学なのか。
領地改革とちょっとラブと、友情と、涙と。。。『脱☆貧乏』をスローガンに奮闘する貧乏公爵令嬢のお話です。
1章「ロンテーヌ兄妹」 妹のジェシカが前世あるある知識チートをして領地経営に奮闘します!
2章「魔法使いとストッカー」 ジェシカは貴族学校へ。癖のある?仲間と学校生活を満喫します。乞うご期待。←イマココ
恐らく長編作になるかと思いますが、最後までよろしくお願いします。
<<おいおい、何番煎じだよ!ってごもっとも。しかし、暖かく見守って下さると嬉しいです。>>
わたくし、残念ながらその書類にはサインしておりませんの。
朝霧心惺
恋愛
「リリーシア・ソフィア・リーラー。冷酷卑劣な守銭奴女め、今この瞬間を持って俺は、貴様との婚約を破棄する!!」
テオドール・ライリッヒ・クロイツ侯爵令息に高らかと告げられた言葉に、リリーシアは純白の髪を靡かせ高圧的に微笑みながら首を傾げる。
「誰と誰の婚約ですって?」
「俺と!お前のだよ!!」
怒り心頭のテオドールに向け、リリーシアは真実を告げる。
「わたくし、残念ながらその書類にはサインしておりませんの」
婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?
こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。
「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」
そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。
【毒を検知しました】
「え?」
私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。
※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです
【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~
降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。
溺愛されていると信じておりました──が。もう、どうでもいいです。
ふまさ
恋愛
いつものように屋敷まで迎えにきてくれた、幼馴染みであり、婚約者でもある伯爵令息──ミックに、フィオナが微笑む。
「おはよう、ミック。毎朝迎えに来なくても、学園ですぐに会えるのに」
「駄目だよ。もし学園に向かう途中できみに何かあったら、ぼくは悔やんでも悔やみきれない。傍にいれば、いつでも守ってあげられるからね」
ミックがフィオナを抱き締める。それはそれは、愛おしそうに。その様子に、フィオナの両親が見守るように穏やかに笑う。
──対して。
傍に控える使用人たちに、笑顔はなかった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる