2 / 36
序章 ありきたりな婚約破棄からの運命的な就職
第二話 はじめまして、そして?
しおりを挟む
地図のとおりに裏通りを抜け、しばらくするとある屋敷の前にたどり着いた。
「……ここ、かな?」
屋敷を見上げてみる。元は貴族のタウンハウスだったのだろう、かなり大きくて立派な造りだ。
ただ、しばらく人の手が入っていないのか、壁は蔦で覆いつくされている。おまけに庭もろくに手入れされていないのだろう。庭木が伸び放題なので、昼間なのにうっすら暗い印象である。
「……まるでお化け屋敷ね……」
よく見てみると、門柱に手のひら程度の小さな看板がかけられていることに気づいた。
『薄明の夕暮れ』と書かれているので、ここが件のギルドなのは間違いないらしい。
おどろおどろしい館の外観には怯んだけれど、いつまでも突っ立っているわけにもいかない。思い切って呼び鈴を鳴らしてみた。
少しの間の後、「はい」という男性の声とともに、錆びた音を立てながら扉が開いた。
「……おや、貴女は……」
扉の中から、グレイヘアをきっちりと撫でつけた品の良い老紳士が顔をのぞかせる。優しそうな人が出てきてくれたことにひとまず胸をなでおろした。
老紳士は、驚いたように目を丸くした後、私が握りしめた紹介状をに視線をやると合点がいったとばかりに顎髭を撫でつけた。
「……なるほどなるほど。求人をご覧に?」
「は、はいっ!えっと、アリエ……アリー、と申します。こちらの受付のお仕事、まだ、募集されていますか…?」
ガチガチに緊張しながらお辞儀をする私に、老紳士は優しげに微笑みながら頷いた。
「勿論ですよ。ああ、私もこちらの従業員でしてね。バルドルと申します。どうぞお見知り置きを」
そう言ってバルドルさんは、まるで貴族の使用人のような完璧な所作で一礼した。
……もしかしてこのギルド、マスターは身分の高い人なんだろうか。
「ギルドマスターのルードにお取次ぎいたします。さあ、どうぞお入りを」
******
通された屋敷の中は、外観のおどろおどろしさとはうって変わり、こざっぱりと清潔感のある素敵な内装だった。
ついきょろきょろしてしまう私を、バルドルさんは穏やかに微笑みながら案内してくれる。玄関を経て、ギルドの受付カウンターを通り抜け、奥の扉にたどり着いた。
「どうぞ。こちらで当ギルドの主人、ルードがお待ちです」
「ありがとうございます」
「いえいえ、それではどうぞ、ごゆっくり」
さぁ、ようやく面接である。背筋をシャンと伸ばし、深呼吸した。ドアノブを回してそっと押した。
「失礼、しま……」
……ドアを開け、部屋の中に一歩を踏み出した私が見たのは、まるで絵画みたいな光景だった。
一人の男の人が、長い脚を放りだして長椅子に横たわっている。
クッションを枕に腕を組んだその人は、安らかに寝息を立てながら目を閉じていた。
……寝顔でもわかる。とんでもなく綺麗な顔だ。
晴れた日の雪原みたいに輝く銀色の長髪が、肩のあたりで一つに束ねられてさらりと流れ落ちている。
長い睫毛に閉じられた瞼と、彫刻みたいに完璧に整った鼻筋。薄く開いた唇すべてが奇跡的なバランスで配置されていて、昔に美術館で見た、天使様の絵にそっくりだ。
この人が、ギルドマスターのルード、さん?なるほど、これは女性がほっとかないわ。
ここに来た目的を忘れてつい見入っていると、銀色の睫毛が震える。彼はむずがるような唸り声を上げて、長椅子の上で体を捩ったかと思うと、渋々といったように上半身を起こした。
「……なんだ……バルドル、か?」
不機嫌そうな掠れ声だ。寝ぼけているのか、私をバルドルさんと間違えているらしい。
「お、お休みのところすみません!私、アリーと申します。あの、職業斡旋所の求人を見てお邪魔しました」
私が慌てて名乗ると、男の人はバネが跳ねるような勢いで顔をこちらに向ける。寝起きで微睡んでいた瞳が今はしっかりと見開かれ、私を捉えた。
深い、澄んだ真っ赤な瞳だ。柘榴石みたい、そう思った、瞬間。
「いっ……!?」
バチリ、と音がして。
目に、衝撃が走った。あまりの激痛に両手で抑え、膝をつく。
「……おい!大丈夫か!?まさか……!」
目が、痛い。
針で刺されているような、電気の塊を当てられているような、そんな激痛が両目を襲う。
きつく閉じた瞼から、涙がぼろぼろと流れているのがわかる。耐えきれずに悲鳴を上げながらその場で膝を折った。
…意識を失う直前、焦ったように私の名前を呼ぶ、声がした。
「……ここ、かな?」
屋敷を見上げてみる。元は貴族のタウンハウスだったのだろう、かなり大きくて立派な造りだ。
ただ、しばらく人の手が入っていないのか、壁は蔦で覆いつくされている。おまけに庭もろくに手入れされていないのだろう。庭木が伸び放題なので、昼間なのにうっすら暗い印象である。
「……まるでお化け屋敷ね……」
よく見てみると、門柱に手のひら程度の小さな看板がかけられていることに気づいた。
『薄明の夕暮れ』と書かれているので、ここが件のギルドなのは間違いないらしい。
おどろおどろしい館の外観には怯んだけれど、いつまでも突っ立っているわけにもいかない。思い切って呼び鈴を鳴らしてみた。
少しの間の後、「はい」という男性の声とともに、錆びた音を立てながら扉が開いた。
「……おや、貴女は……」
扉の中から、グレイヘアをきっちりと撫でつけた品の良い老紳士が顔をのぞかせる。優しそうな人が出てきてくれたことにひとまず胸をなでおろした。
老紳士は、驚いたように目を丸くした後、私が握りしめた紹介状をに視線をやると合点がいったとばかりに顎髭を撫でつけた。
「……なるほどなるほど。求人をご覧に?」
「は、はいっ!えっと、アリエ……アリー、と申します。こちらの受付のお仕事、まだ、募集されていますか…?」
ガチガチに緊張しながらお辞儀をする私に、老紳士は優しげに微笑みながら頷いた。
「勿論ですよ。ああ、私もこちらの従業員でしてね。バルドルと申します。どうぞお見知り置きを」
そう言ってバルドルさんは、まるで貴族の使用人のような完璧な所作で一礼した。
……もしかしてこのギルド、マスターは身分の高い人なんだろうか。
「ギルドマスターのルードにお取次ぎいたします。さあ、どうぞお入りを」
******
通された屋敷の中は、外観のおどろおどろしさとはうって変わり、こざっぱりと清潔感のある素敵な内装だった。
ついきょろきょろしてしまう私を、バルドルさんは穏やかに微笑みながら案内してくれる。玄関を経て、ギルドの受付カウンターを通り抜け、奥の扉にたどり着いた。
「どうぞ。こちらで当ギルドの主人、ルードがお待ちです」
「ありがとうございます」
「いえいえ、それではどうぞ、ごゆっくり」
さぁ、ようやく面接である。背筋をシャンと伸ばし、深呼吸した。ドアノブを回してそっと押した。
「失礼、しま……」
……ドアを開け、部屋の中に一歩を踏み出した私が見たのは、まるで絵画みたいな光景だった。
一人の男の人が、長い脚を放りだして長椅子に横たわっている。
クッションを枕に腕を組んだその人は、安らかに寝息を立てながら目を閉じていた。
……寝顔でもわかる。とんでもなく綺麗な顔だ。
晴れた日の雪原みたいに輝く銀色の長髪が、肩のあたりで一つに束ねられてさらりと流れ落ちている。
長い睫毛に閉じられた瞼と、彫刻みたいに完璧に整った鼻筋。薄く開いた唇すべてが奇跡的なバランスで配置されていて、昔に美術館で見た、天使様の絵にそっくりだ。
この人が、ギルドマスターのルード、さん?なるほど、これは女性がほっとかないわ。
ここに来た目的を忘れてつい見入っていると、銀色の睫毛が震える。彼はむずがるような唸り声を上げて、長椅子の上で体を捩ったかと思うと、渋々といったように上半身を起こした。
「……なんだ……バルドル、か?」
不機嫌そうな掠れ声だ。寝ぼけているのか、私をバルドルさんと間違えているらしい。
「お、お休みのところすみません!私、アリーと申します。あの、職業斡旋所の求人を見てお邪魔しました」
私が慌てて名乗ると、男の人はバネが跳ねるような勢いで顔をこちらに向ける。寝起きで微睡んでいた瞳が今はしっかりと見開かれ、私を捉えた。
深い、澄んだ真っ赤な瞳だ。柘榴石みたい、そう思った、瞬間。
「いっ……!?」
バチリ、と音がして。
目に、衝撃が走った。あまりの激痛に両手で抑え、膝をつく。
「……おい!大丈夫か!?まさか……!」
目が、痛い。
針で刺されているような、電気の塊を当てられているような、そんな激痛が両目を襲う。
きつく閉じた瞼から、涙がぼろぼろと流れているのがわかる。耐えきれずに悲鳴を上げながらその場で膝を折った。
…意識を失う直前、焦ったように私の名前を呼ぶ、声がした。
10
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
命を狙われたお飾り妃の最後の願い
幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】
重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。
イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。
短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。
『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。
愛すべきマリア
志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。
学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。
家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。
早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。
頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。
その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。
体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。
しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。
他サイトでも掲載しています。
表紙は写真ACより転載しました。
幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。
秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚
13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。
歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。
そしてエリーゼは大人へと成長していく。
※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。
小説家になろう様にも掲載しています。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
天才になるはずだった幼女は最強パパに溺愛される
雪野ゆきの
ファンタジー
記憶を失った少女は森に倒れていたところをを拾われ、特殊部隊の隊長ブレイクの娘になった。
スペックは高いけどポンコツ気味の幼女と、娘を溺愛するチートパパの話。
※誤字報告、感想などありがとうございます!
書籍はレジーナブックス様より2021年12月1日に発売されました!
電子書籍も出ました。
文庫版が2024年7月5日に発売されました!
旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜
ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉
転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!?
のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました……
イケメン山盛りの逆ハーです
前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります
小説家になろう、カクヨムに転載しています
皆で異世界転移したら、私だけがハブかれてイケメンに囲まれた
愛丸 リナ
恋愛
少女は綺麗過ぎた。
整った顔、透き通るような金髪ロングと薄茶と灰色のオッドアイ……彼女はハーフだった。
最初は「可愛い」「綺麗」って言われてたよ?
でも、それは大きくなるにつれ、言われなくなってきて……いじめの対象になっちゃった。
クラス一斉に異世界へ転移した時、彼女だけは「醜女(しこめ)だから」と国外追放を言い渡されて……
たった一人で途方に暮れていた時、“彼ら”は現れた
それが後々あんな事になるなんて、その時の彼女は何も知らない
______________________________
ATTENTION
自己満小説満載
一話ずつ、出来上がり次第投稿
急亀更新急チーター更新だったり、不定期更新だったりする
文章が変な時があります
恋愛に発展するのはいつになるのかは、まだ未定
以上の事が大丈夫な方のみ、ゆっくりしていってください
ヒロインではないので婚約解消を求めたら、逆に追われ監禁されました。
曼珠沙華
恋愛
「運命の人?そんなの君以外に誰がいるというの?」
きっかけは幼い頃の出来事だった。
ある豪雨の夜、窓の外を眺めていると目の前に雷が落ちた。
その光と音の刺激のせいなのか、ふと前世の記憶が蘇った。
あ、ここは前世の私がはまっていた乙女ゲームの世界。
そしてローズという自分の名前。
よりにもよって悪役令嬢に転生していた。
攻略対象たちと恋をできないのは残念だけど仕方がない。
婚約者であるウィリアムに婚約破棄される前に、自ら婚約解消を願い出た。
するとウィリアムだけでなく、護衛騎士ライリー、義弟ニコルまで様子がおかしくなり……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる