星空に叫ぶ

範子水口

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密会

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五月二十三日

 一学期中間テスト初日の5月23日月曜日。3時間のテストが終わって閑散とした校舎内を毅と和美の二人は歩いていた。衣替え前にもかかわらず、その日は暖かかった。陽の当たるところでは汗ばむほどだ。毅と和美は2階の自分たちの教室のある廊下で、しばし語らった後、他のカップルたちと同じように、どこへ行くでもなく歩き始めた。行く当ても目当てもなく、ただ二人が一緒にいるためだけの徘徊である。受験勉強と部活に明け暮れて、普段はネット上でのやりとりだけで繋がりあう恋人たちにとって、関係を深めるためにはまたとない機会だった。

時刻はちょうど正午を過ぎ、自転車で連れ添って最寄りの弁当屋に昼食を買いに行ったり、駅前の喫茶店に場所を移すカップルたちもいた。毅は自らの身体を目の前を漫然と流れる時間に浸すことで、えも言われぬ心地良さを満喫していた。意味のない会話を紡ぐことに酔い、他愛もない取るに足らない言葉が和美から流れるように語られるのを待った。どんな小さなことでも友達や教師の助けを求めることをしない和美も、自分にだけは甘えた表情を見せる。そんな一面を見せる時間が、毅の和美への想いをさらに深めていった。

会話が途切れると、乾いた風が二人の間を漂う。いつもなら廊下の気だるく不快さを感じさせる空気さえも、なぜか気にならない。少しずつに毅の身体は火照り、何かに酔わされているかのように、夢を見ている心地さえしてくる。互いのリズムに合わせるように、二人は一歩また一歩、確かめるように歩いた。そして二組のカップルと擦れ違った。両方とも二年生同士のカップルで、互いに顔は見知ってはいるものの、言葉を交わすことなく、すれ違いざまにちらりと視線を交わすだけだである。恋人を持つもの同士の誇らしい意識を確かめ合い、自分達を自慢げに晒しあった。

その静かな儀式めいた所作は、毅と和美の気持ちをまた少し昂ぶらせる。三組目のカップルと擦れ違うと、どちらともなく二人だけになれる〝安全〟な場所を探し始めることになった。他にも恋人同士が徘徊している校舎内に、そんなところを探すのは容易ではないだろうと毅は言った。が、和美はそんな毅の手を引いて早足で歩き出す。はやる気持ちとは裏腹に、毅の両脚からは力が抜けていくようだった。毅は同じペースで歩いていた和美にいつの間にか置いていかれまいと焦りながら着いていった。

和美が少しずつ遠くなる―

自分の手を引く和美が、急に自分を置いて遠くに行ってしまうような不安が毅を襲った。小さくなる和美の背中。汗でYシャツが背中に張り付いて見える。歩くたびにひらひらと小さく揺れる紺の短いスカートが毅を誘っている。

和美に手を引かれるままに着いたのは、体育館に隣接した女子トイレだった。淀んだ空気に呼吸も忍ぶようにした。初めて踏み入れた男子禁制の空間には芳香剤の臭いに混じってすえた臭いも微かにする。毅は自分が新たな世界に飛び込んだことを悟った。
確かに、部活が休みの今日に限ってはここを使う生徒はいない。加えて男子トイレと比べてずっと清潔で安心がある場所。ここが、今の二人にとっては〝安全〟地帯に他ならなかった。

四つ並んでいる個室の一番奥に、和美は毅を招き入れた。薄ピンクの扉が静かに閉まり、金属が擦れる音を立てて鍵が閉まる。毅は胸の高鳴りとともに、霧のような何かが胸を満たしていくのを感じ、咽(むせ)た。開いたままになっていた便座カバーを倒し、その上に膝を立てて和美は毅に向き合あった。迷いのかけらすらない和美の動きが目の前で進んでいく。

毅の体は強張り始めたが、性器だけは下腹部にはぴたりと張り付いている。あれこれと考えあぐねる間もなく、恐れを見せない和美の舌が毅の半分だけ開いた唇を押し開ける。熱い、と毅は戸惑った。いつもなら遠慮がちに入ってくるはずの柔らかな舌も、毅の口の中を掻き回してくる。毅も応えるように精一杯荒く和美の両胸を揉んだ。

毅はスカートの下に右手を伸ばす。二人の動きが速まる。

「ね、じらさないで一思いにしようね!」

風船が弾け飛んだような声が硬いタイルの壁に響く。早口に動いた和美の唇は紅くて、花びらのようだと、毅は思った。いつもは涼しげな目尻が釣り上がり、細かく震え、潤んでいる。
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