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保健体育
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五月二十日
松村は教卓の横で授業開始のチャイムが鳴るのを待っていた。
松村は約10年で3度高岡高のサッカー部をインターハイに導き、昨年の冬の選手権で初めて全国大会に出場させた名将と名高いサッカー部監督だ。白髪の混じった髪をオールバックにして、体育教官室の奥の席から教官室を見渡すようして座っている。体育教官達からも一目置かれた存在である。松村はチャイムが鳴り終わるのを待たずに、自分で号令をかけて5校時目の保健体育の授業を始めた。
「陰茎の内部には、左右一対の陰茎海綿体と、その下側にある尿道海綿体の計三本が通って端まで続いており、陰茎の大半を形成している・・・・・・」毅の後ろの席の内山愛は淡々と陰茎の形勢や性質について音読している。
松村は、男性器の記述は女子に、女性器の記述は男子に読ませてるようだった。女子が読み終わると次には名簿を前へ後ろへランダムに男子が女性器の特徴や状態の変化について音読させられ、生徒たちは従順に松村の鋭い視線に、言われるままに教科書に線を引いていく。寸暇も惜しい受験生達は口々に言葉にできない焦りと苛立ちを息として吐き出していて、教室の空気は重苦しい。本来なら保健分野は1年時に学習が済んでいなければならないが、カリキュラムの不備が3年になって発覚し、不足分を3年時に履修しなければならなくなっていた。
こうしている間も毅は和美のことを考えていた。どう排除しとうにも、和美が脳のどこかに貼り付いていて、何を見ている時も何を聴いている時も、和美がフィルターのように毅の思考を覆っていて離れない。先週も、机に書いた和美の名前を消し忘れて周りからからかわれたばかりだった。
まだ和美とは唇を重ねただけだった。周囲にはセックスは日常的にしていて、少ない小遣いを出し合ってホテルに入るのが大変だなどと自分たちの関係を喧伝しているカップルもいる。毅も和美の身体のことは全て心得ていて、一度身体を重ねるだけで、毅は何度も和美を絶頂に導く自信だけはあった。
松村の強引な授業展開に飽き始めた毅は、和美の衣服を一枚ずつ脱がし、舌や指を駆使して和美を快楽へと導く過程を空想していた。
後ろの席の内山が背中を強くつついた。
「山浦くん、当たったよ。九六ページ」
普段真面目で滅多に崩した表情を見せない内山は悪戯な目を振り向いた毅に向けた。
「膣を通って・・・・・・」毅は上ずった声で慌てて読み出した。毅の声に教室がざわめいた。
「山浦、お前は授業をきいとらんかったな!」
慌てて毅が内山を振り返ると、内山の教科書は九十八ページを開けていた。吹奏楽部の彼女の手は日に焼けておらず透き通るように白く細い。その細くて白い人差し指が毅の鼻の頭をつついた。
「ひっかかったね」
和美の白い肌が毅のどこかで内山の白い指と結びついた。内山の髪の匂いが誘うように毅の鼻孔から胸に沁み、毅は和美の女の匂いを思い出し、毅は性器が硬くなるのを堪え切れなかった。
毅がからからかわれながら、読むべきページを開き、たどたどしく女性器の段落を読み始めたのを聞きながら、功治はスマホを机の下で操っていた。
窓際の一番後ろ。そこが功治の指定席だった。席替えしても必ずその定位置を手に入れてしまう。机上に置かれた教科書は閉じたまま、授業が始まってからずっと空を見ている。五月も終わりかけの青空は、薄っすらと夏の光を湛えつつも、少しずつ梅雨の匂いを増してきていた。波の音と共に丘陵に昇ってくる海風は、まださらりと心地よかった。
無益な授業は聞かない。その代わりに机下のスマホから、思いついた言葉を送る。功治の秘めた日課だった。ブログに詩や散文をつけていることを誰にも教えるつもりはなく、ウチュウジンというハンドルネームも、適当に付けたものだった。
何万光年も遠くにあるあの星はいつ生まれたんだろう
何億光年も遠くにあるあの星はいつ生まれたんだろう
こんなにも遠く離れた所まで、その息吹を届けてる
なぜ、あの星はこの星まで瞬きを届けるのだろうか
そんなに瞬いても、きっと誰一人、何も返せないのに
松村は教卓の横で授業開始のチャイムが鳴るのを待っていた。
松村は約10年で3度高岡高のサッカー部をインターハイに導き、昨年の冬の選手権で初めて全国大会に出場させた名将と名高いサッカー部監督だ。白髪の混じった髪をオールバックにして、体育教官室の奥の席から教官室を見渡すようして座っている。体育教官達からも一目置かれた存在である。松村はチャイムが鳴り終わるのを待たずに、自分で号令をかけて5校時目の保健体育の授業を始めた。
「陰茎の内部には、左右一対の陰茎海綿体と、その下側にある尿道海綿体の計三本が通って端まで続いており、陰茎の大半を形成している・・・・・・」毅の後ろの席の内山愛は淡々と陰茎の形勢や性質について音読している。
松村は、男性器の記述は女子に、女性器の記述は男子に読ませてるようだった。女子が読み終わると次には名簿を前へ後ろへランダムに男子が女性器の特徴や状態の変化について音読させられ、生徒たちは従順に松村の鋭い視線に、言われるままに教科書に線を引いていく。寸暇も惜しい受験生達は口々に言葉にできない焦りと苛立ちを息として吐き出していて、教室の空気は重苦しい。本来なら保健分野は1年時に学習が済んでいなければならないが、カリキュラムの不備が3年になって発覚し、不足分を3年時に履修しなければならなくなっていた。
こうしている間も毅は和美のことを考えていた。どう排除しとうにも、和美が脳のどこかに貼り付いていて、何を見ている時も何を聴いている時も、和美がフィルターのように毅の思考を覆っていて離れない。先週も、机に書いた和美の名前を消し忘れて周りからからかわれたばかりだった。
まだ和美とは唇を重ねただけだった。周囲にはセックスは日常的にしていて、少ない小遣いを出し合ってホテルに入るのが大変だなどと自分たちの関係を喧伝しているカップルもいる。毅も和美の身体のことは全て心得ていて、一度身体を重ねるだけで、毅は何度も和美を絶頂に導く自信だけはあった。
松村の強引な授業展開に飽き始めた毅は、和美の衣服を一枚ずつ脱がし、舌や指を駆使して和美を快楽へと導く過程を空想していた。
後ろの席の内山が背中を強くつついた。
「山浦くん、当たったよ。九六ページ」
普段真面目で滅多に崩した表情を見せない内山は悪戯な目を振り向いた毅に向けた。
「膣を通って・・・・・・」毅は上ずった声で慌てて読み出した。毅の声に教室がざわめいた。
「山浦、お前は授業をきいとらんかったな!」
慌てて毅が内山を振り返ると、内山の教科書は九十八ページを開けていた。吹奏楽部の彼女の手は日に焼けておらず透き通るように白く細い。その細くて白い人差し指が毅の鼻の頭をつついた。
「ひっかかったね」
和美の白い肌が毅のどこかで内山の白い指と結びついた。内山の髪の匂いが誘うように毅の鼻孔から胸に沁み、毅は和美の女の匂いを思い出し、毅は性器が硬くなるのを堪え切れなかった。
毅がからからかわれながら、読むべきページを開き、たどたどしく女性器の段落を読み始めたのを聞きながら、功治はスマホを机の下で操っていた。
窓際の一番後ろ。そこが功治の指定席だった。席替えしても必ずその定位置を手に入れてしまう。机上に置かれた教科書は閉じたまま、授業が始まってからずっと空を見ている。五月も終わりかけの青空は、薄っすらと夏の光を湛えつつも、少しずつ梅雨の匂いを増してきていた。波の音と共に丘陵に昇ってくる海風は、まださらりと心地よかった。
無益な授業は聞かない。その代わりに机下のスマホから、思いついた言葉を送る。功治の秘めた日課だった。ブログに詩や散文をつけていることを誰にも教えるつもりはなく、ウチュウジンというハンドルネームも、適当に付けたものだった。
何万光年も遠くにあるあの星はいつ生まれたんだろう
何億光年も遠くにあるあの星はいつ生まれたんだろう
こんなにも遠く離れた所まで、その息吹を届けてる
なぜ、あの星はこの星まで瞬きを届けるのだろうか
そんなに瞬いても、きっと誰一人、何も返せないのに
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